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番外編 鍵の話

本編書き溜めております。本当に申し訳ございません……


 ……物が、動いている。


 色々ありすぎて疲れているせいで勘違いしたのだと現実逃避しようとしたが……残念ながら、決定的な証拠があった。

 ソファーの上にきれいに畳んで置かれているピンク色のブランケットは、朝にはなかった。絶対になかった!


 ポケットの中から鍵を取り出す。出かけている間は鍵をかけているし、窓も締めてある。

 掃除やベッドメイクは朝仕事に行く前に終わらせるから、掃除のために入ってもらう必要もない。エプロンなどの普段使いする私物はすべて自室に持って帰ってもらった。

 部屋の主に無断で色々漁るようなことは絶対にしないので、その辺りは全く心配していない。気がかりなのは、鍵を持っていないはずなのにどうやって入ったのか。その一点だけだ。


 もしかして、鍵が壊れているのだろうか? そう思って中から鍵をかけてノブを左右に回してみる。きちんと施錠されるから鍵自体には問題ないようだ。

 まさかとは思うが、変な解錠技術を身につけたりは……

 絶対ないとは言い切れないなとルークはため息をついた。疲れているせいで、思考がおかしな方に向かう。普通に考えれば、ジョージに鍵束を借りたのだろう。


 ……本人に聞こう。


 ここで考えていても仕方がない。まずは着替えて厨房に水をもらいに……と鍵を開けようとした時、トントンと軽やかに階段をのぼってくる足音が聞こえた。やがてノックの音がして、ガチャっとノブが回される。


「ルークさま、お水……あれ、開いてない」


 すぐに鍵が開けられてドアが開いた。水差しを持ったリリアはすぐ目の前に立っているルークに驚いて大きく目を見開く。


「……ドアは返事を待ってから開けましょう」


 言いたいことはたくさんある。でも、どうせ聞き流される。


「ルークさま、お水どうぞ!」


 リリア水差しをルークに手渡すと、「おかえりなさい」と嬉しそうにしがみついてきた。……多分留守にしていた間に何かあったのだと思う。でもそれを聞く前に、言い聞かせておかなければならないことと、確認しないといけないことがある。


「鍵がかかっているなら鍵がかかっている理由があります。返事を待ってから開けましょう」


「お夕食は召し上がりますか? 騎士団本部の方で済ませていらっしゃいましたか?」


 ……会話が成立しない。何を言ってもこうやってのらりくらりと交わす気だ。ルークはさっさと諦めた。


「リリアさま、鍵、見せてもらえますか?」


 離れてくれないリリアを引きずりながら歩き、テーブルに水差しを置く。笑顔で手を差し出すと、リリアはエプロンのポケットから素直に鍵を取り出して、何のためらいもなくルークの手のひらの上に乗せた。


 小さなリングに鍵が二つ通してある。ひとつはこの部屋の鍵。もうひとつは全く形が違うから、本館のどこかの部屋の鍵だ。


「……これ、どうしたんですか?」


「ジョージおじいちゃんが昔くれたものですよ? こっちがここの部屋で、こっちは私の部屋の鍵です」


 順番に指差しながら、笑顔で説明してくれる。


「昔って……いつ?」


「子供の頃です。離れて暮らすようになってからですね。寂しくないようにって。お守りなのです」


 それは今初めて聞いた。そして時は流れ……ジョージはきっとリリアに鍵を渡したことなど忘れている。


「ダメです。お守りなのですっ」


 ルークが無言でリングから自室の鍵を外そうとするのを見て、リリアは慌てて鍵を奪って持ち去ろうとする。ルークはリリアの手首を掴んでそれを阻む。


「お守りは別の何かを用意します」


 こういうものがあると知ってしまったらもう……知らなかった頃には戻れない。


「やです。はなして。これ、私のです」


 リリアが鍵を握りしめた手を力任せに引き戻そうとするから、引っ張り合いになった。 


「そういう訳にはいきません。リリアさまだって私が自分の部屋の鍵を持っていたら落ち着かない……」


 そう言いかけて、はっと思い出した。…………持っている。


 ついでに、リリィの部屋の鍵もトマスの部屋の鍵もキースの部屋の鍵も持っている。何かあった時にすぐに開けられるようにと昔預けられて、そのまま忘れ去っていた。


 リリアの手を持ったまま、ルークは書き物机の近くまで移動すると、鍵つきの引き出しを開ける。奥の方にしまってあった小箱を取り出すと、リリアが少し驚いたような顔になった。彼女がロバートからお土産でもらったものと同じ、花の模様の小箱だ。


「開けてみますか?」


 手を離してやると、リリアは頷いて、握りしめていた鍵を机の上に置いた。慣れた様子で蓋を回して箱を開ける。中には宝石の代わりに、同じようにリングに通された四本の鍵が入っていた。

 どうだと言わんばかりのリリアから小箱を受け取ると、ルークは中の鍵を取り出して『お守り』の隣に並べる。


「お互いの鍵を交換しましょう」


 いたって真面目な顔でそう提案したら、


「やです」


 不機嫌そうに拒否された。


「では、こうしましょう。……お守りとして持っている分には良いですが、私のいないときに部屋に入るのはやめてください」


 すると、リリアはとても不思議そうな顔をして、ルークを見上げた。


「不在の時には入ってないですよ?」


 ……さっき普通に入ってきましたよね。と、ルークは思った。





 不貞腐れたように、リリィはテーブルに肘をついて顔を背けている。どこからどう見ても、自分が悪いことをしたとは露ほども思っていない。


「滅茶苦茶怒られた。意味わかんない。言っておくけど、勝手に入ったのは今日が初めてよ? どうしても一人になりたかったの! ちょっともう頭おかしくなりそうだったのよ!」


 つまり、アレンの監視から逃れるために、彼女はルークの部屋に隠れたのだ。リリィを見失ったアレンは相当焦ったことだろう。その辺りの話は……どうせ後で聞かされることになるのだろうが、長くなりそうなので聞きたくない。


「……鍵は、どうしたんですか?」


 予想はついているが一応尋ねる。

 リリィの部屋の鍵を持っていることを忘れていた自分には、彼女の行動を責める資格はない……


「昔ジョージがお守りにくれたのよ」


 リリィは手を伸ばして書き物机の引き出しを開ける。取り出されたリングにはやはり二本の鍵が通してあった。


「……お互いの鍵を交換しませんか?」


「いやよ」


 リリィにも提案してみたが、あっさり拒否された。


「私のお守りだもん。それに、あそこ私たちの部屋だし」


 ……その言葉にごっそり気力を持って行かれた。





「やはり未婚の女性が、男性の部屋に入り込むのは良くないと思う」


 ……諦めよう。あれは鍵ではなくお守りなのだ。書類なんかは鍵のかかる引き出しにでもしまっておけばいいのだし。


「しかも、勝手に入って勝手に寝るというのは、ちょっとどうなのだろう」


 家政婦室で書き物をしているルークの前に座ったアレンが何やら言っているが、見事に右の耳から左の耳に抜けて行く。彼はもっと他に考えないといけないことがあるのではなかろうか。一応隊長という役職についている訳だし。


「そもそも、男性の部屋の鍵を持っていること自体おかしくないか?」


 アレンまでヒューゴのような事を言い出した。でも、アレンの立場に立ってみると、婚約者が別の男性の部屋の鍵を持っていうことになる。……なので、彼には文句を言う資格があるのかもしれない。


 ルークは右手で文字を書きながら、手のひらを上にした左手をアレンに向かって差し出す。


「アレンさまも持ってますよね鍵。……リリィお嬢さまが、せっかく気持ちよく寝てたのに、ノックもせずに入ってきて叩き起こされたと文句を言ってました。とりあえず返してください。あとでアレンさまの部屋の鍵はダニエルに渡しておきます」


 少年時代に、何かあった時用にとアレンに鍵を渡したのはルーク自身だ。アレンの部屋の鍵もルークは当然持っている。叩き起こすのに必要だったからだ。

 最近アレンは自分で起きるし自分で着替える。鍵をダニエルに渡す必要はないかもしれないなと、ちらりと思った。


「……え」


 アレンは困惑した顔つきになった。


「そもそも屋敷内にいる時には部屋に鍵かけてないので、持っていなくても問題ないですよね?」

 

 ちらっと目を上げると、「それは……」とか何とか言いながら、アレンは目を逸らす。……何故渋る。


「私は……仕事上必要なものなのでお返しする必要ないですよね。あと、アレンさまの部屋の鍵はいらないです」


 ダニエルが口元に落ち着いた笑みを浮かべながらそう言った。彼が持っている分には何の問題もないので、その隣に視線を移す。


「お守りですよ?」


「お守りだよね!」


 キースとトマスは焦ったように揃ってそう言って、そそくさと部屋を出て行った。一体何本合鍵あるんだとルークは思わず遠い目をした。




「もう十年くらい持っているものを今すぐ手放せというのは無理よ。子供達みんな、あなたがいなくなってしまって寂しがって大変だったのよね。……あと一年のことだから、どうしても嫌でなければお守りとして持たせてあげておいてくれる?」


 ――結局、イザベラの一言で、鍵問題はそのまま放置されることが決まった。

 ジョージは当然、何本合鍵を作ったのか覚えていなかった。

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