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幕間 その1

少し書き溜めたいので、次の更新は三月に入ってからになります。

間が空いてしまうので、短い番外編をおいておきます。申し訳ございません。



「アレンお兄さまってずっといるけど、お仕事行かなくていいの?」


 そう尋ねるリリィお嬢さまの声には力がなかった。背後に立つキースは眉間に皺を寄せながら、背中に並んだちいさなループにボタンを通している。トマスと一緒に部屋に戻ろうとしたら、おばあちゃんからこの仕事を押し付けられたのだ。


「リリィお嬢さまの護衛がお仕事らしいですよー。……はい、全部とまりました」


「なんでキースが私のドレスの着替え手伝ってるんだろう?」


 今気付いたというように振り返ったお嬢さまの目は死んでいた。……それはそうだろう。読書していようが、ピアノの練習をしていようが、帳簿を検算していようが、十五分毎にアレンに「休憩しませんか?」と声をかけられる。さすがに同情を禁じ得ない。関わるのも面倒くさいから放ってあるけれど。


「リリアとイザベラさまがクインさまの部屋から出てこないんで、仕方ないですよ。おばあちゃん老眼でボタン見えないとか言うんだから」


「…………私って実は恥じらうべきなの?」


「恥じらうって何するのかわかります?」


「頬を染めて恥ずかしそうにする?」


 キースは「やれます?」と、一応聞いてみる。リリィお嬢さまは、はっとした顔になり、気まずそうに目を逸らした。


「……ごめん。キースごめん。本当にごめん」


「何で謝るんですかね。ま、人足りないんで諦めてください」


「……キース可哀想」


「どういう道のりを経てその結論に辿り着いたんですかね。あ、言わなくて良いです。……じゃあそういう訳で、アレンさま呼んできますね」


 キースは同情的な視線を振り切って、さっさと部屋から出て行こうと歩き出した。しかし……


「やっぱりこのドレス気に入らないからもう一回着替える。ボタン外して」


 がしっとばかりに腕を掴まれた。お嬢さまの目は怖い程真剣だった……が、キースは関わり合いたくなかった。面倒だから。


「それでいいですって。どんなドレス着てようと、ほんとどうでもいい……」


「どうでも良くないっ。もう一回着替えるっ」


 キースはドアの方をちらりと一瞥しながら、部屋の中心にまで戻ると、外に聞こえないように声をひそめた。アレンとトマスが部屋の外でリリィお嬢さまが着替え終わるのを待っている。


「大した時間稼ぎにもなりませんよ……」


「一分一秒でも長く離れていたい」


 お嬢さまも小声になってそう返す。


「気持ちはわかりますが、方法間違ってます。……巻き込まないで下さい。俺忙しいんですよ」


「私だって頼まれた計算の仕事たまってるわよっ」


 キースは迷惑そうな顔を隠そうともしない。腕を大きく上に振り上げて、リリィお嬢さまの手を振り払おうとするが、絶対に離さん! とでもいうようにリリィお嬢さまは反対の手まで伸ばしてくる。

 

「大体キースのくせに、なんで身長私より大きくなってるのよ。あんな泣き虫でちっちゃかったくせに。腹立つ」


「今関係ないですよねーそれ。完全な八つ当たりですよね」


「ルークやトマスお兄さまいないとなーんにも出来なかったくせに」


「自分だってそうですよね。しかも現在進行形ですよね」


「私は小さい頃からひとりで寝られたわよっ。幽霊が怖くて眠れないとか言って泣いたことないわ」


「その代わりに、朝一人で起きて来られなかったじゃないですか。昼夜逆転した生活送ってるからですよ」


 ダンスを踊るように向かい合って立ち、片手を頭上にあげた状態で、空いている手を掴もうとするリリィお嬢さまと、掴ませまいとするキースの攻防が続く。すでに子供の喧嘩状態だ。

 リリィお嬢さまはアレンのせいで鬱憤がたまっている。

 キースはルークがいないことによって仕事が上手く回らなくてイライラしている。

 要するに二人とも心に余裕が全くなかった。

 すっかり目は据わり、ひそめていたはずの声はだんだん大きくなっていく。さらになにか言おうとお互いが同時に口を開いた時だ。

 ノックの音がしてドアが開いた。

 言い争うのを止めて二人揃ってドアの方を見る。そこには引きつった笑いを浮かべたトマスが立っていた。


「君たちさ、このままいくと間違いなく、恥ずかしくて夜眠れなくなるような記憶をお互い突きつけ合うことになるからね。……あと、クイン寝てるから静かにしてね」


 トマスは言いたい事だけ言うと、さっさと扉を閉めた。毒気を抜かれたキースとリリィお嬢さまはしばらくその場に立ち尽くした。


「不意に思い出すと、頭かきむしって叫び出したくなるような記憶って、誰にでもひとつやふたつあるわよね……」


「そうですね。なかったことにしてしまいたいことって、ありますよ……」


 二人はのろのろと上げていた手を下ろすと。気まずそうに目を逸らした。余計な事を色々思い出した。それこそ、今ここで頭を抱えて叫び声を上げながら座り込んでしまいたいような過去の失敗の数々を。


「なんでこんな気分にならないといけないのかしらね……」


 やるせない表情をして、リリィお嬢さまが窓の外の青空に向かって問いかけた。

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