2 確かにその二人の王子に関しては良い噂が…… その1
サブタイトルは、5話の婚約者がやって来た。の中の一文から。
番外編第一話の翌日くらいのお話です。これは、本当にどうしようか迷ったんですが……
気付いていらっしゃる方もいるかもしれないので……思い切って出します。
32話のルークと王子様。にある『第二王子は華奢ではない』に関するお話です。
「言っておきますけど、甘くみていると痛い目みますよ」
友人はそう言って、鋭い目で睨みつけてきた。大事に隠している子うさぎを奪おうとしているのだから、まぁ当然の反応だろう。
せっかく人が、もうどうにもならなくなったら助けてやろうと色々手を回してやったのに、感謝もない。彼が抱きしめて離さない方の子うさぎが、アレンと結婚することになっていたらどうするつもりだったのだろう。
……どうもしなかったろう。きっと表面上は素晴らしく完璧な……手も繋げないような夫婦が出来上がっただけだ。リリアの相手が元王族だったか第二王子だったかの違いだけ。
アーサーは喪に服しているため黒の軍服を着ている。先日第二王子妃がとうとう息を引き取った。本人の意思で国葬は行われなかった。……空っぽの棺が墓地に埋葬された。
来年にはお妃選びが行われることが決まっている。次の妃は緑の瞳である必要がない。年頃の娘を持つ貴族たちはすでに動き始めていた。有力候補と言われている数人の中には、百合の名を持つガルトダット家の令嬢の名前もある。
「リリアは確かに、かわいい子だと思うよ」
ようやく休憩時間を取れた第二王子は、ソファーに体を預けながら侍女に話しかけた。
室内には五人の護衛騎士と、侍女のソフィーがいる。今日も今日とて忙しい。ルークがいないから余計に忙しい。……ちゃんと結婚させてやったんだから、いつまでも子うさぎを甘やかしていないで、早く戻って来てくれないだろうか。
「違います、アーサーさま。お二人ともとてもかわいい子です。貴重です。子供の頃もそれはそれはもうかわいらしかった……」
ソフィーは何かを思い出したのか、うっとりしている。ソフィーはアーサーの乳母の娘だ。だから二人の関係性は、トマスとキースのそれによく似ている。
「ルークさまが二人のちいさなお嬢さまと手を繋いで、三人で楽しそうに歩いている姿など、もう絵に残したいくらいでしたね。物語の世界がそこにありました」
「……ソフィー見た事あるの?」
「殿下がわたくしにお使いを何回か頼んだんですよ?」
ソフィーが呆れ顔になる。ああ、そういえばそうだったなとアーサーは思い出した。リルド侯爵がガルトダット伯爵家に滞在していた時に、何度かソフィーに手紙を持って行かせたか。
「リリィさまとリリアさまは、白い花冠を頭に乗せて嬉しそうに笑っていらっしゃいました。その横でルークさまが大切そうにお二人を見守っていて……まさにちいさな王女さまと護衛騎士という感じでしたね。微笑ましい光景だったのですよ」
「……同じ三人という数なのに、僕の子供時代と全然違うよね」
「……そうですね。あれは……ちょっと……」
ソフィーはさっと目をそらして言いよどむ。大柄な少女に腕を掴まれて引きずりまわされたことを思い出して、アーサーは顔をしかめた。
「結構痛かったんだよね。……絶対に体鍛えようと思った」
「まぁ結果的に強靭な肉体を手に入れた訳ですし、良かったですね……」
ソフィーは曖昧に笑った。
「やめよう気分悪い……なんだっけ、リリアがかわいいという話か」
「とてもかわいい、です」
ソフィーは訂正し、周囲の護衛騎士たちがうんうんと頷いている。
「……はいはい」
リリアは人目を引くほどの美人という訳ではないけれど、一見おとなしく従順だし、男性の庇護欲を刺激する。その上、リル王女と縁の深い、没落した伯爵家の娘だ。彼女を手に入れようと一部の男性陣が目の色を変えるのも無理はなかった。
ここにいる第二王子の護衛騎士たちも、今ではすっかり『ちいさな王女さまを守る護衛騎士』のつもりで、リリアを守っている。
あんな妹が欲しい。お兄さまと呼ばれたい。呼ばれているあの男が羨ましい。……でもあんな風に振り回されるのは自分には耐えられない。絶対に無理。そんな意見が大多数だ。
彼らに言わせると、とにかくリリアはほうっておけないのだそうだ。あざとい仕草の効果も抜群ではあるが……社交の場ではいつも寂しげにしているので、それが気になって目が離せなくなるのだという。「自分でよければおそばにおりますとか、柄にもないこと言いたくなるんですよ……」そんな風に言ったのは誰だったか。
一方、紳士たちの社交場であるクラブでは、ガルトダット伯爵家の長女を手に入れるのは元王族のアレンなのか、第二王子なのかという賭けが行われているようだ。
「第二王子の彼女への愛は本物だ。第二王子は彼女のために痩せたのだから」
……そう、体重を落としたのだ。手っ取り早く、彼女に恋をしているのだと周囲に印象付けるために。
アーサーは騎士だ。自分の性格に合った戦い方というのはある。力でごり押しするのは好きではない。ルークのように素早さに特化したい。それなのに、周囲は食べろ食べろとお菓子やパンを持ってくる。全部ソフィーに頼んでキースに横流ししてやった。
――『飢えのない豊かな国である』という証として、国王はふくよかであること。
最初は、太りやすさを誤魔化すための詭弁だったに違いないのだが、そんな適当な言い訳も百年以上すぎれば立派な伝統となった。
だから、以前は今より十キロくらい重かった。せめてもの抵抗で脂肪はすべて筋肉に変えてやったのだが、それではふくよかとは言えない。食べろ、とにかくもっと食べろと周囲に言われ続けて辟易した。
アーサーは他の王子たちより背が高い。平均的な男性の身長に少し足りないくらいだ。だから他より横に大きくなれと言われ続け……体重増やさないと王様になれない国なんて滅びてしまえばいいと心の底から思っていた。そこまで大切だろうか。わかりやすい見た目が。
今はとても自分の体型に満足している。力業には頼れないが、身体が軽い。快適だ。……周囲は相変わらずうるさい。
「もう体重ふやさないのですか?」
「いやだね」
頑なに紅茶に手を付けようとしない主を見て、ソフィーがにやにや笑う。
「リリィさまにどう思われるか心配ですもんねぇ」
「……いやな言い方するね、ソフィー」
明らかに不機嫌になった第二王子は、侍女を軽く睨んだ。
「いい事教えましょうか。この間、アーサーさまの昔の肖像画を、ルークさまがリリィさまに見せたらしくて。……今よりちょっと大きかった頃の」
にやにや、にやにや。ソフィーが嫌な感じで言葉を切る。アーサーの眉間にものすごく深い皺が寄る。護衛騎士たちが興味津々というように聞き耳を立てているのがわかる。
「やっぱり陛下に似ていらっしゃいますね、とてもかわいらしいですねって嬉しそうだったらしいですよ。良かったですねぇ。……という訳で砂糖多めに入れておきましたから、紅茶どうぞ」
にやにや、にやにや。ソフィーだけでなく、室内にいる全員が嫌な笑顔を浮かべている。
アーサーは無言でティーカップを横にどけた。
「本当に良かったですね~。だから安心して大きく育って下さい」
「さすがにもう背は伸びない。……それに、彼女は陛下に父親を求めてるだけだろう?」
ソフィーは素知らぬ顔でティーカップを回収して銀盆に乗せると、
「では、これはいつも通り、向こうの部屋でわたくしがいただきます。もうすぐ休憩時間も終わりますね。わたくしは今日この後リリィさまにマナーを教えに行くことになっております。……カード、書かれるならお早めに。そちらに用意しておきましたから」
扉を出る前に立ち止まって振り返り、ソフィーは目を眇めた。
「……アレンさまをあまり甘く見ない方がよろしいですよ? お二人は婚約者同士なのですから。リリィさまはお優しいので、アレンさまをとっくに許していらっしゃるでしょう」
ルークと同じことを言って、ソフィーは部屋を出て行った。
……やれやれ、結局自分もアレンも、ルークのように子うさぎに振り回されるのか。
アーサーは立ち上がって執務机に向かう。優秀な侍女が用意した、カードと筆記具。
心が柔らかくて弱い少女。ルークがずっと守って来たから、大人の男性に怒られたこともないらしい。怯える姿はまさに子うさぎだ。あれでは狼にすぐに食べられてしまう。
自分でも自覚して一生懸命自立しようとする姿はとても可愛らしくて……もう少しそのままでいてもいいよと甘やかしてやりたくなる。
でも、そんなに時間は与えてやれないから――
はやくここまでおいで……逃げられないように甘いお菓子を用意して、罠を張って待っているから。
「……殿下、ものすごく悪い顔してます。やめてください」
護衛騎士の一人が、顔を背けてそう言った。
次は、リリィとアレンが、ロバートに会いに行く話の予定です。