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お詫びの品 



「指貫は投げるものではありません」


「指貫じゃなくてジャガイモだもん」


……なぜジャガイモをエプロンのポケットに入れて持ち歩く。


「指貫もスプーンもジャガイモも靴も人に投げつけてはいけません」


「そんなにヒューゴお兄さまが大事なら、ルークさまはヒューゴお兄さまと結婚すればいいのですっ」


「そんなことにはなりません」

 

 使用人棟の最上階にあるルークの私室に強制送還されたリリアは、ソファーの上で頭からブランケットを被って丸まっている。怒っているぞという意思表示のようだが、怒られても仕方がないことをやっているのはリリアの方だ。


「ヒューゴお兄さま、私たちには異民族にひっつくなとか、くっつくなとか、抱きつくなとか言ったくせにーっ」


 ……リリアの語彙力が低下している。多分、熱が籠って暑いのだ。


「だからと言って、物を投げつけていいことにはなりません」


「かわいい仕返しだもん! 蹴るのはダメだって言われたから、蹴ってないもんっ」


ジャガイモ投げつけるのは『可愛い仕返し』とは言わない。当たり所が悪ければ大怪我を負う。


「殺人事件に発展するのでやめて下さい」


 もうこれ以上幽霊増やさないで欲しいと一瞬でも思った自分自身に嫌気がさす。ルークは一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、ソファーの上の丸いかたまりにむかって、ゆっくりと語り掛けた。


「リリアさまは毎回毎回しっかり言い返してましたよね?」


 リリィは毎回ヒューゴに言われっぱなしだったが、リリアはリリィの分まで反論していたはずだ。面と向かって容赦なく「大きらい!」と言われ続けたせいで、ヒューゴの女性恐怖症は悪化した。


「言いたいことの半分も言ってないもんっ」


 それは昼間も聞いた。……つまりは同じような会話を今日一日ずっと繰り返しているということになる。


「毒々しい緑色のスープ作りましたよね。サンドイッチにクレソン大量に刻んで入れるという嫌がらせもしましたよね?」


 ほんの少しルークが目を離した隙に、リリアは夜食として取り分けておいたジャガイモのポタージュにすり潰したクレソンを大量に投入していた。

 機嫌よく鼻歌を歌いながらパンケーキを焼いている時点で、ちょっとおかしいなとは思ったのだ。怪しげな匂いに気付いて鍋の蓋を開けて中身を確認したら、ドロドロの深緑色のスープがゴボッゴボッという音を立てて沸騰していた。……絵本に出てくる魔女が大鍋で煮ている秘薬のようだった。

 フィンとマーゴの証言によると、リリアは大変楽しそうに乳鉢でクレソンをすり潰していたのだそうだ……エラと一緒に。


「普通に入れるとルークさま全部取り除いちゃうもんっ。それに、嫌がらせじゃないもん。お野菜は体にいいんだもん」


 リリアはそう主張しているが、今思い返しても、体に良さそうなものにはとても見えなかった。


 バターとミルクを加えて薄めた深緑色のスープはまだ大量に残っている。明日の朝食に出した時の全員の反応が気になる所ではあるのだが……

 

 ――誰も戻ってこない気がする。


 ルークの眉間に深い皺が寄った。その辺りを考え始めると頭痛がしてくるので、意識の外に無理やり押し出す。


「普通に入れたら取り除かれるとわかっていてやってる時点で、十分嫌がらせです」


「ルークさま、昔、好き嫌いしないで何でも食べられるようになりましょうねって、私たちには言った!」


「無理やり食べさせるような事をした覚えはありませんけどね……」


「ルークさまいっつも私よりヒューゴお兄さま優先させるもんっ」


 都合が悪くなるとこうやってすぐに話をすり替える。リリアに反省する気は全くない。堂々巡りになるのもいつも通りだ。

 確かにヒューゴも悪い。「これまでの自分の言動を思い返せ!」と文句を言いたくなるリリアの気持ちもわからなくはない。


「…………暑くないですか?」


 ブランケットの端を持って捲ろうとすると、隙間からにゅっと出てきた赤い手にぺちぺち手の甲を叩かれた。その手を掴んでブランケットから引っ張り出す。素直に出てきたから、やはり暑かったらしい。顔が真っ赤だ。


「ヒューゴお兄さま、ルークさま独り占めするからきらい」


「だからといって、ジャガイモ投げつけていいという話にはなりません」


「まだ投げてないもん」


 ルークは『絶対自分は悪くない!』と全身で主張しているリリアをじーっと見つめた。支離滅裂な事を言っている自覚はあるようで、リリアはたじろいだように体を少し後ろに引いた。


「リリアさまとヒューゴさまがジャガイモ投げつけ合いを始めたら……クインさまは困ってしまうと思いますよ?」


 クインの名前を出した途端に、リリアはぎゅっと両手でブランケットを握りしめて、ふいっと顔を背ける。


「クインさまは、ウォルターお兄さまと一緒になった方が幸せになれます」


「ウォルターは幽霊にしか興味ありません」


 汗で額にはりついた前髪をはらってやりながらルークが答えると、リリアは頬を膨らませて黙り込んだ。


「そもそも幽霊が全く平気な人間じゃないと、ウォルターと一緒には暮らせません」


 あんなに幽霊を怖がっていたクインにはとても無理だろう。

 リリアは不服そうに顔を顰めていたが、突然、大変素晴らしい事を思いついたというように、目を輝かせた。


「……あ、なら、ヒューゴお兄さまが、ウォルターお兄さまと結婚すれば良いのです!」

 

「…………どうしても二人の邪魔をしたいんですね」


 お城の舞踏会に行ったリリィたちが心配で落ち着かないのはわかるが、ヒューゴに嫌がらせをして気を紛らわそうとするのは本当にやめてほしい。 


 明日円滑にヒューゴを仕事に送り出すためにも、キースだけは早めに返して欲しいなと、ルークは頭痛を堪えながら深いため息をついた。



  

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