8 竜騎士団1年目 4Q
正月、ケイは実家で過ごしていた。
学生のときはホノカ達の帰省に同行させてもらっていたのだが、今年からホノカたちは地元の町に戻っている。一人で実家の町に戻るのは地味に面倒だな、と思っていたケイに対し、団長は飛竜の使用を許可した。
馬車で一日かかる道でも、飛竜を使えばあっという間のため、ケイは去年と同様に実家で家族と過ごすことができた。
飛竜はケイを送り届けると戻っていった。三日後には迎えに来てくれるということだったので、帰る前にたっぷりとリンゴを持たせておいた。寒空を飛んでくれる飛竜たちへの少し早いお年玉だった。
「ケイ兄ちゃん、一緒にお宮参り行かない?」
帝国には公認宗教があり、ほぼ全員がその宗教の信徒である。といっても緩い宗教で、教義を詳しく知っている人物は少ない。冠婚葬祭に加え、正月とお盆くらいしか関わりはない宗教だが、その分正月参りだけは帝国民全員の恒例行事になっている。
ケイを誘ったのは妹のアズサだった。今年幼年学校を卒業する予定で、両親の希望もあり地元の学校に進学予定である。本人は都会に憧れており領都の話をケイに聞きたいらしい。
「ミノルは?」
「ミノル兄はカノジョさんと二人で行ったよ」
「え?誰と?」
「カノジョさん」
「マジか。いつ彼女なんて作ったんだ?」
「ケイ兄ちゃんが家に戻ってこないから頑張ってた」
「ごめんなさい」
弟のミノルはケイとは違い、地元の学校に進学していた。ケイが家業を継がないことを決めてから、ミノルが農場の後継ぎとして頑張っている。
ケイは、もっときちんとしたお土産持ってくればよかった、と思った。
お宮は隣町のさらに先、ちょっとした山の中腹にある。
今は午前中、これから向かえばアズサの足でも昼過ぎにはお参りを終え、夕方には戻ってこれるだろう。
「よし、行こう」
「やった~」
お宮までの道は騎士団によって警備が行われており、乗り合い馬車もあって安全に移動できる。二人で移動しながら話をしたのは、やはり領都での一年についてだった。家族はケイが騎士団に所属していることを知っているが、詳しい業務は知らせていなかった。
時々誤魔化しを入れつつ、周りを歩く参拝者の流れにのって山の麓まで来たところでケイは奇妙な感じを抱いた。気のせいとも思ったが参道を登るにつれて、違和感は増してきた。
となりを歩くアズサは特に何も感じていないようだった。
思いがけない状況に、先に行ったミノルが心配になったが、すれ違うお参り帰りの人たちの姿には別段変わったことはない。そうこうするうちに途中で戻って来るミノルとすれ違った。
向こうは話に夢中で気づいていなかったが、ケイたちは気づいたので、帰ったら冷やかしてやろうと思った。
その後も違和感は大きくなり、社殿にたどり着いたとき、ケイの直感は近くに特殊個体が存在すると告げていた。ただ、違和感はあるものの、嫌なものではない。むしろ、体がポカポカするような心地よい感覚だった。
二人で並んでお賽銭を投げ入れ、アズサはおみくじを引きに行く。ケイは少し離れた場所で気配の出所を探っていた。
ーケーンー
かすかにキツネの鳴き声が聞こえてくる。社殿の前に人が集まりだした。
「御使い様だって。行こうよ」
おみくじを木に結び付けて戻ってきたアズサがケイの服を引っ張る。ケイたちが人だかりに加わった後しばらくして、このお宮の神様の使いとされているキツネが、社殿の奥から巫女に導かれて出てきた。
体長1メートルほどの白いキツネは一段高くなった場所でおとなしくお座りをした。
そのまま神職により祝詞があげられ、その後キツネが一声大きく鳴いた。
その鳴き声にのるように、温かい魔力の波が広がっていく。
ケイはこの神事のことは知っていた。小さいころから毎年初詣に来ていたお宮のため、何度か見たこともある。その際は、神獣であるキツネの力を使った国家安全の祈りである、という漠然としたイメージしかもっていなかった。
だが、何度が討伐任務を行った今は一年前とは違う。ケイは小さい頃から何度か見たそのキツネが特殊個体であることを確信した。
キツネは社殿の奥に帰っていった。この神事は一日2回あるので、午後も同様のことが執り行われるのだろう。これはどういうことだろうか?と自問した。
今まで、特殊個体イコール竜騎士団の敵という認識だったが、先ほど見たキツネには悪意を感じなかった。
回りの神職にも不審なところは見えず、参拝者に対して祝福を授けているようにしか見えなかった。
「兄ちゃん、お守り買って帰ろ~」
アズサに急かされ、ケイはそれ以上考えることはやめた。
特に害もなさそうだし、実際これまでも害はなかった。領都に戻ったら団長に聞いてみよう、という結論にして、ケイは参道を戻り始めた。
家についたケイたちはミノルをからかったり、母親の料理を食べたりしながら正月休みを過ごした
ホノカ、ノドカと久しぶりに食事をして近況報告をするなど、楽しく過ごした後、領都へと戻る日になった。
みーくんが迎えに来てくれたのが午前中早い時間だったので、ちょっとお願いして農作業の手伝いをしてもらった。使用人たちは驚いていたが、ケイが騎士団の伝手でお願いした旨を告げるとすぐに慣れたようだった。
みーくん的には泥遊びをしたらリンゴをいっぱいもらえた、ということで帰りの飛行中終始ご満悦だった。ルイには帰りが遅いと怒られた。
領都に戻り、ケイは詰所で団長に、お宮で見た事象について説明した。
詰所内には団長のほか、いつものメンバーであるマヤとクロカゲがいた。
「あー。気づいたのか。相性が良かったのかな・・・」
「相性ですか?」
「いや、それよりも、ケイはその時どう思って、どう行動したのか、詳しく教えて欲しい」
「えっと・・・」
ケイは団長に、過去の経験と直感から、特に悪いことにはならないだろうと判断したこと、そのままその場を去ったことを告げた。
団長はほっとしたようだった。クロカゲに目配せをし、周囲の雑音が消える。
「教えていなかった私も悪かった。ここからは機密事項だ」
「はい」
「帝国公認宗教、そこと友好関係を結んでいる特殊個体がいる」
「えっ?」
団長の言葉に反応したのは以外にもマヤだった。
「あ、ごめんなさい。なんでもないの。続けてください」
マヤはそれっきり黙る。クロカゲは無反応ということは知っていたのだろう。
「いや・・・正確にはいた、だ。今は所在不明、死んだとも言われている」
「言われている?」
「宗教関係には騎士団といえども簡単には立ち入れない。文字通り聖域だからね。分かっているのは‘勇者’に匹敵する特殊個体がいた、ということだ」
「とんでもないのがいたんですね」
「過去の大戦以降、その特殊個体は表舞台から姿を消した。で、現在各地のお宮にはその特殊個体の力を受け継いだ個体が神獣として崇められている」
「特殊個体の子孫たち、ですか?」
「さあ、どうだろうね。我々としては友好関係にある特殊個体なので基本的には深入りしない。‘勇者’からも‘そうお願い’されているからね」
「‘勇者’関連の話なんですか・・・」
「今回は思いとどまってくれて助かった。気づいたってことは、今のケイはその特殊個体よりも強い可能性が高い。討伐なんてした日には、物理的に私の首が飛ぶところだったよ」
団長は明るく言ったが、物騒極まりない話だった。
「あの、手を出してはいけない特殊個体って他にもいるんですか?」
「そうだね・・・教えておこう」
その後、団長からいくつかの例外特殊個体についての話を聞いた。
ケイは帝国の裏の顔を見た気がした。