70 竜騎士団3年目 新人歓迎
結局演習は午前中いっぱいまで続いてしまった。演習時間が延びる原因を作ったフウカはユリと共に地下室へと戻っていった。
詰所に戻ったケイに、お弁当を食べているマヤが声をかける。ナツキと団長は既に詰所に戻ってきていた。
「お帰りなさい」
「戻りました~」
「長かったですね」
「捕まっちゃいました」
席に戻りつつ弁当を広げる。
「ユリさんが凝り出しちゃった?」
「いえ、今回はフウカさんです。新武器を持った自分と本気で勝負したいと言われて、相手してました」
「へぇ。どっちが勝ったの?」
「フウカさんです。最後、奥の手っぽいのにやられてしまって」
「奥の手?」
「まぁ、それは内緒ということで。僕がしゃべるのも悪い気がしますので、本人に聞いてもらえれば……」
「ふーん、そっか。新武器はどうだったの?使えそう?」
「いい感じですね。汎用性がめちゃ高いです。その分使いこなすのは難しそうですが、面白いですよ。明日には手に入るので、一回勝負します?」
「私よりも、ナツキ君の方が適任だと思うよ」
「そうですね」
ナツキは自分の名前が呼ばれたと弁当を食べる手を止めてこちらを見た。
手には可愛らしい弁当箱。ナツキにはいささか不似合いだが、誰もツッコミは入れない。
「僕ですか?」
「気にしないで。ナツキ君は今週は養生週間だよ。先週の集合研修の疲れが取れるまでは」
「ありがたいです‥…」
受け答えに疲れが見える。
なんとなくそのまま会話は途切れ、3人はもさもさと食事を済ませた。
午後の就業開始チャイムが鳴る前、カイ団長が席を立った。
続いてケイも席を立つ。午後一で市長との定例打ち合わせである。
市長室ではその部屋の主がケイ達を待っていた。
いつも通りに応接会議卓に座る。机の上には例の水晶玉(魔導映写機)がセットされていた。
「まずは、ケイ、ご苦労さまだった。集合研修での一連の出来事については、カイから概要報告を聞いている。手間だが、もう一度今度はケイから状況を教えてもらいたい」
「はい。…………」
ケイが市長に事情を話す。青年と出会ったこと、青年が魔物を手名付けたこと、奇妙な祠での影の獣との戦闘。その後のやり取り。
一通り話を聞いた市長は、溜息ののちに言葉を発した。
「本番が来る、か。思わせぶりな言葉だけ残しておいて、いったい勇者は我々に何をさせたいのだろうか」
「状況と言葉で判断すれば、強力な影の獣が出現する、と考えるのが自然かな」
「ケイが斃した影の獣。属性魔術に特化した存在のことか。私の方でも似たような事例がなかったか、近衛騎士団の伝手で調べてみた。結果がこれだ」
市長は書類を取り出した。団長が読み進める間に市長が補足する。
「8年前、列島領の人里離れた入江で確認された。影が凝り固まったような外見、金属質の唸り声、強力な属性魔術を行使する特殊個体だ。外見は4足獣ではなく、大型の甲殻類を模した形状だ。当時の近衛騎士団のエースチームによって討伐されている」
団長が見ている書類にはその特殊個体の絵が添付され、詳しい形状が記載されていた。
蟹としか言いようのない形状だ。
「調査の結果は?」
「全て不明。討伐と同時に消失するタイプだったそうだ」
「残念だが、仕方ないか」
霊体系の特殊個体は討伐と共に霧散することが多く、骸を調査することができない。それと同じ状況ということだ。
「その場で何か魔道具は発見されなかったのか?」
「何もなし。特殊個体の活動停止と共に煙のように消え去ったということだ。確認を取ったから間違いない」
「ケイが斃した獣は腕輪をコアとして発生したようだが、列島領の個体はそうではなかった。外見や特性の共通点は多いが、微妙に違うのが気になる」
「討伐時にコアを破壊してしまった可能性もあるから、何とも言えないな。この資料によるとかなりの脅威度を誇る個体だ。一歩間違えは災害級だぞ。いかな近衛騎士団といえども、余裕のある戦いは難しい」
「討伐時の乱戦、魔術戦を考慮すると、コアが流れ弾によって消滅したとしても不思議ではないか……」
団長はケイに資料を渡した。目を通す。
「私が戦ったのは4足獣。もっと言うと5尾の狐のようでした。そして、勇者が関係しているのは確定。ということは、あの獣は天狐に関係があるのでは?」
「当然そこは考えた。だが、そう考えるには決め手に欠ける。伝承にある天狐とは形状が違いすぎるんだ」
「天狐についての情報は少ない。帝国が保有する資料はわずかだが、そこに外見に関する記述がある。曰く、全身が白い。見上げるほどの大きさ。尾は9本。……ケイの報告とは違う」
「全身が黒く、尾が5本でした。確かに違います」
「何より、天狐は大災害級の特殊個体。本物と敵対していたのであれば、ケイの命はない。いや、むしろ今頃この領そのものが危機的状態でもおかしくない。以上の点を考慮すると、例の獣は天狐ではないという結論になる」
「いいところ、模造品だろう。それを勇者が知っていた、ということが不可解極まる」
獣についての話が、勇者の話に戻ってきた。
「市長は勇者とお会いになったことが?」
「私は会ったことはない。が、近衛騎士団の上位職制は定期的に接触しているようだ」
「何のために?」
「聖騎士団に手を出すなと警告されることは聞いているな?それ以外の情報はない」
言葉が途切れる。
3人とも、これ以上勇者に関する情報を持っていないので、建設的な話ができなかった。
しばしの沈黙ののち、市長が提案した。
「分からないことだらけだが、確定事項もある。半年以内に何かが起きる。一般の人々に危害を与える何かだ。それを竜騎士団は防がなければならない」
「だな。強力な特殊個体の発生に備える。まずはそれだな」
「竜騎士団にも新しい戦力が加わった。準備は万全ということはないが、出来る限りのことをやってくれ。私も、いざというときには他騎士団との連携や帝都からの応援、速やかに各所の協力を得られるよう準備しておく」
「頼む」
そして、次の話はその竜騎士団の新しい戦力について。
「新人は集合研修の課題をクリアし、正式に竜騎士団の一員となった。まずは一安心だ」
「あ、課題は何だったのですか?」
ケイの興味本位の質問に答えたのは、意外にも市長だった。
「そうだな。実際に見てみるか?」
市長はカーテンを閉め、映写機を起動した。
水晶玉から放たれた光の先、壁にはナツキ達の集合研修時の様子が映される。
撮影者は木の上からナツキ達のチームを撮影していた。
最終日だろうか。新人達がまばらに木が生えた荒れ地を進んでいく。いずれも薄汚れており、足取りは重い。
何の変哲もない行軍風景と思われたが、突然新人達が宙吊りになっていく。罠だ。チーム4人中、ナツキ以外の3人が上下逆さまに吊るされた。
ナツキが3人を吊っているロープに向けて魔術を放とうとしたとき、急に俊敏な動きでしゃがんだ。岩の影から素早く飛び出してきた人物がナツキの背後を取り、横なぎに振るった剣撃を回避したのだ。
そのままナツキは背後の人物に足払い。それを回避した襲撃者が距離を取る。
襲撃者は体型が分からない、ダボッとした服装で覆面を被っていた。
一見すると不審者だが、ケイにはそれが誰か分かった。襲撃者が持っている武器が、午前中にみたものと同じだった。
「あれって、フウカさん、ですか?」
「そう。よく分かったね」
「先ほどフウカさんと訓練してたので見覚えがあって……」
そんな会話の間も、映像はどんどん変わっていく。
ナツキは杖を取り出した。フウカと戦うようだ。杖は半年前とは違う、ユリ特製の魔導杖になっていた。
(なるほど、半年前、ナツキ君はフウカさんに負けた。あれ以来本気の再戦をしたという話は聞かないし、フウカさんに勝つことが課題か)
結果は分かっている。ナツキが正式採用されたということは、この勝負はナツキが勝ったということである。
さて、お手並み拝見、と思っていると、勝負は急展開した。
「……」
ナツキが杖を構え、フウカが剣を構える。
フウカはナツキの出方を伺っていたようだが、ナツキは杖で地面を着いた。
瞬間、フウカの足元からツタが飛び出し巻き付く。
急いで剣でツタを排除したとき、フウカの眼前には白い球が浮かんでいた。
バックステップで避けようとしたフウカだが、背後に動けない。不可視の壁が回避を妨げていた。
白い球はそのまま重力にひかれて地面に降りていき、接触した瞬間に映像は真っ白になった。
「ひっ」
映像から、轟音とともに、この場で映像を見ている3人とは違う誰かの息をのむ声が一瞬だけ聞こえた。これを撮影していた人物か?それにしてはどこかで聞いたような声だった。
真っ白な画面が収まったとき、そこには変わり果てた大地が映っていた。
あの白い球が接触したと思われる場所を爆心地としてクレータ―ができあがっている。
これは死者が出てもおかしくないと思ったケイであったが、新人達はナツキが張った防御魔術で守られたらしく、無事だった。
一方でフウカは、というとボロボロになりつつ戦闘から離脱する様子が映っていた。
あの魔術を至近距離で受けたにしてはダメージが少ない。‘危機一髪’を携帯していたのだろう。もしかして、午前中に見せたあの‘奥の手’はこのナツキとの戦闘で使う予定だったのでは?本気でやる気だったのに何もできず離脱することになってしまった。その無念さを何かで発散させたいと、午前中自分と戦いたがったのかもしれない。
そこからしばらくして、映像は終了した。
「ナツキ君、フラストレーション溜まってたんですかね?」
「かもな……」
力任せに、大魔術で全てを吹き飛ばしただけ。ではあるが、課題はクリアしている。
「ちなみに、あの一撃で近隣の村から苦情がきた。……さすがはレイジさんの弟子だな」
「……」
「強力な魔導士の加入は喜ばしい。ちゃんと竜騎士団で面倒をみるんだぞ」
「はい……」
団長とケイは、秘書さんが作ってくれた水羊羹を食べて市長室を後にした。




