65 竜騎士団3年目 新人集合研修4
青年は完全武装のカイ団長に話しかけた。
「早かったね。もう少しかかると思ったよ」
「……」
団長は青年の呼びかけに答えず、そのまま青年の隣を通って穴に向かおうとした。
すれ違う瞬間に青年が声を掛けた。
「やめた方がいい。もう始まった。それ以上進むなら止めさせてもらう」
団長は歩みを止めた。いつの間にか、雷鳥と鎧熊の親熊が青年の近くに寄ってきていた。
青年も団長の間に緊張が走る。その空気に耐えられなかったのか、青年が抱き上げていた子熊がびくっと震えた。
あれよという間に子熊はそそうをしてしまった。
「あ、こら!ごめん、ごめんって!」
盛大にズボンをぬらされた青年は驚き、しかし子熊を乱暴に扱うことはせず頭を撫でながら必死でなだめる。
情けないようなやり取りの中で緊張感は霧散してしまった。
団長は大きく息を吐きながら振り返り、そのまま青年に問いかける。
「……どうして、今、彼なんですか?」
「彼は、興味深い」
団長の問いには答えず、青年は続ける。
濡れたズボンは一瞬の後に元通りになっていた。団長は目を細める。
「数多くの色が混じっている。帝国の実力者には混じりモノが多いが、その中でも彼は君と似ている。もしも彼が君と同じ領域に到達できるのであれば、それは私にとっても好都合。老婆心ながらお手伝い、さ」
「……だからといってこのタイミングは……」
「急ぐ理由があってね。使える戦力は可能な限り強化しておきたい」
◇◇◇◇
一方のケイ。
驚き心臓は未だ早鐘を打っているが、周囲の状況を確認できる程度には冷静だった。
1年前、似たような経験をしていたからだ。
(竜団会議での戦闘訓練の感覚に近い……)
あの時のような幻術にかかった感覚はなかった。
腕輪から発生した闇の塊は急速に膨らみ、逃げる余裕はなかった。一瞬で飲み込まれたと思ったら、別の場所に立っていた。
先ほどまでいたのが学校の教室程度の空間だったのに対し、今いる空間は体育館程度の大きさがある。
壁や天井は石造り。無造作に岩山をくりぬきました、という感じの内装で、装飾などはない。
前後左右上下、どこにも出口らしきものはない。
「……」
ケイは腰の剣を抜き、空間の奥の方に目をやった。
石床の上に影の塊のようなものがうごめいていた。
見た目だけで判断すると、間違いなく邪悪な何か。先ほど飲み込まれた闇に似ている。
(あれが原因。だろうなぁ)
ケイの存在に気づいたのか、ケイの準備が整うのを待っていたのか、影の塊はゆっくりと形を変えた。
少しずつ、玉ねぎの皮をむくように影がほどけていく。
5枚の皮がむけると、それぞれ皮は捻じれて一本の紐状になった。5本の紐が、中身と一箇所で繋がっている状態になる。
皮がむけた中身もゆっくりと形を変えていく。
そうして影が形作ったのは5本の尾を持つ漆黒の4足獣。本体の体長が3メートル程度なのに対し、尻尾にあたる部分は10メートル以上ある。本体の頭部、目に当たる部分が白く光っている。
「!“#$%&‘()」
獣はケイに向き直ると、金属をこすり合わせたような、生物とは思えない無機質な鳴き声を上げた。友好的な感じでは、ない。
一本の尻尾の先端がケイに向くと、そこに赤い光が灯る。魔術だ、と気づくと同じタイミングで火球が放たれた。
「っ!」
咄嗟に回避すると火球は床に着弾し弾けた。肌感覚ではかなりの熱量を感じるにもかかわらず、床面には大した影響はない。この場所は余程頑強に作られているとみえる。
(直撃は致命傷だな……)
再び尻尾の先から放たれた火球を水の魔術で相殺する。
なし崩しに、ケイと漆黒の獣は戦闘を開始した。
漆黒の獣は矢継ぎ早に火の魔術を放ってくる。火球のみならず、小さいが数の多い火矢、着弾までの時間が極めて短い火線など、様々な魔術をかいくぐり、ケイは獣へと近づいていく。
獣は接近を防ぎたいのか、ひときわ大きな火球が放たれた。
ケイは自らそこへ踏み込み、火球と接触するタイミングで剣に水属性のエンチャントをかけて両断。さらに距離を詰める。ある程度ケイと獣の距離が縮まったところで、2本目の尻尾が動きだした。
黄色い魔術光の後、広範囲に無数の石礫が飛んでくる。全てを回避するのは不可能と考え、ケイは前方に風の魔術を展開。正面に飛んでくる礫を突風で弾く。
防御しきれなかった礫がケイの左腕に小さな切り傷を作った。
(マズいな)
ケイは自分の不利を悟った。
今、獣は2本の尻尾しか使っていない。尻尾はそれぞれ火属性、地属性の魔術を使用した。
ということは、残り3本の尻尾は……
ケイが注視するなか、獣の3本目の尻尾が動き出そうとしていた。
◇◇◇◇
祠の外で、団長と青年の話は続いていた。
と言っても、青年が一方的に自分の気の向くままに話すのみ。団長の質問や答えはほぼ無視されていた。
「彼は、素直だね。それは美徳ではあるが、弱点でもある」
「……」
「まだ若いから仕方はないとはいえ、少しは腹芸をこなせるようにならないと、早死にするよ」
「そうならないために私が、私たちがいる」
「過保護なことだ」
ふふ、と青年は微笑んだ。
「まぁ、そういうのは嫌いではないよ。それに今回は私の都合で巻き込んだわけだから、いざというときの保険も……そうだな、君にお願いしよう」
青年は雷鳥の方に顔を向けた。
「ガァー」
一声鳴くと雷鳥は羽ばたき、穴の中へと消えていった。
◇◇◇◇
ケイは漆黒の獣と戦い続けていた。
獣の尻尾は全部で5本。各々が別属性の魔術を行使してくる。
現在は5本全てが稼働中。ケイは尻尾から放たれる強力な魔術連発に対して回避と防御を行い、反撃のタイミングを図っていた。
状況を打破する糸口はもう見つけている。
各尻尾の性能特性である。
特性1、各尻尾は特定属性の魔術しか使わない。
特性2、攻撃魔術の威力は極めて高い。受ける場合は優位属性での相殺が必須。
特性3、各々の尻尾は連携が取れていない。
上記特性の3つ目、連携が取れていないところに付け入る隙がある。
特性2を考慮すると、獣がその気になればすぐにでもケイを仕留められると思うのだが、実際の状況として各尻尾は放つ魔術もタイミングもバラバラ。自分が放った魔術を自分の魔術で無効化する、なんてことまでしばしば起きている。
尻尾2本の時点で厳しい戦いになると思っていたが、尻尾5本になった今、最初に感じたほど絶望感はない。相手の手数は増えたが、実感する脅威度はそこまで上がっていない。
別々の意思を持った5つの魔物が見た目だけは一つに合体しているイメージである。
そうこう考えているうちに、チャンスがやってきた。
水属性の尻尾が広範囲に吹雪を発生させたことによって、一時的に目くらましとなり、他属性の魔術が止まる。
ケイは雷属性の強化で強引に吹雪を突破し、そのまま尻尾の一本を両断。本体側と切り離された尻尾はそのまま消えてしまった。
そのまま2本目を両断しようとしたところで剣は弾かれた。
体制を崩したところに4本の尻尾から攻撃が降り注ぐ。
「っ!」
4属性の防御魔術を展開してやり過ごす。
その後、距離を取ろうとしたところで、足が動かないことに気づいた。土属性魔術によって足元が固定されている。
「!“#$%&‘()」
これまで無反応だった獣の本体、胴体部分が初めて反応した。
斬られた尻尾の根本の部分の影が泡立ち、切断面から先に黒い影が延びていく。あっという間に尻尾は復元した。
(ヤバ……)
防御魔術を維持しつつ、5属性目の攻撃に備える。
復元した尻尾が攻撃魔術を発動する直前、その尻尾に稲妻が走った。
影に沿って無数の雷撃が走り、本体まで到達する。
「#($‘%&!#」
ダメージが効いている様子は見えないが、獣がケイへの攻撃を中断する程度には鬱陶しかったらしい。各尻尾からの攻撃が止まったため、足の拘束を強引に外して射程外へと逃げる。
一息ついて雷撃が飛んできた方を見ると、一羽の雷鳥が雷を纏い飛んでいた。




