6 竜騎士団1年目 2Q
ケイは日課となった武道場での鍛錬を行っていた。
「カイは規格外だ。あれを基準に考えないほうがいい」
休憩時間にケイと話をしているのは武道場の主ことケンイチである。竜騎士団団員である彼は40代半ばという年齢にもかかわらず、対人戦闘、特に無手での戦いでは辺境伯領でトップクラスの実力を持つ。
先日の討伐から帰ったケイは、まずは体術の見直しから、ということでケンイチに稽古を見てもらっていた。
「もともとカイは昔から器用だった。その上で努力を積み重ねた結果があの強さだ」
「団長は天才型ではなく努力型ということですか?」
「カイの上達スピードは際立っていた。だが、それが努力によるものなのか、才能なのかは他人には分からないさ。分かるとしたら、神様くらいだ」
「ケンイチさんは団長を小さいころから知っているんですか?」
「まあ、な」
ケンイチは口を濁した。
「カイは先代団長の養子なんだ。俺も小さいころから稽古をつけてやってた。・・・随分前に立場は逆転したがな!」
ガハハ、と笑ってケンイチは立ち上がった。雑談はこれで終わりらしい。
「さて、次は何をしたい?」
「歩法まわりをお願いします」
「よし、では先に一度手合わせといこう」
構えを取ったケンイチに対して、ケイも構える。
無手での訓練を始めたケイは、当然のようにボロボロにされた。
「ケンイチさんも十分に人外レベルだと思うんだけどな・・・」
くたくたになったケイは竜騎士団の詰所へと戻ってきた。
詰所ではマヤが暑さにノビていた。盆地にある領都は標高こそ高いものの、夏の暑さは平地と同じだ。
買ってきた冷たい飲み物をマヤに渡し、自分の席へと戻ろうとしたとき、マヤが話しかけてきた。
「ケイくん、課題の進捗はどう?」
初めての討伐以降、ケイは団長に課題を与えられていた。団長が見せた動きを再現できるようになる、というのがそれだ。
「歩き方は何とかなりそうですが、剣技の方は難しいですね」
岩竜を両断した技は、雷系を不得意とするケイには難しいものだった。
あの技にこだわる必要はない、要は岩竜を両断できる技があればよいということだったので、今は水刃の練習をしている。剣に少量の水をまとわせ、その水を超高圧で循環させることによって、ウォータージェットの要領で対象を切り裂く技だ。前世の記憶を基に作り上げた、オリジナル技である。
なお、団長に相談したところ、発案者のケイには使えないのに、団長はすぐに使えるようになった。団長が努力型だとか言ったのだれだよ、とケイは思った
「そうですか。団長もすぐに課題をクリアするとは思っていないはずです。集合研修もありますし、頑張ってくださいね」
ケイは机の上に置かれていた書類の中から集合研修に関連するものを選び出して読み始めた。集合研修は、一週間他騎士団メンバーと合同チームを組み山中を連続行進するもので、新人の中間テストとでもいうべきイベントだ。
「学生のときに似たようなことしましたから。先輩方から、何をするかの情報はある程度入手しているので大丈夫です」
「そうですか?ならいいんですけど・・・」
研修内容は箝口令がしかれており、普通に聞いても誰も教えてくれない。だが、先輩方が思わず口を滑らせた小さな情報を集め、ケイは内容についてある程度推測していた。
別に命を取られるわけではない、と考えていたケイだが、それは甘かったと身をもって知ることになった。
集合研修において、新人は他騎士団所属の新人とチームを組む。竜騎士団の新人はケイだけであったため、他のチームが3人であるのに対し、ケイを含むチームは例外的に4人構成となった。
前述した通り、研修は1週間の行軍であるが、当然途中には協力課題が設定されており、メンバーが一人多い分有利である。そこで教官たちはハンデをつけることにした。具体的には、ケイに特殊な道具を持たせることにより、魔力を封じてしまった。
これによりケイは基本素の能力で行軍をこなさなければならなくなったのだが、幸い同じチームのメンバーに補助魔法の使い手がいた。
「こんなの楽勝さ、俺に任せて先に行け!」
「田舎に義妹を残しているんだ。こんなところで死ねない!」
「この研修終わったら一杯おごってくれよな!」
やたらと死亡フラグを立てようとするのには閉口したが、竜騎士団の面々と比較し、今回チームを組んだメンバーは素直な性格だった。
加えて、独身メンバーとして仲間意識を共有している。ケイたちは本来魔力を使って解決するべき課題をチームワークを駆使してこなしていった。
ケイにとっても、単純な筋力・持久力のわずかな向上しか期待できない状況下での経験は素の能力を底上げする必要性を強く認識させることになった。
行軍の最後には魔狼の集団を相手にする戦闘がまっていた。団長が見せた足運びや体捌きを身に着けはじめていたケイは傷を負いながらも勝利した。
―市庁舎 市長室―
薄暗い市長室には市長とカイ団長、二人の姿があった。
二人の間には報告書が積まれており、その隣には水晶が設置されていた。
そこから壁に向けて映像が投影されている。プロジェクターのような使い方だ。
この世界ではこのような魔道具は表向き存在していない。そのあるはずがない魔道具を、二人は当然のように利用していた。
なお、映像はケイたちのチームが魔狼を殲滅したところで終わっていた。
窓のカーテンを開いた団長が椅子に戻ると、おもむろに市長が声を発した。
「新人は最初の試験を越えたようだな」
「半年でこれだけやれれば大丈夫だろう。合格だよ」
「非特化型。転生者としては珍しいタイプだ」
市長は手にしていた紙を報告書の束の上に置いた。
そこには半年のケイの行動が記録されていた。
「覚醒時期の影響だろう。早く目覚めたものはどうしても特化型になる」
「お前みたいな、か?」
「ああ。俺は戦闘特化型だからな」
「・・・まぁそうだな」
戦闘能力という点では、魔術、体術とスキが無いが、戦闘以外の面を見ると決して万能とは言えないカイ団長に、市長は納得せざるを得なかった。
団長自身もその件は自覚しているが故の発言だった。
そして、市長は非戦闘能力特化型だった。
「では、後半も予定通りで大丈夫か?」
「問題ない。修正が必要になったら連絡する」
机の前に広げていた報告書をしまい、団長は部屋を出ていく。
団長が出て行った扉をみながら、市長がつぶやく。
「このまま育ってくれればいいが・・・」
団長が部屋を出てほどなくして、市長室には年配の男性が入ってきた。
市長は頭を切り替え、男性の報告を聞き始めた。