48 幕間 それぞれの春休み
今回はオムニバス形式です。
◇◇◇ミノルの場合◇◇◇
農家の倅の朝は早い。
今日は夜が明ける前に収穫を始めて、朝日が完全に顔を出した時点で収穫を終える予定だ。
栄養価が高い朝に収穫したことを示すため、朝露に濡れている状態で店頭に並べたい。そんな顧客要求に応じるため手間をかけている作物は多い。
平日は学校があるために手伝いは朝夕だけだが、休みの日は一日中畑仕事。
自分の家が何を作り、どういった作業工程が必要なのか、どれだけの人と時間と技術が必要かを実体験として学ぶのだ。
農家の試行錯誤は1年もしくは1シーズンに1回。天候にも左右される。作付面積が広い、畑の数が多いほど、多くの施策を一度に試せるので、基本的には豪農ほど有利。
年長者が敬われるのは、相応の経験と知識を持っているからだ。今の農業には経験しないとわからないことはいくらでもある。
とはいえ、最近は農業技術にも革新の波が押し寄せている。それらを適切にキャッチアップしないと時代に取り残される。
包丁を手に青菜を収穫しながらミノルは現状について考えていた。
(兄貴は領都へ行って変わった)
何故か領都の学校に進学したと思ったら、実家を継がないとか言い出した。
そんな兄の発言に両親は困っていたようだが、兄の卒業1年前、とうとう両親は根負けしてそれを許可した。安定した領都の公務員職(騎士団)の内定を取ってきたから、というのも大きい。
なし崩しに、実家を継ぐのは自分、ということになってしまった。
長男が家を継き、次男以降は分家としてほどほどに本家を支える。のんびり生きるつもりだったのに大誤算だ。
兄の職場は竜騎士団。
当初は何をやってるところなのか全然知らなかった。詳しく話を聞いたら特殊な魔物を単独で間引くのが仕事って・・・ヤバくない?
家族の心配を知ってか知らずか、兄は飛竜に乗ってしばしば実家に顔を出す。
町の近くに強い魔物が出現したときは大体兄が処理しているようだ。
最近では、兄の活動を知る町の人も増えた。うちの農園で働く人や、兄の友人であるホノカさんから噂が回っているのだろう。
時々農作業を手伝ってくれる緑色の飛竜は、今ではウチの農園の名物と言ってもいい。飛竜を安全に間近から見れる場所なんてそうないのだ。
(どうせなら飛竜印の赤リンゴ、ってキャッチフレーズで売り出してみるか・・・?)
いつもやってくる飛竜が食べている、自分の農場で取れたリンゴの売り出し方を考えながら、遠くから朝ごはんの準備ができたことを告げている妹に手を振りかえす。
ミノルの周囲には多くの使用人の姿がある。多くは収穫作業中だが、一部、記録を取っている使用人がいる。今日の天候、気温、畑の土や水分の状況、作物の収穫量や生育状況、割いた人員等々。
情報は大事。兄の助言により始めた詳細記録は、記録紙の書式や書き方を細かく指定して、後から容易に見直し、利用できるようにしてある。
先日の休みには、記録した数字をこねくり回して解釈する方法をケイから教わった。
いまだ半分も理解できていないが。
(‘ディーエックス’、デジタルトランスフォーメーション、だっけ?兄貴は時々よくわからない言葉を使うよな)
ミノルは知らない。ケイが生家の農場で転生前の知識・データ活用を実践しようとしていることを。
ミノルは知らない。自身が金目の匂いに鋭く、両親にそこを期待されていることを。
◇◇◇ツララの場合◇◇◇
ツララは一人領都のアーケードを歩いていた。
来週には領都学校に入学。寮生活が始まる。去年から一人暮らしをしているので、いまさら新しく買い揃えるような生活用品はない。
正直、寮に入るつもりはなかったが、先輩方に言いくるめられてしまった。
引っ越しは手配しているし、荷物も梱包済み。掃除も終えて部屋でやることがなくなり外へ出てきた。
竜騎士団詰所にはいつでも遊びにおいで、と言われているので、差し入れのお菓子でも見繕ってみようか。
暗部だったときはこんな風にのんびり散策などしなかった。私も竜騎士団に染まっているのだろうか。
そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。
「ツララ?」
「・・・!」
振り向いた先にいたのは一人の少年。
自分よりも背が高い。見覚えがある顔。
一年前まで地方の町で、同じ学校で机を並べていた同級生だ。こんなに近くに接近されるまで気づけなかった。
「ユウくん?」
「やっぱり、ツララか。久しぶり!元気だったか?」
「うん。ユウくんも元気そうだね。背伸びた?」
「この一年で一気に伸びたぜ。・・・ツララの引っ越し先って領都だったのか?俺は領都学校に入学するために上京してきたんだ」
「そうなんだ。私も領都学校に入学するんだよ」
「マジか!うれしいな。またツララと一緒の学校に通えるなんて」
「そうだね。私もうれしいよ」
年相応の少女を装う。久々の演技だが、上手くできているだろうか。
「そうだ、安いお店知ってたら教えてくれよ」
「いいよ。何を買いたいの?」
「えっと・・・」
傍から見ると少年少女の微笑ましい会話だが、当のツララは細心の注意を払っていた。
なぜなら、この子は、ユウは転生者。
1年前まで私の監視対象だったのだから。
(先輩が言ってた通りだ)
狐と狸の化かし合い。そんな言葉がツララの頭に浮かんだ。
◇◇◇コヨミとコトネの場合◇◇◇
コトネはあるアパートの前にいた。
手には菓子折り。となりには姉のコヨミ。
魔人によって大怪我を負ったコヨミだったが、回復し、今では以前のように体を動かせるようになっていた。
「へぇ~。結構いい所に住んでるのね?」
「ここで合ってると思う」
コトネはメモに書かれたアパートの名前と目の前のアパートを見比べている。
「うん。あの部屋だね」
「約束の時間だし、行こう」
二人は移動し、目的の部屋のドアの前までやってきた。
コトネがインターホンを鳴らす。
「はい」
ドアを開けて出てきたのはケイ。少しびっくりしたようだが、すぐにドアを開けて二人を中に招き入れる。
「どうぞ」
「「お邪魔します」」
リビングに通された二人はソファに腰かけた。テーブルに湯呑が差し出される。
テーブルを挟んで目の前にケイが座る。
「どうぞ。お茶です」
「ありがとうございます」
「さっそくですが、これは、先日のお礼です。本当にありがとうございました」
「そんな、お気になさらず」
「いえ、私たちがこうして生きているのも、ケイさんのおかげなので。ぜび」
「そうですが・・・ありがとうございます」
ケイは受け取った荷物を隣に渡す。
「今回は、‘鍵’の使い方について説明に伺ったのですが・・・必要なさそうですね」
「ええ。わざわざご足労いただいたのに、申し訳ない」
「いえ。もともとお礼に伺いたかったので、大丈夫ですよ」
その後、いくらか世間話をした後、コヨミ達はケイのアパートから撤収した。
次の目的地に至るまでの間の姉妹の会話。
「コトネ。どう?」
「最初の感触は悪くなかったと思うんだけど・・・隣に、ね・・・」
「聞いてた通り、強敵ね」
今日の姉妹は多少スキがある、ように見える装いをしている。下心を持った男性であれば覗き込んでくるような。ちょっと声を掛けてみようかな、と思うような。
が、本日のケイはそういうそぶりをおくびにも出さなかった。鋼の自制心を持っているというよりは、別の要因、ケイの隣にいた人物のせいである。
「キレイな人だった。笑顔だったけど、目は笑ってなかった」
「敵認定されたんじゃない?」
「そうかも。私はそんなつもりないんだけど」
「・・・どうする?」
「頑張る」
「それでこそ私の妹」
「うん。・・・次はお姉ちゃんだね」
姉妹二人が目指すのは、もう一箇所の訪問先であるレイジの家。
そこでコヨミがレイジに聖地の‘鍵’の使い方をお土産持参でレクチャーする予定である。
気合を入れるコヨミに、コトネはメモを見ながら道順を教えるのだった。
◇◇◇???の場合◇◇◇
「君には、半年間かの組織で経験を積んでもらうことになった」
「半年間・・・ですか」
「向こうの信頼を得るにはそれくらいは必要だ」
「なぜ私を?」
「君と彼は旧知の仲。そうだろう?」
「・・・否定はしません。ですが、上が期待しているようなことはできないと思いますよ」
「ダメでもともと、というのが上の判断だ」
「はぁ。わかりました」
春休み、色々な人の想いが交錯する。




