4 竜騎士団1年目 出勤初日 後半
その後、ケイが出会った竜騎士団団員は、飛竜に対して大きな愛を示す団員・ルイに勝るとも劣らない人物ばかりだった。
古代魔導書の解読が趣味で資料室に自分のスペースを確保している団員、薬学関係の知識はすごいが、地下で怪しい実験ばかりしている団員、体を鍛えることが趣味で武道場の主と呼ばれている団員、・・・くせが強すぎる。
詰所に戻ってきたケイは無言だった。マヤがフォローを入れる。
「個性的な人たちだけど、腕は確かだから」
「・・・それは分かります」
まだ未熟なケイにも、団員たちのレベルの高さは理解できた。確かに一見とっつきにくそうで変人ばかりに見えるが、誰もがその道の一流の実力を感じさせられる。ケイは以前に見た、帝都の近衛騎士団員以上かもしれない、と感じていた。
「自分がまだまだだってことはわかります。マヤさんも・・・強いですよね?」
「さぁ・・・それはどうでしょうか?」
マヤはにっこり笑うとケイにソファを進めてきた。
「もうすぐ団長が戻ってきますよ」
そういってすぐ、足音が聞こえてきた。
部屋に入ってきたのは、成長した青年。今は20代後半のはずだが、下手をすると10代といっても通りそうな、若々しい姿だった。腰には長剣を携え、軍服の上に薄い外套を羽織っていた。鎧兜は身に着けていない。
「やあ、遅れてすまないね」
「団長、新人が来るなら時間も教えておいてください」
「あれ、連絡してなかった?」
「してません。大事なことはちゃんと言うようにしてください」
「ゴメンゴメン」
そういうと、団長は応接セット、ケイの正面のソファに腰かけた。
「私は竜騎士団団長のカイ。よろしく」
「あ、本日からお世話になります。ケイと申します。よろしくお願いします」
「はは、そんなに緊張しなくてもいいよ」
そこで一息おくと、少し目を細めてカイ団長は続けた。
「自己紹介は2回目かな?あの時の私はまだ団長ではなくただの一団員だったし、君は少年だった」
「っ・・・はい・・」
思わず言葉を詰まらせる。覚えていてくれたことに胸が熱くなった。
「え?団長、お知り合いだったんですか?」
「ああ、ちょっとね。5年前に魔物を討伐したときにヘマをしてしまってね」
「そんなことありません、カイさんは命を救ってくれました」
「そう言ってもらえるのはうれしいけどね。本来であれば、私は君たちに傷を負わせずにあの魔物を討伐するべきだった。実際、それは不可能ではなかったんだ」
「いや、でも・・・」
ケイが続けようとしたのをカイ団長は手で制した。
「いや、分かっている。これは私の戒め、それだけだ」
「団長・・・」
一息置いて、カイ団長は続けた。
「私はとても嬉しいんだ。あのときの少年が力をつけて竜騎士団に入団してくれた。私はこういう正の連鎖とでもいうことを実現したいと思っていた。ようやくそれが実ったのだから」
「はい」
「君が竜騎士団で働くことで、君を目標とする後輩があらわれるといいね。これから一緒に頑張ろう」
「はい!」
「マヤさん、どこまで説明したのかな?」
「庶務的なことは一通り話しています。あとは、ケイさんの担当業務説明ですね」
「そうか。ありがとう」
カイ団長は改めてケイに向き直り、視線を合わせてきた。
「君には、まずはマヤさんについて事務系の取り扱いを覚えてもらう。ただし、同時に戦闘訓練も必要だ。その基礎訓練は他の騎士団と一緒に受けてもらう。遠征や魔物討伐があるときには私に同行してもらう」
「はい」
「今日は・・・と、もうお昼か。初日だし、私のおごりで食べに行こうか。行きつけのお店があるんだ」
「団長、またですか?」
「はは、そう嫌そうな顔しないで。ケイ君は初めてなんだし」
お昼を告げる鐘の音が聞こえてきたので話をきり上げたカイ団長は、二人を外へと誘った。
恩人に覚えていてもらった、感激したケイはこの時高揚感と緊張でうまく喋れていなかった。
近くの定食屋で食事を終えた三人は中央庁舎へと戻ってきた。このあたりでは珍しい食材を使う定食屋で、店主のおばあちゃんが作る料理は絶品だった。マヤは詰所に戻り、カイ団長とケイは他の騎士団への挨拶に向かった。
辺境伯領には竜騎士団以外にも複数の騎士団が存在する。主となる団は3つあり、それぞれ魔物討伐の専門、対人戦闘の専門、施設警備及び治安維持の専門と分野が分かれている。それ以外にも裏方的な部署はあるが、所属人数が多い部署はその3つだった。
他騎士団の団長や副団長は二人に対して比較的好意的だった。
他の団長は皆40代、それ以上の年齢に見え、比較してカイ団長がとても若く見えた。
最後にやってきたのは庁舎の奥、市長の執務場所である。
領都の市長は領主の一族が務めている。今の市長は近衛騎士団にも所属していたことがある実力者だ。
カイ団長が重厚な扉をノックする。
「入れ」
「はっ。失礼します」
「失礼します」
部屋の中で書類を処理していたのはカイ団長と同年代の男性だった。
入ってきた二人を見て、手を止めると応接椅子に座るように指示した。
「時間には早いと思うが?」
「すまない、新人の紹介も兼ねようと思って早めに来た」
「新人?」
市長は観察するようにケイを眺めた。
「なるほど、そういうことか」
「ああ・・・今度は期待してくれてもいい」
「そう願っているよ」
ケイは二人が親しい間柄であることは察した。カイ団長に促され、ケイは市長に挨拶をする。
「私が市長のハルト・セージだ。竜騎士団には期待している」
市長の言葉は手短なものであった。カイ団長も気にした様子はないので、普段からこういう態度なのだろうとケイは判断した。
挨拶と一通りのやり取りが終わると、カイ団長は市長と用事があるということでケイだけが市長室から退室した。
市長室から詰所へと戻る途中、廊下から、中庭に整列する人影が見えた。他の騎士団の新人達が訓話を聞いているらしい。
ケイはこれからの日々に不安を感じつつも、希望を胸に抱き、外からは物置にしか見えない竜騎士団詰所へと戻った。