38 竜騎士団2年目 襲われた隠れ里
「あそこの大きい木を過ぎたらもう少し、です」
「了解」
二人は闇の中を駆けていた。
最初はフブキの後ろをついて走っていたケイだが、ケイの方が悪路の移動スピードが早かった。
今は白狐になったフブキを肩にのせ、ナビゲートしてもらいつつ雪上を駆けている。
ちなみに、狐の形態でも言葉を発声可能だ。先ほどは周りを気にして喋らなかっただけらしい。
スキー場に侵入してコースを頂上へ向かって駆け上がることも考えたが、警備に見つかると面倒なのでコース外の整地されていない雪山を登っていく。
「ストップ」
「おっと」
急停止したケイの肩の上からフブキが飛び降りる。
目の前には昼にも見た小さな祠。
「気を付けて」
鳥居から幾分控えめな光が発せられると、二人は隠れ里に立っていた。
里の空は暗い。亜空間にもかかわらず外の時間とリンクして明るくなったり暗くなったりするようだ。
日中来たときは長閑な村、という雰囲気だった隠れ里は、今や不穏な雰囲気に満ちている。
この門の付近には幸いにも魔物はおらず、里に入っていきなり襲われるようなことはなかった。
道の先、明かりに照られて魔物の姿が見える。
二人は急いで門の側にある建物の影に隠れた。
幸いにしてこちらには気づかなかったようで、近づいてくるような様子はない。
建物の影から少しだけ顔を出し、慎重に様子を伺う。
「あれは雪熊に、雪精に、岩竜、大鬼、巨人まで」
「・・・(ぶるぶる)」
「さすがにアレを全部相手にはできないな。フブキちゃん、ミコトさんは何処に?」
「・・・奥のお社だと思い、ます」
フブキによって示された方向に、大きな建物が見える。
「この里に何かが攻めてきたら、お社で聖騎士団の助けを待つのが規則、です。私は避難した経験はないけど、里ができた当初は何度かあったみたい、です」
「近年はそんなことはなかったと。この里を管理しているのはミコトさんなんだよね?侵入者を強制排除はできないの?・・・ってできるんだったらもうやってるか・・・」
「昔はそういうことができた管理者さんもいた、らしいです」
「そうだ。里は聖騎士団が警備していたんじゃなかった?」
「宿直の騎士さんが里正門の傍にある詰所にいたはず、です。だけどその正門への道が魔物だらけで連絡ができなくて」
「で、俺のところに来た?お社には逃げなかったの?」
「私の家はすぐそこ、です。お社までの道にも魔物がいて怖かったし、門の傍には魔物がいなくてケイさんは近くに泊まるって昼言ってたから」
「ミコトさんは?」
「今日は夜用事があるって言って、まだ家に戻ってなくて・・・」
「ミコトさんに指示されて会いに来たわけじゃないのか」
「うん。でも、私が里のこの門を開いたことは気づいてるはず、です」
「そうか」
フブキが出入りした門の近くに不審者がいなかったから良かったものの、実際はかなり危険な橋を渡っていたようだ。
改めて魔物たちの様子を観察する。
複数の種類の魔物たちが互いに争う様子を見せずに里の中をうろついている。
何らかの組織だった行動が行われている。
「家が壊されている様子もないし、里の住民の気配もない。戦闘が始まってるようにも見えないな」
「みんな、お社に避難したんだと思います」
「あるいは、家の中で息をひそめているのかな・・・」
いずれにせよ、ここで騒ぎを起こすのはマズそうだ。
魔物たちを刺激するのは避けたい。
「フブキちゃん。お社への道はこの道だけ?魔物を避けて移動できない?」
「やってみます。案内します。後をついてきてください」
フブキは狐にもどり、水路や畔に身を隠しながら移動を始めた。
ケイも気配を消す魔術を発動しながら周囲に注意を払いつつ後を追う。途中にあった農具小屋で鉈と鎌を2本ずつ拝借した。農家の息子であるケイにとって農具の扱いは慣れたもの。不思議と手になじむ。
道中魔物を何度もやり過ごしながらお社の近くにやってきた二人は、お社から少し離れた位置に立つ、比較的大きめの木の上に隠れながら中の様子を探った。
お社の敷地内外を区切るのは整列して植えられた木々。壁のようなもので遮られているわけではなく、木々の隙間の奥には立派な社殿が見える。
社殿を中心とした半球状に、その木々の外側までを半透明の膜のようなものが取り囲んでいた。
「お姉ちゃんの結界、です」
正面鳥居の前では三つ目の巨人が結界を殴りつけており、その周囲には多くの魔物が屯っている。
結界は分厚いゴムのように巨人の攻撃を跳ね返していた。なかなかの強度を維持しているようだ。
結界越しに、社殿前には多くの住人の姿が見えた。
多くが子供や老人だ。
「・・・避難訓練、という訳ではなさそうだね」
ケイは、魔物が里に目立った被害を与えていないこともあり、今の状況がフブキに事前に知らされていなかった抜き打ち訓練かもしれないと考えていたのだが、結界に対する魔物の攻撃や避難者の様子を見ると、その線は薄い。
なにより、お社の正面に集結した魔物たちとそれを率いていると思われる一団が、これが訓練ではないということを示していた。
魔物に指示を出すいかにも魔術師風の男が一人。どこにでもいそうな無個性な男が一人。前の二人よりも立場が上とみられる小太りの男が一人。
魔術師風の男の傍には二匹の鬼が付き従っており、それぞれが後ろ手に縛られた人物を拘束している。
「コ・・・!」
女性を見たフブキが思わず声をだそうとしたのでケイが素早く口を手で塞ぐ。
幸い、不審者たちがこちらに気づいた様子はない。
「静かに・・・」
落ち着いたのを見て手を離すと、フブキは小声で話し始めた。
「あの人はコヨミさん。ミコトお姉ちゃんの友達で、聖騎士団員です。その隣にいるのがコヨミさんの妹のコトネちゃん、です」
「捕まったのか」
「どうしてコトネちゃんまで・・・」
ケイたちが見守る中、状況が変わろうとしていた。
小太りの男と魔術師風の男が何か話をした様子を見せると、正面鳥居の前で結界を殴りつけていた三つ目の巨人が結界への攻撃を止めた。
ケイ達のいる場所と一団とは距離が離れていることもあり、何を話しているのかまでは聞こえない。
その後、コヨミが鬼に押されて前に出た。
「人質を使って結界を解除させようというところか・・・」
「コヨミさん・・・」
コトネは暴れようとしているが、鬼に拘束されて動けていない。
コヨミはそんなコトネとは対照的に落ち着いた様子だった。
「ここで結界は、解かないだろうから・・・マズイか・・・」
周囲から援軍が来る様子はない。
自分が何とかしないと。
「フブキちゃん、あの結界を解除できる?」
「お姉ちゃんじゃないと解除はできない、です。それに、この結界は一度解除したら張り直すのにすごく時間がかかると思います」
「解除はできない、ね。結界の通過条件は?あの中に逃げ込むことはできない?」
「私も巫女見習いです。少し時間をもらえれば、あの結界を通過することはできる、と思います」
「てことは、二人を回収してフブキちゃんと一緒にあの中に逃げ込めばいいってことだな」
「・・・できますか?」
「任せて。逃げるのは得意だから。6年前と同じだよ」
実際はそんなに自信はない。あの3人の不審者の実力は未知数だ。
魔物は多いし、不審者が他にもいる可能性もある。
だが、フブキを勇気づけるために大丈夫、という雰囲気でケイは答えた。
小太りの男は結界に向かって得意気に何か話している。話が途切れたら次の展開がどうなるか分からない。迷っている時間はなさそうだ。
「結界を通過する準備はしておいて」
「分かりました」
「この辺まで戻ってくるから、隠れてて」
「はい」
フブキが心配そうに見守る中、小型の剣鉈を手にケイは木を降りて一団へと近づいていく。




