3 竜騎士団1年目 出勤初日 前半
半年後、今日はケイの初めての騎士団詰め所への登庁日だ。
ハルト辺境伯には複数の騎士団が存在し、それらの多くは中央庁舎に事務所を持つ。竜騎士団も例にもれずそこにあるということで、ケイは一張羅を着て到着した。
庁舎前の案内図の前には今年採用されたと思われる若者たちの姿があった。
ケイも案内図をみたものの、竜騎士団という文字が見当たらない。
「あれ、おかしいな・・・ここに来るよう聞いたんだけど」
ケイは受付案内をしていた若いお姉さんに話しかけた。
「すいません」
「はい、なんでしょう?」
「竜騎士団詰め所はどこにあるのでしょうか?」
「竜騎士団?少々お待ちください」
お姉さんは不思議そうな顔をして、後方にいた年配の受付お姉さんと少し話をしていた
「あぁ・・あの・・・」
「・・・・」
お姉さんが戻ってきた。
「案内します。こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
お姉さんの後をついていくと、徐々に人が少ないほうに向かっていく。建屋から出て渡り廊下を通り、別棟の廊下を歩き、到着したのは小さな扉だった。申し訳程度に飛竜の紋章がかかっている。
「ここです」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
お姉さんは戻っていった。
改めて目の前の扉をみると、一見すると物置にしか見えない。意を決しノックをする。
「・・・・・・誰もいない?」
一瞬迷ったものの、扉を開くことにした。
「失礼します」
扉を開くと想像していたよりは広かったものの、そこには小さな机が10個並んでおり。一番奥に大きな机があった。
中には誰もいない。
「あなたは・・・?」
ケイは突然、後ろから声をかけられて振り返った。そこにいたのは小柄な女性だった。
「始めまして。本日より竜騎士団に配属になりました、ケイと申します」
「え?本当?」
女性が嬉しそうに手をたたく様子を見て、圭は嬉しさ半分、不安半分の感情が沸き上がる。
歓迎されているみたいだが、配属を知らなかった?
「入って入って」
ケイは女性の後について詰め所に入った。
一番手前にある応接用と思われるテーブルとソファに案内される。
「改めて、ようこそ竜騎士団へ。私はマヤ、竜騎士団では窓口担当をしています」
「窓口担当、ですか」
「そう。他の騎士団や事務方との橋渡しが私の仕事です。庶務的なことは私に聞いてくださいね」
その割には他の団員の姿が見えない。ケイは率直に聞いてみた。
「あの・・・他の皆さんは?」
「今日は誰も来ていないみたいですね。団長はいつも通り、領内のどこかで暴れていると思いますけど」
「俺はいるぞ・・・」
突然、部屋の奥の方から声が聞こえてきた。先ほど確認したとき、部屋の中には誰もいなかった。ケイは驚いてそちらを見たが、やはりだれもいない。いやよく見ると誰かいる。気配検知の深度をあげることで、ようやく認識することができた。恐ろしいレベルの隠形能力だった。
「クロカゲさん、いたんですね」
「ああ・・・」
一見するとただのおじさんで、清掃員といっても通じるような見た目だが、とにかく存在感がない。マヤは慣れっこなのか、特段リアクションはとっていなかった。
「ちょうどいい、紹介しますね。クロカゲさんは騎士団の情報収集担当です。年齢は不詳」
「ケイです。よろしくお願いします」
「よろしく・・・」
「で、クロカゲさん、ケイさんは今日から竜騎士団に入る新団員らしいですよ」
「知ってる・・・」
話しぶりから、先ほどの話を聞いていたのではなく、それ以上前から情報として知っていた、とケイは判断した。
「クロカゲさん、団長の今日の予定ご存じですか?」
「ああ、北の方に魔獣が出て、対処に行ってるはずだ」
「あちゃー。じゃあ戻りは遅くなりますかね」
「いや、今日は別件もあるから、昼過ぎには戻るだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
マヤはケイに向かって話を続けた。
「では、ケイさんには細々したこと教えときますね」
マヤはケイに対して竜騎士団事務所について説明を始めた。この詰め所の使い方、勤務時間、出席確認や定例会議などだ。
「あとはケイさんの役割とメンバー紹介ですけど、役割の方は団長に直接聞いた方がいいですね。先にメンバー紹介行きましょう」
「はい」
「クロカゲさんは・・・いないですね」
いつの間にかいなくなっていた。
「まぁ、次に行きましょう。ちょっと外に出ますよ」
「外にいるんですか?」
「ええ。皆さんこの詰め所にはあまり来なくて・・・大体いつものところにいるはずです」
マヤの後ろをついていく。別棟を出ただけでなく、敷地のはずれにある馬舎を越えて敷地外への道を歩く。ケイがだんだん心配になってきたところで、大きな建物が見えてきた。一直線に近づき、扉を開けて中に入る。
「ルイさーん。いますかー?」
「おーう。こっちだぞー」
奥から出てきたのは一見すると小太りの中年だった。だが、ケイはそのルイと呼ばれたおっさんを見て気を引き締めた。足運びや振る舞いのスキの無さ。このおっさん、かなり強い・・・!
「今年入った新人さんを案内しているんです。やっぱり最初はここかなって」
「ほう新人さんかい。そんな話は聞いてなかったけどな」
「団長が忘れてたんじゃないですか?」
「そうかもな、まったく」
ルイと呼ばれた中年男性はケイに向かって話を始めた。
「ルイだ。ここで竜たちの世話をしている」
「ケイです。よろしくお願いします」
「よろしくな。新しい仲間ってことで、こいつらにも挨拶しとくか?」
そういってルイが指で示したのは、建屋の中でこちらを見つめる飛竜だった。赤茶のうろこを持つ個体と緑のうろこを持つ個体がそれぞれ数匹。どちらも全長5メートル程度の比較的小型の個体だった。
「飛竜、こんなに近くでみるのは初めてです」
「そうだろう。こいつらは強いだけでなく頭もいい。変なことするとパクっとやられるぞ」
「竜騎士団・・・この竜に乗って戦うんですね!」
ケイがテンションを上げたところで、ルイが落とす。
「いーや、こいつらは保護した竜たちだ。戦ったりはしない。まぁペットだな」
「・・・ペット?」
「そうだ。そもそもこんなにかわいい飛竜たちを戦いに巻き込むなんで非道なことができると思うか?」
「えっと・・・」
「そうですよね!飛竜たちはうちの大事なマスコットですもんね!」
マヤが割って入り、ケイに目配せをする。
「やはり竜騎士団にきたからには、最初にこの子たちに会うべきだと思って」
「そうだな、よし、新入り、挨拶していけ」
「え・・・ええと・・・はい」
二人の視線に押され、緑色をした竜の前に来た。先輩ということで、一応敬語で挨拶する。
「本日よりお世話になるケイです。これから、宜しくお願いします」
「キュー」
想像していたよりもかわいい声で鳴いたあと、餌箱にはいっていたリンゴを一つ取って差し出してきた。
「お、気に入られたみたいだな。もらっとけ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「キュキュー」
「ま、なにかあったら訪ねてきてくれ。大体ここにいるから」
「分かりました。よろしくお願いします」
挨拶を終え、市庁舎の方へ向かって歩き出す。先ほどの建屋から離れたところでケイはマヤに質問した。
「ルイさんはいつもあそこにいるんですか?」
「そう。飛竜のこと‘は’凄く真剣なんだよ」
‘は’、という接続詞がマヤの気持ちを表しているように思った。
「さて、次は地下か、応接室ですね」
マヤが告げる行先を聞いて、ケイは残りの人物に会うことが非常に心配になってきた。