28 竜騎士団2年目 ある夏の休日
飛行船が領都発着場に着陸したのは週末の夕方だった。
明日は休日。仕事から解放されたケイは足取り軽く自宅へと戻った。
玄関の扉を開けると、家の中からはいい匂いがする。
奥からはエプロンをつけたカオリが出てきた。
見た目はさながら若奥様だ。
「おかえり~」
今日帰ってくることは教えていたので、渡していた合鍵を使って先に色々と準備していたようだった。
「ただいま」
「ご飯はもうちょっと待ってね~」
近づいてくると、中腰になってギュッと抱き着いてきた。ケイの胸に顔をうずめている。
何だこいつ。可愛すぎるだろ。
「女の匂いがする」
何だこいつ。鋭すぎるだろ。
よく見ると、耳を胸に当てている。思わずドキッとした心臓の音を聞いてる?
「気のせいだろ。そんな匂いが付くようなことは何もなかったぞ」
実際、ケイが羽目を外したのは初日のみ。
帰りは一日飛行船だし、そんな匂いが付くわけがない。ブラフだ。
「んー。そうだね。気のせいだった」
ケイから離れてにっこり笑うと、荷物を持って居間へと戻る。
後についてケイも居間へと入った。
ケイが荷物を片付けている間に食事が作られ、テーブルの前には料理が並べられた。
心なしか、精のつくものが多いような・・・
「うん、うまいうまい」
「いっぱい作ったから、どんどん食べてね」
帝都で食べた料理は美味しかったが、この料理も負けてない。
久しぶりの手料理を堪能した後、ケイはくつろぎながら、カオリが食事の後片付けをする様子を後ろから見ていた。
部屋の中ということでラフな装い。短パンTシャツの上にエプロンという恰好で、後ろからだと美味しそうな太ももが丸見えだ。誘ってるな。
片付けが終わるのを見計らい、気配を殺して後ろからタッチ。
「ひゃっ」
変な声を上げてカオリは振り返った。
「片付け中にいたずらは危ないよ」
「もう終わっただろ」
「あ、こら・・・もぅ」
体をまさぐり始めたケイから一度は逃れようとしたものの、諦めたのか体の力が抜けた。
そのまま二人は部屋を移動。翌日までご休憩タイムに突入した。
翌日、二人は買い物に来ていた。
竜団会議はおよそ一週間の出張である。出発前には部屋の食材を空にしていた。
昨日ある程度補充されたとはいえ、まだ足りないし、これから秋冬と寒くなる季節、細々したものを買いに商店街を散策する。
「ケイじゃないか」
声を掛けてきたのは警備騎士団員。飛行船発着場で遭遇した同期・シンヤである。
隣に美人さんがいる。
「よっす。こんなところ会うなんて珍しいな」
「ちょっと買い物にな。・・・そちらが噂の?」
シンヤがケイの隣にいたカオリに目を向けつつ尋ねた。カオリが軽く会釈する。
1年目集合研修でチームを組んだ同期3人は定期的に飲み会を開いている。ケイが1年目の最後に彼女持ちになったということも知らせていた。
それに触発され、今年は3人とも年度初めから奮闘していた。3人とも各騎士団では有望株らしい。去年は情報が足りず、本気を出せなかっただけだ。
「ああ。・・・そっちこそ、そちらの方は?まさか・・・」
「察しの通りさ」
「おめでとう」
「ありがとう」
異動したのはつい先日なのに、もう上手いことやっているとは。なかなかやるな。
そんなやり取りのあと、互いのパートナーを紹介し、シンヤたちとは別れた。
「きれいな人だったね?」
「そうだな。さすが飛行船乗務員だ」
「ケイもあんな感じの人が良かった?」
「いや。俺はカオリの方が好きだぞ」
「・・・ありがと♡」
カオリの好感度が上がった!
買い物を続け、予定していたものは大体買えたので、喫茶店で一休みする。
喫茶店の前の道を、制服を着た数人の女学生が通り過ぎていく。
その様子を見て、お茶を飲みつつケイが話を振った。
「今だから言えるけど、カオリ、出会ってすぐの頃はこんな感じじゃなかったよな」
「そう、かもね?」
「なんというか、委員長的っていうか、真面目だったというか・・・」
ケイとカオリが互いを認識するようになったのはホノカの友人という共通点があったからだが、最初のころの接し方は今とは大きく違っていた。
カオリは入学当初は野暮ったい田舎娘だった。正直に言うと、ケイは当時、眼鏡をかけていなかったウルハの方がずっとかわいいと思っていた。
領都出身者以外は田舎から出てきたばかりの少年少女。気合を入れたところで田舎っぽさが抜け切れていないのは仕方ない。ケイだって田舎少年丸出しだった。
ケイが2年領都で暮らしていたノドカに憧れるのも無理はない。
領都学校入学1年目、ホノカとカオリはケイとは違うクラス、ガイとウルハはケイと同じクラスだった。
カオリは入学時点から試験の成績が良く、実際卒業までトップクラスを維持していた。
ホノカも同じように入学時から優秀で、カオリとは互いによきライバルとして仲良くなったらしい。
そんなホノカが、同郷という理由だけで、これと言ってぱっとしないケイを気に掛けていることに対し、カオリはあまりいい気がしていなかった。
実際、当時のケイの成績は中の中~下。普通に考えたらホノカには何もメリットがない。
そんな気持ちが表れていたのか、なんとなく言葉にトゲがあったように思う。
そういうわけでケイはカオリに対して苦手意識を持っていた。苦手意識は伝わってしまうもの。お互いにギクシャクしており、当時のケイに今のカオリとの関係を話しても絶対に信じないだろう。
接し方が変化したのは3年目に入った頃だった。そのあたりにはケイの成績はカオリと張り合えるくらいまで上がっていた。みんなで一緒に試験勉強しているときなど、なんだが教え方が丁寧になったような気がしていた。
そのころ同級生の女子たちはおしゃれに、外見に気を遣うようになっていた。化粧を覚えてどんどんキレイになるみんなに靡きそうになったこともある。
「親族の期待が凄くて。当時は余裕なかったかも。ごめんね?」
「いや、いいんだよ」
当時のケイにとっても色恋は二の次。その後もひたすらに自己研鑽を続け、卒業時点での席次はカオリ、ホノカよりも上である。
「2年の終わりごろから、なんだかカオリが優しくなった気がする」
「そうね。そうかも!」
なんだが、話題への食いつきがいい。
「やっぱ、あれか。俺の成績が上がってきたから、見直したのか?」
「そう、ね。うん。そんな感じ」
ちょっとテンションが落ちた。何か間違ったか?
「あ、そうだ。ウルハが領都に戻ってきたじゃない?今度いっしょにご飯食べようって」
「そうだな。・・・1年ちょっとで転勤か。ウルハも大変だな」
「本人は仕事楽しいみたいだし、いいんじゃない?」
未だに仕事内容を明かそうとしないウルハではあるが、ガイのように凹んだ雰囲気はないため心配はしていない。会うのが楽しみだ。
休憩を終えて買い物を続行。最後に立ち寄ったのはペットショップだった。
この世界には動物カフェは存在しない。その代わりにペットショップの一角に、犬や猫と触れ合うことができるスペースがある。
ケイの実家では、家業の関係で複数の犬猫を飼っており、ケイも動物好きである。
実家ではネズミ対策で飼っている猫たちと触れ合うのが好きだった。たまにあのモフモフが恋しくなるので、このペットショップには過去何度か訪れたことがある。
「猫ちゃん、飼う?」
「いや、俺には飼えないよ。こうやって時々触れ合う程度でいい」
「そっか」
ペットを飼うのは楽しいことばかりではない。
諸事情もあり今のケイには何かを飼うという決断はできなかった。
ペットショップの一角には、大きな犬を連れた大柄な男性の姿があった。
警備騎士団団長である。
「こんにちは」
「おお、こんにちは」
知らない仲ではないので挨拶する。警備騎士団団長は愛犬家で、休日はこの店にいることも多い。
普段は二言三言の挨拶で終わるところを、珍しく警備騎士団長は話を続けた。
「そうそう。竜騎士団に伝えたいことがある。また来週にでも正式に話に行くよ」
「わかりました。お待ちしています」
この話が竜騎士団2年目、後半の事件の幕開けだった。




