25 竜騎士団2年目 帝都出張6
青い扉を抜け、石畳の通路を歩くと光が見えてきた。
通路は天然の洞窟に変わり、入口を出ると、目の前には竹林が広がっていた。
十分に手入れがされた竹林で、下木などは存在せず、枯れた笹の葉が地面を覆っている。竹は太く背が高いものが多く、竹同士の間隔も広い。
「やはり、ラクチだな。竹の種類もそうだし、何より見覚えがある」
コウキが回りを見渡してケイとアイナに説明する。
「見覚えがあるということは、この先に起こることは予想できるか?」
「これが俺の記憶を基にしているならば、‘鬼蜘蛛’がいるだろう」
「鬼蜘蛛?」
アイナが疑問を投げかける。
「普段は深い山に潜む巨大な蜘蛛だ。ラクチでしか発見報告がないから、知らなくても無理はない。食料が乏しいときや縄張り争いに敗れた時など、人里近くに下りてくることがある。俺は幼い時にこの近くでそいつに出会った。そのときは必至で逃げて、鬼蜘蛛は町の警備騎士団に追い払われた」
「町に常駐していた騎士団が撃退できたのであれば、そこまで厄介な魔物ではないのね?」
「鬼蜘蛛はその巨体による怪力と脚の数による手数の多さ、尻から吐く糸に注意すれば遅れをとることはない。一人では難しいかもしれないが、この3人であれば。」
コウキはここにいる3人の実力は同程度という前提で説明していた。ケイたちは共通の知人からお互いの実力についての話は聞いている。ケイが尋ねる。
「コウキ、この場所の特徴は?」
「里山と町の間の緩衝地帯としての役割を持つ竹林だ。手入れがされているので、一本一本の竹は太く立派で、竹同士の距離もある。剣を振り回すことも可能だな。ただ、積もった枯笹には注意だ。足元が滑りやすいし、笹で隠れた地面に何があるか分からない。あとは、火属性の魔術は注意だ。よく燃える」
「了解」
アイナも頷くのを確認し、竹林を進む。何となくケイが話を振る。
「竹林ってすごい厄介なんだよな。手入れしないとすぐに荒れるし。一度浸食されたら地下の根っこの撤去も難しいし」
ケイは実家が農家のため、畑の周りから竹が侵入してくることに対する対処の難しさを知っていた。
「そういう時は、冬の間に高さ1メートルのところで伐採するのがいいぞ」
「1メートルで伐採?」
「そう。そうすると、春から夏にかけて竹が地下から水を吸い上げるんだが、切り口から水がドバドバあふれて、最終的にはその竹が腐る」
「へー」
「地下の根っこが蓄えてる栄養を無駄に消費させるんだ。1年での駆逐は難しいけど、数年続ければ地下の根っこも駆除できるから、やってみるといい」
「参考にさせてもらうよ」
コウキから以外な知識を得た。実家のみんなに教えてやろう。
そう思いつつ竹林を進むと、蜘蛛糸が引っ掛かった竹の数が増えてきた。
「・・・あれか」
距離はケイの前方30メートルほど。いつも見ている飛竜たちよりも少し大きい、全量5メートル強の巨大蜘蛛を発見した。腹の部分の鬼の顔のような模様が特徴的で、鬼蜘蛛という名前はこの模様が由来らしい。まだこちらに気づいた様子はない。
ケイは散開指示を送る。周りを警戒しつつ、二人がケイから離れる。
足音を立てないように背後から接近していくケイであったが、15メートルほどまで近づいたとき、急に蜘蛛が振り返った。蜘蛛は糸を自分の周知に巡らせ、センサーとして使っていた。
ケイに向かって糸を吐き出したので、横っ飛びに緊急回避。
その回避先に向かって蜘蛛が急接近して前脚で突き刺そうとしてきた。
蜘蛛の前脚とケイの水刃がぶつかり、前脚はそのまま切り落とされた。
返す一刀でさらに足を一本切ろうとしたが、それは防がれた。蜘蛛が足の周りを魔力で覆いケイの刃を受け止めている。
そのまま押し合いが続けば、強度で勝るケイの剣によって脚が切断されただろうが、蜘蛛は力任せにケイを吹き飛ばした。ケイは空中で体勢を整えて着地する。
その間、切り落とされた脚には蜘蛛から出た糸がつながり、本体に引き寄せられた。
そのまま傷口にくっつくと、何事もなかったかのように繋がった。
ケイは視線を蜘蛛に向けて警戒しつつ、通信用魔道具を用いてコウキに訪ねた。
「こいつは回復力が高いのか?」
「特殊個体だ。通常個体にはこんなことはできない」
「弱点は?」
「特になし。通常の対処では頭をつぶす」
「俺とコウキで動きを止める。アイナは援護、合図で火力集中」
「了解」
「了解」
ケイからコウキとアイナの姿は見えないが、返答があったということでケイは二人を信じてゆっくりと蜘蛛に近づく。脚を切られて警戒したのか、いきなり飛び掛かってくるようなことはなかった。
多少距離がある状態で、ケイは風の魔術を発動させる。
風の刃で敵を切り裂くのではなく、蜘蛛の正面、降り積もった笹を風で巻き上げ、蜘蛛の視界を一瞬遮る。
と同時に蜘蛛の右側へと回り込み、先ほど切り落とした前脚を再び切り飛ばす。
右側の脚をもう一本、というところで再び蜘蛛が魔力を纏った脚でケイの斬撃を防御する。ケイに向き直り無事な左前脚を突き刺そうとしてきたところで、その左脚が根本から吹き飛んだ。アイナによる狙撃だ。
ケイはそのまま2本目の脚を切り飛ばし、そのまま3本目も切り裂く。
8本の脚のうち半分を失った蜘蛛がさすがにバランスを崩したところで、土魔術を発動。
蜘蛛の足元が一瞬で液状になり、脚が半ば埋まったところで地面は元通りに固定された。
動けなくなった蜘蛛は糸を吐き抵抗、さらに土に埋まった脚を力任せに引き抜こうとする。
そこに、地面から無数の竹の根が現れ、蜘蛛を地面に縫い付けた。コウキによる植物操作だ。
合図とともに、蜘蛛の正面上空にアイナが出現、ケイが蜘蛛の胴体を大きく切り裂き、飛び離れると同時にアイナのロッドからレーザーが放たれた。
レーザーは蜘蛛の頭を含め、全身の8割近くを削り、消滅させた。
残ったのは地面に埋まった脚の周りだけだった。
脚が動かなくなったことを確認し、ケイは一息ついた。討伐成功だ。
残った脚は光の粒となって消え去り、蜘蛛がいた場所には青色のスワチカが落ちていた。
拾い上げたところで、コウキとアイナが近づいてきた。
「お疲れ」
「お疲れ。上手くいってよかった」
「そうね」
ケイは二人にスワチカを見せ、コウキへと手渡す。
「台座のくぼみ形状と同じ。これで間違いないだろう」
「そうだな。では戻ろうか」
「ええ」
来た道を戻ることに同意したところで、周りの風景が歪み、一瞬の後、3人は台座のある大広間にいた。
「課題クリアで自動的に帰還。至れり尽くせりだな」
「まったくだ」
多少の皮肉が入ってしまうのは仕方ない。
気を取り直して台座のくぼみに嵌め込むと、スワチカが青い光を発し始めた。
「本当、ゲームだな・・・」
「分かりやすくていいじゃない?」
「それもそうか」
3人は次の扉へと移動する。先ほど開いた青い扉は開かず、黄色い扉だけが反応した。
「次は、俺の扉か」
「討伐対象、予想できる?」
「うーん・・・雪原だから、雪熊、白狼、雪女郎あたりが怪しいが・・・」
冬の討伐では雪原が多いので、現時点での絞り込みは困難だった。
「そういえば、さっきの蜘蛛、特殊個体だったよな」
「ああ・・・いや、おかしいな。俺が昔見たのは通常個体だったはず」
「そうなのか?」
「回復量が高い特殊個体がいた、というのは過去の討伐記録で見たことがあるが・・・」
「ということは、厳密に本人の過去を再現しているわけでもない、ということだな」
「厄介ですね・・・」
討伐対象の絞り込み条件が難しくなってしまった。
「あとは・・・場所の特徴はどうだ?」
「だだっ広い雪原だ。吹雪いてるかも」
「視界は悪い、か」
冬に関連する魔物だろうと、ふんわりした予測を立て、3人は黄色い扉の向こうに足を踏み出した。歩きながら雪原特有の魔物についていくつか情報を共有する。
通路を通り、洞窟から外に出ると、そこは一面の雪原だった。
特に吹雪いてはおらず、かなたには建物が見える。
「スキー場?」
「みたいだな」
「さっきいた場所にはこんなものは無かった。違う場所だな」
ケイには何となく見覚えがあった。領都学校時代に合宿でやってきたスキー場に似ている。
その旨を二人に伝え、状況を確認する。
「当時、何かに遭遇した?」
「熊と狐にあった、と思う。風邪ひいたから記憶があいまいで・・・」
「雪熊なの?」
「・・・そうだ。思い出してきた。狐の親子が雪熊に襲われてて・・・助けようとした。気づいたら布団の上だったから、詳細は覚えてない」
「対象は雪熊の可能性が高いな」
「ただ、雪熊はそんなに強くはない。通常個体であれば、全く問題ないし、特殊個体も単独討伐したことがある。そんなものを出してくるのかな?」
ケイとしては疑問が拭えないが、洞窟前にいても何も状況は変わらないので、雪原を歩き出すことにした。
ケイは雪の上を埋まらずに歩けるが、コウキとアイナは雪上での移動に慣れていない。対策として浮遊系の術を使い移動し、まずは眼下のロッジを目指す。
半ばまできたとき、急に吹雪になり、視界が悪化した。
「いきなりだな」
「いや、これは術だ」
「術?」
「そう。雪精が吹雪を起こしている」
雪精は文字面だけならばかわいいイメージだが、実態は生き物を氷漬けにして魔力を奪う魔物だ。基本的に他の魔物とともに移動する、コバンザメみたいな存在である。
普段の任務において、討伐対象と一緒に出てくると厄介な相手だ。
「こいつらが出てきたということは、本命も近いぞ」
「了解」
周りを警戒していると、大きな獣が近づいてくるのが分かった。
巨大な雪熊で、先ほど斃した鬼蜘蛛よりも一回り大きく、ケイが去年討伐した特殊個体と比べると二回り以上は大きい。毛の色が銀色かかっており、通常の個体とは異なる。端的に情報を伝える。
「特殊個体だ」
3人は戦闘態勢に入った。吹雪のせいで、先ほどのように離れた場所からの援護は困難な状態である。まずは吹雪を止めるため、コウキが動く。
ポケットから取り出した2枚のお札が形状を変える。一枚は烏天狗、一枚は羽扇へと変わり、
紙の烏天狗が紙の扇を一振りすると、雪熊を中心とした半径20メートル程度の範囲で暴風が発生した。
降り積もっていた雪が一定の深さまでが吹き飛ばされ、白い雪の玉が連なった子供くらいの大きさの雪だるまのような物体が露出した。雪精の本体である。
雪熊の足元の雪も吹き飛ばされており、一時的に足場が不安定になったところにケイが抜刀して接近する。
雪熊が吠えると同時に氷の礫がケイに向かって飛んできたため、足を止めて礫を防御。
その間、アイナの炎魔法によって雪精が炎上した。
雪精の体が崩れていき、吹雪が収まり始めた。
ケイと雪熊がにらみ合う。吹雪さえなければ3対1で負ける理由はない。
雪熊もそれを理解しているのか、近づいてこない。
普段の討伐任務において、対象個体と戦う時間そのものは長くない。
特殊個体は自分に不利と悟ると逃亡を図ることが多いため、いかに短時間で仕留めるかが重要になってくる。
そういう意味では、今回ケイは最初の好機を逃してしまった。
吹雪が収まる前に視界から消えられると厄介だと思ったが、今回の特殊個体は逃亡を選択しなかった。
一度吹雪はほぼ収まったが再び風が強くなってきた。
「雪精が召喚された」
周囲の索敵担当のコウキが告げた。どうも召喚能力を持つ特殊個体のようだ。
「場所は?排除できるか?」
「対象を挟んで向こう30メートル」
「短時間での排除は困難」
「・・・目標は特殊個体。集中砲火で一気に決める」
「了解」
「了解」
ケイは直接の短期決戦を選択した。
加速して雪熊に近づく。
雪熊は再び礫を放ってきたため、今度は大きくジャンプして回避する。空中のケイに向かって雪熊は爪を構えた。爪の先には氷がまとわりつき、鋭い刃と化している。
その爪にコウキが放った衝撃波が炸裂し、氷が粉砕される。
同時にアイナにより火球が放たれ、雪熊の右半身に激突した。
ひるんだ雪熊に対して剣をふるうケイに対し、瞬間的に足元の雪から無数の氷の針が伸びてくる。
雪熊ではなく、その背後にいた雪精がフォローのために放った攻撃であった。
ケイは空中で小さな魔力足場を作成、それを蹴って軌道を強引に修正。
全身の筋力を使って一撃を放つ。
剣の周囲を覆った雷が一瞬で10メートル近くに延び、雪熊を両断した。
カイ団長の得意技である空中歩行と雷刃を練習してきた甲斐があった。
ケイが得意とする水刃は、威力は高いが刃の大きさを即時に変化させることは難しい。その点一瞬で大きさを変えることが可能な雷刃は間合いの調整にも使えて使い勝手がいい。
適材適所だ。
着地点にも無数の針が発生、それを移動して回避するケイに対し、コウキとアイナは最初に雪精を排除したときと同じ技を発動、新たに召喚された雪精も直後に消滅した。
その後、吹雪が収まり視界が回復すると雪熊がいた場所には黄色いスワチカが落ちていた。
周囲に敵の気配はない。警戒を解き、3人はスワチカの近くに集まってきた。
「2つめ、入手だな」
「お、うまくいってよかった」
「お疲れ様―」
スワチカを拾うと大広間に戻されると思ったため、拾わずに話を続ける。
遠くに見えるロッジは未だ健在である。あそこで、過去何かあった。思い出せそうなのに思い出せない。
「何か確かめたいことでもあるのか?」
コウキが、ケイがキーアイテムを拾わないことに対して疑問を投げる。
アイナも無言のまま問いかけていた。
「いや、何でもない。学生時代のことを考えてしまっただけだ」
そう言って、ケイはスワチカを拾った。
回りの風景が揺らぎ、直後、3人は元いた大広間の台座前にいた。
台座に二つ目を嵌め込むと、スワチカが黄色い光を発し始めた。
残りは一つ。




