19 竜騎士団2年目 進捗40% 先輩と後輩
クロカゲとツララの話し合いはすぐに行われた。
まずは暗部だけで、ということで会議室に入った二人は1時間後出てきた。クロカゲはケイと団長に首を横に振って説得失敗を伝えた。
次に、団長とケイも加わり、4人での話し合いとなった。
ツララは3人から事情や意図を説明されたが、首を縦に振らなかった。
「団長やケイさんの話は分かります。でも、私は今の仕事を続けたいです。来年入学までの短期間ですから、許可してもらえませんか?」
「そうは言うけどね・・・」
ツララは何を言われても、でも、で食い下がる。団長も困り顔である。
彼女の中では、来年までの1年間だけ、というのが免罪符になっているようだ。
ツララと3人との間で、今年1年間の重要性について認識に差がある。これが説得の失敗要因であることが分かった。
が、彼女の認識を変えることは容易ではない。
この一年で君は伸びるから、君のやりたいことは置いておいてこれをやりなさい、と言われて、はいそうですかと納得する人はどれくらいいるだろうか?
素直な人は納得するかもしれないが、クロカゲが先日言った通り、彼女は頑固だった。
彼女が、無責任なことを言うな、と反論しないのはクロカゲへの信頼と、上司である団長への配慮だろう。
ケイ自身、他人から強制されるよりも、自分で計画を立てたいタイプなので、気持ちはよく分かった。
結局その場で説得できなかった3人は、対策を考えた。
クロカゲはケイとツララを勝負させて二人の上下関係を明確にすることで、ツララをケイに従わせようとした。だが、諜報担当と討伐担当で必要とする技能は異なる。
何で勝負するのか、それで本当にツララが納得するか、という点で不安があったため、ケイはいったんその提案を保留させてもらい、別の方向からアプローチすることにした。
ツララが自分から考えを変え易いよう、周りの状況を変えるのだ。
必要な暗部の情報について、クロカゲの判断で団長とケイに公開できるよう、あらかじめ市長から許可を取ってある。
「クロカゲさん、ツララはいつから秘書業務に携わっているのですか?」
「今年からだ」
「去年まで、秘書はいなかった?」
「いや、いた。そいつは今年から別の町担当だ」
「・・・暗部所属で、ツララさんよりも効率的に秘書業務をできる人はいませんか?彼女が秘書業務をやる必要性を下げるんです」
「少なくとも前担当はツララよりもできる。そもそもそいつが始めたことだからな」
「その人を呼び戻すことは?」
「・・・不可ではない」
「では、その人を呼び戻して、ツララさんを安心させればいいかと。・・・その人はツララさんと面識は?」
「ある。個人的にも親交があったはずだ」
「彼女の場所を奪うことになるわけですから、人間関係には注意お願いします」
「わかった」
そのやり取りから1週間程度で、前任者が戻ってきたらしい。
ツララが詰所にいる時間が増えた。
これで問題解決、と思ったケイだったが、そうは問屋がおろさなかった。
読み違えていたのは、ツララの頑固さだった。
その日、ケイは武道場での訓練にツララを同行させていた。体術について基礎から教えていくためだった。
最初は真面目に組手をやっていたツララだったが、次第に、おかしな挙動をみせるようになった。ケイを鏡に映したような動きをする。
おかしいな、と思いつつも続けていたケイは、武道場にケンイチが入ってくるのを横目で見た。
その瞬間ツララが動き、一瞬ののちケイはツララに一撃を入れられ、組み伏せられてしまった。
「おいおい、ケイ、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
解放されて立ち上がったケイがツララに声をかける
「すごいな。その年でこれだけの技術があるとは」
「・・・ええ。ですので、もう基礎はいいですよ?」
「ん?」
雲行きが怪しくなってきた。
近づいてきたケンイチとツララは話を始めた。
「ケンイチさん、指導していただけませんか?」
「・・・んー。それはいいが・・・ケイはそれでいいのか?」
「ええ。応用を知ったうえで基礎をやるというのは、それはそれでありなので」
「よし、嬢ちゃん、やろうか」
「はい!」
そういって二人は組手を始めた。
その日から、ツララの態度が微妙に変わってきた。ケイよりも他の団員に話を聞くようになってきたのだ。
各団員はその道のスペシャリストなので、その指導を仰ぐのはいいのだが・・・
団長、クロカゲとケイはもう一度打ち合わせを行った。
「ケイ、最近の指導はどうだい?」
「暗部としても仕事が浮いたせいで、竜騎士団としての技術向上を目指す時間ができたという点では悪くないのですが・・・」
「なにか問題が?」
「今度は専門的すぎるというか・・・基礎がおろそかな上に、効率がよくない状態です」
ケイは団員の教え方が上手ではないことを知っている。
そこを考慮し、ツララに合わせて内容を噛み砕いて教えるつもりなのだが、本人がケイに教わることを避けている節がある。
「もしかして、嫌われましたかね?クロカゲさんに変な入れ知恵をしたって。」
「クロカゲ、どう思う?」
「そうかもしれないがツララも我々の意図を分かっているはずだ。素直になれないのだろう。反抗期みたいなものだ」
「反抗期ですか?」
年齢的にはその通りだが。転生者で反抗期はちょっと違うんじゃないかな、とケイは思った。
「ケイ、君はどうしたい?このままでいいか、やはり彼女を君の下で指導するか。」
「それは、できれば私が指導したいと思います」
ヨシ、と団長は言った。
「では次の手だ。彼女に、自分の考えを変える理由を与えよう」
「?というと?」
「今こそケイと勝負する時だ。彼女に上下関係を叩き込め」
「うむ」
団長とクロカゲはそろってそんなことを言い出した。この二人、諦めていなかったらしい。
改めて考えてみると、ツララが暗部の業務から手を引いている今であれば、状況を変えるためにやってみる価値はある。
「・・・わかりました。では、準備期間をください」
ケイはツララとの格付けに挑むことに決めた
1週間後、ケイとツララはケイが成果確認試験を行った場所、戦闘訓練場に来ていた。
周囲には団長、レイジ、ユリに加えて、クロカゲとマヤの姿もある。
見届け役件ジャッジの団長が宣言した。
「では、ツララさんの確認試験を行う。といっても、今回はツララさんの成長を確認するものだからね。ケイには制限をかける。具体的には・・・ケイが魔力を使うことを禁止する」
そういって団長が出してきたのは、魔力封じのイヤリングだった。集合研修でケイがつけされられたものである。
「ツララさんには制限はなし、で、ケイを倒すことができれば合格だ。時間は1時間」
「ちょっと待ってください」
ケイが声を上げる。
「さすがにそれは難しいので、有効打を入れたら、に変えませんか?」
これにはツララから反論が入った。
「いくらケイさんでも、この条件では勝負になりません。最初の条件でいいと思います」
「いや、そんなことはない。ツララさんでは難しいと思うよ」
ケイは、言外にツララがまだまだだ、ということを匂わせる話し方をした。
さすがにツララもカチンと来たようだった。
冷静にふるまっているが、怒りが隠し切れていない。さらに火に油を注ぐ
「もしツララさんが勝ったら、何でも一つ言うこと聞いてあげるよ」
「・・・分かりました。それで構いません。私が負けたら、私がなんでも言うこと聞きます」
「そんなこと、しなくていいよ」
「いえ、条件は同じにします」
ケイは団長を見た。団長が頷くのを見て、軽く肩をすくめる。
条件は整った。
団長達が訓練場の外に出て、周囲に障壁が張られたのを確認し、ケイはツララに話しかけた。
意図してプライドを逆撫でするようなセリフを選ぶ。
「大丈夫。俺は本気出さない、というか出す必要ないかな。なるべく怪我させないようにするから、ツララさんは全力でおいで」
「・・・」
ツララがピキピキするのを感じつつ、試験は始まった。
討伐担当のケイと諜報担当(仮)のツララには戦闘能力には明確な差がある。
互いに全力の場合はケイの圧勝で終わるだろう。
だが、ケイの大幅な能力制限と、この試験でのツララの勝利条件を考慮すると、その差は逆転する。ツララがケイに圧勝する。
この時まで、ツララはそう思っていた。
ツララは当初、ケイと同様に自分の魔力を使わず有効打を入れようとしていた。が、ツララの無手の技は悉く通じなかった。
自分の手を見透かしたように基本の体術だけで対応してくるケイに対し、ツララは段々とムキになってきた。
暗部では天才と呼ばれ、その称号に見合う実力は持つと同時に、プライドも持っている。感情を抑えることだって人並み以上にできる。なのに・・・
(マズい!)
雑念が入ったせいか、少し無理をして攻めてしまいツララは失敗したと感じた。明確な悪手。ツララのスキは大きく、ケイであれば確実に反撃してくるだろう。
反撃の一撃に備えたが、ケイは何もしてこなかった。いや、スキには気づいていたが、見逃してやる、という雰囲気を出して、ツララに対し嘗め切った対応をしている。
それを察し、ツララはますます頭に血を上らせた。
障壁の外では団長たちが中の二人からは分からないように戦いを観戦していた。
「ん。今のはいい感じだね」
「ああ。あの舐めプ、まるで団長だ」
「そうね、どうしようもなくイラつく感じ。団長そっくりよ」
「ケイくん、ひどい」
「・・・」
クロカゲだけはコメントをしなかった。色々言ったものの、やはりツララのことが心配なようだ。
「彼女も本気になったかな?」
ツララは技術を使い始めた。
対人戦、しかも闇討ちを行う暗部は、当然、そこに重点を置いた技術を持っている。
特殊な体の動きに幻術を織り交ぜて対峙する相手の五感を狂わせるという、以前、武道場では成功した技だ。
(かかった!)
視線がズレたのを確認し、視覚外から一気に接近、手を出そうとしたところで、手首をつかまれた。
(!?)
ケイはツララの技を把握していた。視線で誘われ、飛び込んだところで捕らえられた。そう理解したとき、ケイは動きを止めると、そっと手を放して距離をとる。
その後数回、同様の状況が発生した。毎回、ケイは反撃してこない。小さい子のわがままをあやすように、優しく開放する。そんな態度に、ツララは怒りを通り越し、逆に冷静になってきた。
「へえ。面白い感じね」
「ケンイチはああいう技使わないから、見ていて面白いな」
「幻術、教えようかな・・・」
「・・・暗部の技術、見せてもいいのかい?」
最後の団長の言葉はクロカゲに向けたものだった。訓練場の様子は外から見れないようにしているとはいえ、ジャッジのためにここにいる団員4人には見えるようにしている。
「問題ない。どうせあの技ではここにいる誰にも届かない」
ツララの雰囲気が変わる。
体から陽炎が立ち上ったかと思うと、姿が2重にぶれゆっくりと別れていく。現れたのはいわゆる分身である。
ケイは感心していた。
分身には色々とパターンがある。片方が本物、両方が本物、本物がいないパターン。
さて、分身というのは事前の想定にはなかったぞ・・・。
ケイはツララの技についてクロカゲから事前に情報を得たりはしていない。
ツララと真剣勝負するために、状況を同じにするために、使えるものは何でも使うという本来のケイのスタンスとは変えている。
ツララに言い訳させないために。真正面から鼻っ柱をたたき折るために。
ツララ1とツララ2は動き出した。
先に動き出した方がケイの裏を取ろうと動く。二人で挟み込むようだが、この状態はよくない。多数というのはそれだけで有利だ。
ケイは二人のうちの先に動いた方、ツララ1に目標を定めた。そこに理由はない。
何となく、直感がそう告げたからだ。
ツララ1に注目しつつ、ツララ2の挙動も目の端に入れておく。
そのまま二人のツララはケイを挟み対角線上で止まった。
その上で、幻術を使いつつ体を動かす。ケイはいよいよ困った。が、そういう雰囲気は表に出さない。あくまでも力を試してやる、という上から目線を崩さない。
そのまま、二人が同時に攻撃を仕掛けてきた。
見事な連携に、ケイは自分の直感を信じツララ1をメインに対応する。
対多数用の体術はもちろんある。といっても、結局1対1を素早く切り替えて対応するか、広範囲に対応できる技で対応するかのどちらかになる。ケイは後者を選択した。
ここ数か月、防御を重点的に強化していたため今は耐えているが、この状況が続くと押し切られる。だが、後輩の前でそんな情けない姿は見せられない。
気合を入れて捌き続ける。
一方のツララは焦っていた。分身は彼女にとって奥の手ともいえる技であり、使っているだけで猛烈な勢いで消耗していく。
(どうして前後からの攻撃を避けられるの?先輩との差はそんなに大きいの?)
理不尽な先輩の体術に文句を言いたくなった。押し切るために一段とギアを上げた。
ツララがギアを上げてきたことはケイにもすぐに分かった。だが、同時に分かった。ツララ2に微妙な違和感を感じる。精度の高い技を使い続けるには、まだ基礎体力が足りないのだ。
ケイはツララ1への対応比率を上げて、ラッシュを乗り切った。
ラッシュの時間は2分程度だった。その後、ツララ2の姿が揺らぎ、消えていく。
距離をとったツララは座り込むのを堪えているようだった。
「終わりかい?」
もう少し続いたらやばかった、という雰囲気を微塵もみせず、ケイは近づいていく。
そして、満足に動けないツララにデコピンをした。
「いたっ」
ツララは涙目である。
「そこまで」
団長が声をかけて二人に近づいてくる。
「確認試験はこれで終了」
「・・・」
ツララはしょんぼりしていた。
ケイが言葉を継ぐ。
「最後の分身はすごかったよ。あれを長時間使いこなすことができれば、ツララさんはもっと強くなる」
「・・・」
「後輩が頑張っているんだ、俺も負けないように頑張らないと、って思ったよ」
「・・・」
ツララは何も答えなかった。その目に涙が溜まっていく。
あ、やばい、と思った瞬間、大きな声を出した人物がいた。クロカゲだ。
「ツララ!」
(ビクッ)
ツララが大きく震えた。
クロカゲはその一言の後、団員たちに、先に詰所にもどるように言った。
ツララとクロカゲを残し、戦闘訓練場を後にする。
クロカゲが今の結果をどのようにフォローするのかは興味があったが、皆空気を読んだ。
褒めるときは人前で、叱るときは1対1で。基本である。
なお、マヤにはやりすぎだと皆の前で叱られた。




