6 包囲をかわして
会場の包囲を抜けてすぐ、彼女はいつもの藍色のローブを身にまとう。
彼がくれたメモにはウォッタリラ北西にある森林公園に向かうように書いてあった。
そこに迎えの人物が来るから合流するようにと。
『迎えの人物は味方。嘘はつくな。』
迎えの人物について、メモに書かれているのはそれだけだ。
何が何やらわからないが、ドラヴィダ兵が会場包囲をしているという情報は本当だった。あのタイミングで彼女を助けるリスクを考えると、とりあえずあのソラという青年は味方のようだ。
どこに追手が来ているかわからない以上、彼の指示に従ってみるのが得策だろう。
できる限り急ぎ足で北西の森林公園にたどり着き、メモにある2本並んだ大樹の横で待つ。
この森林公園も一部祭りの会場になっているようで、公園の広場は出店が並び多くの人が訪れていたが、森の中をかなり奥まで進んだためか、ここには彼女以外に誰もいなかった。
本当に『迎え』とやらは来るのだろうか。
不安に思いながらしばらく待っていると、背後からパキッと木の枝が踏まれた音がした。
反射的にそちらへ振り返る。
すると、
「ふーん、こういう感じね。」
振り向いた方にはすでに誰もおらず、彼女の背中のすぐ後ろで声がした。
驚いて飛びのき、数歩距離を取る。
そこにいたのはやや年上に見える背の高い女性だった。セミロングの金髪が肩で跳ねている。
彼女の視線はこちらを見ず、手元に落ちていた。
その手には2枚のギルドカード。
「Bランク『魔女族レイ』と…Sランク『無種族ユーレンフェミリア』」
彼女は2枚のカードに記載されている名前を読み上げた。
そしてその彼女の特徴的な猫目が、今度はじろりとこちらを見る。
「なんで2枚も持ってるの?」
ハッしてその2枚のカードを奪い返そうと手を伸ばした。
相手はその行動を予想していたようで、俊敏にかわし隣の大樹の枝へ移って座る。
「か、返してください…」
「いやよ、理由言うまで返さない。それともギルドに突き出されたいの?」
猫目の女性は蔑むようにこちらを見下ろす。
「他人の身分証盗るのは犯罪よ。」
「盗ったのではなく…どちらも私のなんです」
「だとしたらギルドカードの複数所持は規約違反行為。しかも種族と名前が違うから身分詐称も重なるわね。どちらにしても罪なのよ」
「それは……」
「魔女族レイっていう方があんたでしょうけど、Sランクのカードはどうやって手に入れたの?」
問い詰められ、レイはどんどん青ざめる。
――どうしよう。
メモには、迎えの人物に『嘘はつくな』と書かれていたはずだ。
この女性はその迎えの人物なのか。
しかしそれにしては明らかに敵意が強い。
「何も言わないわけ?おおかた悪いことたくさんしてきたのね。」
「違います!」
「なら早く答えなさいよ。言っとくけど、理由次第で遠慮なく祭りの衛兵に突き出すから。」
「2枚持っているのはわけがあって、どうにかするために旅を…」
「だからそのわけを言いなさいって」
こんなところで明かしていいわけがない。
この人が何者かもわからないというのに。
そもそも、なぜあの一瞬で身分証を奪われたのだろう。
長く旅を続けてきたが、普段から用心深い彼女はスリの被害など一度もあったことがなかった。
そうやってやや押し問答が続いていた時だった。
「あーあ…やっぱめんどいことになってんな」
背後から一人の青年が現れた。
黒の短髪に紫の目。
「あ…」
「ソラ、遅い」
すばやく名を呼び大樹から飛び降りた、猫目の女性。
――知り合いなのか。じゃあ、やはりこの女性が『迎え』の人物?
「新人いじめるなよ。アーデル」
「私ぐずは嫌いなの。」
――『新人』?
意味が呑み込めず、少女は会話する二人の顔をきょろきょろと交互に伺い見る。
「でも嘘はつかなかったろ。」
「…そうね。ぐずでも嘘つきじゃないだけましだわ。」
そう言って、猫目の女性は2枚のギルドカードを少女に返した。
「でもこいつ、何も話す気ないみたいよ」
「…アーデル最初怖いんだよ。初対面の相手にもうちょい優しくできねえのか。」
「この後リュメさん来るんでしょう?時間取らせたら悪いじゃない。」
「むしろリュメさん来てからじっくり聞くつもりだからいいんだよ。」
そうやって二人で言い合ったあと、ソラは少女に向き合う。
「悪い悪い。こいつはアーデルアデレードって言って、まあそんなに悪い奴じゃないんだ。びびらないでくれ」
「びびるようなこと言ってない」
「とにかくこっち、落ち着ける場所まで案内するからついてきて。」
そう言ってソラは、並んだ大樹の間に入った。
「“この先を示せ。道”」
すると、2本の大樹の間に白い空間ができた。光を放っているというわけではなく、そこだけぽっかりと空間に穴が開いたようだった。
空間魔法だ。
ソラは迷いなくその白い空間に入っていった。
猫目の女性、アーデルもそれに続く。
――どこに通じる空間なのか。
わからないが、進むしかなく、二人の後に続いて白い空間に飛び込んだ。
視界が数秒の間真っ白になり、目を開けていられなくなる。
目を瞑ったすぐ後に、一瞬だけ身体が浮いた感覚がした。
足が再び地面に降り立ったのを感じ、目を開けると、二人がこちらを見て待っていた。
「このままついてきて。」
ソラが一言声をかけたとき、アーデルは既に無言で歩きだしている。
その後ろにソラが続いたので、周囲をきょろきょろと見まわしながらも二人の後を追う。
背後と左右はうっそうと茂る深い森。2人が向かう正面だけが不思議と開けていて大きな青空が広がっているのが見える。そしてその向こうには山々。大都市ウォッタリラでも、さすがに山脈までは囲っていなかったはずだ。ウォッタリラの街の中には思えない。
都市を囲む城壁の外まで飛ばされたのか?
3人が歩き出したそこは少し丘のようになっているなだらかな土地で、草木は刈り取られ、人の手で整えられているようだった。
丘の向こうに続く山々からこじんまりした小川がななめに横切っており、その左右には畑と庭のような場所が広がっている。その上を通る数匹の鳥が高い声で鳴く。
そしてそれらの奥に、緑色の屋根と白い木の壁が特徴的なかわいらしい家があった。