5 再会
その後、大会が白熱するにつれ会場も温まり、酔っ払いの乱闘騒ぎの対応に追われて、試合はほとんどみることができなかった。
しかし結果は概ね下馬評通りで、ウォッタリラ西部の有力者が順当に上位を占めた形になった。ダークホースと言われた初出場のガトレイアも、ウォッタリラ上位勢の壁は越えられず準々決勝敗退という結果だ。
それでも、外部勢では最も勝ち上がっている。慣れない大会でかなり健闘した方だろう。
トーナメントはこれにて終了だ。このあとは表彰や閉会式を行い、今大会はお開きとなる。観客席ではちらほら、席を立つ人が現れる中で、閉会式に関するアナウンスが流れる。
閉会式の警備につく前に、ソラは選手の控室に向かった。
ギルドカード発行について確認をとるため、選手を閉会式へ先導する係のスタッフに役割を代わってもらったわけだが、本来の目的は別にある。
ソラは選手控室の隅でゆったりと飲み物を口にしていた赤ローブの老婆を見つけ、声をかける。
「シヒナ選手。」
「ああ、はいはい、わたしですよ。」
背中の丸い老婆はのんびりと振り向く。
と、ソラの顔を見た途端、しわくちゃの老婆のほほえみが、ほんの一瞬だけこわばった。
その表情の変化を彼は見逃さなかったが、気づかないふりをして続ける。
「大会の運営の者です。今日はお疲れ様でした。」
「……ああ、どうもねえ。」
「ギルドカードのことでお伺いに参りました。少し別室でお時間いただいてもよろしいでしょうか。」
「……」
しわだらけの目を細めて老婆は優しく微笑む。
顔は笑っているが、感情は読めない。
「ここでぱっと話すんじゃ、だめかねえ?年のせいか、今日はもう足腰が痛くてねえ……」
「すぐに済みます。申し訳ありませんが、こちらへ。」
渋る老婆を急かして、控室を出る。
老婆は気が進まないようだが、よろよろとついてきてくれた。
廊下を歩いてすぐのところにある物置部屋に入り、戸を閉める。
「物置部屋で、どんなお話しかい?ばばにもわかるかねえ…」
「もういいよ。」
あくまで老婆らしい演技に徹する赤ローブの人物に、彼はぴしゃりと言った。
そして正面から向き合い、うっすらと笑って言う。
「よお、お前だよな?――レイ。」
老婆の顔が引きつる。
そしてしばらくじっと見つめ合ったあと、観念したように老婆がため息をついた。
かすかな光の膜が老婆を頭から順に包んでいき、腰の曲がった丸いシルエットが、ピンと伸びた華奢な女性のものになる。
光が消えて白髪の老婆の代わりに表れたのは、黒髪紫眼の若い女性だった。
まだ少女とも言える年齢だ。
「――やはり偶然じゃないんですね。ソラさん」
「ああ。また会ったな。」
顔を見たのは初めてだが、声は確かにあの時遺跡で聞いたものに間違いない。
そして手配書の顔写真によく似ている。彼女がミンセフでの件で指名手配された冒険者で間違いないようだ。
しかし、彼女が『ユーレンフェミリア』なら、この姿も恐らくは……
――いや、そこまで踏み込むのはまだ早い。
「…何の御用でしょう。ギルドカードのことで、といわれてましたが、身分詐称で発行は不許可だというお話ですか?」
「いや、ギルドカードは発行できる。それよりレイ、お前ギルドから執拗に追われるような悪事働いた覚えはあるか?」
レイの顔が険しくなる。そして、強い口調で答えた。
「ありません。」
「本当に?」
「はい。絶対に私は——」
「よしじゃあ信じる。」
「え?」
どうやらかなり身構えていたらしいレイは、あまりにもあっさりとしたソラに拍子抜けしたような顔をする。
そんなレイを無視して、ソラは首から下げる紐のついた名札を手渡した。
「はいじゃー、これ持って姿また別のに変えて。」
「…これは…?」
「大会運営スタッフの名札の予備。あと、これとこれも」
彼が次々と、スタッフ用のビブスと腕章をよこした。
レイは訳が分からないという風にソラを見上げる。
腕章をつけてやりながら、ソラは続けた。
「閉会式は、表彰を受ける選手以外、出席義務はない。カタリ族シヒナというおばあさんは、体調不良ってことで受付の記録でもう帰ったことにしてる。レイはこれからスタッフの振りして閉会式が始まる前に外に出るんだ。」
「は、あの、えっと…?」
「昼、うちのギルドに『軍事都市』ドラヴィダのギルドから要請がかかった。兵はドラヴィダだけど、指揮をとるリーダーはメリールゥの奴らしい。」
「!!」
レイの顔が一気に青ざめる。
「要請…?」
「包囲許可要請。ほんとは昼の時点で即、会場全包囲っていう要請だったけど、大会の続行が難しくなるってことでギルドマスターが断って、結局影響の少ない閉会式後に選手のみその場に留めることになった。」
「なんで、そんなことを」
「選手の中に凶悪な指名手配犯がいるから、油断しているすきに捕らえるんだと。逃走防止のためにどの選手かは知らされてない。会場周辺は大会が始まった直後からすでに私服のドラヴィダ兵に包囲されてるから、抜ける時はただのバイトスタッフだって絶対言えよ。」
スタッフの姿に扮したレイに、髪色と目、さらに見かけの年齢も変装魔法で変えるように指示する。
「いいか、俺は絶対にお前が『凶悪な指名手配犯』とやらじゃないと勝手に信用してこういうことしてる。お前が実は悪い奴だったら後で普通に敵に回るから、その時は覚悟しとけ。」
「じゃあ、なんでこんなことするんですか…?素性を偽っている私がその筆頭候補でしょう?」
「遺跡での借りを返すだけだ。つーか、お前はこういう助けを求めてウォッタリラに来てるんじゃないのか?」
レイが目を見開き、次に決心のついた顔になった。
「――はい。」
「あまりつべこべ言ってる時間はない。会場の包囲抜けたらこのメモ見て指示通りに行動しろ、それでひとまずなんとかなる。」
準備が整い、ソラは物置のドアを開けてレイの背中を押した。
「さ、行け。へますんなよ」
「はい、――ありがとう。」
レイは早足で出口に向かった。
それを見届けて、ソラは選手先導の任に戻った。