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魔法使いはどこから来たか。  作者: きみかげ
第1章 商業都市ウォッタリラ
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4 冒険者たちの祭り 後編


大会は午前の部が終わり、いったん昼休憩に移った。

会場内は、前半を生き残った選手たちの話題で持ちきりだ。


運営席ではそれ以外に、軍事都市の団体客が目をつけていた選手が誰なのかという予想でも盛り上がった。


第一候補に挙がったのは、「ガトレイア」という名前の肉弾戦士。


他の都市から来た冒険者でウォッタリラでの知名度はそう高くはなかったが、Aランク冒険者らしい。午前の部を難なく勝ち上がっており、ウォッタリラの大会初出場でありながら今回の優勝候補として期待が集まっている。


彼は種族不明で、提出された情報によればかなり犯罪歴が多く、今は更生してまっとうな冒険者になっているらしいが、一時期は賞金首でもあったようだ。


「元賞金首だから、警戒されて『逃げられたらどうする』みたいな?」

「あーありえる。」

「実力的にも妥当だし」


ただし、客本人が帰ってしまったので答え合わせはできず、これについての話は終わる。

「じゃあ、優勝予想でもするか」

「なんか賭けようぜ」


もともと知名度のあった実力派選手はもとより、それ以外で観客の注目を集めたのは、一人の魔導士。


紅色のローブで全身を覆い、やや背中の曲がった白髪の老婦人だ。見た目にはお世辞にも強そうには見えないが、彼女はここまでの数試合、すべて一瞬で片を付けていた。


戦いはシンプルだ。老婆がまばゆい閃光の魔法を焚くと同時に、相手は場外に吹っ飛ばされて気絶している。これだけ。


しかしわかっていても対処できるものではないらしく、ここまでの対戦相手はなすすべもないと言ったところ。結局今のところは、相手を吹っ飛ばす術の正体はわかっていない。


老齢で強い冒険者もいるにはいるが、彼女にはそういった実力者特有の威圧感はない。また、他の魔導士たちのような膨大な魔力も感じない。せいぜい中の上程度か。


「どう思う、ソラ君。」

「何がですか?」


昼飯を口に運びながら、ソラはスタッフの一人に聞き返す。

「何がって、さっきの婆さんだよ。何をしたと思う?」

「…おそらくはただの衝撃波、でしょうね。」


途中からソラも彼女の試合を見ていたが、それが可能性としては一番高いだろう。衝撃系か圧力系の魔法を使い、相手が閃光に目をくらませている間に弾き飛ばす。


それならばそれほど大きな魔力は必要としないため、あの老婆でも可能だろう。


「相手は重装備のでかい戦士もいたぞ。あんな巨体を一瞬で吹き飛ばすほどのか?」

「はい。たぶん、相当魔力コントロールに長けています。」

衝撃波は通常、発生地点から同心円状に広がるものだが、周りには衝撃どころかそよ風一つ届いていない。うまく一点に結集させている。


「俺がここから感知できる限り、あの婆さんからは大きな魔力は感じません。もともとの素質は魔導士向きではないけど、少ない力を効率よく術に変換する技術と知恵があるんでしょう。」

「…年寄りってのはやっぱ、馬鹿にできねえな。」


説明しながら、ソラは1人考えていた。

あのおばあさん―――

(…なんだろう。)

わからない。わからないが、何か違和感がある。


決して危険人物という感じはしない。

戦い方も、魔力の流れや術から感じ取れる意図も、勝利のための必要最低限の攻撃しかしない、という術者の意思が感じ取れた。冷静沈着で、誠実でもある。そして、戦いの場でもそう在れるだけの戦力のゆとりが彼女にはある。


だが、何か引っかかる。

この違和感はなんだ?

「…少し、席を外します。」

「なんだ、便所か?」

「ちょっと野暮用です。午後の部が始まるまでには戻ります」


そう言って、ソラは運営用観覧席の裏で資料をあさり始めた。

そして例の老婆の書類を引っ張り出し、通信機を耳に当てながら人気のない場所へ向かう。

『どうした、ソラ。』

通話に出たのは、聞きなれた女傑の声。

「マスター、ちょっとお話が…」

『あんたそういえば大会運営か。ちょうどいい、こっちも話があったんだ。』

「え? ―――」


     ***


午後の部が始まった。


ここからは同時進行でなく、一戦ずつ試合が行われる。闘技場全体を使った戦いになるためやや時間もかかるが、試合展開も派手になり盛り上がりはここから本番になるだろう。


例の老婆は、調べたところギルドカードを所持していないらしい。午前の部を全て勝利しているので、ほぼ確実にカード発行の許可が下りることだろう。


「おっ、出てきたぞ!」

隣のスタッフが声を上げた。

登場したのは種族不明のガトレイア。


それと相対するのは、例の赤ローブの老婆だ。


ダークホース同士、今大会で最も面白い組み合わせの一つだろう。


「どっちが勝つか賭けるか?」

優勝候補のAランク元賞金首か、無名とはいえ謎の戦法でここまで対戦相手を秒殺してきた謎の老婆か。


「いいですね。」

「ま、俺はもちろんガトレイアの方に賭けるけどな。」

「じゃあ俺は老婆で。」


すると隣の彼は笑った。

「お、いいのか?それなら賭けは無しだって言われるかと思ったが。」

「正直俺はどちらが勝つか見当もつかないんで。逆の方に賭けますよ」

「言ったな?」

「はい。」


事実だ。確かにガトレイアの方は独特の圧力を感じる。肉弾戦も得意そうだが、魔力値も高く魔法にも精通していそうだ。たいていの冒険者は、彼の方が勝つと思うだろう。


一方の老婆は、圧力も何も感じないものの、ここまでの試合が一瞬過ぎて手の内が一切明かされていない。『カタリ族』だと言っていたが、それが本当ならば武術にも魔術にも長けていない、通常ならば商人などに多い種族だ。それがなぜ勝ち進めているのか。もしかしたらここで彼女の正体が見られるかもしれない。


『カタリ族シヒナ選手対、ガトレイア選手。試合開始!』

老婆が右手を水平に上げる。そして間髪をいれずに、大きな閃光。

これまでと同じだ。しかし会場を広々と使う分、閃光の大きさに容赦がない。客席最後尾にいるソラでさえ目がくらみ、腕で顔を覆った。


「…どうなった?」

隣のスタッフも同じように顔をかばった後、何度もまばたきしながら闘技場の中心を睨む。


最初と同じように突っ立っている老婆。

対してガトレイアは、剣を目の前に構えたまま、最初と同じ位置にまだ立っていた。

会場からどよめきが起こる。


「さすがガトレイア。一瞬ではやられねえな。」

「どうやって防いだか知らないが、諸戦とは違うわけだ」


しかしそんな感想を聞きながら、ソラは違和感を覚える。

ガトレイアの方が戸惑っているように見えるのだ。


向かい合って動かない両名。

剣を構えたまま、ガトレイアの口が動いた。

何か話しかけているようだ。

しかし対する老婆の口は動かない。


「…」


しばらく会場が静かになる。

しかし無反応な相手に焦れたのか、ガトレイアは老婆に切りかかった。

それを見て老婆もローブの中から剣を取り出し応戦する。


激しく切り合う両名。鋭い金属音が立て続けに響き渡る。


「意外だな。あの婆さん、ガトレイアの剣速に追い付いているぞ。」

「いや、ガトレイアの動きがさっきまでより鈍いだけじゃないか」


先ほどまでのガトレイアはすさまじいスピードで動いていたが、ここは老婆を警戒しているのか、わざと速度を落としているらしい。

しかし、勝負はすぐについた。


ガトレイアの剣によって老婆の剣が弾かれ、老婆は衝撃によってしりもちをつく。

ガトレイアはその喉元に切っ先を当てて止まった。

戦い終了のゴングが鳴る。

『勝者、ガトレイア選手っ!』

拍手喝さいが起きた。

しかし数秒間、ガトレイアは剣をあてがったまま動かない。


「なんだ、案外あっけなかったな、あの婆さん。ガトレイアにはさすがに勝てないか」

「ですね…賭け、負けてしまいました。」

返しながら、ソラは両選手のやり取りから目を離さなかった。

勝ったのはガトレイアの方だが、遠目から見ても明らかに彼の方が苛立っている。

その理由はソラにもわかった。


老婆は本気を出さなかった。勝つ気がなかったのだ。


――俺の予想、合ってそうだな。


「さーて、じゃあ負けたソラ君には何をしてもらおうかなー?」

にやにやしながら言う先輩スタッフに、彼は確認する。

「先輩って大会後は、選手に関する事務処理の担当者でしたよね?」

「あー、そうだな。」


大会結果の記録と通知、それに応じてランクが変わる参加者がいたらその手続き、それ以外に希望者のギルドカード発行などもある。


「じゃあ、今大会でギルドカード発行が認められた選手がいたら、その雑務俺がやりますよ。どうです?」

「言ったな?あれ滅多にないけど、あったら一番めんどくさいぞ。」

言ってから、そのスタッフは顎に手を当てて考える。


「ん?今の婆さん、確かカード発行の希望者だったよな?午後の部出てるってことは…」

「発行確定ですね。」

「わかってて言ったのか」

笑いながら彼は言う。

「いやー、悪いななんか。じゃあそういうことで、よろしく。」

「了解です。」

たかが賭けで仕事を押し付けたことを申し訳なく思ったのか、気のいいそのスタッフはジュースを1本奢ってくれた。


しかしもちろん、ソラの目的は別にあった。



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