3 冒険者たちの祭り 前編
ギルドの階段にある窓から外を見下ろすと、街が色とりどりの装飾で飾りつけされていく様子がよく見える。
もうすぐウォッタリラでは、『花園祭』という大きな祭りが開かれる。植物が人々に与える恵みに感謝し、それを称える祭りである。それに向けて、花や草木に関連する装飾で街中が埋め尽くされんとしている。
祭りは1週間にわたって行われ、5大都市と呼ばれるだけあって都市外からも多くの観光客や商人、旅人たちが詰めかけ、毎年都市を上げた盛大な祭りとなる。
と言っても商魂たくましいウォッタリラの人々はいつも何かしらのイベントを起こして商売を盛り上げるため、こうした賑わいはほぼ年中変わらない。
ただ、今回の祭りでは、ソラにはやることがあった。
ウォッタリラでは大きな祭りのたびに東西南北中央のいずれかの地域で、冒険者たちのトーナメントが行われており、一般人に実力を見せる数少ない機会となっている。
参加は任意であるが、その地区のギルドを利用している実力者であればほとんどが参加する。
トーナメントは冒険者だけでなく商人や都市の有力者など様々な業界人から注目されており、上位に食い込めば多額の賞金が出る上に、実力を示して名を売れば個人指名の依頼が舞い込むことがある。
指名の依頼は報酬が割高になるため、未来の依頼主を獲得するために勝つだけでなく『魅せる』ための試合が多くなり、観客席も大いに盛り上がる。
今回の大会は、西部地区で行われる。
北部に住むソラにとっては関係がないかと思いきや、そうでもない。
大会中は普段西部地区の治安維持に努めている冒険者たちが一か所に集まってしまうため、西部地区の治安維持や、大会の警備などに割く人員が足りなくなる。
そのため、西部以外の地区から大勢の冒険者が応援として駆け付けるのが通例となっている。
Sランクのソラはギルドからの直接の指名で大会の運営に携わることが決まっていた。
これから2、3日の休養の後、すぐに祭りが始まる。今日はギルドに来たついでに、軽く自分の役割について話を聞くことになっていた。
「お疲れ様です」
ソラはギルド三階の大会議室を訪れた。すでにそこには、今大会の運営のために北部から派遣されるメンバーがそろっている。彼らを始めとした十数人が中心となって企画運営をし、当日はそれに加えて大量の日雇いスタッフを雇って大会を開催する。
「お疲れ、ソラくん。」
「差し入れ買ってきました」
「お、気が利くね」
祭りを満足に回れなくて不満があった数名が差し入れに飛びつく中、ソラが進捗を尋ねる。
「今回の参加者はどうですか?」
「いつもとそう変わらない人数かな。実力まではわからないけどね。」
「でも西部の有力者は概ね出場するし、都市外の有名な冒険者も混じっているから、前大会に見劣りすることはないだろう。」
スタッフたちに参加者情報の書類を渡され、目を通す。
大会には基本、冒険者なら自由に参加できる。だから出場選手の実力もピンキリだ。そもそも出場者の目的は、売名や賞金獲得が狙える一部の実力者を除けば、自分の腕試しか、実戦経験を積むためといったものがほとんどである。
余談ではあるが、例外的に、「ギルドカードの発行」という目的を持つ者もいる。
これから冒険者になろうという冒険初心者はまずこのカードを発行する必要があるが、ギルドカードの発行には通常、かなり厳格な審査を通る必要があるため、受けるにはそれなりに準備が必要となる。
また、それ相応の費用と、審査終了から発行まで時間もかかるため、今すぐお金を稼ぎたい人々には敬遠されがちだ。
そうした冒険初心者への措置として、今回のような大会が活用されている。ギルド主催の大会で一定以上勝ち上がることができた場合、冒険者業を最低限遂行できる実力はあるとして、先に挙げた厳格な審査・手間・費用・時間を全てパスしてカードを発行できる。
負ければカードはもらえないが、本当に腕に自信がある者は、いちいちギルドに申請するよりも、このやり方でギルドカードを得ようとするのだ。
忙しいギルドとしても、初心者へのチュートリアルを含んだ厳しいギルドカード審査に実力者が紛れ込むのは無駄な手間であるし、ダークホースになりうる冒険者に大会に出てもらうことでイベントを盛り上げられるメリットがある。
「今回も、ギルドカード発行の希望者が十人ほどいる。彼らの試合結果次第では発行事務の一部雑用も手伝ってもらうことになるかもしれない。」
「了解です。」
「ソラ君が今からでも大会出るって言ってくれるなら別だけど」
ソラは苦笑いする。
「いやすみません、今回はまじで…長期任務明けなんで。」
「えー、残念だなあ。」
別のスタッフが、見たかったのに、と口をとがらせる。
「じゃあまあ、暇なときは大会見学しててもいいけど、それ以外は仕事に集中してもらうよ。」
いくら大勢のスタッフを雇うとはいえ、運営の主要メンバーの仕事量はすさまじいことになるだろう。
「ソラ君の一番重要な仕事は警備関係になると思う。細かいことはこの書類にまとめてるから、休暇中に確認してくれ。」
「はい」
いつ休めるのやら。そう思いながら、ソラは書類を受け取った。
***
そうして訪れた、大会当日。
会場設営は無事に終わり、植物の祭典にふさわしい装飾が施された西地区最大の円形闘技場には、期待通り大勢の観客が押し寄せた。
参加選手の知り合いや、冒険者として技術を学びに来た者、観光の一つとして来た者や、目玉イベントとして楽しみに来た者など、冒険者から商人、旅人、その他一般住人まで、老若男女様々だ。
ソラ個人の日程は、大会がスタートするまでは観客の受付と案内を、開会式中は警備のため会場内をパトロールしつつ、スタッフたちの持ち場の確認。トーナメントが始まってからは、運営用の観覧席から会場を見渡しつつトラブルの報告があれば対応に追われる。まあ、緊急事態さえ起きなければ普通の観客として楽しめるわけだ。
闘技大会というものは、観客も血の気が多くなり、祭りの他のイベントよりも民度が低くなりがちだ。ウォッタリラはそれを見越して毎回他のエリアからも応援を呼んで大量の警備を動員する。小さなトラブルなら各持ち場のスタッフでどうにかしてくれる。
『それでは、1回戦のカードを紹介します。まず第1戦…』
午前の部は試合数が多いため、広い闘技場を使って複数の対戦が同時進行で行われる。
開会式までの仕事を終えてソラは自分の観覧席に走る。
「お、来た来たソラ君」
「間に合いました!?」
「ついさっき始まったところだ。」
午前の部は実質予選のようなもので、本番は午後の部だ。しかし、午前の部は有名無名問わず、いろんな地方・種族の魔法や戦闘術が一度に見られるので面白い。
ソラは正規参加者として出場したこともあるが、参加者だと同時進行中の他の試合を見ることは難しい。そのため自己研鑽や戦いの研究に徹したいなら客席から見ているほうが都合の良いところもある。
せっかくの機会だからじっくりと見たかったが、途中途中トラブルの対応に追われた。
中でも変わったトラブルが1つあった。出場選手に今すぐ会わせろという団体客が現れたのだ。
そういった客がいた場合、通常なら、大会の規程上「選手の集中を削ぐ行為は許可できない」と言って断るだけだが、今回の客はなかなか引き下がらない。
どうやら5大都市の1つ、『軍事都市』ドラヴィダのお偉いさんの使いだとかで、わざわざ運営の責任者と話をさせろと言ってきた。
軍事都市ギルドは常に優秀な戦闘要員を探しており、スカウト目的で世界各地のこうした大会を覗いて回る趣味があるらしい。よほど欲しい選手でも見つけたか。
結局、ソラより上の責任者が直接の対応に当たったため、ソラが直接話をすることはなかったが、対応した職員は気難しい顔をして帰ってきた。
「お疲れ様です。どうなりました?」
「いやあ、なんか…」
担当者は眉根を寄せて頭をかく。
「今度は、選手が出した出場申請書類、全員分出せとか言ってきてさ。個人情報だから無理だって言ってんのに、『後悔するぞ』とかなんとか…」
「はあ?」
その場にいる全員が怪訝な顔をする。
「まあ暴れたりはしなかったし、最終的には諦めて会場出ていったみたいだけど、よくわかんなかったな。」
「変な奴らですね」
「いや軍事都市の連中は変な奴らばっかだけどさ」
「にしても、偉い人のお使いがそんな妙な真似します?誰の使いだったんです」
「それが、かたくなに教えようとしなかった。それ聞けない限りこちらも対応できないって言ったら何とか引き下がってくれたよ。」
「うーん…」
運営陣は全員で顔を見合わせる。
「選手と会いたいなら大会後に声かければいいのにね。」
「なんだってそんな急ぐ必要があんだか。」
「ちなみに、その人たちが会いたい選手は誰だったんですか」
「それすら教えてもらえなかったよ。選手たちの控え場所に案内しろって、その一点張り。」
「なんだそれ」
「手当たり次第、軍事都市に勧誘ってことすか?大会中に?」
「なんか、『逃げられたらどうする』とか言ってた」
「…偉い人の考えることはわかんないな」
やや不穏な空気を感じたが、午前まではそれ以外に大きなトラブルはなかった。