2 〈大断絶〉と、その手がかり
5大都市の1つ、『研究都市』メリールゥでの奇妙な行方不明事件。
初めて聞く話だ。
マスターは引き出しのカギを開け、ある書類を引っ張り出した。
「今から約10年前、メリールゥで、ランクなしからいきなりSランクに抜擢された少女がいた。名を『ユーレンフェミリア』。登録当時の年齢は7歳だそうだ。」
「7歳でランクなしからSに?可能なんですか」
「…わかっているだろうが、Sランクの条件は通常3つある。」
その3つとは、Aランク超の『実力』、ギルドにとって有益な『特殊技能』、そしてギルドへの貢献度や犯罪歴の無さといった『信頼』。
1つでも著しく欠如していれば、Sランクとしての認定はできないとされる。
「それにも関わらずこの少女は、メリールゥ上層部の独断により『特殊技能』のみでSランク登録された異例中の異例。」
「のみって…ギルドの規程上、絶対に認められないはずでは」
そんなSランク認定など、聞いたこともない。
「ああ。ただし、条件があった。その少女…『ユーレンフェミリア』は、メリールゥの領内から出てはならない、というものだ。」
「それはまた。冒険者には特殊すぎる条件ですね」
冒険者は、各地を渡り歩くから『冒険者』なのだ。1つの都市を拠点としていても、仕事や趣味で都市の外に出ることは頻繁にある。それを禁ずるとは。
「登録されたSランク冒険者の情報は全都市のギルドに通達される決まりだが、メリールゥのギルドは当初、その少女の存在を公にしていなかった。だから外に出せなかったのかもしれない。」
「その情報が、なぜ今ここに?」
ソラはマスターが見せている書類を指さした。
「…逃げ出したのさ、その子は。6年前に銀のギルドカードを持ってね。」
「逃げ出した?」
「メリールゥ側は慌てて、ウォッタリラを始め全てのギルド上層部に捜索依頼を出した。それで回されたのがこの書類。」
そこには年齢と名前、顔写真が載っている。見たこともない美しい銀髪に、燃えるような赤い瞳。
魔女族なら黒髪紫眼だ。魔女族ではない。
しかし、このような容姿の種族は聞いたことすらない。
「あれ…Sランク登録理由が書かれていませんね。しかも、この捜索依頼って…」
「ああ。メリールゥギルドは最も肝心な『特殊技能』に関しては黙秘を貫き、しかもできるだけ無傷で生け捕ることを求めている。高額な報酬を約束する代わりに黙って引き渡せとさ。」
「それはなんとも…勘ぐってしまうと言いますか。」
「怪しいだろう?」
マスターは少女のプロフィールを彼に手渡した。口外しなければ持ち帰って良いと。
「その通達を受けた各地のギルドの反応は様々だ。不透明な態度のメリールゥに非難を向ける所もあったが、メリールゥはギルドと都市政府の関係が密接でね。五大都市の一角に表立って逆らう都市はほとんどない。多くは素直に協力すると言っているが、単に高額報酬が目的のギルドもあれば、捕まえてメリールゥを揺さぶろうと考えるギルドマスターもいるようだ。いずれにせよ、本格的に『迷子探し』と銘打って捜索に乗り出したギルドも多くあった。」
「あれ?ウォッタリラでそういった話は聞いたことがないのですが」
「うちはちょっとまた別の考えでね。とにかく、そういう風に捜索が始まったが、少女ユーレンフェミリアは6年間失踪したままだ。まだ幼かったし、最近では死亡説もささやかれていた。」
「その少女が、レイだと?」
マスターはうなずく。
「メリールゥが無理を通してでも確保したかった『特殊技能』ってやつが、レイがソラに見せてくれたような、遺跡に関するものだとしたら納得できるだろう。旧世界時代の解明に最も力を入れているのは、他でもないメリールゥ。研究都市らしい理由だ」
旧世界時代は、冒険者だけでなく、現代に生きる全ての人が好奇心とロマンを抱く時代だ。
この世界では、どの国でも・どの地域でも・どの種族でも、当然のように同じ言語が使われている。
ではその共通言語がどこから始まったのかと遡っていくと、世界中が全く同じ地点で『壁』にぶち当たる。
全ての文献が急に途絶えるのだ。
文献だけではない。
石碑も、建造物も、骨さえも。その時代に文明があったことを証明する物の一切が、ある地点までさかのぼると、それ以降、ぷつりと糸が切れたように全く存在しなくなる。
『時の裂け目』とも称されるこの全世界的な文明の隔絶、時代の空白期間のことを、人々は〈大断絶〉と呼ぶ。
そして〈大断絶〉を飛ばして遡ろうとするとすぐに、空白後の世界とは全くつながらない、現代よりも桁違いに栄えた文明があるのだ。
その時代の総称が、通称『旧世界時代』。
旧世界時代では、現代では想像もできない優れた魔法が溢れ、現代とは違う言語が使われていたことが、遺跡の調査からわかっている。
地層の調査などによれば少なくとも数千年はあったとされる〈大断絶〉には、旧世界時代の何かが大いに関わっているといわれ、現代文明の発展だけでなく人類の歴史解明の最大の鍵として注目を集めてきた。
研究都市メリールゥは、旧世界時代の解明が人類にとって急務であると主張し、昔から都市の総力を注ぎ続けている。
謎多き旧世界時代に関わる何かを見つければ、それを手に入れようと躍起になるのは当然のことである。
「それで、マスターは、これを話して俺にどうしろと?」
あらかた予想はついているが、念のため尋ねる。
「話が早いね。レイを見つけてほしいのさ。」
「彼女は旅人と言っていました。現在どこに向かっているかもわかりませんし、正直、かなり厳しいかと。」
「いや、彼女がウォッタリラに向かう可能性は高い。」
マスターは少し自信ありげに口角を上げる。
「なぜですか?」
「少女ユーレンフェミリアは、11歳から6年間もの間、5大都市の一角とそれに与するギルドから逃げおおせている。どうやって知ったかわからないが、ここまでくると彼女はメリールゥに非協力的な都市を把握したうえで渡り歩いている可能性がある。」
「なるほど…そういえば、ポルドゥガはギルドがない町でした。協力どころか通達も行っていないでしょうね。」
「さらに、捜索願が出された『ミンセフ』は、先代のギルドマスターまで、この件に関してメリールゥギルドにかなり懐疑的な姿勢を見せていた。最近新しく就いたマスターはわからないがね。ともかくこれらの滞在場所を意図的に選んでいるとすれば、彼女が次に訪れるのは、ポルドゥガからの距離を考えてもここウォッタリラだ。」
「と言いますと?」
「うちは金に困ってないし、メリールゥと地理的に遠いせいで交流が少なく、恩を売るにしてもうまみが少ない。で、ウォッタリラの5つの冒険者ギルドは、『ユーレンフェミリア』を引き渡さずにいったん保護する形で話が決まっていた。」
「保護、ですか。確かにメリールゥの話は、監禁めいたものにも聞こえましたが」
「まずは内情を把握しようってことさ。メリールゥ内部の不透明さは昔から問題視されていた。いい機会だ。五大都市に対抗できるのは同じ五大都市しかないだろう。ミンセフの姿勢を知っているなら、ウォッタリラの姿勢もどこかで聞き及んでいるはずだ」
「…なるほど。じゃあ、こちらの反応を探るために、レイはあえてヒントを出していったというわけですか?味方につく保証もないのに…随分大きな賭けに出ましたね。」
「逃げるにも、もう限界が近いと判断したのかもしれないね。だから協力者を求めているのかもしれない。ユーレンフェミリアは裏で伝説の賞金首になっていて、反社会的組織も動いているなんて話も聞く。」
確かにそれはあるかもしれない。
さらに、希少種族は闇市場で法外な高値が付けられるため、メリールゥに引き渡されずともどこかで危険な目に遭うこともあるだろう。
「わかりました、注視しておきます。」
「門兵やギルドに入る情報は共有する。もし接触のチャンスができたら、どんな理由でもいい、あたしの前に連れてきてくれ。ただし、あくまで説得で慎重にね」
「はい、わかっています。」
「話は以上だ。このことは口外禁止とする。きちんと休息をとって旅の疲れを癒すように。」
「了解。」
マスターに一礼し、ソラは執務室を後にした。