29 病室にて②
「なんだ、意外に元気そうだな」
ナグモが飄々と言った。
「元気なわけあるかよ。こちとら腹に穴開いてんだぞ」
ナグモはソラの訴えを無視して、悠々と窓辺に片膝を立てて座った。
彼の立ち居振る舞いの行儀の悪さはいつものことだ。
軽くため息をついて、ソラは尋ねる。
「話って?」
「お前に頼まれた通り、テロが起きた時、ユーアを辺境伯家の戸籍にねじ込んだ。本人に無断でな」
「ああ…」
もともとは、1か月程度かけてユーアが門外地区の生活に慣れつつ、新しいギルドカードを手に入れたうえで、正式に門外地区に入るかユーアの意思を聞く予定だった。
門外地区に入るとユーアの生活はがらりと変わる。身を守るため仕方なく門外地区に入るのではなく、ギルドカードを得て今まで通り一人で生きていく選択肢も手にしたうえで、ユーアの純粋な意思で門外地区を選んでくれればと考えていた。
しかし、テロが起きたあの時。そんな悠長なことを言っていられなくなった。
ソラを戦闘困難にさせた後、ユーアの位置を捕捉したリブラは、迷わずユーアのもとへテレポートした。
それで急遽ソラはナグモに連絡し、ユーアの辺境伯家への養子入りを強行したのだった。
たとえリブラがユーアの拉致に成功したとしても、ナグモが有する高位貴族の権力を盾にユーアを取り戻せるように。
「…というか、よく間に合ったな」
もともと万が一のことを考えてナグモも準備していたようだが、それにしても早すぎる。
「それくらいどうとでもなる。」
あの時のリブラの口ぶりでは、通常簡単なことではないようだったが。
――こいつ、本当になんなんだよ。
頼もしくも恐ろしくも感じながら、ソラは続ける。
「とにかく悪かったよ。無茶言って。…俺が、リブラを抑えられなかったせいだ。」
「まあ全面的にそうだな。」
ナグモは容赦なく言い放った。
「もともと、お前が買って出た仕事だ。できないのなら、お前はユーアのそばについておくべきだった」
ソラは押し黙る。
確かに、もしソラがユーアにつきっきりで付いていれば、ソラの強力な感知能力でユーアに迫る危険は大抵防げたはずだった。
「俺は言ったはずだ。お前がリブラを御すのは無理だと。お前は対等な協力関係を結ぶふりをしてリブラから情報を引き出す気だったんだろうが、“謀のリブラ”はそもそも対等な関係を結ぼうとしない。相手をどう利用するか、それだけだ。ドラヴィダの連中を見てもわかるだろう」
ドラヴィダの兵士たちは、メリールゥが開発した『兵器』の中身を知らないまま、テロの片棒を担がされた。今はリブラの共犯として拘束されているが、彼らにとっては不本意に違いない。
そしてリブラはソラに対しても、結局まともな取引を行うつもりはなかったようだった。
「リブラはお前の助けがなくてもユーアをおびき出す算段をつけていた。それがあの兵器だ。街を丸ごと人質にとってユーアが出て来ざるを得ない状況に追い込んだ。お前と手を組むふりをしたのはユーアと分断するのも目的だったんじゃないか」
「……」
今振り返れば、恐らくそうだろうとソラも思い至っていた。リブラはソラが本当にユーアを連れてくると期待していなかった。
あの兵器はもともとユーアの拉致のために用意していたものだろう。ソラがユーアを連れてきたと思いこんだため、ついでにソラを連行するための脅迫に流用しただけのこと。
ドラヴィダにいずれ兵器を売却するにしても、対抗策を持つユーアの存在は邪魔になるのだから、ユーアの確保は急務だったはずだ。
そして、今まで様々な都市を転々としていたユーアの居所が割れている今が絶好の機会だった。
「まんまと嵌められやがって。」
「…本当に悪かったって。軽率だった」
ナグモがため息をつく。
「まあいい。本題だ。お前に仕事がある」
「仕事?」
「ユーアの今後に関わることだ」
その言葉にソラは表情を引き締める。
「…そういや、リシュウさんに聞いたよ。ユーアに関することに箝口令を敷いたって?」
「あれは多少の時間稼ぎにしかならない。ユーアの『白い魔法』の目撃者が多すぎるからな。勘のいい奴はそろそろ動き出している頃だ」
『白い魔法』とは言わずもがな、メリールゥの兵器を抑えるためにユーアが行使した、白い光を降らせる極大魔法だろう。
「メリールゥの兵器の唯一の対抗策を持ってるんだから、そりゃ目を付けられるよな…」
「お前は鈍いな。本命はそこじゃない。」
「…え?」
怪訝な顔をするソラに、ナグモが続ける。
「メリールゥの兵器は、ダンジョンに蔓延する毒らしきもの――メリールゥの論文の言葉を借りるなら、『瘴気』か。それを利用したものだった。その兵器を封じたということは、ユーアの使った白い光の極大魔法の本質は、ダンジョンの『瘴気』を無効化することなんだろう。」
「ああ。たぶんな」
「だとすると、ギルドにも都市政府にもあらゆる冒険者にも、重要な意味を持つ魔法になる。ユーアを連れているかどうかでダンジョン攻略の難易度が天と地ほどに変わるからだ。」
ソラは息を呑んだ。
従来ごく一部の冒険者にしか知られていなかったダンジョンの瘴気の存在は、有力者を中心に近年どんどん認知が広まっている。ダンジョンでの冒険者の死亡率が異様に高い理由として最も納得のいくものだからだ。
もし、ダンジョンの瘴気がなくせるのなら、パーティメンバーを瘴気に耐性のある人間に絞る必要はなくなる。
それに加え、ダンジョンに生息する魔物は元は普通の動物で、瘴気に順応して凶悪化したと考えられている。それもあの『白い魔法』で戻せるとしたら?
「――つまりユーアの魔法さえあれば、ダンジョンはさして特別な場所じゃなくなるのか」
「そうだ。ただ単に、手つかずの金銀財宝が眠る場所。」
旧世界時代の遺物は極めて高値で売買される。一攫千金を夢見て冒険者となった者は多い。
ソラはぐっと眉根を寄せた。
「…ユーアの奪い合いが始まるな。」
「ああ。ユーアを手に入れた奴がダンジョンに残る旧世界時代の遺物を総取りできるだろうな。」
ナグモが窓の外に目をやる。
「メリールゥがユーアに固執した理由も、その理由を隠そうとしたのも、今となってはよく理解できる。ユーアの能力が『ダンジョン間転移』だけではないのはわかっていたが――」
「…メリールゥで、まだ小さな子供だったユーアがSランクに抜擢された『特殊技能』の正体が、あの魔法か。」
ソラが言葉を引き継ぎ、ナグモがうなずく。
「恐らくそうだろうな。旧世界時代の謎の解明に最も躍起になっている都市がメリールゥだ。あんな魔法を見せつけられたら、首に縄付けるくらい平気でやるだろう。メリールゥじゃなくても、野心がある人間なら似たようなことは考える」
「…ユーアが、俺たちに自分の能力のことを話したがらなかったのも、門外地区入りを即決しなかったのも…」
「警戒してたんだろう。それくらいの警戒心がなければ生きてこれなかっただろうから、当然の反応ともいえる。」
「……」
「ただ、今はさすがにユーアも門外地区を頼らざるを得ない。本人も目が覚めて状況を理解したらすぐに悟るはずだ。」
「そうだな…」
メリールゥの脅威が薄れたとはいえ、今度は不特定多数の勢力に狙われる可能性がある状況だ。むしろこれまでより危険度は増したかもしれない。
それにもかかわらず、ユーアは当面戦闘が困難な容体である。
「ユーアには領地民を救われた恩がある。辺境伯家として責任を果たす。」
ナグモの宣言に、ソラは強くうなずく。
「ああ、当たり前だ。」
「まずはできるだけ早くユーアが置かれている状況を全て整理したい。手始めにリブラとドラヴィダの連中への尋問で情報を聞き出したいとこだが、ユーアに関する情報が出るなら部外者に尋問させるわけにもいかなくてな。」
「なら、俺とアーデルで行くよ。尋問程度なら怪我が完治してなくても行けるから、俺が退院したらすぐに向かう。」
「任せる。それと、ハイドが戻ったらユーアはすぐに門外地区に移送する。それまではニコにユーアの護衛を任せることにした。お前も、退院したらユーアが全快するまでできるだけ傍についていてやれ。」
「わかった。」
「だから、早く怪我を治せよ。」
ぶっきらぼうに言いつけて、ナグモは窓から出て行った。




