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3 遺跡中心部


「ブラックカード、最初に見せてくれりゃ話が早かったのに」


黒いカードに記載された『遺跡探索者』の文字を確認しながら、彼は言う。

黒いカードはギルドではなく各都市政府から与えられるもので、何らかの分野で特別な功績を残した者にのみ贈られるものだ。


『遺跡探索者』は文字通り、遺跡探索において確実な実績を積んだ者にだけ与えられる称号。夜盗のような働きで得られるものではない。


彼女はカラカラと笑った。

「お互い様です。私としては、あなたが盗賊の可能性もあったので身分証を渡せなかったんですよ。中心部の入り口に陣取って結界なんて張ってるものだから。」

「悪かったよ。知らなかったんだ。」

「ええまあ、普通は知らないでしょうけどね。でも冒険者がキャンプしやすい場所に隠れておいて、寄ってきた者を囲んで襲うのはよくある手口でしょう?」


確かに、彼にも聞いた覚えのある手口だ。彼が厳重に敷いていたトラップも、彼女を誤解させたに違いない。


しかし銀のギルドカード、つまりSランク冒険者の証というものは、全冒険者を束ねる組織であるギルドから公式に認められた存在であることを示す。

実力のみで決まるAランク以下と違って、特殊技能と信頼がなければ得られない称号であり、ごく少数の者しか認められていない特殊階級である。それによって、彼が信用に値すると判断できたようだ。


「で、この奥は本当に何もない行き止まりなんだけど、本当に入り口があるのか。」

「ええ、高い確率で。…失礼ですが、これまで中心部に入ったことは?」

「1か所だけある。」

「どこかお聞きしても?」

「ウォッタリラの領内にある森林地帯の遺跡だ。」

「ウォッタリラの…私は行ったことがありませんが、確かあそこは災害か何かで中心部と外縁部の境界がほとんど壊れていたと聞いています。通常は、中心部の入り口は隠されているものです。」


確かに、その遺跡は内部がほとんど原形を失っていた。大昔の地殻変動や大水害、巨大な魔物同士の縄張り争いなど、原因にはいくつか説があるが、いずれにせよそのせいで旧世界時代の歴史解明にはなかなかつながっていない。


「実際、他の遺跡では中心部の情報はほとんどないでしょう?」

「そうだな…中心部にたどり着けたパーティも生還例がほとんどなくて、生き残りからの情報も食い違っていたりする…」


結局わかっていることは、『中心部には古代の建物が多く残っていること』と『魔物がとんでもなく強いこと』、そしてそれ以外に『探索者の生還率を下げる何かしらの要因があること』、その程度だ。


「中心部に入るにはいくつかやり方がありますが、これまでたどり着けた探索者のほとんどは力づくで壁をこじ開ける方法です。力のある冒険者なら、それも可能ではあるんですよ。ただ、その場合帰ることは難しいのですが」

「難しい?どういうことだ」

「…」


レイは少し黙った後、顔を上げて尋ねた。

「ウォッタリラの遺跡中心部に入った時、あなたはなんともありませんでしたか?」

「ああ。…ただ、いっしょに向かったパーティメンバーのほとんどは…」

「壊滅した、と?」

「…ああ。」


ソラは目を伏せた。

2年前、ギルドに腕を買われて、他の実力者と共に遺跡に踏み込んだ。初めての中心部探索だったが、当時最強だと思っていたメンバーの集まるパーティにまさか抜擢されるとは思わず、少しでも頼もしい先輩たちの力になろうと息巻いていたものだ。


それが、まさか、と。忘れもしない。


「…大変だったでしょう。」


「魔物は、どうにかなったんだ。確かにめちゃくちゃ強かったけど、いっしょに行った人たちはそれ以上に強くて、俺なんてサポートする必要すらなかった。でも、段々みんな様子がおかしくなって…」


ソラはこぶしを握り締める。


「…このまま奥に踏み込んでさらに強い魔物と出くわしたら、おそらく全滅する。そう考えて、ほとんど成果もなく撤退したんだ」


「賢明な判断です。…しかしそれで、よくまた遺跡中心部に踏み込もうと思えましたね。」

「1つは、『通説』を確かめるためだ」


彼は魔法で沸かしたスープを一口飲んだ。

「遺跡中心部の生還率が、外縁部と比べて極端に低くなる理由。魔物が強いこと以外で、中心部には『毒』か『疫病』のようなものが蔓延しているんじゃないか。それに耐性があるやつだけが帰ってこれるんじゃないか…っていうあれだよ。」


「ソラさんご自身に耐性があるのでは、と?」

「ああ。あのパーティ、最後まで完全に正気だったのは俺だけだったから。」


遺跡中心部に立ち入ったことのあるごく一部の冒険者を除いて、この説を知る者は少ない。街に帰ってから、彼らのパーティは遺跡の強力な魔物に襲われ、恐怖で気が狂ったパーティだと噂された。腰抜けと揶揄されることもあった。しかし、みんなの気の狂い方、暴れ方は、そんな類のものではなかった。

彼らが腰抜けなどではないことを、どうにか証明したかった。


「…おそらく、その通りでしょう。安心しました」


「安心?」

「ソラさんを中心部に案内していいのか、迷っていたので。他の人がおかしくなるほどの時間中にいてもなんともなかったのなら、耐性はかなり強いのでしょう」

「レイもあの仮説を信用しているのか?」


「はい。遺跡の中心からは生き物を狂わせる毒のようなもの――私は研究都市の論文に倣って『瘴気』と呼んでいますが、ともかくそういったものが発生していて、それが人々を狂わせ、漏れ出た瘴気が外縁部の生態系にまで影響を与えているのだと思っています。」


「まあ、それしかないよなあ。」


問題は、なぜ旧世界時代の遺跡にはそうした毒が発生するのか、という点だが、肝心のその理由が推測できるほど遺跡の調査が進まない。


「ま、俺も自分が完全な耐性持ってるとは考えてないし、今回は入れても長居せずに撤退するつもりだ。ギルドからもそういう指令が出てる」

「そうですね、それがいいと思います」

「レイは?大丈夫なのか?」


「私も耐性は強い方ですので、ご心配には及びません。…ただ、耐性のない人が中心部に不用意に侵入することを防ぐために、これからお見せすることになる入り口の開け方の詳細は公にしないでいただきたいのです。」

「なるほどな、それでさっき渋っていたのか…」


毒で狂った人間に遺跡を荒らされるのが嫌というのももちろんあるだろうが、そもそも不用意に彼を毒にさらしていいものか、入り方を明かしていいのかと迷って、夜盗扱いされることも呑んだわけだ。


「では、朝食が済んだら出発としませんか。外縁部にも毒はあると言われているので、長居はよくないでしょうから」

「ああ、それで行こう。」


携帯食料と、ソラが昨晩狩った鳥の肉を分けて食べ、十分に英気を養う。その際、食事中でもフードをとらない彼女を見て、ソラはふと思い出した。


「そういやさ。」

「はい。」

「3日…いやもう4日前か。ポルドゥガの西門近くの一番でかい飯屋で夕食食べてなかったか?一番奥のカウンター席で」

「…行ったと、思います。」

「ああ、やっぱね。どっかで見たと思った」


あの大衆食堂で唯一異色に感じた、不思議な気配。


あれが膨大な魔力を無理やり押さえつけて隠していたせいだとしたら腑に落ちる。顔を見せないのも、実力を隠そうとしているのも、何かしら事情があるのだろう。


2度も出会えば、彼女の不思議な魔力の波長はもう覚えた。この後探索中にはぐれても見つけ出せるだろう。


「では、行きましょうか。」


荷物をまとめた二人は、明かりを手に洞窟の最奥を目指す。

一番奥の行き止まりまでついて、二人は足を止めた。


「じゃあ、頼む。」

「はい。」


奥の壁に彼女はひたりと手をあてる。

その手から、白い魔力の光があふれ出て、血脈のように岩にしみこみ広がっていく。


(きし)む、軋む、逆説は軋む。我が声を聞け、君主を共に(サリル・バナト)弔う者たち(・アル・ナシュ)よ。」


彼女は詠唱を始めた。


先頭の者(アルカイド)に告げよ。忍び耐えろ、口を閉ざせ。己が身を盾に、血と肉を礎に、穂を差し出し茨を進め。かの炎天の叫びのもとで、逆巻く因果の導きに応えよ。」


彼女がそう唱えた刹那。

岩の光が瞬く間に洞窟全体に広がった。


あまりのまぶしさに、ソラは腕で顔をかばい、目を閉じる。




くらんだ目を開けると、そこにはもう壁はなかった。


代わりに洞窟が先へ広がっていて、ただの暗闇だった洞窟が明かりなしでも歩けるほどにほのかに明るい。光源があるわけではないのに、どこからともなく光が漏れて、行く道を照らしている。


「これは…」


「注いだ魔力が尽きれば閉じます。行きましょう」


呆気にとられる彼をよそに、彼女は平然とした顔で前へ進みだした。慌ててそのあとを追う。


あの壁は洞窟の中間にあたるのだろう、50メートルほど歩くと出口が見えた。朝のまぶしさにまた目がくらむ。

数度瞬きしたのちに外を見まわすと、そこは。


「すげえ…」


彼らが出た場所は、入り口と同じくそびえたつ崖の中腹だった。


視界の両脇には真っ白な石で作られた巨大な2本の塔があり、彼らのいる出口をはさんでいた。現代でも大都市でしか見られないほどの高さがある建造物だが、太さが一定の円筒形で、それで自重を支えて立っているのが旧世界時代の技術の高さを物語る。


眼下には白い石畳の広間があり、その奥に水の枯れた噴水がある。そのさらに奥には、同じく白い石畳の街道と、真っ白な建造物が視界一杯に続いていた。


どの建物の壁も、豪奢な彫刻で彩られているが、不思議なことに窓やドアは見当たらない。


見える範囲は晴れているが、遠くに見える呆れるほど高い山には雷鳴がとどろく。その山の向こうに、山頂よりもさらに高い塔が天まで届かんとそびえたっているのが、うっすらと見える。ここから見える範囲では、それが最も高い建造物だ。


そしてその周囲の空を、魔物の頂点と言われる竜族が所せましと飛び交っている。


この世のものとは思えない光景、まさに別世界。それも、2年前に見た、災害で荒れ果てた遺跡とは違い、古代の栄華が感じ取れる荘厳な景色が広がっていた。


「さて…どうしますか。」


目の前の光景に心を奪われていたソラは、その声ではっと我に返る。


「ソラさんの任務は何をもって達成となるのでしょうか。ここから見える範囲のみの記録でも良いのなら、それで撤退することをお勧めしますが」


「ああ…中心部にたどり着くことすらできなくても構わないっていう調査依頼だから、それでも十分だとは思うけど…レイはどうするんだ?」


「私は少しこの先に用がありますので、この辺でお別れとしましょう。今通ってきた道はあと30分は持つでしょうから、その間に記録を済ませて撤退してください。」


平然と言う彼女に驚く。


「待てよ、一人で進む気か?中心部の魔物は到底一人で倒せるレベルじゃないぞ。」

「わかっています。極力戦闘はしません。」

「いや、そうはいっても…やっぱ、俺も行く。これじゃ一方的に俺が助けられただけだ」


レイは笑った。


「実は、先ほどまでそうお頼みするつもりでした。ですが今日は日が悪いようです。」

「日が悪い?」


「はい。竜族が随分興奮しているようです。ずっと人目に触れていなかった遺跡なのに、ここ最近で外縁部が荒らされ、環境の変化にいきり立っているのかもしれません。しばらくは収まらないでしょう。この分だともう少しで天候も荒れ始めます」


「…随分詳しいな?」

「これでも場数を踏んでいるんですよ」


彼女は出口を背に、頭を下げた。


「では、私はここで失礼します。スープと朝食、ごちそうさまでした。ご縁があればまたどこかで」


「え、ちょっと待っ…」


ソラが言い終わる前に彼女は洞窟から飛び降りた。


慌てて出口から顔を出して下を見たが――すでに彼女の姿はなかった。

下は石畳の広場、隠れる場所などないというのに、今の一瞬で消えうせるとは。


空間転移系魔法の発動も感じなかった。


「うそだろ…」


何度か名前を呼んでみたが、反応はない。あまり大声を出すと魔物を呼び寄せてしまう。


散々迷った挙句に、彼は見える範囲の光景とレイの言動を記録し、大人しく撤退を選んだ。



「市民証」は戸籍やパスポート、

「ギルドカード」は免許証など、

「ブラックカード」は身分証というより勲章のようなものとして考えていただければありがたいです。

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