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魔法使いはどこから来たか。  作者: きみかげ
第1章 商業都市ウォッタリラ
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25 宿敵⑤

すれ違った適当な観客の姿に変装したユーアは、人気のない会場の非常用通路を壁伝いに歩きながら、肩で息をしていた。


一度の魔法で、ここまで膨大な魔力を放出したのは初めてだ。


リブラたちの破壊工作が想像をはるかに超える規模で行われたせいだ。

まさか会場の数万人を丸ごと襲うとは思わなかった。


ただでさえ、消耗が激しい最高難度の複雑な魔法であるというのに、数万の人々を救う規模で展開するとなれば、あまりにも負担が大きかった。


しかし――――逃げてみせる。

ユーアは歯を食いしばる。


渦眼の彼の指示は、街の混乱に乗じて、ウォッタリラを出ること。


こうして人々を助けたとしても、未知の兵器による未曽有のテロ事件だ。

助けようが助けまいが、街の混乱はきっと起きる。


要は、助けたうえで、自分一人でも頑張って、逃げられさえすればいいのだ。

それなら、街の人々に被害を出さずに済む。


自分がもう少し、踏ん張るだけ――

そう思っていた、その時。


「ユーフェ。」


ゾクッと背筋が凍る。


彼女の想定を全てひっくり返す、考えうる限り最悪の相手の声がした。


「久しぶりですね。」


ユーアは震える声で叫んだ。


「“私に触れるな(ノリ・ミ・タンゲレ)”!!」


「“超新星(スーパーノヴァ)” 」


ユーアが球状の防御魔法で自身を覆うのと、リブラが起こした大爆発がユーアに襲い掛かるのが、ほぼ同時だった。


爆発によって、非常用経路の壁や天井がガラガラと崩れ去った。

辺り一帯に赤い炎がくすぶっている。


間一髪、防御が間に合ったユーア。

ユーアは防御魔法を解かないまま、リブラと対峙した。


「リブラ……」

「ああ、ユーフェ。こんなに大きくなって。あの大魔法、すぐにあなただとわかりました」


桃色髪で耳がとがった森民族(エルフ)の女性は、笑顔で拍手を贈る。


「先日、帝都にいる部下に貴族名簿を確認させました。まだ辺境伯家には入っていないようですね。安心しました。これで連れて帰れます」


その言葉にユーアはぞっとする。

門外地区にいたことも含め、全てばれているようだ。

――ソラから情報が漏れていたのかもしれない。


「ずっと会いたかったですよ。私といっしょに帰りましょう。」


ユーアは、青白い顔を恐怖に歪ませながらも、7年越しに見る天敵を視界の中央に据える。

彼女は自分の震えを止めようと、自分で自分の腕を掴み、唇を噛んだ。


――大丈夫、大丈夫だ。


何もできずにただ震えるだけだった、あの頃とは違う。

自分も旅をして、成長した。

一瞬でいい。何とか隙を作りさえすれば。

ほんの少しの隙を作れれば、きっと逃げられる。


「“超新星(スーパーノヴァ)”」

爆発がもう一度ユーアを襲う。

ユーアに体力が残っていないと踏んで、逃げにくい広範囲の攻撃魔法を続けて削り落とすつもりだろう。


今度はリブラが、手の平が下を向くように水平に腕を前に伸ばし、そのまま、虚空を圧し潰すようにゆっくり下へおろした。


「“重力子(グラビトン)”」


がくっと、ユーアが防御魔法ごと地面へ圧しつけられる。

重力魔法だ。


上からの強烈な圧力に、ユーアの球状の防御魔法が潰れて楕円に歪む。

防御魔法に亀裂が走った。


「“魔力吸収(マナドレイン)” 」


ぞわっと鳥肌が立った。

ユーアを覆う防御魔法が、端から崩れ徐々にリブラへ吸い寄せられている。

魔力が吸われているのだ。


「う……っ」

反撃していられるほど魔力に余裕がないが、仕方がない。


「“焼き尽くせ(アドレビトウェアム)”」


リブラがいる辺り一帯を炎で薙ぎ払うユーア。

リブラが悠々と避けているうちに、ユーアはリブラの重力魔法から脱する。


――防御魔法を張り直さないと。

そう思い、ユーアが一瞬だけ防御を解いたその瞬間。


「“鉄条網(バーブドワイヤ)”」


地面から有刺鉄線が現れて、ユーアの細い両足に絡みついた。


()っ…!!」

「ごめんなさいユーフェ。」


そして、生々しい、鈍い音がした。


ユーアの両足が、おかしな方向にひん曲がる。


「っあああああ」

ユーアは悲鳴を上げて地面に倒れこんだ。


「ユーフェ。」

その機を待っていたかのように、リブラが語り掛けてきた。


「これ以上は、あなたがつらいだけです。私はそれを望んでいません。もうやめましょう。」


ユーアは肩で息をしながら、歯を食いしばって身を起こそうとした。

しかし、立ち上がることができない。

両足が燃えているように熱い。ぶわっと、全身から汗が噴き出す。

激痛に意識が飛びかける。


そして、ユーアの想像以上に力の差があったことが、今はっきりとわかる。

リブラは腐ってもSランク冒険者だ。

ひっそりとできるだけ目立たず生きてきたユーアとは、対人戦闘経験に大きな差がある。

そしてそれに加えて、極大魔法によるユーア自身の体力の消耗。


あがいても無駄だ。

勝てない。


――そう悟った瞬間。


妙に、ユーアの心が冷たく冴えわたっていくのを感じた。


ここで捕まってしまうのなら、今までの旅は何だったというのか。


――昔の地獄に戻るくらいなら。


ユーアはゆっくりと、震える腕で支えながら何とか上半身だけを起こし、変装魔法も隠蔽魔法もすべて解除した。

光を弾く銀の髪、宝石のような紅い瞳があらわになる。

そして、周囲を凍てつかせるほど、冷たく鋭い波長の魔力が解き放たれた。


しかしユーアの目は、リブラには向けられていない。


「……ユーフェ?」

リブラが怪訝な顔をする。


「“神はあなたを先に愛した。――悲しみの(スターバト・)聖母は立ちぬ(マーテル・ドロローサ)”」


再び、膨大な魔力がユーアを中心に膨れ上がり、空気を震わせた。

その魔法はもう一度天を割き、大地に白い救済の光を降らせる。


「ユーフェ!」

リブラが驚愕して名前を呼ぶ。


降り注ぐ光の中で、ユーアは再び地面に崩れ落ち、今度はピクリとも動かなくなった。


――街中にも、瘴気が撒かれたことには気づいていた。

ユーアがウォッタリラに来て、1か月も留まっていたせいだ。リブラたちには準備する時間が十分にあった。


渦眼の彼が言うことは正しかった。


放っておけば、ウォッタリラ北部から大量の避難民が出ていたはずだ。

その避難民に紛れることは簡単だっただろう。


余計な正義感などに囚われずに、逃げることに徹しておけばよかったのかもしれない。

しかしもう今更考えても遅い。


全身の力が抜けていく。頭がくらくらして、視界がかすんでいく。

――このまま自分は死ぬだろう。


でも、なぜか、心は穏やかだ。


ユーアの心は、明るく晴れやかな絶望で満たされていた。

これで、リブラは貴重な実験動物を永遠に失う。

ざまあみろ。


「…あはは。」

変な笑いが漏れた。


なんだか、疲れてしまった。

白む意識に身を委ね、目を閉じた、そのとき。


カチャンと、頭の奥で、何かの錠が外れる音がした。



   ***



びくんと、地面に伏していた少女の身体が一瞬震え、見えない糸で操られたマリオネットのように、不自然な動きで立ち上がった。


「――!?」


少女に駆け寄ろうとしていたリブラは、警戒して足を止める。


少女の身体を支える両足はおかしな方向に曲がったままで、頭と肩はガクッと力なく垂れ下がっている。


そして、透き通った氷のようだった少女の魔力が、みるみるうちにどす黒いオーラへと染まり、彼女自身を包んだ。


今までにない気配に、リブラが身構える。

そして。



「“魔女に(マレウス・)与える鉄槌(マレフィカルム)”」



人形のようになった少女がぼそぼそとつぶやいた。


同時に、その姿が消える。


次の瞬間には、リブラの身体は正体不明の強烈な衝撃を受け、水平に吹き飛んでいた。

崩落していた瓦礫の中に叩きつけられる。

その衝撃により建物がまた崩壊し、上からさらに瓦礫が降り注ぐ。

灰色の土煙が舞う中で、リブラは呻き声をあげた。


「――ユー、フェ……?」

頭から一筋の血が流れ、肋骨の何本かが軋むのを感じながら、リブラは半身を起こしうっすらと目を開けた。


瓦礫の間から視界に映ったその光景に、目を見張る。

見たこともない少女の姿に、リブラは声をあげることも忘れ、思考が止まった。


少女は漆黒のオーラを纏い、同じく漆黒の巨大な鉄の槌を、両手で握りしめていた。


鉄槌は、華奢な少女の身体には不釣り合いに大きく、重苦しく、そして禍々しく錆付いている。


それを両手で握る少女の目は、何かのタガが外れたように不自然に見開かれ、

燃えるように赤く光っていた。

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