23 宿敵③
会場中の人々が苦しむ光景に、立ち尽くすソラ。
「我々メリールゥの研究は、遺跡の瘴気をものにしたのです。」
その横で、悦に入ったようなリブラの声がした。
「――おい!」
怒り狂った形相で、ソラがリブラに詰め寄る。
「なんだこれは!!」
リブラは涼しげに笑う。
「何って、ダンジョンに蔓延する『毒』のようなものですよ。メリールゥでは『瘴気』と呼んでいますが。ソラ殿はよくご存じでは?耐性がないものは、苦しみながら為すすべもなく死に至るでしょう。」
「ふざけるなよ!!」
ソラはリブラの襟首を掴んだ。
「何のつもりだ!!今すぐやめろ!!民間人相手に何をやってる!!」
リブラはきょとんとした。
純粋に、ソラが何に怒っているかわからないという様子で。
「何って――研究成果のデモンストレーションですよ。」
「は……?」
「多くの被験者で試せた方が、統計的有効性や再現性をより確実に確認できるではないですか。」
リブラは悠々と、あるいは無邪気に笑って続ける。
「どうです、すばらしいでしょう?今、我々は人類の偉大な前進を目の当たりにしているのですよ」
リブラの言っていることが、理解できない。
ソラは呆然と、リブラの襟首を掴む手を緩めてしまう。
その瞬間――
パァンッ
間近で銃声がした。
ソラは目を見開き、音がした方――リブラの右手を見下ろした。
リブラの手には銃が握られ、その銃口がソラの脇腹に向いている。
そして、ひと呼吸置いて、ソラの脇腹がじんわりと血に染まりだした。
焼けるような痛みが、ソラを襲う。
「――ぐっ……」
ソラはリブラから手をはなし、脇腹を抑えてその場にくずおれた。
倒れたソラのそばで、リブラがしゃがんで声をかける。
「……科学の進歩を喜べないほど無教養な方だとは知りませんでした。まあ、すぐにわかっていただけるでしょう。」
ソラが痛みに顔を歪めながら視線をリブラへ向けると、彼女がにっこりと笑うのが見えた。
「ユーレンフェミリアとともに、メリールゥへお越しください。ソラ殿」
「なんだと……?」
「今、この会場のみが『瘴気』に侵されていますが、街中のいたるところにも同じものを用意させていただきました。ウォッタリラ北部地区の大都市一帯を、同じ状態にすることも可能です。」
「ふざ、けるなよ……」
「あなたが我々とともにメリールゥへ行くとさえ言ってくだされば、これ以上は何もいたしません。ソラ殿」
「……辺境伯家が、怖くないのか……命知らずが……」
「あなたご自身の意思で来てくださるのなら、何の問題もありませんから」
リブラが、ソラの頬に手を添えた。
「さあ、どうしますか?」
「――リブラ殿」
リブラの背後から、別の声が飛んだ。
声の主は、リブラが率いていたドラヴィダ兵の本来のリーダーである、ドラヴィダの大佐だ。
リブラがうんざりしたような顔をする。
「なんでしょうか。モガラ大佐。今、非常に大事な話をしているのです。」
「……大事な話?まさかとは思うが、これが『目玉商品』だとは言うまいな」
「ご明察です」
「頭がおかしいのか?デモンストレーションはもう十分だろう。今すぐこの地獄絵図を止めろ」
「止まりませんよ。」
リブラは平然と言う。
「……なんだと?」
「遺跡の瘴気で狂った冒険者が、完治することがありますか?瘴気が人体に与える影響は不可逆です。今瘴気を浴びた方々は、もう助かりません」
「なにを抜け抜けと……」
壁を叩いて彼は怒鳴った。
「会場で苦しんでいるのは大半が民間人だ!我々ドラヴィダは、民間人の犠牲は許さぬ!!」
「でもモガラ大佐。もう後の祭りですよ。私の指示ではありますが、装置を街中に設置したのはあなたの兵です。今ここで私を殺そうともそれは変わらない。我々は一連托生です。」
「ふざけるな!」
「それと、デモンストレーションはまだ序の口ですよ。瘴気は当分の間その場に残留して少しずつ街に広がります。この辺一帯は人が住めなくなるかもしれませんね。迂闊に外に出るとあなたも同じ目に遭いますよ?無事に逃げられるルートが知りたければ、私に従ってください。」
「……は?何と言ったか今……」
怒りのあまり震えるモガラに対して、リブラは悠々とした態度を崩さない。
「しかし素敵でしょう。これさえあれば、もはや誰も逆らえません。この帝国は我々のものです。――さらに、『ユーレンフェミリア』も私の手元に戻ってきた。これで我々は、更なる高みへはばたけるのです。」
リブラが恍惚とした笑みを浮かべ、窓を向いて両手を大きく広げた。
その時だった。
「「「!?」」」
その場の全員が、一斉に反応して窓の外に目を向ける。
窓越しにも伝わるほど、空気が震えた。
会場の真反対側で、凍てつくような鋭い波長の強烈な魔力が、尋常でないほど膨れ上がるのを感じる。
そして。
「――“神はあなたを先に愛した。悲しみの聖母は立ちぬ”」
鈴を転がすような、澄みきった声が響いた。
次の瞬間。
大空が裂けたかのように、まばゆいほどの白い光が空の彼方から降り注ぎ、会場を包んだ。




