21 宿敵①
ウォッタリラ北部地区の大会の日。
会場は、中央に天井の無い広大なフィールドがあり、それを取り囲むように客席が階段状に並んでいるコロシアムとなっている。
この客席に何万人が入っているのかわからない。
その会場の客席の最上部、個室の観覧席。
一般の観覧席とは壁で隔てられているその貴賓用の部屋には、桃色髪の女性が座って優雅に飲み物を口にしていた。
その隣に、ドラヴィダの軍服を着た男が座る。
「リブラ殿。仰っていた“催し物”は、いつ始まるので?」
リブラはゆったりと笑って返す。
「まあまあ、モガラ大佐。今しばらくお待ちを。楽しみは後にとっておくものですよ」
「申し訳ない、せっかちな性分でね。『見ただけでドラヴィダが必ず欲しがる研究都市の目玉商品』とまで仰っては、気になって仕方がありませんな。」
「いずれお見せしますよ。どうかお楽しみに」
「…ふん」
のらりくらりとかわすリブラを横目に、モガラは不服な顔をする。
――気に食わない女だ。
詳しい経緯はドラヴィダ上層部からも聞かされていないが、最初に協力を持ちかけてきたのはメリールゥの方だと聞いている。
ドラヴィダが指名手配中の犯罪者の所在について、メリールゥから情報提供を受けた。
さらに、メリールゥに協力すれば、見返りとして最新の研究都市の研究成果物を特別にドラヴィダへ優先提供するという話であると。
利害が一致したため協力体制をとるよう上層部から指示を受け、本来はモガラの部下に当たる部隊の指揮権を一部リブラに預けている。
しかしこれだけドラヴィダに協力させておいて、リブラは一向に手の内を明かさない。
ドラヴィダとしては、ウォッタリラと大っぴらに敵対する気はない。メリールゥとウォッタリラは元より犬猿の仲だが、ドラヴィダはこの2都市の対立には中立的だ。
メリールゥが問題を起こして、万が一ウォッタリラとドラヴィダの外交関係に飛び火すれば、責任問題になる。
それに、最初こそリブラは武骨なドラヴィダ兵にも丁重に接するため心証が良かったが――話をすればするほど、彼女の底知れぬ不気味さが増していく。特に、たった一人の迷子の少女に向ける執着心が尋常ではない。
この狂科学者を信用すべきではなかったのかもしれない。
と、そこで、個室観覧席の入口のドアがノックされる。
「どうぞ。」
リブラが応えた。
「失礼いたします。」
現れたのは、黒髪紫眼の魔女族の青年。
ここ1か月ほど、よくリブラと顔を合わせにきているため、モガラも顔を覚えていた。
どうやら、リブラの『迷子探し』を任務として請け負い、ずっと付き合わされているらしい。
事あるごとに急な呼び出しを受けているが、いやな顔一つせず応じている。
彼はSランクの冒険者でありながら、身分は貴族だという。
この帝国の身分制度を巧みに利用し、ならず者が身を寄せ合っていると噂の、城壁外にあるウォッタリラ辺境伯の私有地――通称『門外地区』の住民だ。一見すると普通の好青年だが、きっとリブラと似たり寄ったりの変人なのだろう。
「ソラ殿、会場警備の任務もおありでご多忙でしょうに、よくぞお越しくださいました。」
「いえいえ、とんでもない」
リブラが立ち上がって、笑顔で迎え握手を交わす。
「それで、例の件は?『あの子』は見つかりそうですか?」
その表情にソラは一切動じる様子もなく、微笑んで応える。
「魔力の波長を巧妙に隠しているので、なかなか難しかったですが――見つけましたよ。」
「本当ですか!」
リブラは心から嬉しそうに笑い、両手でソラの手を握った。
「さすがソラ殿。噂通りの実力ですね。」
「いえいえ。後は連れてくるだけで良いのですよね?」
「ええ、ええ。何か理由をつけてこちらに連れてきてくだされば、後は私が。」
「承知しました。タイミングを見てお連れします。…ところで」
ソラは、リブラとモガラを交互に見ながら不思議そうに尋ねる。
「今回は会場包囲などはされないのですか?」
「ええ。ソラ殿のお力添えを得られれば、そのような回りくどいことは必要ありませんから。我々とて、ウォッタリラの大会をお邪魔することは本意ではありません。」
その言葉に、モガラは呆れて二人に見えないようにうんざりした顔をする。
嘘だらけだ。
リブラは何か、事を起こす気でいる。それが、彼女がずっともったいぶっている、ドラヴィダ向けの『目玉商品』だろう。
ウォッタリラがなんだか気の毒にさえなってきた。
「ソラ殿にご協力いただけて本当によかった。よろしくお願いいたします。」
「はい、お任せください。では後程」
話を終え、ソラは丁寧にリブラとモガラ双方にお辞儀をし、部屋を後にした。
席に戻ってきたリブラは、見るからにご機嫌そうだ。
「――よかったですな、リブラ殿。」
「ええ。ありがとうございます大佐。」
リブラは微笑んで、窓辺に寄って会場を見下ろし、静かにつぶやく。
「……やっと、会えますね。」




