17 協力者①
ユーアが門外地区で生活を始めて2週間がたった。
アーデルの宣言通り、ユーアはかなりこき使われ、ハードな生活を送っていた。
しかしそのおかげで当番制の仕事にかなり慣れ、この2週間で、未経験だった家事や畑仕事は簡単な作業であれば魔法を使いながら一人で済ませられるようになっていた。魔物退治の仕事もそつなくこなしている。
しかし、気になっていることがあった。
ここの世話になり始めた最初の数日以降、めっきりソラを見なくなったのだ。
彼は希少なSランク冒険者であり、指名任務が多いのもわかるが、家に寄り付けないほど多忙なのだろうか。
そんなことを考えていたある日の午前、アーデルに声をかけられた。
「ユーア。今日から5日間あんたは休みよ。家事と魔物退治の当番は免除だから。」
「免除…ですか?」
正式な住人でもないのに仮住まいさせてもらっている1か月は、ほかの住人たちの当番制の仕事を手伝うというが当初の条件だった。
といっても、ソラの姿は見えないので、ユーアが手伝うのはアーデル、飛沫、琴葉の3人だけだったが。
「いつまでもここに引きこもってばかりも困るでしょ。あんた、ウォッタリラに来た目的の1つをさっさと済ませたほうがいいんじゃない?」
「目的?」
「ウォッタリラ近くの遺跡に用があったんじゃないの。」
「!」
願ってもない提案だった。
ウォッタリラ近くの遺跡の中心部に入れば、遺跡間転移の拠点を1つ増やすことができる。この街と他の遺跡の近郊の街を、メリールゥの追っ手を気にせずに楽に行き来できるようになる。
しかし、
「…いいんですか?」
ユーアからそれを口にするのは遠慮していた。アーデルたちにとってみれば、ユーアが急に行方をくらませる可能性が生じることになるからだ。遺跡についてのユーアの能力に期待している彼女たちからすると、良いことは特にないはずだ。
「別に、冒険者がダンジョンに行くのは普通でしょ。…なに、行きたかったんじゃないの?」
「いえ、行きたいです…ありがとうございます。」
「私は同行してあげられないんだけど、パーティ組みたい?」
「大丈夫です、遺跡にはずっと一人で行っていたので慣れています」
言いながら、アーデルはユーアが浮かない顔をしていることに気づく。
「…どうしたの?」
「最近、ソラさん見ないなって…」
忙しいんでしょうか、と小さくつぶやく。
ソラがいれば、遺跡にもいっしょに行けて心強かったのだが。
「ソラは最近任務の関係で街に宿とって生活してるみたいよ。でも連絡はとれてるわ。」
「そうなんですか」
「まあ、ここの住民は任務で家を空けることが多いから慣れなさい。まだ私と飛沫と琴葉くらいしか会えてないからわからないだろうけど、他にも住民はいるのよ。」
それは、なんとなく察していた。
個室の数、食器やタオルの数、その他消耗品の蓄えなどが、もっと多い人数を想定して備えられているように見えるからだ。
「他の人は今、どちらに?」
「それはそれぞれよ。任務で他の都市に行ってたり、生活リズムが違うだけでちゃんと帰ってきてる奴もいるし。」
「え、そうなんですか?」
ほとんど家の中で過ごしているユーアには意外な事実だ。
「そうよ。管理人に至っては部屋から一歩も出てないけど常にいるわ。」
「え!?」
「いろんな奴がいるのよ。」
辺境伯の爵位を持つ貴族だという管理人。何の挨拶もできておらず後ろめたくはあったが、全く姿が見えないため、てっきり他の高位貴族と同様に、帝都に邸宅を構えて住んでいるのかと思っていた。
ユーアは青ざめる。
「あの…私、住まわせてもらっていながら、辺境伯様に何のご挨拶もなしに…」
「それは気にしなくていいわ。向こうはあんたのこと把握してちゃんと許可してる。」
それからアーデルはおかしい物を見るように顔をゆがめて笑った。
「なに、不敬罪で罰せられるとでも思った?大丈夫よ。それと、堅苦しく呼ばずに『ナグモ』って名前で呼びなさい。」
「…はい。」
「まあとにかく、遺跡探索の準備で必要なものがあれば言って。出発前にはちゃんと声かけなさいよ」
「はい、ありがとうございます。」
***
――遺跡探索、なんだかすごく久しぶりな気がする…
門外地区を出て、近郊の遺跡を目指して森の中を進みながら彼女は考える。
ソラと初めて出会った、ポルドゥガの遺跡以来か。
あの時、ソラと別れた後、遺跡中心部を一人で探索して転移拠点の1つに追加した。
遺跡間転移はメリールゥからの追っ手をまく必須手段で、これだけで彼女は実に7年間、メリールゥから逃げおおせてきた。
しかし最近では、遺跡間転移後に訪れた街にメリールゥの追っ手が先回りしていることが何度かあった。ユーアが現れる都市の法則をある程度把握されてしまっているようだ。
それで転移拠点を増やすため、地道に各地の街を回りながらいくつかの遺跡を巡っていた。ポルドゥガもその1つだった。
しかし、ウォッタリラ近郊の遺跡を転移拠点として開拓できれば、移動の自由度が一気にあがる。
帝国随一の商業が発展した都市であるウォッタリラは、街道が四方八方に整備されていて、いろんな街へのアクセスに優れている。移動拠点にはもってこいだ。
ウォッタリラから伸びる街道で他の都市に行き、近郊の遺跡を開拓し、遺跡間転移でウォッタリラ近郊に戻って、またウォッタリラから他の街へ…と繰り返していけば、これまでとは比較にならないほど効率的に拠点が増やせる。
ウォッタリラ北地区の大会まで、あと約2週間。
アーデルたちには言っていないが、正直不安だ。
リブラがこのまま何もせずに手をこまねいているとは思えない。
リブラは執念深い。何せ、大陸最北のメリールゥから中南部のウォッタリラまで、大陸を縦断してはるばる追いかけてきているくらいなのだから。
ユーアがウォッタリラに入っていることは恐らく何らかの形で調べて確信している。ユーアがウォッタリラを出た形跡がない以上、彼女らもまだ撤退はしていないはずだ。
ウォッタリラ西地区の大会では大胆にもドラヴィダ兵を使って会場を包囲してきた。次もきっと何か仕掛けてくる。
アーデルが気を使ってくれて助かった。今のうちに逃走経路を確保しておくことは大事だ。
門外地区を出て1時間程度で、遺跡の外縁部にたどり着いた。これだけ近い上に遺跡の境界が崩れているのだから、門外地区近辺によく魔物が現れるのも納得だ。
遺跡の外縁部に侵入し、通常の冒険者なら苦戦するような道のりも、彼女は難なく進んでいく。この程度は慣れたものだ。
そして。
――このあたりか。
通常の遺跡ならば外縁部と中心部を分かつ結界があるはずの場所――中心部の入口にたどり着いた。
他の遺跡であれば、悠久の時を経てもなお現代の魔法では到底解除できない強力な結界が健在で、中心部と外縁部を隔てている。
旧世界時代の文明水準の高さの象徴ともいえる結界が崩壊している遺跡など、彼女の知る限りここだけだ。
この遺跡の崩壊の要因を探れば、旧世界時代の魔法について何かわかるかもしれない。
彼女が、中心部へ足を踏み入れようとした、その時。
「――レイ。」
背後から、つい最近まで使っていた名前で、呼びかけられた。
ユーアは、その声にはっとしてすぐに振り向く。
「久しぶり。」
「あ…!」
嬉しさのあまり、ユーアは少し泣きそうになる。
そこに立っていたのは、灰色の髪に、同心円状の模様が浮かぶ不思議な目をたたえた男性。
彼こそが、これまでの彼女の人生で唯一の味方。
メリールゥからの7年の逃亡劇に、助言をくれている協力者だった。
ずっと止まっていてすみません。




