16 メリールゥの冒険者④
淹れなおした茶を口に含みながら、ソラが切り出す。
「…で、さっきのはどういう意味でしょう。もしも担ごうとされているのなら…」
「ふふ、大丈夫ですよ。情報の真偽はメリールゥの誇りをかけて保証いたします。必ずや、『久蘭』殿に関する有益な情報を提供いたしましょう。その中には、あなたが最も知りたいであろう、現在の所在も含まれます。」
「…にわかには信じられませんが。」
「信じるかどうかはお任せします。ただし」
リブラは両手を組む。
「お話しするのは、ソラ氏がこちらの協力に応じ、我々の目的が達成された後です。情報の持ち逃げは困りますから」
「…それは承知しています。それで、その目的とは何でしょうか。先ほど提案いただいた、メリールゥと専属契約するということではないのですよね」
「ええ。もちろん、専属契約ののちに任務として受けていただくのが私としては一番喜ばしいのですが…」
「…自分はできる限り、拠点をここから移すつもりはありません。」
「そのようですね。では、今回限りの協力だけで結構です。――あなたには、『迷子探し』を手伝っていただきたいのです。」
リブラは1枚の手配書を差し出した。
ソラには見覚えがある。前にリュメさんに見せてもらった、『ユーレンフェミリア』の手配書だ。
とりあえず初見の振りをして話を続ける。
「この少女は?見たところ古い手配書のようですが…」
「その子が行方不明となってから既に7年が経過しています。しかし一向に見つからず、強力な感知能力を持つあなたの力を借りたいのです。」
「…7年も経てば見た目も変わっているでしょう。自分もさすがに、姿がわからず会ったことのない人間のことを探すのは困難です。」
「会ったことはあるはずなのです。大会に出場していた、『カタリ族シヒナ』という者です。変装術で化けていました。」
「本当ですか?その人物とは少し話したはずなのですが…気づけませんでした。」
とりあえずとぼけておいて、相手の様子を伺うソラ。
リブラは長い前髪の奥でじっとソラを見つめる。
「――大会でのあなたの行為は、この際不問とします。重要なのは、ともかくあなたが一度そこで彼女に会っているという点です。あなたならば、一度接触していれば、どんな姿に化けようと魔力の波長から相手を見つけ出せるでしょう。」
「…確かに、そうですね。」
なるほど、そうきたか。
大会での行動を咎められない方がソラも協力しやすく、リブラも目的を達成できる。
「ところで、なぜこの少女を探しているのですか?大会で探していたのは凶悪な犯罪者との話でしたが」
「それはあなたには関係のないことです。それとも、彼女が何者か次第であなたの協力は得られないのですか?」
「……まあ、強いて言えばあなたへの信頼には影響しますね。」
大会では犯罪者扱いし、ここではソラを買収してまで見つけだそうとしている少女が、ただの『迷子』のはずがない。気にならない方がおかしいと思うが。
ここで疑わしいことがあれば、『久蘭』の情報の信憑性も疑わなくてはならない。
慎重に言葉を選んでそう伝えると、リブラは肩をすくめた。
「それはおっしゃる通りですね。」
「言えない理由があるのならこれ以上詮索はしませんが」
「いえ、私以外には大したことではない上、お恥ずかしい話ですので」
「といいますと?」
「…私の妹なのです。家出されてしまい、仲直りがしたくて。」
――リュメさんが聞いたという話と同じだ。
家出ごときで7年に渡る決死の逃亡劇、それを5大都市の権力を用いて追うことの不自然さなど、指摘する点はいくつもあるが、ここで聞いてもこれ以上答える気はないのだろう。
それに、今のソラにとってそこは重要ではない。
「それは失礼しました。家庭の事情はどこもナイーブなものですよね。野暮な質問をお許しください。」
「お気遣い感謝します。――それで、どうでしょう。協力していただけますか?」
「…いいでしょう。こんなに想ってくれる姉がいるのなら、その少女も家族のもとに戻れた方が幸せでしょうから。」
ソラはにっこりと微笑む。
「確認ですが、その少女を見つけさえすれば、『久蘭』について有益な情報をくださるのですね?」
「正確には、見つけたのちに、できるだけ穏便な形で私に引き渡していただきます。そうすれば情報をお渡しします」
「穏便に、ですか。それは、この少女を説得して連れてこいと?」
「いいえ。私の名前を出すと逃げてしまうかもしれませんので、説得や説明は不要です。ただ、傷つけないでほしいのです。」
リブラは手配書の写真を指で差す。
「警戒心の強い子です。見ず知らずの人間の言うことはまず信用しません。ですので、見つけたら、まずその警戒が解けるまで接近してください。多少時間がかかっても構いません。その後、こちらから指示を出しますので、できるだけ自然に私のいる場所へ誘導してください。その後の説得は姉である私がいたしますので、お気になさらぬよう。」
「……なるほど。わかりました。」
あのレイの警戒を完全に解くのは時間がかかりそうだが、リブラのいる場所への誘導くらいならそう長い時間は必要なさそうだ。
しかし、すでに門外地区に招き入れていると言えばリュメさんや他の住民にも迷惑がかかる。都市同士の摩擦に発展することは避けたい。
となると、すぐに連れてきては不自然だ。今から時間をかけて探す体でいこう。
「この少女は、まだウォッタリラ内にいるのですか?」
「ええ。現在、ウォッタリラの東西南北の門に、魔力感知器を持った私服の見張りを配備していますが、それらしき人物が通ったという情報はありません。」
「魔力感知器?」
「メリールゥが開発した、強い魔力を持つ者に反応する最新の装置です。彼女は魔力値が異常なほどに高いのです。ですので、ウォッタリラから出ようとしたときには見つけることができるでしょう。」
「徹底していますね。」
「はい。――門外地区住民にのみ、門を通らずに城壁の外へ出る経路がいくつか用意されているという噂を耳にしましたが、それもソラさんの協力があれば問題ないでしょう」
リブラが反応を確かめるようにソラをじぃっと見る。
ソラはそれを無視して平然と続けた。
「それはありがたい。ウォッタリラは国家レベルに広い都市ですが、出ない限りいずれは見つかるでしょう。あとは、自分にお任せください。」
「…ありがとうございます。それで、期限の目安ですが」
リブラは指を1本立てた。
「1ヶ月。まずはこれを目標に彼女を見つけることを目指していただきたいのです。我々も永遠にウォッタリラに滞在するわけには参りませんから。」
「1ヶ月…ですか。」
「それほど難しいことではないと思います。彼女がウォッタリラに留まっているなら、おそらく、1ヶ月後に再び開催される冒険者の大会に出場するはずです。」
「根拠はあるのですか?」
「彼女の目的はギルドカードの発行です。出場者のうち発行希望者を洗ってくだされば見つかるはずです。見つけたら一度こちらにご報告ください。」
「わかりました。そこから自分は接近を図れば良いのですね」
「ええ。私やドラヴィダ兵のようなこの都市の外部の者は特に警戒されますので、ソラ氏はウォッタリラ在住であることを強調されると良いかと思います。」
「なるほど。承知しました。」
「それから、これをお渡ししておきます。私と連絡するための通信機です。」
リブラは魔法道具を手渡した。
「ウォッタリラの都市内であればどこでも通じますので、常に携帯してください。盗聴を防ぐ機能も付いていますから、万全を期すため必ずこちらを通してご連絡ください。」
「了解しました。ありがとうございます。」
――これ、位置情報も発信してるな。
受け取りながらすぐに気づいたが、あえて口には出さないでおく。
「どんな些細なことでもご連絡ください。こちらからも定期的に連絡させていただきます。」
「わかりました。」
「くれぐれもよろしくお願いしますね。それでは」
リブラが立ち去った後で、ソラはぎゅっと通信機を握り締める。
「…まいったなあ。」
――あなたはずっと、そのために生きているはずです。確かそう、『青灰の久蘭』。
――穏便に引渡してください。
脳裏に、銀髪赤目のおどおどした少女がよぎる。
ソラはため息をついた。
「……ごめん。」
ぽつりとつぶやき、応接間を後にした。




