13 門外地区と住民たち
家の中に戻ると、先に帰っていた少年が果物かごをキッチンにおいて手を洗っていた。
レイも少年の後で手を洗う。
手をふいているところで、後ろから大皿が突き出された。
皿の上にはサラダとトーストとハムエッグ。
「あ、ありがとうございます…?」
戸惑いながら受け取ると、渡してくれた少年はこちらを見ることなく、のんびりとした動作で自らは2人分の大皿を持ってリビングのローテーブルについた。
リビングには少年の他に、ソファの上で新聞を読むアーデルの姿がある。
とりあえず、少年が座った向かい側に自分の分の朝食を置き、座ったところでアーデルに声をかけられた。
「おはよ。あんた、ここに来て正解だったわね。」
「え?」
アーデルは見ていた新聞の記事をこちらに見せる。
『指名手配犯逃走、情報提供者に報奨金あり』
「こんなにでかでかと…しつこい連中ね」
そしてアーデルは再び新聞の続きを読み始めた。
「…どうしたの?食欲ない?」
ぼーっとして食事に手を付けないレイに少年が話しかける。
「あ、いや、だいじょうぶ…」
――小さい子に気をつかわせてしまった。
トーストに手を伸ばすレイ。そこに、ソファの上からアーデルが新聞をめくりながらぶっきらぼうに声を発する。
「自己紹介くらいしたら。」
「ぼく、飛沫。」
「………レイです。」
「…」
「…」
「あのさあ。他にもっとないの」
「ぼくに言ってる?レイに言ってる?」
「両方」
「そっかあ」
飛沫はハムを噛みながら少し考え、レイに尋ねる。
「レイは、ここに住むの?」
「…え。」
指名手配については触れないのか。
「…まだ、わかりません。」
するとそこで、リビングにソラが入ってきた。
「おはよう」
「おはよ」
「おはよー」
飛沫とアーデルがそれぞれに応じたので、レイも敬語で挨拶を返した。
ソラは飛沫の横に1人分余計に朝食があるのを見て、そこに座る。
「ありがとうな飛沫。」
「うん。」
あまりにも自然に繰り広げられる日常風景に、レイは自分がそこにいることに違和感を覚える。
そんなレイに、ソラは変わらぬ調子で話しかけた。
「一晩過ごしてどう?ちょっとは落ち着いたか?」
「はい、おかげさまで…」
「うそばっかし」
反射的に答えたレイに新聞の向こうから厳しい声が飛ぶ。
「……すみません、本当は眠れなくて。」
「そっかあ~大変だね。」
飛沫がのんびりと、「そういう時は、昼寝するといーよ」とアドバイスする。
「ま、最初はそんなもんだろ。今後どうするか、さっさと決めちまうのがたぶん一番落ち着く方法だと思うけど。」
「はい。」
「ただな、お前が『カタリ族シヒナ』として発行しようとしたギルドカードは悪いけど諦めた方がいい。」
「…わかっています。」
その名前と姿がもうリブラに補足されてしまった以上、作っても無駄骨だからだ。
「ま、どうせ1ヶ月後にまた大会あるからそん時に勝ち抜けばいいさ。」
「1ヶ月後?終わったばかりなのにまたやるんですか?」
「別の祭りの催しとしてな。地区ごとに交代でよくやってんだ。レイが出たのは西部地区の大会で、次のは北部地区の大会。」
「そこで作ればあんたはリュメさんのいる北支部登録の冒険者になるわ。事情知ってる人が担当してくれる方がやりやすいし、かえって良かったんじゃないの」
確かに、リュメという人はこちらの肩を持ってくれそうな雰囲気だったから、できるならその人を頼りたい。
「まあ、門外地区の住民になれば大会に出なくても通常の審査からカード作れるけどな。」
「レイが今魔女族の姿してるのは、魔法で変装中?本当はどんななの」
飛沫が軽い口調で尋ねた。
少し迷ったが、レイは問題ないだろうと判断し、変装術を解いた。
光を弾く銀の髪に、燃えるような紅い瞳。
アーデルも新聞から目を上げてこちらを見る。
「わあ。」
「結構目立つわね。」
「…街中じゃ変装必須か。」
3人がそろってうなる。
続けてソラが尋ねた。
「魔力量は?普段から隠してるよな。」
「そうなの?」
「ちょっと隠蔽魔法解いて普通にしてみて」
言われた通り、素の状態に戻してみる。滅多に解くことがなかったため、少し時間がかかってしまった。
ピキッと凍り付くような鋭い魔力の波長と、その莫大な魔力量に、3人の顔がかなり険しくなる。ソラは眉間にしわを寄せて口元に手を当てた。
「…想像以上だな。こりゃ、審査通ってギルドカード発行しようとしても魔力量の測定時に目立っちまう」
「ぼく鋭い方じゃないのに、それでも威圧感感じるのやばいねえ。」
アーデルは新聞を膝の上に置いて腕を組む。
「あんた、そうやってずっと隠し続ける気?」
「…今までもそうしてきましたので。」
「でも、生活しづらいでしょ。常に自分の力を抑えつけてるんだから」
「もういっそ全部隠さないでおいたらー?」
飛沫がトーストを頬張りながら言う。
「ぼく絶滅者だけど、隠さなくてもどうにかなってるし。堂々としてたらただの珍しい人で済むよ」
絶滅者とは、すでに滅んだとされる種族の生き残りや、隔世遺伝でその特徴を発現した者のことを言う。
見たことのない種族だと思ったが、やはりそうだったか。
「飛沫くんは…」
「飛沫でいいよー。」
「飛沫、は…その、絶滅者ということで危険な目に遭ったりしないんですか?」
「平気だよ。『門外地区』の住民だから。」
その話にはそれ以上深堀りせず、飛沫はソラに向かって尋ねる。
「ね、レイの敵はどんな奴ら?」
「メリールゥとドラヴィダが組んでるらしい」
「うぇ、5大都市が2つもか」
これだから大人は、と飛沫が毒づく。
「組んでるってさあ、どの程度?」
アーデルが割って入った。
「もとはメリールゥだけだったんでしょ。最近になってドラヴィダが出張ってきた理由はわかってるの?」
「それは——」
レイは少し言いよどむ。
「心当たりはあるのね?」
「…予測ですが、一応は。」
「あんたみたいな奴が自分からドラヴィダにちょっかい出すとは思えないんだけど。何したの?」
「いえ、私ではなく……詳しい経緯までは私にもよくわからないんですけど、」
レイは慎重に言葉を探す。
「私が10歳のころ、メリールゥから逃げる時に、手伝ってくれた人?みたいな存在が、ドラヴィダで何かしちゃったみたいで…」
「――それで、間接的にお前も目つけられたのか?」
「たぶん…」
「それ、だれ?」
「名前は知らないんです。」
「手伝ってくれたってどんな風に?逃げられたのはダンジョン間転移っていうお前の能力のおかげだったんじゃないのか」
「メリールゥと対立関係にある都市を教えてくれて、逃げた先で捕まらないよう身を隠すアドバイスをくれました。」
「なるほどな。」
ソラは、早朝飛沫が採ってきた果実をかじりながら言った。
「昨日、あのあとにさ、リブラへの対応についてリュメさんと話してたんだけどな。リュメさんが不思議がってたんだ、『メリールゥによって軟禁されていた世間知らずの10歳の子供が、なんで都市政府の勢力図を把握してたのか』って。やっぱ手引きした奴がいたんだな。」
「はい。『魔女族レイ』のギルドカードを作るときも、隠しておくべきことを教えてくれたり、保護者役でついて来てもらったりもしました。」
「それきりか?」
「ミンセフのギルドマスターが代替わりしたときに、次のマスターはメリールゥ寄りだから逃げろって教えに来てくれたのが最後です。おかげでぎりぎり逃げるのが間に合いました。」
「…へえ。聞いてる感じだと、かなり都市政府の内部事情に精通してるんだな。」
ソラがアーデルを見る。
「ドラヴィダのギルドか、ドラヴィダ都市政府の元上層部とかか?」
「それか上層部に親しい人物とかかしら。どちらにせよ、ドラヴィダの追跡を逃れるならその名前も知らない奴をとっ捕まえてドラヴィダに突き出せば早いわね」
「あ…でもその、わたし、恩を仇で返すようなことは…」
「…やれとは言ってないでしょ。」
アーデルは目をそらしながら、レイに聞こえないくらいの声で「…馬鹿正直。」とつぶやいた。
「…?いま、なんと」
「なんでもないわ。話を進めましょ」
アーデルが仕切りなおす。
「じゃあ、そいつとドラヴィダとの間の事情は確かめておくべきね。それ次第でドラヴィダ側の追跡は免れる方法があるかもしれない」
「もしくはその人もまとめて門外地区にかくまうか、だな」
「――門外地区って、結局どういう立ち位置なんですか?」
ずっと気になっていたことをレイはやっと尋ねる。訳アリが住む非公式な居住区、ということはわかったが、指名手配されていても問題がないというのはよくわからない。
「ざっくりいうと、ここの管理人が条件付きで『伯爵』の地位を与えられてるんだ。」
「正しくは『辺境伯』だけどね」
「辺境伯!?」
辺境伯といえば、この大陸全土を治める大帝国の上流階級のうち、帝国政府からほぼ独立して領地の自治権を認められた地方長官や貴族のことを指す。
『伯』とついているが、実際の権限は伯爵より上だ。
「そ。つまりこの家に住んで管理人の養子になることは、貴族になることを意味する。」
「あくまで建て前上ね。貴族らしい権限は特にないわ。名誉称号みたいなものよ」
「だが名ばかりの貴族でも、その辺の奴は簡単に手出しできなくなるんだ。」
「それでも手出して来たらウォッタリラがかばってくれるよ~。」
一般人が貴族の身柄を確保するには、帝都へ正式な使者を飛ばして帝国議会で審議させる必要がある。
ギルドのSランク冒険者だろうが5大都市の上層部だろうが、身分は平民だ。伯爵以上の強い後ろ盾がないと議会で門外地区に対抗できないということか。
「ねえ、レイもおいでよ。リュメさんに誘われなかった?強い人は大歓迎だよ」
「飛沫、まだその話は…。」
「ソラ」
止めようとするソラを、さらにアーデルが遮る。
「『今後どうするかを決めるのが、一番落ち着く方法。』そう言ったのはソラよ。決めるなら早い方がいいでしょ」
アーデルがレイに向き直る。
「レイ。ここは普通には生きていけない人間にとっては最高の環境が整ってる。でも昨日も言ったように、ここに住むならそれなりの貢献を求められるし、そのためにはあんたの能力や背景についてちゃんと開示する必要があるの。」
「はい。」
「あんたにそのつもりがあるなら、もう一度リュメさんと話してみるべきだと思うわ。どちらにしろ、敵はすぐそこまで来てる。他に選択肢はないと思うけど?」
「……」
ここにいる人たちが悪い人だとは思わない。
しかし、能力の詳細を話した結果態度が豹変して、メリールゥにいたときの二の舞になるのはごめんだ。
7年間の逃亡生活が、レイに強い警戒心を植え付けていた。
そんな彼女の様子を見てソラが悩んだ後、言った。
「昨日の今日で信じろって言われても難しいよな…じゃあ、こんなのはどうだ?」
人差し指を立てて言う。
「どう転んでも、レイは次の大会までの最低1ヶ月間は身動きが取れないだろ。だからその間だけ、仮の門外地区住民として過ごしてみないか?」
「…いいんじゃない?まあ、働いてはもらうけど。」
「1ヶ月あればここの生活がわかるだろ。」
――今ここから追い出されたら、きっとすぐにメリールゥに連れ戻されるだけだ。
この提案はありがたい。
「ありがとうございます。そうさせていただきたいです」
「決まりだな。」
ソラは席を立った。
「じゃあ俺、ちょっと出かけなきゃならないんだ。暇なら、レイの新しい呼び方考えといてくれないか」
「呼び方?」
「街の中でレイって呼ぶと、近くに敵がいたらばれるかもしれない。要は新しい名前を決めてくれ。」
「わあー、ハイドの時以来だねえ。」
なぜか飛沫が拍手をする。
「じゃ、よろしくな。」
「うん。」
「いってらっしゃい。」
軽装で出て行くのを見る限り、冒険者としての仕事ではなさそうだ。ギルドにでも行くのだろうか。
笑って出て行くソラへ、レイもいってらっしゃい、と声をかけた。
人生で初めて口にする言葉に、こそばゆい思いを感じながら。




