12 試験
明くる日。
レイは窓から太陽の光が差し込む中で、まだ布団をかぶっていた。
昨夜は眠れなかった。この都市に訪れて、大会からこの家に来るまでいろいろなことがありすぎて落ち着かなかったのだ。
全く寝た気がしないが、このままベッドにいても仕方ない。
レイはベッドから這い出て身支度を整えた。
――とりあえず、1階に降りてみるか。
アーデルは、1階に行けば誰かはいると言っていた。
今後どうするかを考えるためにも、誰かと話をして気持ちを落ち着かせたい。
そういえば、泊めてもらうというのに昨日は他の住民に挨拶すらしなかったが、大丈夫だったのだろうか?
できるだけ足音をうるさくしないよう、そっと階段を降り、昨日案内されたリビングに向かう。
リビングには大きめのダイニングテーブルとローテーブルがそれぞれ1つずつ置いてあり、一度に10人以上は会せる席数があるが、今は誰もいないようだった。
ダイニングテーブルの上には一枚のメモ紙。
『裏の畑にいます ソラ』
朝から畑仕事だろうか。
Sランクの冒険者らしくはないが、ここではそれが普通なのかもしれない。
この書き置きはおそらく自分に向けて残してくれた物だろうと考え、レイはキッチン裏の勝手口から泥のついた作業靴を借りて裏庭に出てみた。
裏口は玄関のちょうど反対側で、苗を育てているらしいポットやプランターが並んでいる。複数の品種を育てているのか、水に濡れた芽や葉の形は何種類かあった。ここには人影は見当たらない。
苗場の奥には生垣を隔てて土の広場が見える。
大会で使われる円形闘技場ほどではないにせよ、それに準ずるほど十分に広いスペースだ。何もないが、土は固く踏み均されているので何かしら用途がある場所だと見受けられる。
だが、ここにもソラの姿はない。
広場より奥は森と山だ。畑といえる場所は見当たらない。
ここにいても仕方がないので、家の横側を通って散策がてら畑を探しに行こうと、彼女は踵を返した。
と、そのとき。
背後から突如としてただならぬ気配が沸き上がった。
レイは反射的に自分の身を守る。
「“私に触れるな”」
攻撃を弾きながら振り返ると、目の前にあったのは大蛇の舌だった。
強烈な匂いと共に唾液がしたたり落ちる。
レイは横に飛びのいて続く第二撃をかわした。
一度距離をとって姿を確認すると、それはまがまがしい鱗で全身を覆った巨体の毒蛇。
「…ヨルムンガンド…」
なぜ、ここに?
魔物が人里まで下りてくること自体はそう珍しいことでもないが、ヨルムンガンドほどのレベルとなると話は別だ。ダンジョン内でも冒険者が遭遇を避けるほどの凶悪な魔物で、ダンジョンのかなり奥まった場所でない限りそうそう見かけることはない。
ヨルムンガンドに噛みつかれまいと後ろに回ると、大蛇は尾を大きく振り上げて地面にたたきつける。地面がひび割れ、奥の木々が数本なぎ倒された。
あまり悠長に考えている暇はない。ここがめちゃくちゃにされてしまう。
レイは大蛇へ向けて手をかざした。
「――“退廃、天災、ひとつの断罪。塩の柱”」
ヨルムンガンドの動きがピキッと止まる。
目を引ん剝きよだれを垂らしたままの大蛇は、末端から徐々に白く染まって結晶となり、音を立てて崩れ落ちた。
無意味な塩の塊と成り果てたそれを見つめながら、レイは考える。
――確かこの地区は、家や畑を守る結界に厳重に包まれていたはずだ。
それにも関わらず、この魔物は現れた。
しかも、何の気配もない場所から前触れなく、降って湧いたかのように。
自然に現れた魔物ではない。誰かがそう仕組んだ。
いったい、誰がどうやって?
すると、
「ああ、もう倒しちゃったんだ。」
背後から声がした。
振り返ると、木々の間から1人の少年が現れていた。手には果物の詰まった籠を抱えている。
容姿は淡い亜麻色の髪に青い目。彼女が言えたことではないが、見たことのない珍しい種族だ。
「こっち。」
「え?」
「そのヘビはもういいから。気にしないで。それより、朝ごはんできてるよ」
少年はそれだけ言って、そのままレイのことも塩の塊も無視して、まっすぐに家の方へ向かう。
自分は試されていたということだろうか。
レイは一度塩の残骸を顧みてから、戸惑いつつも少年に従った。
***
そんなレイを屋根の上からひっそりと見守る人影が2つ。
「…見たことない魔法使うんだな。」
2つの人影の1つ、ソラが胡坐の上で頬杖を突きながらつぶやく。
もう1人はその横で、片膝を立て、もう片足を投げ出すようにだらりと座っている。その顔には白い無地の仮面が斜めにかけられ、顔の半分を覆い隠している。
「どう思う、ナグモ?」
ナグモと呼ばれた面の人物、もとい門外地区の管理人が答える。
「…まあ、実力としては問題はない。」
ナグモは感情の読めない表情で独り言のように付け加えた。
「……しかしまた、妙なもん拾ってきたな。お前」
「妙?」
「いや」
問い返すソラには答えず、ナグモは立ち上がった。
「俺から出す条件は今のところない。本人の希望を通してやれ」
「わかった。」
ソラが応じるや否や、ナグモは面をつけてそのまま消えた。




