10 魔女の事情
再び、森の丘の家。
リュメという人物を迎えにアーデルが出て行ってから、ソラとレイは応接間でじっと待っていた。
と、そこに、玄関のドアが開く音が聞こえた。
壁の向こうから、初めて聞く快活な女性の声がする。
ようやく例の人物が到着したようだ。
玄関で2、3話したようだが、すぐにレイたちのいる応接間に入ってきた。
「邪魔するよ。」
猫目の女性、アーデルと共に入ってきたのは、長い緑の髪を一つに束ね、琥珀色の瞳をらんらんと光らせる女性だった。
今この部屋にいる中では少し年齢が離れているようだが、威厳のある雰囲気の中にも若々しさが感じられる。
「ああ、あんたが例の子かい。初めましてだね。」
彼女はすぐにレイに目をやって話しかけた。
「あ…はい。」
「あたしはリュメ。話を聞かせてもらいに来た。そう怯えなさんな、よろしく」
はきはきとした口調でリュメは手を差し出したので、多少戸惑いながらもとりあえず握手に応じる。
「リュメさん、こちらへ。」
ソラは、自分が座っていた、レイとちょうど真正面になる場所を譲った。
リュメはそこに遠慮なく腰掛け、その隣にアーデルが座る。
ソラは、レイから見て左側のソファに1人で腰かけた。
「さて。緊張しているとこ悪いが、あたしはだらだらと世間話をするのは苦手でね。さっそくだが本題に移らせてもらう。」
「…本題。」
「あんたついていくつか聞かせてもらう。」
「言いたくないことは無理に聞かないからさ。」
ソラが付け加えたものの、思ったよりも早い展開に少しだけ面食らう。
しかし、覚悟はしてきたつもりだ。ここまで来たら話すしかない。
リュメは、手持ちのカバンからまず1枚の書類を取り出した。
「これがなんだかわかるかい?」
顔写真付きの、『魔女族レイ』の手配書だ。
ミンセフでギルドからの招集命令を無視したのち、各都市に回されたらしい捜索届である。
「はい。」
「これはあんたのことで間違いないかい。」
「間違いありません。私のことです。」
「そうかい。素直だね。じゃあ、これは?」
そう言ってリュメは、また別の紙を取り出した。
パッと見では1枚目の紙とレイアウトがよく似ているが、決定的に違う点がある。
記載された顔写真。それはやや古いもので、写っているのはあどけない顔をした銀髪赤目の女の子。
『メリールゥギルドSランク冒険者 ユーレンフェミリア』
「この手配書にも心当たりがあるね?」
普段はほとんど常に変装術を使っているので、自分の本来の容姿をこうして見せられると反射的に焦燥感が芽生える。
だが、ここに来る前すでに、そこのアーデルに2枚のギルドカードを見られている。相手は確信をもって言っているのだろう。
「はい。それも、私です。」
「やはりそうかい。じゃあ、“謀のリブラ”も知り合いだね?」
その名前を聞いた瞬間。
かつての恐怖や危機感がよみがえり、心臓が跳ねた。
手のひらがじっとりと汗をかき始め、脈が耳の真横で高鳴り、唇が震え出しそうになる。
「――はい」
そのわずかに震えた声で他の3人は何かを察したらしかった。
威厳とプレッシャーを放っていたリュメの雰囲気が柔らかくなる。
「この話はつらいかい。」
リュメがゆっくりと、なだめるように尋ねた。
さらに横からソラが続ける。
「昔話がしんどいなら、まず先に現状の確認をするか?俺たちのこともまだ信用しきれてないだろ。」
「――そうね。私なんて何も知らないし。今どういう状況なの?」
頬杖をつきながらアーデルも同調する。
とっさに返す言葉に詰まったレイをスルーして、リュメは切り出した。
「じゃあ、あんたをここに連れてきた経緯を説明しておこうと思う。」
リュメの話は、ソラの遺跡からの帰還後から始まった。
ソラのポルドゥガでの遺跡探索に関する報告を受けて、遺跡に関して特殊な知識のある冒険者レイを探そうとしたこと。
その冒険者が別の都市で行方不明扱いとなっていたこと。
「ウォッタリラはミンセフから遠すぎて、あの捜索要請をほとんど意識していなかったからね。あたしも調べるまで全く頭になかった。レイもウォッタリラの門は普通に通れたろう?」
うっかりしていた、とリュメはカラカラと笑った。
「ああもちろん、あんたの入都市記録はメリールゥに渡らないように手配してる。安心しな」
「…ありがとうございます。」
それからさらに、リュメは続けた。
その捜索願を裏から出させたメリールゥに関して、11歳の少女を巡って過去に不審な事件があったこと。
レイにはリュメの身分はわからないが、話の感じから、どうやら彼女はギルドで上の方の地位にあるらしい。機密扱いのはずのユーレンフェミリアの情報を以前から把握していたようだ。
そして、次に彼女がウォッタリラを目指すだろうと予想していたところに、大会がやってきた。
「ソラは大会の運営席から試合を見ていた。そこで、あんたに気づいたわけだ。」
「なぜですか?私はあの時、変装術で全然違う姿に…」
「レイ。覚えてるか?俺が銀のギルドカード持ってること。」
遺跡の洞窟の中で、月明りに光っていたカードを思い出す。
「はい、もちろん。」
「Sランク冒険者になるには、実力と信頼の他に、特殊技能が必要だろ。俺の特殊技能は『感知能力』。」
リュメが親指でソラを指さしながら引き継いだ。
「ソラは広範囲の索敵能力や、幻術系の魔法を見破る力、個人の魔力の波長を区別して特定する力といったあらゆる感知系スキルに優れている。それに伴い、危機察知能力も高い。だから危険な遺跡探索の任務も生還できるだろうと判断して単独で向かわせることができたのさ。」
「そういうこと。お前の変装術は大したもんだったけど、いくら隠しててもちゃんと集中すれば一度覚えた人間の魔力の波長は間違えない。遺跡の時から隠蔽魔法使っているのも知ってたから、魔法のクセもわかってたしな」
思わずレイはぽかんと口を開ける。
彼女の変装術は、その系統が専門の魔導士でも見破ることができなかったものだ。ギルドの素性チェックや都市の門での審査でも引っかかったことがなかった。
それを、大会の客席からという離れた距離からでも看破できるレベルの感知能力者が存在するなんて。
「ともかく、ソラはあんたに気づいて、あたしに連絡をよこした。あの遺跡探索者がいるってね。ついでに、ドラヴィダから変な客が来てるってことも。」
「そしたら、逆にリュメさんからも、メリールゥの冒険者がドラヴィダ兵を率いて選手を包囲する許可を求めてるって話が聞けて。よくわからないけどメリールゥは信用できないし、いったん何とか隠そうって話になったわけだ。」
「ふーん、なるほどねえ」
相槌を入れたのはアーデルだ。
「で、そのメリールゥの冒険者っていうのがリブラって人?私も聞いたことあるわよ。いけ好かない奴ってだけ。」
アーデルの歯に衣着せぬ物言いは、どうやら誰が相手でも同じらしい。
「ウォッタリラはけっこう、自由自治の都市だからな。リブラみたいに都市政府の言いなりで役人みたいに動く冒険者はそれだけでも評判が悪いんだ。」
苦笑しながらソラが補足した。
「そもそも都市政府同士も仲悪いしなあ。あんま良い噂は入ってこないな」
「商人の街とお役人の街で、馬が合うはずないだろう。」
リュメがとげのある口調で言った。どうやら本当に仲が悪いようだ。
「ここに来る前にリブラといろいろ話してきたがね、相変わらず気に食わない奴だったよ」
「は、話したんですか!?あの人と…」
思わず声が大きくなり、慌てて口を手で覆う。
リュメは気にするなと笑ってから、
「もちろん話したさ。あんたがこの都市にいる間に押さえたいんだろう、あちこちにしつこく協力を要請しているようでね。あたしのいる北支部にも来た。でも安心しな、あんたがここにいることはばれていない。――ま、ソラが怪しまれてるがね。」
「まじすか。参ったなあ」
ソラが全然危機感のない様子で言った。
「やっぱ抜け出させるの遅すぎましたかね。」
「いや、相当強い包囲体制を敷いていたらしい。どのタイミングで抜けても同じだったろうね。レイの変装術が優れてなければ危うかった。」
「その、ソラさんが怪しまれてるって…大丈夫なんですか。」
「大丈夫大丈夫。よその街から一日限りの大会に来た婆さんの居場所なんて、ただのスタッフが知るわけないだろ。適当にごまかせる」
軽い口調で言うソラに、リュメも続ける。
「リブラも確証があって言っているわけではない。心配するな」
えらく落ち着いている。こういったトラブルには慣れている様子。
さすがは『訳アリ』の住む家に関わる人たちということか。
「ただ、あんたがリブラと話す気があるなら普通に引き合わせる気でいた。あたしはあんたの意志を確認しに来たんだ。リブラはあんたのことを妹のような存在だと言っていたが…」
「妹だなんて!!」
レイは思わず声を荒げる。
「そんなわけない…あの人、ぬけぬけとそんなこと…」
わなわなと震える声でレイはつぶやいた。
「……まあさっきの反応からしてそうだろうとは思ったが。奴の狂科学者っぷりはウォッタリラにも届いているよ。話せる範囲でいい、聞かせてくれないかい。」
リュメの頼みにレイはうつむいて少し押し黙った後、意を決したように続けた。
「私はただの実験体――リブラにとっては、少し貴重なモルモット。その程度でしかありません。」
「実験体?」
「リブラは…メリールゥは、研究と称して孤児を使い遺跡の毒耐性実験を続けてきました。そして私は強い耐性があったため、何度も遺跡に連れ出され魔物と戦わされたり、無茶な任務を強制されていました。」
「…耐性の無かった者は?」
「私は他の実験体と会う機会はありませんでしたが、死んだら解剖され、瘴気が人体に与えた影響の記録を取られて終わりだそうです。」
「……ひどいな。」
ソラがつぶやいた。
「子供に対してそれか。非人道的だ」
「ギルドも都市政府もグルだったのかい?」
「そのようです。孤児の多くはメリールゥから出るための身分証がありませんから、逃げることもできませんでした。」
「…『ユーレンフェミリア』が、Sランクでありながら都市外に出ることを禁じられていたのは、やはり…」
「実験のことを外部に漏らさないためでしょう。機密扱いでしたから。都市の人々の多くは実験のことを知らされていないため、私を堂々と遺跡での危険な任務に就かせるためには、手続き上Sランクのギルドカードが必要でした。しかし任務を自分で選べたことはありません。」
「なるほどねえ。」
リュメはソファに背を預け、顎を撫でながら言った。
「リブラは親心だの抜かしていたが、それなら幼い子供が必死に逃げ出すはずはないと思っていた。レイの話の方が信憑性も高そうだ。」
「……あのマッドサイエンティストに親心なんてありません。でも、」
レイは、不安そうな顔でリュメの顔を伺い見る。
「私の言ったこと、信じてもらえるんですか?証拠になるものは何もないんですが」
「ああ。信じよう。」
リュメは即答した。
「小さかったあんたが必死に逃げた数年間と、メリールゥの不透明な態度が十分証拠になる。」
レイはその言葉に、少し目を潤ませながらも深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます――」
やや掠れた声のレイに、頭上から声をかける。
「つらかっただろう。迂闊に話せばメリールゥに連絡が行く可能性もあったろうからね」
「はい…」
そんなレイを見ながら、リュメは続けた。
「ただ、1つ聞かせてほしい。」
レイは目元を少し押さえ、再び表情をやや引き締めた。
「…なんでしょうか。」
「あたしはソラから、あんたが遺跡中心部への『正しい入り方』を知っていたと聞いている。さらにリブラからは、あんたが旧世界時代の遺跡間をワープできると聞いた。それを使って逃げたのだと。それは合っているかい」
「……はい。」
「それらの知識と魔法は、どこで身に付けたものだい?」
リュメはレイの目をまっすぐに見ながら問うた。
その目を見つめ返しながら、数拍おいてレイは答える。
「――メリールゥの研究の成果です。遺跡探索者としての教育の一環で叩き込まれました。」
リュメはそのとき、なぜか一瞬だけ隣のアーデルの方を見た。
視線を向けられたアーデルは、リュメに対しわずかに首を横に振る。
それを受けて、リュメはレイに向き直りながら小さくため息をついた。
「そうかい。わかった、ありがとう。」
そう言い、リュメは立ち上がる。
「どちらへ?」
ソラが尋ねた。
「まだ仕事が残っていてね。今日の所は一旦戻るとするよ。邪魔したね」
「いえ、とんでもない。」
「アーデル、ナグモにはこちらからもすでに話を通している。どこか空き部屋を使わせてやりな。」
「わかりました。」
「ソラ、あんたはあたしに付いてギルドに来な。リブラへの対応について話しておく。」
「はい。」
「あ、あの!」
レイは立ち上がった。
「聞いてくださって、ありがとうございました。それでその、私は…」
「レイ、今後のことはゆっくり決めていこう。旅や大会の疲れが取れるまで休むといい。ここの住人に世話になりな。」
それだけ言って、リュメはふいっと背中を向けた。ソラがそれに続き、二人連れだって部屋を出ていく。
結局、自分の扱いはどうなるのか。どうすればよいのか。
レイは何もわからないまま、一人取り残された気分になった。




