8 メリールゥの冒険者①
街の中心部にそびえたつ大きな赤レンガの建物、その最上階。
ギルドマスターが座する執務室で、ウェーブのかかった桃色の長い髪を垂らす長身女性がマスターと対峙していた。鼻までかかる前髪で目元を隠し、尖った耳が髪の間からのぞいている。
そしてその護衛兼部下であるドラヴィダ兵達が、ギルドマスターとその補佐役にいら立ちを隠せない態度を見せる。
ドラヴィダ兵の一人が耐えかねて言った。
「では、ドラヴィダとメリールゥ両ギルド連名での要請を、あなたは断ると?」
「そうは言っていないだろう。」
ギルドマスターは、余裕のある表情でカップに口をつける。
「ただ、この都市はなにぶん人の往来が激しくてね。たった一人の旅人を探すとなると、もう少し情報がないと難しい。」
「情報ならそちらが持っているだろう。西部の大会に出場した冒険者くらい。」
「ああ。だが、あんたらは『あくまで穏便に』というウォッタリラ側の要請を無視してまで、閉会式で会場に乱入して強引に包囲したそうじゃないか。なぜ見つかっていない?」
「逃げられたのだ。だから協力を要請している。」
「ウォッタリラギルドも、最後にその選手を補足できていたのはその大会までだ。あんたらが事を存分に荒立てたせいで、運営側の警備がうまく機能せず、こちらも状況を把握できていない。」
マスターの目が鋭く光る。
「取り逃したのはあんたらの責任だろう。厳重警戒の指名手配犯ということで、西部のマスターがそちらの頼みに応じ拘束の許可を出したというのに、まさかあんなに騒ぎ立てたあげくに結局取り逃すとはね。果ては尻拭いまでこちらにさせる気か?」
ぎらついた目の男たちは、歯をきしませながらも押し黙る。
「それは確かにこちらの落ち度だ。非礼と迷惑を詫びよう。だが…」
「最初にもらった謝礼だけじゃ、これ以上の協力は割に合わないね。」
「…謝礼はそちらの言い値を出そう。」
「金じゃないんだよ、うちのギルドは。」
「では何を?」
「情報さ。交易と商いの街なんでね、情勢を読むことは目先の金より重要だ。」
マスターはややふんぞり返って腕組みをし、隣で彼女の補佐係がやや呆れた顔をするのをしり目にニヤリと笑った。
「5大都市のうち2都市が組んでまで処理したい問題。関心が湧いて仕方ないってのに、仲間外れとはつれないね。こちらにも共有してもらおうじゃないか。」
「先に渡した文書の通りだ。身分証偽装罪を各都市で繰り返す指名手配犯を追っている。姿の偽装もうまく、なかなか捕まえられずにいた」
「それだけかい?」
「前科が記録されないのをいいことに、各地で繰り返し罪を犯していると聞いている。」
「各地で違う姿と身分証を使っている人間の罪歴をどうやって把握した?」
「詳しいことは我々も知らない。ただ、両都市政府がこれ以上放置できないと判断したのだ。」
男たちはマスターに詰め寄る。
「指名手配犯を野放しにすれば、この街のためにもならないぞ。」
「なに、ザル警備のあんたらが治める街とは違って、この街では好きにできやしないさ。」
「なんだと?」
額に血管を浮かせた男が、マスターの執務机をたたいて身を乗り出す。
「少し下手に出れば調子に乗りやがって。こちらはドラヴィダ都市政府要人から直々の任務で来ている。たかがギルド一支部の人間が、大きな口をたたくと後悔するぞ」
「いつからウォッタリラのギルドがドラヴィダの下になったんだい?うちのギルドは都市政府から強い自立権を認められている。あんたらの権威など知ったことじゃないんだ、協力する理由がない」
今にも噛みつかんとする男を見かねてか、ついにリーダーと思しき桃色の髪の女性が口を開いた。
「理由があれば、協力してもらえますか?」
「ん?まあ、そんなものがあればね。」
「そうですか。こちらの警備の情報では、包囲を抜け出た選手がいたようです。体調不良により大会途中で帰られたとの記録が残っていますが、該当の選手がトーナメントで敗戦して以降、その選手が受付を通ったのも会場を出たのも警備は誰も見ていなかった」
マスターはカラカラと笑う。
「なんだ、心当たりがあるのかい。包囲を抜けられたのなら完全にそちらの失態じゃないか。」
「面目ありません。――しかし他の選手からの聞き込みでは、その選手は閉会式直前まで、控室で姿が確認されていました。その後運営スタッフに連れ出され、帰ってきたという目撃情報はありません。――我々の兵が選手控室の包囲を始める直前の出来事です。」
「じゃあ、その時に体調不良で帰ったんだろう。決勝の勝敗まで見れたらもう我慢して残る必要もないだろうしねえ。」
「そうでしょうか。タイミングが良すぎるとは思いませんか?そして、あの会場の中で、会場包囲の情報を知っているのは、ドラヴィダ兵以外では、ギルドからの連絡が通った運営スタッフのごく一部のみです。」
「何が言いたい?」
マスターは不快感をあらわにした。
それに臆せず、桃色髪の女性は続ける。
「お心当たりがございませんかと、ただそうお伺いしているのみです。」
「ないね。あるわけないだろう。こちとらあんたらがどの選手をお求めだかもわかっていなかったんだ」
「では、最後にその選手と話したはずのスタッフをここにお呼びいただけませんか。」
「大会のスタッフがどれだけ雇われると思ってんだい。どこの誰だかわからない奴は呼べないよ。」
「どこの誰かはわかっています。このウォッタリラギルド北支部で活動するSランク冒険者だそうですね。選手からの聞き込みで判明しました。」
マスターが一瞬顔をしかめる。
そしてすぐに、不敵な笑みが浮かんだ。
「へえ。我がギルドのSランク冒険者まで疑うのかい。節操がないね。」
「ええ、大変実績のある、冒険者たちの間でも有名な方だとか。だからこそ、指名手配犯の情報を知ったうえで、運営の権限で受付の情報を偽ってまで見逃したとしたら、ウォッタリラギルドとしても看過できない重大な信用問題ですよね?」
マスターが眉をぴくッと動かした。
「大層なことを言うじゃないか。確かな証拠があって言うんだろうね。」
「今申し上げた以上の証拠はありません。ですから、申し上げるのを憚っておりました。」
「自分らの失態を認めようとせず、信頼ある冒険者にその責任を押し付けようとする。これでもし濡れ衣ならあんたらの権威は地に落ちるが、わかって言っているのか?」
「その際には相応の謝罪と然るべき対応をとります。ですのでどうか、そのSランクの青年――魔女族のソラ氏をここにお呼びいただき、話をさせてはもらえませんか。」
「必要ない。多忙な彼の貴重な時間をこんなくだらない話に付き合わせられるか。ギルドを使って召喚したいのならもっと明白な証拠か、こっちが協力したくなるだけの情報を持ってきな。」
「――わかりました。」
桃色髪の女性は、小さく手を挙げ、取り巻きたちに小声で指示を出した。
彼らはうなずき、黙って部屋を退出する。
「――ここからは、ウォッタリラ北部ギルドマスターへではなく、切れ者と聞くリュメ殿に一個人として内密なお話をさせていただきたく。」
「へえ?」
マスターの顔があざけるように歪む。
「往生際が悪いね。悪いが金じゃ動かないよ」
「いえ、あなたがお求めの『情報』についてです。それを差し出せば、ご協力いただけるというお話でした。」
「――内容次第さ。」
「かなりのものを提供できます。」
自信のある物言いに、マスターは少し思案した後、側近の男・リシュウに退室するように求めた。




