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1 訪れる旅人



どこまでも突き抜けるような青い空。


さわやかな風が草木を撫でていくその先で、城壁の門番があくびをする。


ここは周囲を山と森林地帯に囲まれた小さな町ポルドゥガ。


豊かな山林資源に頼り、城壁で害獣から町を守りつつ細々と人々が営みを続けているところで、村や集落といってもいいかもしれない。


特に観光地というわけでも特産品があるわけでもない地味な町だったが、最近ではなぜか人の往来が増えているらしい。


それも、学者や冒険者がほとんどだとか。


ただの門番である彼にはあまり関係がない話だが、どうやら近くの森林で古代遺跡が見つかったらしく、その情報をいち早く聞きつけた探索家たちが集まりだしているそうだ。


ただし、それで忙しくなったのは、大都市や近隣都市側の方角にある西門で、町の反対側にあるここ東門はこれまでとさして変わらない。

もともと山間部へ狩りなどに行く住民たち向けの門なので、門番は相変わらず暇を持て余しているわけだ。


「よお、おつかれ。通してくれい」

「おお、おっちゃん。今日も狩りかい」

「よそからの人が増えたんでな、食い物がよく売れるのさ」


ここを通る人の多くは顔見知りだ。細かく身分をチェックすることはほとんどない。毎日ちょっと顔を合わせて世間話するだけの仕事だ。


と、そこへ、門の外から見慣れない人影が現れた。


藍色のローブで全身を覆い、大きなフードを目深にかぶっていて顔は見えない。

門番の彼の記憶では、こんな姿で狩りや山菜採りに出かけた住民はいない。

体格は男性にしては小柄なので、女性か子供だろうが…。


「こんにちは、門番さん。ここはポルドゥガであっていますか?」

若い女性の声だ。

「ああそうだよ。お嬢さん、一人?」

「はい。」

門番は頭をかく。若い女性の一人旅で、しかもこちらの門を使うとは珍しい。どこから来たのだろう。


「身分証はあるか?」

「はい。…これ使えますか?」

彼女は懐からオレンジ色のカードを出した。

冒険者ギルドのカードだ。ギルドのある多くの都市で身分証として使われているらしいが。


「ああ、悪いね。ここじゃそれは使えないんだ。」


ポルドゥガほど小さく人の往来の少ない町は冒険者ギルドがなく、町の治安維持や害獣駆除は自警団が請け負っている。門番である彼も自警団員である。


ギルドがない以上、身分証の真偽がつかないため、ギルドカードは使えないのだ。

そのことを説明すると、彼女はカードを素直にひっこめた。

「わかりました。」

「市民証はある?」

市民証は、多くは出生時に生まれた町で発行する、全都市共通で使える身分証である。犯罪歴の有無くらいならこれさえあれば調べられる。


「すみません、生まれがこの大陸ではないもので」

「ああ、そうなの。参ったな…」

門番はよそ者の対応に慣れておらず、再び頭をかいた。


わざわざ大陸外の人間が、しかも表側の西門ではなくこちらに来ることなど今までになかったのだ。こういう時ってどうするんだったか。

困っている様子の門番に気づき、彼女が気をつかってか提案する。


「えっと、前に滞在した都市での仮市民証ならありますが」

「ああ、それだそれ。それ見せてくれる?」

彼女の場合、ギルドカードで都市に入ることはできても、市民証がなければ利用できない機関もある。そういう場合は、しかるべき審査の後にその都市でのみ使える仮の市民証を取得できるのである。


審査能力の乏しいポルドゥガでは、他都市の仮市民証をもとに得た情報が規程を満たせば、身分証がなくともポルドゥガでの滞在許可証を発行することが許されている。


「えーと、ミンセフの仮市民証か…」

ここからは随分遠い中規模都市だ。しかし、長旅をしたにしては彼女の服装は清潔で、疲労もそれほど見受けられない。

仮市民証と照らし合わせ、彼女はどうも優秀な魔導士らしいとわかる。

「となると、訪問の目的は遺跡探索かな。」

「はい、そうです。」

「滞在予定期間は?」

「遺跡の規模や探索の進度次第ですが…準備期間と合わせて1週間以内で考えています」

「じゃあ、それより長くなる際は自警団で延長申請してね」

必要な項目を記入し、無くさないよう念を押して滞在許可証を手渡す。


「さて、それではようこそポルドゥガへ。何もないとこだけど、我々自警団はあなたを歓迎します。」

「ありがとう。」

彼女は丁寧に頭を下げ、門を通って行った。



藍色のローブで全身を覆った旅人は、一人歩きながら考えた。


――どうしようかな。


新たに見つかったとされる遺跡の情報を聞きつけて、好奇心に駆られ突発的に来てしまったが、少し軽率だったかもしれない。

冒険者ギルドがない町での遺跡探索は初めてだが、情報収集でこんなに苦労するとは。


彼女がポルドゥガに来る前に聞きつけた情報では、古代遺跡の正確な位置まではわからなかった。

現地で誰かに聞こうと思っていたのだが、この場合、自警団とやらに行けばわかるのだろうか。もしくは、飲み屋などで先に訪れた学者や冒険者に地道な聞き込みをするしかないのか。


「…困ったなあ。」

何気なくつぶやくと、横から声が掛けられた。

「あら、見ない格好だね。この辺りで何かお探し?」

作物を積んだ荷車を運んでいるふくよかな女性だった。この町の人だろう。


「ああ、ええと、よその町から遺跡探索に来たんですが、どこで遺跡の情報が得られるかと…」

「へえ?そうなの。私が旦那に聞いた話だと、北方の山の奥の方で見つかったって言ってたけどね。まー危なくて住民は近寄らないから、わからないけどさ」

「北ですか」

「とりあえず、お仲間とはぐれたなら西門側に戻ったら?」

ふくよかな女性は東門とほぼ反対方向を指さした。


「今はよそから冒険者さんや学者さんが結構来てるから、そっちの方が詳しい情報持ってる人も多いだろ」

どうやら仲間とはぐれたと思われているらしい。確かに、遺跡探索はパーティを組むことが一般的だから、無理もない。


にしても、普通の人は別の門から入るのか。通りでよそ者らしい人間が他に見当たらないわけだ。町を徒歩で横断する羽目にはなるが、ここは西門へ向かうのが賢明そうだ。


「ありがとうございます。助かりました」

「いーえ。気を付けてねえ」

できれば宿屋の場所も聞きたかったが、それも西門方面に行けば見つかるだろう。そう思い、女性が指さしていた方角へ進む。



ポルドゥガは小さい田舎町だが、生活苦というわけでもなさそうだ。資源が豊富で多くは自給自足で賄えるというのが大きいのだろう。

街並みを見ながら歩いていくと、徐々に道行く人の数が増え、道幅が広くなり、やや大きな建物や店舗が並ぶようになった。他の都市との窓口に近い西側がポルドゥガの経済的な中心部のようだ。


さて、そろそろ日が暮れる。夕食の前に宿を見つけて腰を落ち着けたいところだが…。

宿らしい宿が見つからない。

そうか、小さな町で、遺跡が見つかるまで訪問者も少なかったものだから、宿の数がそれほどないのだ。


仕方ない、先にどこかで食事にしよう。そこでなんとか宿や遺跡の情報を集めなければ。

そう思い、すでに賑わい始めている近くの大衆食堂のような店に入った。


     ***


藍色のローブの旅人がポルドゥガに着いたころ。


黒い短髪に紫色の目をたたえた青年が、ポルドゥガ西門付近のとある大衆食堂を訪れた。


店の中は人の熱気と酒の匂いが充満していた。外はまだ夕焼けの残る空だというのに、随分と気の早い。人々の様子を見ると、大荷物を置いていたり、装備を固めていたりと、明らかに他所の町から来た冒険者たちがほとんどだ。


かくいう青年も、遺跡調査のためにこの町にやってきた冒険者である。


考えることは皆同じで、少しでも情報収集に来たのだろう。遺跡はまだポルドゥガ周辺で発見されたということ以外の情報が公式には出回っておらず、いち早く成果を上げたい冒険者たちは躍起になっているはずだ。


あるいは、ここまでの旅の無事に感謝する祝宴か。既に酒に呑まれかけた血気盛んそうな男たちも見えるが、女性の姿も珍しくない。


時刻はちょうど夕食時。ざっと見渡したが空席が見つからなかった。


やっぱり先に宿を探そうか、なんて思いかけたとき、人のよさそうな店主が笑顔で陽気なパーティがいるテーブルに1つだけ空いていた席へ促してくれた。食事を頼んで周囲の冒険者や学者のパーティの会話に混ざった。冒険の疲れですでに随分酒が回っているようで、あっさりと溶け込ませてもらうことができた。


「じゃあ、みんな今日もお疲れ様!かんぱーい」

「宿どうする?」

「遺跡行くならここから…」

「ああ、テロイドの方から来たんすか?奇遇っすね!」

「探索にかける日数だけど…」

「よかったらいっしょに組まない?」

「ここまで探索した感じ、期待通りダンジョンで間違いないな」


会話が雑多に行き交う中で、必要な情報を抜き取ろうと努める。旅の疲れもあって、なかなか大変だ。


しかし、だいたいわかってきた。今回の遺跡は『旧世界時代』のものでどうやら間違いない様子。場所は町の北方の山を越えたところにある谷でポルドゥガからは最短半日程度。


それから、宿は商人向けのものがちらほらあるが、ほとんど埋まっているらしい。この後急いで探した方がよさそうだ。

また、この町はもともと冒険者があまり立ち寄らないため、急な需要過多で冒険者用の物資がかなり不足しているという話も聞いた。最悪、無調達で出発することになる。本当に必要なものは明日の朝一番に急いで探しに行く必要があるだろう。そして明日かせいぜい明後日までは休養と準備期間にして、3日後から遺跡へ出発というのが現実的か。




情報を整理してメモにまとめていると、ふと妙な気配を感じて彼の手が止まる。

顔を上げてそっと店内を見渡すと、新たに入ってきた数人のうちの一人の気配だとわかる。


藍色のローブで全身を覆っており、食事の席についてもフードをとる気配はない。

冒険者はパーティを組むことがほとんどだが、その人物は単独のようだ。


先ほど近くを通られたときに感じた不思議な気配は、少し離れただけで周りの人々の気配と相まって掻き消えてしまった。おそらく意図的に自分の実力を隠している。用心深い人間なのだろう。


ただ、彼はそういったことに特別敏感だ。


遺跡探索の際は、ライバルとなりうる冒険者の情報をリサーチしておくことも大事な前準備。あの人物は厄介そうな気配がする。遺跡内で鉢合わせたなら、衝突はできる限り避けたいところだ。

夜の帳が下りてきた空の下、彼は店を後にした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 興味深い世界観 読みたくなりました♩
2020/09/13 08:30 退会済み
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