ナージャは変わる
ナージャが一诺と話すようになってから、色々な事が劇的に変わった。
まず専属使用人が一诺だけになった。他の使用人達は専属では無いもののノヴィコヴァ家の使用人を続行しているが、一诺一人で充分だと判断された為専属は彼一人になったのだ。
それは全て、ナージャの願いを聞いた一诺による働きだった。
一诺はナージャに着替え方を教えたが、着替えは基本的に他の専属使用人が行う仕事。ナージャが穏便に断らなくては両親の勝手な思い込みでクビになってしまう可能性がある。なのでまずはナージャが使用人に着替えさせられるよりも先に着替えておく。
そして、こう言う。
「あの、私、いつも具合悪くて、迷惑を掛けちゃうので……一诺に、頼んだんです。自分で出来る事、増やしたいから、って。一诺、その、お願い聞いて、教えてくれた、んです。あの、あの、どうですか?出来てます、か?」
そわそわしながら言えば尚の事良し、というのが一诺の指示だった。
前世の学業で演劇に参加する時は基本的に家事全般をしていたが故に得意だった裁縫班になる事が多く、仮に出るとしても通行人Dか木の役程度しかないナージャ。つまり演技力に自信は皆無だったし実績すら無かったのだが、その演技力によってはこれから先の環境も変化する。
だからナージャは頑張った。
頑張って専属使用人の一人だった女性にそう言った。普段主張しないナージャの主張。か弱いナージャが自力で頑張ろうとした結果。演技に慣れていないが故の恥ずかしさが顔に出ていたが、それは慣れていない事をして不安そうな子供の顔にしか見えなかった。
つまり、使用人はナージャを褒めたたえた。
子供が一生懸命頑張って自分で服を着て、出来ているかと不安げに聞いてくる。そんな状況下で出来ていないと言える人間は居ないだろう。実際完璧に着れていたし、普段自己主張しないナージャがわざわざ主張した初めてとも言える出来事。
当然ながら報告を聞いた両親は驚いて部屋に飛び込んできた。
「あ、あの、見てください」
当然そこまで含めた作戦なので、ナージャは気合を入れてそう言った。基本的に控えめな娘が両親に対して主張したのは、これが初めてだった。否、両親が気付かなかっただけでナージャは結構何度も主張していた。
もっとも、主張に気付いたのはこれが初めてだったわけだが。
「これ、お洋服、着方を一诺に教えてもらったんです。教えてって、私、頼んで。一诺、教えてくれたんです。一诺、あの、凄くわかりやすく教えてくれました。他にも東洋の文化とか、色々、教えてくれて」
ナージャはふわりと年相応に微笑んだ。それは両親に初めて見せた笑みだった。まあ困ったような笑みは普通に笑顔と認識されていた為、ここまで嬉しそうな笑みは初めて見た、という認識をされたが。
「私、一诺には、色々教えて、って、その、ちょっぴりワガママになっちゃいそうです。一诺、詳しいですから」
両親は、ナージャが誰かの名を口にしたのを始めて聞いた。基本的には「あの」と声を掛けるだけな上に特定の誰かに対しての用事なども無い子な為、ナージャが誰かの名を呼ぶ事は無い。弟の事すら「弟」と呼ぶくらいには誰の名も呼ばない子だった。
けれどその娘が、何度も他人の名を口にした。
しかも心配になる程主張をしないあの子がワガママになりそうだなど、もうパーティを開くべきなんじゃないかという発言。両親の中で、一诺がナージャのお気に入りになったのだと完全にインプットされた瞬間だった。そして同時に、一诺が唯一のナージャ専属使用人になるのが決定した瞬間でもあった。
だって、一诺を気に入ったからこうして主張する子になれたのだろう。
両親はそう思った。ナージャは普段具合を悪くしたら最短でも三日は寝込む子だというのに、一诺が言った通りに任せたら翌日には回復していたくらいだ。それだけ、一诺はナージャに寄り添える存在なのだろう、と。
尚ナージャの具合が悪い云々は一诺発案の仮病なので、翌日ピンピンしているのは当然なのだが。
しかしそのお陰でナージャの専属使用人は一诺だけになったし、ナージャが一诺に頼むからと言えば他の業務も全て一诺の担当になった。朝起こすのも、着替えさせるのも、食事に呼びに行くのも、お風呂で洗うのも。
当然ながらそれら全てを一诺がやっているわけでは無い。
「あの、一诺、その、お風呂、なんですが」
「お嬢様は着替えを恥ずかしがるくらいですから、風呂で体を洗われるのはさぞ苦痛でしょう。必要とあらば私がお嬢様を一度洗う事にはなりますが、実演つきでお教えいたしますよ」
「ありがとうございます一诺……!」
……一诺が優秀で本当に良かったです……!
ナージャは一诺に本気で感謝を捧げた。正しく察してくれるのが本当にありがたい。両親などはまったく違う方向に察する上にストップもかけられないので酷く疲弊するが、一诺は正確に読み取ってくれるので、ナージャからするとやり取りがとても楽だった。なにせ息が詰まらなくて済む。
そうしてナージャは、自分での洗い方をしっかりと覚えた。
それ以来自分で洗うようになっている。勿論本来は使用人の仕事であり、指名された一诺の仕事だ。けれどナージャ自身が自分でやる事を望んでいる為、一诺は脱衣場の入口付近で出入り口の方を見ながら番をしている。外に居てはナージャ自身で自分を洗っている事が発覚してしまうし、けれどその辺を適当に見る事でナージャに要らぬ羞恥を与えるのは、という気遣いからの行動だった。
まだ幼いナージャであるというのにナージャを女性として認識してきちんと思いやる一诺の行動に、ナージャはまた感謝を募らせる。
……お風呂は本当に、今の内に教えてもらわないといけませんでしたから……。
大きくなってから教わるのでは、羞恥度が桁違いになってしまう。まだ幼い体だからこそ耐えられる程度の羞恥度なのだ。その為ナージャは、幼い内に洗い方を知っておきたかった。今の内から覚えて自分一人のゆっくりしたバスタイムが得られたのは、ナージャにとって行幸だった。なにせ一人の時間なので、思う存分気を緩ませる事が出来る。
日本人であるナージャにとって、これはとても重要だった。
ナージャからすればお風呂の時間とは自分一人だけのゆっくり出来る時間。なのに誰かに洗ってもらい、誰かがずっと居て、誰かの視線に晒され続けるというのは酷い苦行、苦痛でしかなかったのだ。故にこうしてゆっくり出来るというのは、実にありがたい。
「……お嬢様は、とても髪が長いのですね」
お風呂上り、髪が長すぎて自力ではどうにも出来ないので一诺に頼んで乾かしてもらう。
ナージャは前世で家の事を全部やっていた為家事は何でも出来る子だったが、髪を乾かすのと髪を結ぶのが下手なタイプだった。一応乾かす事は出来るのだが、必ずどこかがまだ湿っているのがいつもの事。
その為、ナージャは長い髪を自力で乾かす事は既に諦めていた。
……やはり、自力で出来るようになるべきでしょうか。
「すみません」
「何故謝るのですか?」
正面にある大きな鏡の向こうで、ナージャの青く長い髪を乾かしながら一诺がそう言った。一诺はいつも通りに目を細めて微笑んでいる。
「……そ、の」
「ゆっくりで構いませんよ。他には誰も居ないのですから」
そう、ここはナージャの自室。突然部屋に入られるとナージャが驚くと一诺が進言した為、誰かが入る時は両親であろうとまずノックをするようになっている。つまり突然の来訪者を警戒する必要も無い、焦らなくても良い空間という事だ。
その事実に、ナージャはホッと肩の力を抜く。
「あの、いつも、髪を乾かしてもらっていて……」
「いえ、それを含めて仕事ですので私は構いません。煩わしいとかではなく、ただ単純に何故これ程までに髪を長く伸ばしているのだろうか、と疑問に思ったのです」
「疑問……」
「お嬢様、髪が長すぎて時々足をもつれさせているでしょう?」
「う」
ナージャは少し恥ずかしくなって、顔を俯かせた。
……見られて……いえ、一诺だから見てますよね……。
味の好みなどに気付いていた一诺ならば気付いても不思議では無い。ナージャはそう判断した。
「……その」
「はい」
「お母様が」
「奥方様が」
「将来、その」
「ゆっくりで構いませんよ。髪を乾かすにはまだ時間が掛かりますから」
実際、まだ時間が掛かりそうなくらいには濡れていた。一応ドライヤーに近い温風の道具はあるが、まずはタオルでしっかりと水気を取るのが一诺のやり方だった。その為、乾くまでには時間が掛かる。
その言葉と事実に安堵し、ナージャはゆっくりと話し始めた。
「……あの」
「はい」
「お母様、私、将来したい髪型がある時、髪が長い方が良いから、って。その時髪が長ければ、好きな髪型に出来るから、切らずに、伸ばすように、って……言われた、んです」
「……お嬢様は、それで伸ばしているのですか?」
「あと、えと、はい」
一诺には大分慣れたが、まだ喋るのにはなれていない。咄嗟に返事を返せずもだもだと言葉をつっかえさせながら、ナージャはどうにか肯定した。
「……確かに、将来髪を結びたい時、髪が短かったら、結べません、から」
「本当に?」
「………………」
鏡越しの一诺の狐目が薄く開き、相変わらずハイライトの入っていない瞳と目が合った。
……見抜いてくれているんでしょうね、きっと。
一诺はナージャの事をよく見てくれている。ナージャがどういう感情を抱いているのかも、ちゃんと察知してくれているのだ。日本人的につい苦笑で誤魔化してしまうが、その奥の感情をきちんと見抜いてくれている。だからきっと、今の言葉も見抜かれた。
見抜いたからこそ、ナージャの本当の気持ちを引き出そうとしてくれているのだろう。
「……私、流石に今、髪、長過ぎて」
「はい」
「よく絡まるし、足が引っかかるし」
「はい」
「洗う時も大変で」
「でしょうね」
「でも、お母様は」
「お嬢様」
一诺は目を細めて、いつも通りの笑みを浮かべていた。
「この青く長く、美しい布のような髪は誰の髪ですか?」
……ブゥって何でしょう。
わからないが、美しいほにゃららであるなら悪い言葉では無いだろう。そう思い、日本語では無い東洋の言葉をナージャは一旦保留にする。
誰の髪、など。
「私の髪です」
「ではもう一つ問いますが、これは奥方様の髪ですか?」
「いえ……」
それは違う。
「お母様には、お母様の髪がありますから。これは間違い無く、私の髪ですよ」
「ならばどうして、あなたの髪の切る切らないの決定権が奥方様にあるのでしょう」
パチン、と。ナージャの目の前で曇ったシャボン玉が弾けた気がした。
「これは私の考えですが、将来好きな髪型に、という発想。それは良い事です。確かに今バッサリ切ってしまっては、数か月後にお嬢様が髪を結びたいと思っても出来ない可能性がありますからね。ですがお嬢様の髪なのですよ、これは。奥方様の髪では無い」
それは至極当然で、けれど改めて言われるまで、ナージャの頭には無かった発想だった。
「長さが足りないのであれば、伸びるまで待てば良いだけでしょう。邪魔なのを我慢して将来の為になんて、五歳の娘に言う事ではありません。将来だの、そんな事は成人してから考えれば良い事です。遠い将来の為に今我慢するよりも、生きている現在進行形の今、どうしたいか」
……今、どうしたいか……。
「お嬢様。あなたはどうしたい」
「どう、したい……」
「髪を切りたいと思いますか。このままが良いと思いますか」
「……わかりません。邪魔だとは思いますけれど、切りたいとも思いますけれど、お母様の言葉を否定する程の理由も無いですから」
そう、ナージャにはわからない。ずっとこうして伸ばして来たから、それ以外の髪型だってわからない。将来好きな髪型にする為にと伸ばし続けて来た為、他の髪型なんて知らないのだ。
結局のところ、母親の愛は空回っていた。
ただ伸ばさせるだけで良いはずが無い。どの髪型が良いかを話していない以上、ナージャにどの髪型が良いとかの希望は無い。ただ伸ばし続けているだけ。このままいけば将来は、ただ伸ばすだけ伸ばして他の髪型も知らないからと必要以上に切ったりもしない、ただただ長いだけの髪になるだろう。
ひたすら無意味に。
「では、質問形式にしましょうか?」
「お願いします」
質問形式とは、自分の意思を言う事が苦手なナージャの為に一诺が考えたものだ。内容は単純に、選択肢を選ばせるだけのもの。主に飲茶の時の点心をどうするか、に用いられる事が多い。
「髪が長いのと短いのでは、どちらの方が?」
「……多分、短いのは、違和感を抱くかなって、思います。でも、今の長さ、邪魔なの、困ります」
「そのままと結ぶのでは」
「…………結んだり、お外に出る時、あの、いつもやってもらってて。パーティ、の時、とか。でも、いつもの髪型、あんまり好きじゃない、です」
「どういう髪型ですか?」
「えと、こう、上の方で結んだり、全部を編み込む?ように、纏めたり……」
「どうしてあまり好きじゃないのですか?」
「……頭皮が、引っ張られる、から……?あ、あと、頭、重くて……」
「下の方で結ぶのなら?」
「あ、それなら、はい。三つ編みとか良いなって、思います」
「三つ編みですか」
「私、三つ編み出来ませんから。前にやろうとしたけど、ぐしゃぐしゃにしちゃって、ほぐすのが大変で」
前と言っても前世だが。
前世で妹にねだられたものの、どうしても出来なかった。指がこんがらがってしまうのだ。
「では」
一诺はそう言って、いつの間にか乾いていたナージャの髪を手から下ろした。長過ぎるその髪は自然と床にふわりと触れる。それと同時に、ナージャの背中に一诺の指が触れていた。
「……このくらい。このくらいで切るというのはどうですか?」
「あ……」
その位置は丁度背中で、腰より少し上の位置。充分に長い髪と判断されるだろう長さだが、足に絡まったりという邪魔にはならないだろう長さ。三つ編みにするにも充分な長さがあるその位置まで髪を切れば、無駄に長いこの髪がスッキリするのではないだろうか。
背中に触れている一诺の指を感じながら、ナージャは鏡に映る自分を見た。
「……そう、ですね。いっそそのくらい、バッサリと」
半分くらいバッサリと、けれどロングヘアである部分は動かないので違和感も少ないだろう。それはナージャにとって、とても良い事に思えた。
「そのくらいバッサリと、切る事が出来たらなあ」
「切りたいなら切ってしまえば良いでしょう。お嬢様の髪なのですから」
「……うん、うん……」
正直言って、ナージャにとって今の髪の長さは邪魔だった。何せ足首近くまである為、邪魔で邪魔で仕方が無い。寝ている時にうっかり踏んで頭皮が引っ張られ「痛っ」となる事が何度あったか。
それを思えば、半分程短くなるというのはとても良い。
スッキリするし、邪魔にならないし、かといってそこまで短くするわけでも無いし。ナージャにとって、それはとても良い案に思えた。
「……一诺」
「はい」
「髪を切るって、どうしたら良いんでしょうか」
ナージャにはわからない。
前世では邪魔になったら適当に済ませていた。前髪だけならその辺の鋏でどうにかしたし、後ろの髪は美容室でガッツリ短くしてもらい、伸びても括れば数年はどうにかなる。上手く髪が乾かせない為痛んでいたが、枝毛があれば適当に切るだけ。要するにナージャは美容室のあの雰囲気が苦手なタイプだった。
そしてナージャになってからは髪を切っていないので、わからない。
「そうですね、私が髪を切る事も出来ますが、勝手にやれば最悪クビになるでしょう」
「っ」
それは駄目だ。今ようやく、一诺が居るお陰で、一诺の存在に安堵する事で呼吸が出来るようになったというのに。ナージャは、元通りの酷く窮屈な状態に戻るのだけは嫌だった。
思わずぎゅう、と寝間着の裾を強く掴む。
「交渉で許可を得るのがベストでしょうが……まあ、その辺りの案は後日考える事にしましょうか。無理に髪を傷付けて切るしかないという状況にするというのは、あまりにもリスクが高い」
「それは、はい、わかります」
両親は悪い人達では無い。悪い人達では無いが、自分達を善として突っ走るところがある。仮にナージャが「薔薇のトゲに髪が引っかかったから切ってもらって、全体を整えてもらったんです」なんて言えばノヴィコヴァ家から薔薇が消えかねない。
それ程までにナージャの両親は時と場合により過激なタイプだった。
「……私が自分で切るとか」
「それは却下です。お嬢様の心に一体何が、と思われかねません。最悪お嬢様に良からぬ思想を植え付けたのではと私が責められてしまいます」
「それは駄目ですね」
考えるというのは難しい。
「一诺は、いつも私の事を考えて、助けてくれます。そんな一诺に、迷惑は駄目です。えと、今も迷惑はかけてますけど、その、冤罪、みたいなのは」
「例え話ですから気にしなくて大丈夫ですよ」
一诺は狐目を細めて笑っていた。
「まあどうにかしますよ。ええ、どうにかします。お嬢様の髪をお嬢様自身が好きに出来ないというのは、おかしな話ですからね」
「……おかしい、んですね」
「勝手に鋏を持って自分の髪をめちゃくちゃに切るような子であれば、その言葉は正しいとされるでしょう。けれどお嬢様はそういう子ではありませんから」
まあ、と一诺は苦笑する。
「私がただ、お嬢様の意思で選んで欲しいだけですよ。望みがあるかないかは私にはわかりませんが、望みがあるならそちらを選ぶ方がずっと良い」
……こんなにも静かに望みについてを言われたのは、初めてです。
両親は望みはあるかと聞いておきながら、アレか?アレはどう?こっちはどうだ?これも良いわ!とぐいぐいぐいぐいそれぞれが良いと思うものを押し付けて来る。ナージャが話す暇など与えない。ナージャの反応が遅いだけかもしれないが、ナージャが主張する隙がどうにも無いのだ。
使用人達だってそうだった。
ああなるのでしょうか、こうなるのでしょうか、きっとご立派になるのでしょうね。決まった言葉を繰り返すだけで、ナージャの望みは何だと聞きもしない。
けれど一诺は、望みがあるならそちらを選べと言ってくれた。
何が望みかと聞きはしない。ただナージャの望みを聞こうとして、聞いたそれをちゃんとナージャの望みのままに理解して、実現させようとしてくれる。一诺の中で一诺の価値観に曲解したり変質させたりもしない。
両親は自分の判断で曲解するタイプだった。
……一诺と一緒の時はこうしてゆっくり落ち着けて、良いですね。
気を張って警戒しなくて良いというのは、とても嬉しい。警戒して何があるというわけでも無いし、何かあってどうにか出来るという事も無い。けれど知らない全てに、知ろうとしないが故にアンノウンな全てに警戒してしまうのは仕方が無かった。
だからナージャは、自室でゆっくり出来る時間が好きだった。
「……一诺」
「はい」
「わた、私、頑張ってみます」
ぎゅう、と服の裾を強く掴む。不安だったり、今までの事を思い出しつつも。
「お母様に、髪を切る許可、貰います。私、私の、髪ですから。私、こんなに長いの、イヤです。邪魔で、イヤです。でも私、三つ編み、憧れてて」
ずっと出来なかった髪型だから。
「一诺、綺麗って言ってくれました。私の髪。だから私、えと、髪、あの、頑張ります。頑張りたいです。話して、私、切りたいって言って。主張して。そしたら、あの、そしたら、髪、切ったら」
振り返り、背後に居る一诺を鏡越しでは無く直に見つめる。
「……その、髪、結んで、くれませんか……?」
「勿論です」
一诺はニッコリと微笑んだ。
「ではそれを実現させる為には、どう言えば聞いてもらえるか……一緒に考えましょうか?」
パチン、と一诺は片目を伏せた。いつも作戦は一诺が考え、ナージャに告げるという手法だったのに。
「はい!」
一緒に考えても良いんだと、一緒の仲間に入れたのだと。そう思ったナージャは嬉しくて仕方が無いまま、はにかむような笑顔で頷いた。
このシリーズでは更新は三日に一話の予定です。