リーリカは攻略対象達と接触する
リーリカはナージャに接触しつつ、攻略対象達と出会う事にした。
……まず優先すべきはラヴィルよね。
ラヴィル・ノヴィコヴァ。彼は分家であるが故にいじめに遭っている。かつてナージャがそれを助けたらしいが、ナージャが本家の人間だったせいでいじめが悪化。それ以来ナージャは他の人に助けて欲しいと願うしか出来ず、自分では助けられない事を気に病んでいる。
いじめは良くない事だし、ナージャの心の負担は一つでも多く減らすべきだろう。
……それにここで出会いイベントがあるわけだし……よし!
気合を入れて、リーリカはラヴィルが連れて行かれたという空き教室の扉を開けた。
「失礼するわ!」
「うおっ!?」
「げっ」
「チッ、邪魔が……」
中に居た三人がリーリカを見て顔を顰める。
「……?」
中心で怯えていた、金髪に黄色い上着を着ている少年。リーリカより年上なその少年は、ゲームのイラストそのままなラヴィル・ノヴィコヴァ本人だった。
ラヴィルは突然入って来たリーリカを不思議そうに見る。
「おい、後輩。お前に用はねーんだよ。痛い目見たくなきゃさっさと行きな」
先輩らしい不良の一人が、そう言ってリーリカにガンをつけた。ガンをつけられるなど初めての経験なので怯えそうになるが、しかしこれはシナリオでも主人公がやってのけた事。
……そう、魔法が使えないっていうアドバンテージは原作と何も変わらないわ!
そう気合を入れ、リーリカは叫ぶ。
「何をしてるのよ!」
年下の女の子が強気にそう叫べば、不良達は一瞬たじろいだ。リーリカの顔は可愛い系である為、そんな風に言われるとは思ってもいなかったのだろう。
「何をしてるって、んなもん見りゃわかるだろうが!」
「そりゃ見ればわかるわよ!でも、アタシが言ってるのはそこじゃない!重要なのはアタシが特待生で、アタシが視た予知の内容にアンタ達が出てたって事!」
「……何?」
リーダー格なのだろう男がピクリと眉を顰めた。
「おい、特待生って」
「確か魔法が使えない癖に予知が出来るっつー……」
ざわざわする他二人に対し、リーダー格の男はすっと腕を横に伸ばした。庇うような動きにも思えるが、それは後ろの二人に黙って引っ込んでろというジェスチャーだった。
「……俺達がお前の予知に出てきて、それでどうしたって?」
「どうしたもこうしたもないわ」
……嘘は良くないし、アタシの予知に関して偽るっていうのは学生生活的にアレなんだけど……。
しかし全てが嘘というわけでは無いから、とリーリカは告げる。
「アンタ達、そのままその先輩をいじめてたら死んじゃうわよ」
「は?」
「だから、死ぬって言ってるの」
「いじめを止めさせたいからって嘘を吐いてるんじゃ」
「そう思う?」
リーリカがじっと相手の目を見つめれば、リーダー格の男はたじろいだ。
「言っておくけど、死ぬのはその先輩じゃなくてアンタ達。アタシは確かにそれを視た。自業自得ではあるけれど、だからって誰かが死ぬ予知を視て放置しておけるようなアタシでも無い。だからこうして言いに来たのよ」
「……俺達が死ぬだと?」
ピクリと眉を動かしたリーダー格の男に対し、リーリカは一歩も引かず睨みつける。
「ええ、そう。溜め込んで溜め込んで、そこの彼が壊れるの。いわゆる闇堕ちってやつね。その結果いじめた奴らがそれはもう無惨な死体になってたわ。流石のアタシも、あんなのを視せられて見ない振りも出来ないし」
不良達は無言になってラヴィルを見る。ラヴィルはよくわからないとでも言いたげな表情をしていて、不良達の視線に気づくと同時にビクッと震えた。
「……ホラ吹いてんじゃねえだろうな」
「アタシは予知だけを買われてこの学園に通わせてもらってるのよ?当然ながらこうして動いている辺り可変の未来予知だけど、それを偽ったりなんてしないわ。除籍はされたくないもの」
「チッ……行くぞ」
「え」
「あ、お、おう」
リーダー格の男はそれを真実と判断したのか、二人を連れて去って行った。
……よし、大成功!
ゲームでは「強気でいく」と「弱気でいく」という選択肢があったが、ここは強気でいかなくては駄目なシーン。
弱気でいくを選ぶと説得が上手く出来ず、呆れた不良達が去って行くというルートになる。そしていじめは無くならない為、エンディング分岐にも影響が出る。
プロローグの出会いイベントでそんなもん仕込むなや、とは初見プレイのプレイヤー達の弁だ。
「……えっと」
「あ!大丈夫でした!?」
「う、うん」
ラヴィルに声を掛けられてハッとなり大丈夫かを聞けば、ラヴィルはその勢いに多少驚きながらも頷いた。その動きで金髪が揺れ、カモミールデザインのピアスがキラリと輝く。
高嶺の希望に登場するメインキャラクター達は、皆何かしらのアイテムを身につけているのだ。
リーリカはリボン、ナージャはチョーカー、ヴァレーラは赤いマフラーなど、それぞれ何かを身につけている。恐らくはグッズ販売の時のモチーフに使いやすいからなのだろう。
実際バッグなどにモチーフとして使用されていたし。
「あの……僕はラヴィル・ノヴィコヴァ。特待生って言ってたけど、ごめん。僕は君の名前を知らないから、教えて貰っても良いかな?」
いじめられていながらも心を腐らせず、へにゃりと笑いながらそう言えるメンタル。
やはりゲーム同様、このラヴィルも結構心が強い性格らしい。というより、人見知りをしない性格と言うべきだろうか。
「アタシは一年のリーリカ。孤児院出身だからファミリーネームは無いの。よろしくお願いします、ラヴィル先輩」
「あ、得意じゃないなら別に敬語は無くても良いよ」
リーリカに対し、ラヴィルはさらりとそう言った。
「使用人が相手ならともかく、そうじゃない人に敬語で話されるのは慣れなくて。普段から敬語の人ならともかくね」
「……ありがとう。正直言って敬語は得意じゃないから助かるわ」
……にしても本当に人見知りをしないというか、直前までいじめられてたのに普通にこんな対応出来るものなのかしら?
それもこんなにも好意的にニッコリと笑って。
リーリカが助けてくれたからという理由があるにしたって、距離が無さ過ぎる。そうは思うものの実際ラヴィルの好感度は上がりやすい傾向にあったから、そういう性格に設定されているのだろう。
リーリカはそう判断した。
……そして好感度が上がりやすい分ラヴィルルートに行きやすくて、地獄を見るプレイヤーが多いのよね……。
初見殺しかつトラウマルート量産機とは彼の事だ。彼自身には一切非が無いからまた困る。
「ところで」
「?」
こそこそ話をするように口の横に手を当てて、ラヴィルは言う。
「僕って彼らを殺す可能性があったの?」
「…………えっと、詳しくは思い出したくないのでノーコメントで」
「口から出まかせとか言って欲しかったよそこは!」
そう言われても困る。
……予知としては視てないけど、ルートによっては本当にあり得るのよね……。
ラヴィルとの出会いイベントでは、「強気にいく」「弱気にいく」以外に「見なかった事にする」という選択肢がある。
そして見なかった事にすると、見捨てたという認識をされるのだ。その後もいじめ現場を目撃する事になるのだが、それら全てをことごとく見ない振りし続けるとラヴィルは闇堕ちする。
そしてラヴィルとのバトルになるという確定バッドエンドルート。
勝っても負けてもバッドエンド。ファンブック曰く、ナージャが目撃した際は必ず近くに居る誰かが助けてくれていた為、目撃したのに助けてくれないという事態が繰り返された結果の悲劇らしい。自分など誰も助けてくれないんだという悲観的思考に陥って闇堕ちするんだとか。
……お姉様、本当に重要過ぎる存在だわ。
だってそれはつまり、ナージャが助けてくれるから悲観的にならずに済んでいるという事。ナージャが助けなければそのまま闇堕ちしていた可能性が限りなく高いという事でもある。
実際、見なかった事にするルートのラヴィルは酷く陰気な性格となる。
要するにナージャが偶然にもラヴィルを助け、その後も周囲の人に助けを求める事で助けてくれたからこそラヴィルは人見知りしない性格になったのだ。ファンブック曰く、助けてくれる人も居るから、と。誰かが助けてくれる自分だと思う事が出来たから、と。
……インタビューでもお姉様が居なかったらラヴィルは見なかった事にするルートみたいに陰気なラヴィルだった可能性が高いって言われてたから、お姉様の存在は大きいわね。
そう思い、今のやり取りで昼前の授業をサボる形になったがもうじきお昼時だという事をふと思い出す。
今日もランチを誘いに三年生の教室に行かなくては。毎回断られて一度も頷いてもらえていないが、リーリカは不屈の精神を持っていた。申し訳なさそうに控えめな態度で断るナージャの姿が可愛らしい、という理由もある。小動物らしい仕草のナージャを見るだけで、リーリカの精神は回復するのだ。
その結果ナージャの心が擦り切れているとは、夢にも思わず。
・
次にリーリカはゴーシャ・ボーンと接触する事にした。
彼は他校の生徒なので、登校時か下校時、休日の外出時にしか出会えない。しかしその分安定感があるシナリオなので、ファンからは清涼剤みたいと言われている。
「そういえばリーリカ」
「ん?」
ゴーシャチャンスと思いながら下校するリーリカに、一緒に帰っているカーナが声を掛けた。
出会いイベントの際にカーナは居なかったはずだが、増量版故の変化という事なのだろう。もしくはリアルだからこその変化かはわからないが、お陰で迷子になったりもせず教会に帰れるので助かっている。
……いやまあ、慣れた道ならアタシだって自力で帰れるけど!
「今度オープンするケーキ屋、オープンしたら一緒に行く?」
「え?いや、行きたいけどアタシあんま手持ちのお金無くて」
「そういう時の貴族だよ」
カーナは静かにそう言って、目元を緩ませる。
「二つまでなら奢ってあげる」
「本当!?」
「うん、リーリカの分は二つまでね。他は一つずつだけど」
「他?」
基本的にぼんやりとしていてあまり表情を変化させないカーナが、ニッコリと笑った。
「教会の孤児院に住んでるなら、他にも家族が居るでしょ。お土産」
「カーナ……え、本当に愛してる。好き。流石マイフレンド」
「褒めてもお土産は一個ずつしか駄目だよ。嵩張っちゃうし、次の機会を楽しみにした方が良いと思う」
「次もまた奢ってくれるの!?」
……あ、間違えたわねコレ。
思わず動転してめちゃくちゃ図々しい事を言ってしまったと反省するリーリカに、笑みを浮かべたままのカーナは頷く。
「うん」
「え、神……?」
「孤児院所属とはいえ、教会関係者が軽々しく言って良いの?ソレ。俺神じゃないし」
「正直神より神な気がするわ……」
「ふぅん?」
カーナはよくわからないとでも言うように首を傾げたが、神を目視出来るリーリカからすればそうとしか思えなかった。何せ神であるデウス・エクス・マキナは人間らしさが無くて、気遣いも無いのだから。
完全に蚊帳の外の傍観者を徹底していて嫌になる。
……色々知ってるんだったら、もうちょっと教えてくれても良いのに。
とはいえ基本的に必要なタイミングで助言を与えてくれるキャラクターなので、そういうものかとも思ってしまうが。
「って、あ」
目の前を通り過ぎるのは、見覚えのある銀髪。
ゲームで何度も見ていただけあってすぐにわかった。エンディング回収で心が折れそうになる度にリセットをしてくれるゴーシャは癒しだった為、彼のエンドを回収し終えた後でも時々プレイしていたから。
清涼剤は本当に清涼剤だった。
……ヴァレーラは、うん、ちょっと暑苦しいのが難点ね。
「カーナ、ちょっと待ってて」
「どうかした?」
「さっきの彼がハンカチ落としたから届けて来る」
そう告げると、一瞬カーナの目が鋭く細められた。
「…………ん、わかった」
それは本当に一瞬で、すぐにいつも通りのぼんやりした表情に戻る。多少長い無言があったものの普通に頷いてくれたので、リーリカはすぐにゴーシャを追いかけた。
「あの!そこの!」
気付かない。
「ねえちょっと!」
……ああもう、そういえばこの出会いイベントでは最初全然気づかれないんだったわ!
途中選択肢が出て、「そこの銀髪の人」か「そこの氷の結晶が繋がったようなアンクレットつけてる人」という選択肢を選ぶ必要がある。ちなみにこの世界はカラフルな髪色が多い為銀髪の人は結構沢山居て、そちらを選ぶと他の銀髪の人が反応してしまう。
そうするとゴーシャは行ってしまい後日のランダム遭遇イベントで返せるかにより、挨拶出来るかどうかが変化する。
……お姉様との出会いイベントは必然的に発生するのに、他の攻略キャラ相手だと選択肢間違えると出会えない仕様なのが「高嶺の希望」らしい部分よね……。
キャラとの恋愛よりもナージャ関係のアレコレに重きを置いているだけはある。
「そこの、氷の結晶が繋がったようなアンクレットつけてる人!」
「はい?」
気持ちきょとんとした顔で、ゴーシャが振り返った。
「あの、これ、ハンカチ」
「え」
パチリ、とゴーシャは瞬く。
「えっと……あれ、あれ?無い。あ、それ僕のですねぇ」
「だから追ってたのよ……」
ゴーシャはポケットを探ってハンカチが無い事を確認してから、リーリカが持っているハンカチがゴーシャの物である事に気付いた。
「すみません、ありがとうございましたぁ。ええと……ロマーシカ魔法学校の生徒ですか?」
「ええ。とはいっても貴族じゃない上に魔法も使えない特待生だけど」
「今何か色々と矛盾があったような気がしますが~……」
「予知が出来るの。任意じゃないけど」
「成る程ぉ」
ふむふむ、とゴーシャは頷いた。
見た目クールなのに不思議くん染みた独特の間があるのはやはり変わりないらしい。正直言ってラヴィルはシナリオが癒しじゃない為、ラヴィルよりもゴーシャの方がよっぽど癒し系な気がしてくる。
まあ、だからこその清涼剤扱いなのだろうが。
「ハンカチ、助かりました~。僕はパトソールニチニク魔法学校に通っている一年生で、ゴーシャ・ボーンと言います」
「アタシはリーリカ。同じく一年生よ」
「それではぁ」
「ええ、それじゃ」
そう言って、ゴーシャと別れる。さらりとしているが、出会いイベントなのでこれで良い。顔見知りになるという部分が重要なのだ。
「カーナ、お待たせ。待った?」
「うん、待った」
「ちょっと、そこは待ってないって言うトコでしょ。言う程時間も経ってないんだし」
「俺、あんまり待つの得意じゃないから」
「そうなの?」
「頼られるのは好きなんだけどね」
「へぇー……」
……喋るスピードもゆっくりだからあんまりせっかちじゃ無いと思ってたけど、意外とそうでも無いのかしら?
カーナに関する情報は最低限しか無いのでよくわからないが、こうして知っていくのも転生した醍醐味だろう。何はともあれゴーシャと出会うというミッションは達成したわけだし。
そう思い、リーリカは最後の攻略対象にはどうやって出会おうかと思案した。
・
出会う方法を考えるまでも無く、ヴァレーラの方から襲来した。
「特待生のリーリカは居るか!?ナージャ・ノヴィコヴァとよく会話をしているらしいリーリカ!」
……うん、まあ手間が省けて良いんだけど……!
この男は本当に頼れる兄っぽくなろうとしているんだろうか。熱血が隠せていないというか完全に熱血そのまんま。というか何故そっちから来るのか。
……いや、お姉様とよく話している、って言ったわよね。
もしかするとナージャとの会話数が多い事で発生するヴァレーラの訪問という特殊な出会いイベントだろうか。リーリカがプレイしたバージョンではそんなイベントは無かったが、デウス・エクス・マキナ曰くこの世界は増量版に対応している世界。
そんなイベントが増えていてもおかしくはない。
「あの、リーリカはアタシですけど……」
「そうか!俺はヴァレーラ・マショー!ナージャ・ノヴィコヴァと仲が良いらしいという噂を聞いたので手を貸せ!」
「仲が良いとはお目が高いですねどのようなご用件で!?」
……口が勝手に!
シナリオの強制力というよりも、お姉様と仲が良いと思って貰えてるヤッター!という歓喜のあまり口が滑った感じだった。しかし憧れでもある推しと仲が良い扱いをされたらそのくらいテンションが上がるのも仕方が無いだろう。
隣の席に座っているカーナが「うわあ……」とでも言いたげな目で見てきているのがアレだが、仕方が無いのだ。
……ごめんカーナ……!
シスコン疑惑があるカーナからすれば、ナージャにかつてトラウマを植え付けたとされるヴァレーラが接触してくる事を好まないだろう。でも攻略対象の一人だし、知らないイベントを体験したいという欲望には勝てなかった。
「俺は過去、ナージャ・ノヴィコヴァに酷い事をしてしまった!だから謝りたいというのに接触禁止を言い渡されているせいで接触すら出来ない!しかし校内であれば!狭い空間だから仕方が無いという不可抗力を利用出来る!」
……リアルで接すると大分熱血が過ぎるわねヴァレーラって……。
「そんなわけで謝罪をしたいのだが、全然駄目でな。接触すら出来ないから留年までしたのにまったく接触出来ん。ナージャ・ノヴィコヴァの周囲の奴らが邪魔をしてくるというのも理由だが、向こうも俺に会いたくないのかそれを止めない。だが今年を逃すと本当にもう二度と謝罪の機会が訪れんのだ!」
大振りな動作で長い赤マフラーを翻し、ヴァレーラはそう叫んだ。
……うん、ファンブックで留年してた理由に関してとかが書かれてて、ファン達に残念過ぎるイケメンって呼ばれるようになってたのを思い出したわ……。
「高嶺の希望」の二次創作は多数あったが、ヴァレーラは大体ポンコツだったのをリーリカは思い出す。実際大体そんな感じなので普通に受け入れていたが、リアルで見るとより酷いポンコツぶり。
これは残念なイケメンと言われても仕方が無い。
「で、ナージャ・ノヴィコヴァと仲が良いらしいリーリカ。手伝え。こう、上手い事どうにかなりそうな感じにもにゃもにゃっと出来ないか。特待生特有の特別な何かとかで」
「アタシが特待生に選ばれたのは予知が出来るからってだけなのでそれはちょっと」
「じゃあ俺とナージャ・ノヴィコヴァが仲直り出来るような予知はないか」
「無い……わね、うん」
「無いのか……」
基本的にヴァレーラルートではナージャとの仲を取り持つ事で進むので無いと言い切るのはアレなのだが、予知として視ていないのもまた事実だ。
「まあ良い。とにかくリーリカ、俺に協力してくれ。俺はナージャ・ノヴィコヴァに謝りたい」
「ヴァレーラ先輩、そこにお姉様の弟であるカーナが居ますけど」
「え、俺巻き込まれた?」
完全に傍観者としてぼんやり見ていたカーナを指差せば、ビックリした顔でそう言われた。
「当たり前じゃない。正直言ってカーナがアタシ達の中で一番関係性が深いのよ」
「いや……俺本当に姉さんとは会話しないし、関係性は全員同じくらいで五十歩百歩だと思うけど……」
……くっ、確かにお姉様には好感度が設定されてないから間違っても無いわ……!
言い返せずにリーリカは歯噛みした。
「結局協力してくれるという事なのか?」
「無理です」
カーナはスパッとそう言い切った。
「無理なら仕方が無いな!」
ヴァレーラはそう納得した。正直ツッコミが足りない気がするが、リーリカもそこまでツッコミでは無いのでスルーした。
「じゃあリーリカ!行くぞ!ナージャ・ノヴィコヴァの教室へ!そして道を切り開いてくれ!頼んだ!」
「え、あ、頼まれました!?」
「上手く行けば報酬として好きな物を十個まで買ってやる!」
「頼まれましたあ!」
「リーリカのそのチョロさ、今の内にどうにかした方が良いと思うよ。将来的に」
うるさいカーナ。
・
ヴァレーラの謝罪作戦は、結局失敗に終わった。
ラーザリとアデリナによる全力の妨害があったからだ。それを見てもナージャはまったく止めなかった為、やはりヴァレーラとリーリカが交流を深めて色々作戦を練りつつゆっくりナージャと引き合わせるのが重要なのだろう。
「お姉様!」
まあそれはさておいて、リーリカは最早日課であるナージャへの声掛けをした。
ゲーム内だと会いに行ってもラーザリとアデリナが対応してくる為ナージャとの会話が出来ない、という事が多かったが、ここはリアル。二人が出て来ようとも話し合いをしてナージャとの会話が出来るのだ。
……ゲーム内だとそれこそNPCとの会話感が強い会話だったし、好感度の上下があるわけでも無いから二人と会話したらそれでターンが終わっちゃうのよね。
しかしここはリアルなので、ナージャはリアルの特典を全力で使う事にした。具体的には二人と話して説得してナージャと接触する許可を貰って話し掛けるなど。
ヴァレーラに関しては元から長期戦前提なのでゆっくりペースで良いだろう。
「お姉様は今日も美しいですね!特にその長い髪なんて、海の色のよう!」
「……ど、どうも……」
気持ち声を大きめにしてそう話し掛ければ、ナージャは怯えたようにビクビクしながらそう返した。相変わらず小動物らしい動作でリーリカの胸がきゅんきゅんする。照れているのか酷く視線をうろつかせて顔を逸らしていて、それもまた愛らしかった。
「それにお姉様の髪ってとても長いし……アタシも伸ばそうかな」
リーリカの髪はツインテールが出来る程には既に長い。しかしナージャの髪はそれこそ油断すれば引きずるんじゃないかというくらいに長いのだ。手入れに手間は掛かりそうだが、そのくらい伸ばすというのもアリかもしれない。
「そしてお揃いの髪型に!どうでしょうお姉様!」
ヒュ、と一瞬ナージャの喉から息を呑んだような音がした。同時にほんの一瞬だったが、ナージャはその垂れ目を見開いた。
……あ、今のはレア顔。
ナージャは基本的に微笑んでいる顔ばかり。ファンブックでも表情集は微笑みのバリエーション違いばかりだった。つまり常に何かを企んでいるようにも見える目なのだが、一瞬とはいえ確かに目を見開いていたのをリーリカは見た。大人っぽく見えるいつもとは違い、年相応に少女らしい目。
リーリカは今の顔を脳内のお姉様フォルダに大事に大事に保管する事にした。
「……そのまま、の、髪型で、その、良いと思います、よ……」
少しの間無言だったナージャは、小さな声でそう言った。
「本当ですか!?じゃあずっとこの髪型にします!」
……やった、それってつまりこの髪型が似合ってるって事よね!
憧れの推しに自分の髪型を褒められた。リーリカはそう判断した。リーリカがツインテールにしているのはゲームの主人公がそうしていたからだが、こうして褒められるととても嬉しい。
思わずにへにへと表情が緩んでしまう。
「でも本当にお姉様の髪って綺麗ですよね……」
艶やかな青い髪が編まれていて、目を引かれる。
「あの、これって自分で」
「あ」
無意識の内にナージャの髪へと伸びていたリーリカの手。その手が触れる前に、ナージャはさっと距離を取った。
……ヤッバ……やらかした!
ナージャ相手に勝手に触ろうとしてしまった。これは握手会でも無いし相手が握手してくれようとしているわけでも無いのに無理矢理握手をしようとする、同じファンにすらも嫌悪されるタイプのファンがする愚行そのもの。
やってはいけない行為をしてしまった事に、リーリカは酷く反省した。
しかしナージャはそれよりも避けてしまった事と、リーリカが落ち込んだ事を気にしているらしい。酷くおろおろした様子で、必死に言う。
「……ご、ごめ、なさ、その、私、髪、触られるの、駄目、そう、駄目で……」
その言葉を聞いた瞬間、リーリカは思わず満面の笑みを浮かべた。
「そうだったんですね!」
……って事はあのいけ好かない使用人野郎も触ってはいないって事よね!
髪に触れられるのが駄目という事は、必然的にその三つ編みも自分でやっているという事だろう。
ナージャの髪を編むというとんでもなく羨ましい行為をしているわけでは無いらしいという事がわかって、リーリカは嬉しくなった。リーリカが敵意しか抱けない相手であり、とんでもなく羨ましい位置に居る一诺であっても触れられないのだと。
そう、認識した。
……でも、自分でやってるって事は、やっぱりお姉ちゃんじゃ無いんだ。
リーリカはちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ期待していた。ナージャが前世の姉なのではないかと。紡がこうしてリーリカになっているのだから、姉である筑流もまたナージャになっているのではないか、と。
……もしあの強盗にお姉ちゃんも殺されちゃってたら、アタシと同じように成り代わり転生をしてるんじゃないかって思ったんだけど。
けれど、姉に三つ編みが出来るような器用さは無い。
家事をほぼ全て一人でやっていた姉なので、器用は器用なのだ。着物の着付けだって覚えさえすれば一人で出来るくらいには器用だった。だが髪の毛との相性がよくわからない方向性に悪いらしく、ブラシで髪を梳く事すら出来ない人だった事を覚えている。
よく、覚えている。
……ドライヤーで髪を焦がしちゃってたくらいだもんね。
洗う時に絡まるし上手に乾かせなくて痛むし結ぶ事もままならないから、と姉は髪を伸ばさなかった。
厨房でのバイトだと長い髪は結ぶ必要があるから、と言って自然乾燥で問題無いくらいの短さにしていた。そう言いながらその後適当に伸ばしっぱなしにしてたりと本人はあまりその辺りに頓着しないタイプだったが、紡が自分の髪型をセットしている姿を見て感心したりもしていた。
そんな前世を、リーリカは思い出す。
……もしお姉様がお姉ちゃんだったらきっともっと楽しくなったんだろうけど……でも、それはお姉ちゃんが生きてるかもしれないって事だもん。それならお姉様がお姉様である事は、良い事よね。
リーリカはそう思う。真実が目の前にあった事に気付かないまま、その真実へ到達する可能性は消え去った。
キリキリカチャカチャ。
近くの時計から聞こえる歯車の音は、まるで笑っているようだった。けれどリーリカはそれに気づかず、ナージャに謝罪する。
「勝手に触ろうとしちゃてすみませんでした!」
「…………いえ……」
「でもお姉様、本当に髪が綺麗です!どんな髪型でも似合っちゃいそう!」
「…………」
ナージャは困ったように微笑んでいた。仕方が無い、とでも言うように。それはやはりリーリカが前世でずっと見て来た姉の顔を思い出させる。
だからリーリカは、ナージャが大好きになったのだ。
「あの、ところで今日こそ一緒に下校を」
「リーリカ」
ぐい、とリーリカの肩が掴まれて後ろに引き寄せられる。
見上げれば、カーナがいつも通りの表情で見下ろしていた。もっとナージャと話したい、仲良くなりたいと思って一緒に下校しようという誘いを言い切る前にまたカーナが来てしまった。シスコン疑惑が発生するだけあって、カーナはよくリーリカを回収しに来る。
カーナはいつも通りの表情で、何でも無い事を言うように首を傾げた。
「今日は俺と下校するんじゃないの?」
「いつもしてるじゃない」
そう、いつもしている。女の子を一人で帰らせるのは不安だからと言って、カーナはリーリカをいつも送っていってくれるのだ。
正直魔法が使えなくて不安なのも、方向音痴なのも事実なので助かってはいる。
……助かってはいるけど、それはそれ!
「それにお姉様と下校よ!?お姉様と!お姉様をお姉さまの家まで送りながらお話とか、んへへ……!」
想像するだけでにやけてしまう。ナージャに対して、最初は流行りの悪役令嬢かなと思ったものだ。けれどすぐに姉に似ているとなって、気付けばナージャというキャラクターを推しとして認識していた。だから、ナージャと交流を深めるチャンスを逃したくなかった。
折角シナリオ関係無い部分でナージャの事を知れるチャンスなのに。
「普段は俺がリーリカを教会まで送って行ってるけど、それやると俺が往復する事にならない?別に良いけど」
「……カーナ、いつも言ってるけど別にアタシ、教会に一人で帰るくらいは出来るわよ」
少しでも寄り道をすればアウトだが、決まった道を同じように歩くくらいの事は出来るのだ。あとこれでも一応帰巣本能はあるのか、日が暮れ始めると自然に孤児院まで帰っている事が多々あるので問題も無い。
……そりゃまあ、魔法が使えない分不審者を相手にする時にアタシが不利過ぎるのは事実だけど。
「確かに魔法は使えないけど、だからってそう心配されるような危険は」
「迷うよね、リーリカ」
「うぐ」
事実過ぎて言い返せない。
実際カーナが少し離れただけで迷子になりかける事も多々あるし、迷っている時に助けられた事も多々あるのだ。そりゃもう、校内で迷子になった時などはセンサーでも搭載されているのかと思うくらい的確に迎えに来てくれる。
「絶対迷子になってると思ったから」
毎回そう言われるのは腑に落ちないが。
……ノヴィコヴァ家から教会までの帰り道を知らないのもまた事実な分、言い返せないわね……。
「とにかく、姉さんは使用人が迎えに来るから。リーリカは俺と帰るよ」
「でもでもでも!」
……使用人って、確実にあの男じゃない!
出来るだけナージャと一诺を一緒にしたくはない。だってアイツは刺客だから。敵だから。ナージャを害する可能性があるからこそ、出来るだけナージャから引き離したい。
屋敷でずっと一緒に居るという部分はどうしようも無いにしても、せめて他の時間くらいは。
「それ以前にもうチャイム鳴りそうだから、本当に早くクラスに戻りたい」
駄々を捏ねるリーリカにもいつも通りの表情を崩さず、カーナは静かな声でそう言った。本気でそう思っているのがわかるトーンだった。
……気を抜いてる上に静かな声でありながら疲れたような溜め息混じりって、声優さんのクオリティ凄いわね……。
現実に存在しているとわかってはいるが、どうしても声優に結びつけてしまう。今は声優が声を当てて演じているのでは無い、百パーセントオリジナルと言えるカーナなのに。
……駄目ね、あんまりそうやって作り物だと認識しちゃうのは。
リーリカも今ここで、この世界で生きているのだから。作り物だというフィルターを通して見るのは失礼だろう。姉だってよく言っていた。
失礼な事はしちゃいけません、と。
「ここ俺達のクラスから結構距離あるし、この後の授業の先生遅刻にうるさいし」
「……そういえばそうだったわね」
カーナが迎えに来る時、その理由がまた納得の行くものばかりなのが困りものだ。
拒絶出来ない理由ばかりだから従うしかない。もう少しナージャと共に居たいが、それで叱られるのも迷惑を掛けるのも良くないとわかるから。
「また!また来ますねお姉様!次こそ一緒に帰りましょう!」
「……!」
ビクリ、とナージャの肩が跳ねる。それはリーリカがまたもや無意識に手を伸ばしていたからだ。リーリカの手はナージャの手を取ろうとして、
「はいはい、リーリカは俺と帰ろうね」
「ぎゃあっ!?」
カーナはリーリカを肩に担ぎ上げた。無意識にナージャの手を取ろうとしていたリーリカを止めたかったのか、本気で遅刻しそうだと判断したのかはわからない。そのくらいカーナの表情は、いつも通りのぼんやりした表情だった。
少し眠そうな、いつもの顔。
「じゃあさっさと戻るよ」
「こら!ちょ、カーナ!?戻るのはわかったけど下ろしなさいよ!」
教室内にも、廊下にも生徒が沢山居るのだ。
「下ろしたらリーリカ、また姉さんのとこに行くかもしれないし」
「行かないわよもう!アタシだって遅刻したくないし!」
「どうだか」
「というかそれ以前にスカート!スカート!」
この学校はスカートの改造が許されているので、リーリカはミニスカートにしていた。そして現在は俵担ぎ状態。つまり思いっきりパンツが生徒達に御開帳されてしまう。それは普通に物凄く嫌だった。
リーリカにも人並みの羞恥心は当然ながら存在している。
「大丈夫大丈夫」
「何が!?」
「前に言ったよね、俺の得意魔法」
「得意魔法?」
リーリカは前にカーナとした雑談を思い出す。
「……闇魔法、だっけ」
「うん、そう」
……アタシがプレイした無印版じゃその情報無かったけど、この情報って増量版のものなのかしら。
デウス・エクス・マキナがその辺りを教えてくれないので、リーリカにそれを知る術は無かった。
「リーリカのスカートの中に闇を発生させて隠してるから、見えないようになってるよ」
「おお、全年齢向けの配慮ね……」
「全年齢向け?」
リーリカの言葉に、カーナはよくわからないとでも言うように首を傾げた。
・
下校の際、リーリカとカーナは前に約束したケーキ屋に寄っていた。
オープンしたばかりの店なだけあって混んでいたが、カーナは貴族なだけあって貴族用の席に通してもらえた。勿論一緒のリーリカもだ。
カーナの奢りで美味しいケーキを食べる事が出来たリーリカは、孤児院の皆へのお土産を持ってご機嫌で歩く。
「楽しそうだね、リーリカ」
「それは勿論、楽しいわよ!カーナは大切な大親友なんだもの!奢ってまでもらっちゃったし!」
「現金だなあ」
そう言いながらも、カーナは少年らしい笑みを浮かべていた。
「あ、でもお姉様が居たらその分もっと楽しかったかしら?人数が多い方が楽しさって増すわよね」
「……そう?」
先程までの笑みはどこへ行ったのか、カーナはつまらなそうな顔になる。
「何よその顔。大勢でわいわいした方が楽しいじゃない。特にお姉様に関してはまだあんまり知る事が出来てないから、もっと沢山色々な事を聞きたいわ!」
「リーリカ」
孤児院用のお土産であり、リーリカが持っている方よりも重い方を持っているカーナはリーリカをぐいっと抱き寄せた。そして不満げな顔のまま、リーリカの頭に顎を乗せる。
お土産を持っていない方の腕はリーリカの首に回された。
「え、ちょ、いきなり何?」
「俺と一緒に帰って俺の事を知るんじゃ駄目?俺なら何でも答えるのに」
拗ねた声に、リーリカはもしやと思う。
「……もしかしてカーナ、人が多いの嫌いだったりするの?」
「……………………」
無言のまま、カーナはコクリと頷いた。頭頂部に触れている顎の動きからリーリカにもそれがわかった。
「そっかー、大勢苦手なタイプかー……ってそれ初耳よ!?え、もしかしてアタシの騒がしさとか駄目なタイプだったりする?」
リーリカにもそういった考えくらいはある。基本的に控えめで静かな姉が、よく言っていたから。
「紡は可愛くて大事な妹だからこうして可愛がって愛せるけど、他人だったらきっと無理でしょうね。妹だから可愛い可愛いって思いますけど、もし他人だったら多分私は避けますよ。絶対苦手なタイプですもん」
「妹抱き締めながらそういう事言う!?」
疲れていたせいで漏れた本音なのだろうが、普通にショックはショックだった。事実姉は自分のようなタイプを苦手としている事も知っているから否定も出来ない。ほけほけとした笑みで言う言葉じゃない、とあの時は叫んだものだ。
もしかしてカーナもそういうタイプなのか、とリーリカは不安になった。
……アタシ、思いっきり騒がしくしちゃってたんだけど……!
「いや、騒がしいのは別に。リーリカだし」
「大勢苦手で騒がしいのは平気ってどういう事よ」
「んー、リーリカだからって部分を気にして欲しかったけど……まあ良いか」
「は?」
よくわからない。
……アタシがリーリカだからって事かしら?
成る程、とリーリカは納得した。
……にしても何でカーナはこんな抱き着き方をしてるわけ?
完全に乙女ゲームの恋愛イベントで発生するスチル。しかしカーナは友人でありモブキャラクター枠なのでシステム上、好感度は存在しない。リーリカもまたカーナを完全に友人として見ている為、ドキドキもしなかった。
友人同士特有の距離感、子猫がじゃれ合うような感覚に近い。
「…………って、あれ」
……アイツは……!
ぶわり、と一瞬でリーリカの中に敵意や殺意が膨れ上がる。
「ん?あ、一诺だ」
そう、一诺。
ナージャの専属使用人であり専属の付き人。そして分家からの刺客でありナージャを不幸にする筆頭。そんな男が町中に居た。
否、居るのは当然なのだろう。
それでもリーリカは許せない。一诺が居なければ、ナージャがピンチになる事だって無いはず。なのに無駄にファン人気が高いキャラクターである事が、尚の事リーリカの中で一诺への殺意に薪をくべていた。
……変な触覚生えてる癖に……!
ギリギリギリ、とリーリカは内心で歯噛みする。
一诺は両耳の上辺りから癖毛のような触覚のような髪がしゅるんと出ているのだ。それは長い襟足をくるくる交差するように囲っていて、本当に乙女ゲームに登場するキャラクターなのかと何度か思った。
絶対に個性豊かなキャラクターが多数登場するソシャゲに出て来るキャラにしか思えない。
……というかそういうのは可愛い女の子にありそうな髪型であって、うう、クソ、女顔野郎の癖に……!
殺意や敵意が前に出過ぎて、罵倒の語彙が出てこない。そして一诺は女顔というよりも、造形が整っているが故に女性とも思えるような美しさがあるというだけだ。実際、化粧をすれば女性と言い張れそうな顔ではあるが。
「……リーリカ、どうかした?さっきから一诺の事凝視してるけど」
リーリカの首に腕を回したまま、カーナはリーリカの顔を覗き込む。
「好みの顔だった?」
「んなワケ無いでしょ」
「わお」
それは本気の拒絶に満ちた低い声だった。リーリカらしくないその態度や声に、カーナは目をパチクリとさせる。
「視界に入れるだけで殺意が湧くわ。反吐が出るってこういう気分を言うんでしょうねってくらいには」
「リーリカ、東洋人嫌い?」
「東洋人は別に嫌いじゃないわよ」
リーリカ自身、前世は日本人だった。つまりは東洋人だ。そもそも日本人であるリーリカは外国人を全部外国人と括っているので、東洋の顔つきだろうが西洋の顔つきだろうが全部外国人でしかない。
「でも、あの男は嫌い。生理的に嫌悪感しか湧かないわ」
そう言っている間に、一诺は人混みの中に消えて行った。それでも尚リーリカの中の敵意の炎は落ち着かない。
「んー……」
そんなリーリカの顔を覗き込んで、カーナはいつも通りの顔で首を傾げる。
「何で?」
「何でって、生理的にって言ったでしょ?まあ強いて言うなら、あの男がお姉様に付きっ切りってところでしょうね……!」
ナージャを害するというのもそうだが、これも確かに理由の一つなのだ。
「アタシだってお姉様と一緒に居たいのに!ずるい!アイツだって仕事だからお姉様が許してるだけで本当は嫌がられてるに違いないわ!というかそう思わないと憎しみで殺意が湧く!」
ゲーム本編では会話の節々からナージャが一诺を信頼している事がわかるので、それは無いのだとわかっている。匂わせどころじゃないレベルで一诺への好意だけは素直に告げるのがナージャなのだ。
だからこそ、リーリカは一诺が憎かった。
「……リーリカは本当に姉さんが好きだね」
「ええ、大好き!是非とも幸せになってほしいわ!ああいう人こそが幸せになるべき人のはずだもの!」
……そう、あんな沢山ある不幸なバッドエンドなんかには絶対にさせないんだから。
「ふぅん」
そんなリーリカの燃え上がるようなテンションを意にも介していないのか、カーナはいつも通りのテンションでそう返した。
「カーナだってそう思うでしょう?」
「……姉さんにはリーリカみたく、他に幸せを願う人が沢山居るからね。だから、俺は別に。俺は器が狭いから、自分の幸せを願うので精いっぱいだし」
「あら、そうなの?」
ゲームのプレイ時、カーナにはよく話し掛けた。時間を経過させるのに丁度良かったから。それでもそんな話は、初めて聞いた。
増量版で増えた会話なのだろうか。
……でもカーナが自分の幸せを願うので手一杯なら、その分も大親友であるアタシが協力すべきよね!ええ、手が足りないならアタシが手を貸せば良いんだもの!
少なくとも、手を貸せないからこそ手が無いデウス・エクス・マキナとは違い、リーリカには自由に動く二つの手があるのだから。
「じゃあお姉様の幸せを願うと同時に、カーナの幸せも願おうかしら。一人で願うより、アタシの分の願いも上乗せした方がずっと良いでしょ?」
カーナを見上げ、リーリカはニッと笑う。
「アタシが願えば、きっと叶うわ!」
「……うん」
リーリカの言葉に、カーナも笑う。
「リーリカが願ってくれるなら、きっと叶うよ」
そう言うカーナの笑みは、口の端をギィッと吊り上げたような笑みだった。歪な、けれど心の底から笑っているような。残念ながらテンションがノリノリなリーリカは、その笑みが歪んでいる事に気付けない。
キリキリカチャカチャ。
近くの店に置いてあるオルゴールから、そんな歯車の音がした。その音はすぐにオルゴールの音に呑み込まれる。
リーリカは、気付かない。