リーリカは原作を待つ
リボンでツインテールに纏めたピンク色の髪を揺らし、少女はご機嫌で教会の掃除をする。
「ふん、ふん♪」
彼女はリーリカ。
過去に教会の前に捨てられていた孤児であり、明日ロマーシカ魔法学校に入学する少女だ。ロマーシカ魔法学校とは貴族が集まる魔法学校の為、普通孤児であるリーリカは絶対に通えないだろう場所。けれどリーリカは特待生として通う事が許された。
「今日は素敵な予知が視れちゃったわ!」
……あの人と出会える夢!
それは全て、リーリカが持つ予知能力によるものだった。
リーリカには残念ながら魔法の才能が無い。普通の魔法学校にすら通えない落ちこぼれ。魔法を扱う才能が無いから捨てられたのでは、と思われる程には才能が無かった。けれど彼女は唯一、予知能力を有していた。どれだけ優れた魔法使いでも予知は出来ないのに、彼女は出来た。
それ故に、彼女はロマーシカ魔法学校へと通う事になれたのだ。
……ああ、やっと会えるわ……高嶺の希望に出て来るヒロイン、ナージャ様に!
リーリカには前世があった。枝戸紡。それがリーリカの前世での名前である。彼女は友人に布教されまくって唯一手を出した乙女ゲーム、「高嶺の希望」のファンだった。
だって嵌まらざるを得ない。
魔法が出て来るファンタジーな世界が素敵。多種多様なイケメンが出て来るのが素敵。それは当然だ。そういった非日常感こそが乙女ゲームの醍醐味なのだから。
けれどリーリカが高嶺の希望にのめり込んだ理由は、それでは無い。
……ああもう!ナージャ様を……お姉様を幸せにしたいったらないわ!
高嶺の希望に登場する令嬢、ナージャが居たから嵌まったのだ。
この乙女ゲームは中々に不思議というか、主人公を差し置いてナージャの方がヒロインっぽいシナリオとなっている。攻略対象は三人と、昨今攻略対象平均五人以上がザラである乙女ゲーム界からすれば少な目。なのに人気投票ではナージャの人気の方が圧勝だった。
それはもう、主人公であるリーリカよりもずっと大人気。
……でも仕方ないわよね、お姉様だもの。
ロマーシカ魔法学校は十五歳から入学出来る学校。主人公が入学した時、ナージャは三年生。つまり先輩。よくある乙女ゲームならばライバルの悪役令嬢ポジション。リーリカだって初見時は見た目の特徴から、ああこれは最近流行りの悪役令嬢だなと思ったくらいにはビジュアルがビジュアルだった。
だって、目が物凄く何かを企んでいそうだった。
青い髪を後ろで一本の三つ編みにしている辺りは新鮮だったが、目が物凄く悪人っぽかった。豊満な胸というグラマラスボディ以上に目がアウト。絶対何か裏で企んでるだろう、と思う目。含みがあるようにしか思えない目をしているのがナージャだったから、リーリカだってプレイする時は物凄く警戒した。
けれど、それはただの杞憂に過ぎなかった。
……お姉様、垂れ目過ぎてちょっと微笑むだけで何かを企んでいるような顔になるのよね……。
プレイすればすぐにわかるが、ナージャはとても良い人だった。下がり眉がデフォルトで、常に微笑みを浮かべている。その微笑みが何かを企んでいるような目に見えてしまうのだが、性格はとても穏和だった。控えめで、それこそ深窓の令嬢のようなキャラクター。
そんなナージャだからこそ、ファンが多い。
……というか、ファンにならざるを得ないっていうか。
ここで一旦攻略対象の話をしよう。
まず一人目はヴァレーラ・マショー。イメージカラーは赤色で、ヒーローのように長く赤いマフラーがトレードマーク。貴族らしくないガサツさがあるものの、熱血漢なお兄ちゃんタイプ。とある過去により頼れる兄のような人になろうとしているが、熱血さが隠しきれていないキャラクター。
ちなみに二年留年しているのだが、それは後述。
二人目はゴーシャ・ボーン。イメージカラーは銀色で、氷の結晶が繋がったようなアンクレットを身につけている。彼はロマーシカ魔法学校では無く、一般人向けのパトソールニチニク魔法学校に通っている。クールなようでぽやんとした雰囲気のうっかり屋な性格だ。
お察しの通り、彼は貴族では無い一般人枠。
三人目はラヴィル・ノヴィコヴァ。イメージカラーは黄色で、カモミールデザインのピアスがよく似合う。人見知りしない癒し系でついつい甘やかしたくなると評判だが、これでも一応主人公より一つ年上。ファミリーネームでお察しだろうが、ナージャの従弟であり本家筋のナージャとは違って分家筋。
そして彼のルートが一番ヤベェ。
……キャラの攻略ルート、全部にお姉様が絡むのよね。
ヴァレーラはかつてナージャを泣かせてしまい、接触禁止を言い渡された。それ以来、謝罪をしようとしても手紙を出す事すら禁じられている。けれどロマーシカ魔法学校の中で会ってしまうのは不可抗力扱いでセーフだから、生徒である内にどうにか接触して謝りたい。
それがヴァレーラルートだ。
ちなみに留年しているのもそれが理由である。本来一年しか猶予が無いのに運命のいたずらなのかまったくもって接触出来ず、しかもこの機を逃せば一生謝罪が出来ない。ヴァレーラはそう思い、留年する事で期間を伸ばした。
まあそれでも接触出来ないのだが。
主人公がヴァレーラを攻略する場合、その謝罪に協力する、というシナリオとなっている。両方と仲を深めつつ場所を用意しタイミングを取り計らったり、ヴァレーラが謝罪する時にまたナージャを泣かせないよう謝罪内容の添削をしたり。
……頼れるお兄ちゃんであろうとしてるから最初は頼れるお兄ちゃんっぽく思えるけど、少し会話するだけでヴァレーラの素は結構子供っぽいっていうのがわかっちゃうっていう。
次のゴーシャは一番まともかつ正統派で落ち着く、と評判だ。何せナージャとの確執がまったく無い。偶然ナージャを見かけて声を掛けるも、付き人が威嚇してきて碌な会話も出来ずに終わる。しかしそれ以来あの穏やかそうな貴族の事が気になって、というのがゴーシャルート。
つまり主人公であるリーリカの仕事は、彼らを引き合わせてお茶とかさせてあげるくらい。
誘拐されそうになるナージャを助けて感謝され、その姿を見て主人公が身を引く。けれどゴーシャは主人公を追いかけてきて、彼女に対しては憧れでしかなくて恋をした相手はあなたなんです、というシナリオ。
次のラヴィルルートを思うと、本当に平和なシナリオだった。
……この作品、お姉様に対しての試練が酷いのよね。
ラヴィルのルートは本当に酷い。トラウマルートと名高いのが彼のルートなのだが、ラヴィル自身に非が一切無いのが一番酷いと言えるだろう。どういう事かと言えば、彼の父と兄二人が外道過ぎる。そのせいでラヴィルは学校でいじめまで受けていた。
そりゃ家を出されるというか、分家を名乗らせて本当に良いのかと思うくらいにはラヴィルの家族は外道だった。
ラヴィルのルートではハッピーエンドに行ければ良いのだが、どうにもバッドエンドに行きやすい。そしてバッドエンドの種類が多い上に全てのルートでナージャが酷い目に遭う。正直言ってラヴィルルートのバッドエンドに登場する外道三人衆のせいで対象年齢が跳ね上がったのだと思う。
「……それもこれも全部、あの男のせい……!」
リーリカの手の中で、ホウキの柄がミシリと音を立てた。
全てはナージャの付き人である、一诺のせいだ。あの男はラヴィルの父親が仕向けた刺客で、ナージャの生活全てを世話していた。羨ましい。いや羨ましいじゃなくて、いや事実だがそうではなく、問題は思想に刷り込みが出来た部分。
……お姉様はあの男を信頼してたっていうのに……!
シナリオの中、ナージャから一诺への信頼はあちこちで見受けられた。けれど一诺はラヴィルの父親が仕向けた刺客。その為、作中では度々一诺が邪魔なキャラとして立ちはだかってくる。
正直言って悪役令嬢の方がまだ優しいと思えるくらいには壁だった。
この乙女ゲームではバトルがあり、どれだけキャラクターと会話をして好感度を上げるかによってキャラの強さが変動する。そして一诺はとんでもなく強いラスボスだった。正直言ってバトル面でのトラウマは間違い無くアイツだろう。
そう、全ての元凶。
……アイツが居なければお姉様は悲惨な結末を迎えなくて済んだ……!
作中のシナリオでは、ナージャはよく攫われる。誘拐されて、主人公と攻略対象で助けに行く、というのがどのルートでも存在するのだ。そして誘拐犯は全て分家の関係者。本来付き人が居れば発生しないだろうその誘拐は、付き人である一诺が手配した誘拐なのだろう。
全てはラヴィルの父親、またはラヴィルの兄達がナージャを手籠めにする為に。
……あ、無理、殺意湧くわねこれ。
リーリカは深呼吸をして、ミシミシとホウキの寿命を縮める手から力を抜く。
これこそがリーリカが一诺に抱く殺意の理由だ。ラヴィルのバッドエンドルートのとびきり最悪なルートでは、ナージャがラヴィルの兄によって孕ませられる。いつも微笑みを浮かべていたナージャがレイプ目状態で無表情になり、赤子を抱いているスチルで終わるというトラウマ必至なルート。しかもナージャの隣には外道兄その一が悪役度MAXな笑みを浮かべて座っていた。
プレイを実況配信していた実況者がそのルートに行ってしまった時リアルで一週間嘆いた為、伝説扱いされたくらいだ。
ナージャは基本的に、学校生活に慣れていないリーリカにちょいちょいフォローを入れてくれる。攻略対象と仲良くなる理由にもなる。正直言ってプレイヤーとしては途中「あれ?これってナージャと攻略対象をくっつけるゲームだったっけ?」となる事が多々あるが、しかしナージャが居るからこそ進展出来るとも言えるのだ。
……ヒロインよりもヒロインしてるから、ファンからはヒロイン令嬢とも言われてたっけ。
「にしても本当に腹が立つというか……」
リーリカはあの外道側について色々暗躍したり壁として現れたりするラスボス、一诺が大嫌いだった。
完全なる地雷であり敵。確かに顔は良いのだが、明らかに人が良いように見せかけているだけの胡散臭男フェイス。狐目で貼り付けたような笑みがデフォルトとか、完全に裏切り者ですよ感満載過ぎる。
「必ずやあの男からお姉様を救い出して、ハッピーエンドに繋げてみせるんだから……!」
「お前は随分と独り言が多いな。普通にうるせえよ」
「あ」
リーリカが声のした方に振り向けば、宙に浮かぶ人影があった。
「デウス!」
「デウス・エクス・マキナだっつってんだろ。正式名称で呼びやがれ。一応主神だぞ主神。人間が人間達の物語を終わる為だけに作り上げた神だけどな」
よくある口調でありながら、温度が無く淡々と紡がれるその言葉。宙に浮きながらそう語るのは、この教会に住まう神、デウス・エクス・マキナだった。彼もまた高嶺の希望に登場するキャラクターであり、神の姿が見えて声が聞こえるリーリカに助言をしてくれるお助けキャラ。
とはいえ助言は曖昧な物が多く、プレイヤーからは攻略本の方がマシと言われていたが。
「にしてもまあ、お姉様……ナージャ・ノヴィコヴァを救い出す、なあ」
キリキリキリ、とデウス・エクス・マキナの周囲にある歯車が回る。
彼のデザインは、かなり変わっていた。一見すれば宙に浮いている美少年なのだが、よくよく見ると全てが普通では無いのだ。周辺に大小様々な歯車が浮いていてキリキリカチャカチャ動いている以上に、普通じゃない。
まず頭。
緑色をした普通のショートヘア、と思いきや髪の中からチューブのような物が複数伸びている。それは背後の一際大きい歯車に繋がっており、まるで人型の体が歯車からぶら下がっているよう。さながら、マリオネットのように。
次に目。
普通のつり目だが、よく見なくとも目の色が反転している。黒目は白く、白目は黒く。ハイライトが入っているように見えて、ハイライト部分もまた歯車だ。頬と耳は完全に機械なのか、耳はヘッドホンのような形をしている。頬の辺りも、その部分だけ機械の中身が露出したかのように黒く硬い。
……まあ、実際に触れた事は無いから他の部分が本当に柔らかいかは知らないんだけど。
万が一全部が機械のように硬かったらSAN値チェックが発生しそうだ。とはいえ、その可能性は高いんだろうなあ、ともリーリカは思っている。何せ見た目が人間らしくないのだ。周囲に浮いている歯車だけじゃなく、ヘッドホンのような耳に鉄っぽい頬だけじゃなく、全部が。
例えば腕。
デウス・エクス・マキナに腕は無い。軍服のような服を着ているが、腕が無いのだ。肩まではあるのに腕が無い。服にも袖は無く、腕が無い体に合わせて作られたかのようなデザイン。
最後に足。
少年らしさの表れか、デウス・エクス・マキナはとても短いズボンを履いている。ショートパンツどころかホットパンツ。そこから伸びる足は、太ももまではまだ普通。普通じゃないのは、太ももから下。
そこから下は、鉄で出来ていた。
太ももの途中から、塗装が剥げたかのように鉄色が剥き出しになっている。膝は完全に鉄で出来た球体関節で、そこから下は先が尖った鉄の棒が伸びている、といった印象だ。基本的に宙に浮いて空気椅子のような体勢で居る為その足で立って歩いている姿を見た事は無いが、イラストでは無く直に見ていると何とも違和感が強いビジュアル。
……乙女ゲームに出て来るビジュアルかって考えると、微妙よね。
口調は普通なのに声は棒読みかと思う程に淡々としていて機械的。感情があるかのような口ぶりなのに無表情。一見すれば人間なのに、全てにおいて人間らしくない見た目。
まあそれでも、コアな人気はあるようだったが。
「しかしまあ、この機械装置は都合の良い終わりを演出する神様として作られてる。だからこの機械装置は全てを理解し、全てをエンディングへと導く存在。必然的にお前がリーリカでありリーリカでは無い、観測世界側の人間だって事も理解してるさ」
「だったら何よ」
神相手に不遜極まりない態度だが、リーリカは知っている。この神はそういった態度を気にしない存在だと。公式ファンブックでも語られていたが、とにかく作り物なのだ、この神は。だから教会の孤児院で生活するリーリカが不敬な態度を取ろうとも気にしない。
その程度で感情が動く程、人間的では無いのだ。
……一人称が「この機械装置」って辺り、相当に機械的って言うか……。
「お前が憎む一诺。あの男ってよ、随分な人気者だったろ?」
「……ええ、そうよ」
リーリカは舌打ちをした。
そう、一诺は中々に人気だった。見た目が良いのと、刺客として敵対するまではそれはもうナージャと仲が良かったからだ。ナージャが深い信頼を向けているのも要所要所でわかる為、プレイヤー達は一诺とナージャのラブな二次創作を大量に生産していた。
一诺とナージャのハッピーエンドが欲しい、と。
けれどリーリカはそうは思わない。リーリカにとって、一诺とはナージャを不幸にする戦犯だった。原因だった。リーリカは、一诺には憎しみしか抱けない。
「憎しみ、なあ」
リーリカの心を読んだらしいデウス・エクス・マキナは、教会の天井付近を浮きながら移動する。海の上で浮き輪に座って流されるように、ゆらゆらと。
「リーリカ。お前、お前の死因は覚えてっか」
「思い出したくも無いくらいにはね」
……そう、思い出したくも無い。
リーリカ、否、枝戸紡は死因をしっかりと覚えている。
あの日は高嶺の希望増量版の発売日だったから。増量版とはつまり続編の事だ。対応機種の変更と共にシナリオと攻略対象が増量されるという物。
ファン待望のルートが解禁とお知らせされていた為、とても楽しみだった。
彼女はネタバレを嫌ったので、発売されるまで公式サイトのキャラクターすらも確認しなかった。何も知らないままでプレイしたかったから。
けれど、それは出来なかった。
ゲームを購入して、ゲーム機にセットしたまでは良かった。そのタイミングでインターホンが鳴ったのだ。唯一の家族である姉は丁度夜勤明けで爆睡していて、一度寝たら一定時間が経つまで起きないタイプ。自分も大学費や趣味の為にバイトをしているとはいえ、姉は妹である紡の為にと紡以上に働いていた。だから紡が出た。
そうして、腹を刺されて死んだのだ。
……思い出したくも無いけれど、覚えてるわ。
来たのは、殺人強盗だった。玄関を開けた紡の腹を刺して喉を裂かれた。悲鳴を上げる間も無かった。どくどくと血を流しながら玄関に倒れ込み、家の中に入り込んだ強盗の足をずっと見ていた。
……お姉ちゃん、大丈夫だったかな。
意識が途切れて途中から先の記憶が無くてわからないが、もしあの強盗が寝ている姉の部屋に行けば、きっと姉を殺すだろう。だから姉が無事であれば良いのに、と思う。無事であれば無事であったで、姉が自分の時間や体力全てを削って育ててくれた自分の死体を見る事になるのかと思うと、それも辛いが。
寝ている間に家が荒らされ、我が子のように育てた妹が死んでいる。
「普通ならそんな状況になった場合、錯乱して死にそうだけどな。寝起きにはショックがデカいだろ」
「うるさいわね、もう。心を読まないでよ」
「お前の心が勝手に読まれに来てんだよ。それに死んでたとしても、深い眠りについているところを一撃だ。痛みも無く自覚も無く死ねただろうぜ」
「死ねただろうとか言わないでってば!」
「お前達人間は終わらせ方がわからない時、この機械装置を用いて全ての命を終わらせる事で強制的に物語を終わらせる事も多々あるんだが……そう思うと、死ねるってのはお前が思う程不幸じゃないのかもしれねーぜ?今お前が好きだったゲームの世界に居て、楽しもうとしているようにな」
……楽しむ以外にどうしろってのよ。
リーリカはデウス・エクス・マキナの言い分にイラッとした。死んだ事を嘆いてもどうしようもない。作り物の世界を憂いてもどうにもならない。だったらいっそ開き直って今を楽しみ、今を生きて、未来を幸せにするだけだ。
「お前が思っている世界じゃないかもしれないのに?」
「……そりゃ、アタシ達が過ごす現実である以上、ゲームの世界とは違うかもしれないけど」
「あー、そういう意味じゃねーんだよなー。まあ良いか。この機械装置は口を出すだけ。手は貸さないから手を持たず、だ。お前がゲームシナリオのエンディングに行く為の口出しはするし、終わってから助言もするのがこの機械装置」
そう言いながら、デウス・エクス・マキナは溶けるように消えていく。いつでも教会に居るというのに、その姿が見えるのはリーリカだけ。しかしデウス・エクス・マキナは、リーリカにも見えないようになれるのだ。
会話に飽きると、いつもそうやって消えていく。
「だが、覚えておけよ」
消え行く中、デウス・エクス・マキナは言う。
「リーリカ!お昼の時間よー!」
「あ、はーい!」
リーリカが孤児院仲間にそう返している間に、デウス・エクス・マキナは消えていた。何を言ったのかは聞き取れなかった。
……ま、そう大した事でも無いでしょ。
デウス・エクス・マキナはいつだってまどろっこしい。シナリオではナージャが誘拐された時に彼が教えてくれる事も多々あるので、シナリオ的にはとても助かるデウス・エクス・マキナ。けれどその助言は酷くわかりにくく、実際に発生してからこういう事かと頭を抱える事も多い。
つまり聞こえていても理解出来ないだろうから、とリーリカは流す事にした。
「現実である以上今回限り。ここにはリセットもロードも存在しないんだ、って事をな」
そんなデウス・エクス・マキナの言葉は、誰にも聞かれず空気に溶けた。
リーリカがその言葉を聞かなかった事は当然ながらデウス・エクス・マキナも気付いていたが、彼は言わない。手出しをする手は無くとも、口出しをする口はある。しかし助言はここぞという時に一度だけ言うものだから。
「さてさて、誰にとってのハッピーエンドに転がるか。リーリカはファンブックもインタビューも暗記してるって豪語してたが、ここはゲームの中でありながらリアルの世界。しかも増量版対応でかなりの変更が加えられた上にエンド数も膨大に増えてるっつー」
ふわりふわりと、デウス・エクス・マキナは宙に浮いてゆらゆら揺れる。キリキリカチャカチャと周囲に浮かぶ歯車が硬質な音を立てた。
「ま、良いさ。この機械装置は観賞好きだが、特に誰に肩入れする事も無い。楽しめればそれで良いしな。この世界線がどんなエンディングを迎えるか、楽しませてもらうとすっか」
淡々と、機械的に。リーリカが去って誰も居ない教会の中を泳ぐように浮きながら、デウス・エクス・マキナは無表情のままそう独り言ちた。
主人公の知らないところで色々な事が動き始めます。