『旧ヴァレンハイト領での雨宿り』1414/05/26
土地の性質は、時として数字で表すことが出来る。
緯度や経度、標高はもちろんのこと、温度や湿度などもその土地を知る手助けになるだろう。
そして『こちら』にはもう一つ、土地のことを考えるにおいて重要な指標がある。
『魔素濃度』だ。
「雨、いつまで降るんだろうな」
「アタシが知るわけないだろう」
旧ヴァレンハイト領に進入して数日が経ったある日、私とベルカは雨にやり込められて立ち往生していた。
「ただでさえ大気中に濃く溜まった魔素が、雨水に凝縮されて降ってくるんだ。やり過ごすしかない」
一時の宿りとしているのは、ハイアストラ山でも見たワーム岩の小型版。
鎌首をもたげた蛇のような形をした岩に、簡易の屋根が取り付けてある。
元々はキャラバンの休憩地点だったのだろうか。
かつては団体様一つ分ぐらいあっただろう屋根も朽ちかけて穴だらけだ。
……それにしても、よく降る雨だ。
見渡す限りに仄黒い暗雲が立ち込めて、気分がどんよりとする。
私がぼやいていると、ベルカは寝転がりながらパチンと指を弾いた。
「それだよ」
何が?
「鬱々とする『どんより』感。今度はそれをテーマに絵を描くといい」
……なるほど。
このどん詰まりな気分を絵に昇華するのは良いかもしれない。
どうすれば絵にその感じが出るかを考えながら、私は絵描き鞄を開いた。
技法書によると、絵の中のアイレベルを高く、地平線を高くして地面が大きく映るような視点にすると、より閉塞感が出るらしい。
だが、このどんより感はむしろ空と、空に浮かぶ『アレ』のせいだろう。
分厚い空と『アレ』を中心に、私は構図を思い描く。
『旧ヴァレンハイト領での雨宿り』
ヴァレンハイト城の上空に輝く魔素の奔流は『サイン』の一種だ。
『サイン』とは、A級以上の特異点に現れる超魔術現象のこと。
今回の場合は、アルタァベルトの濃厚な魔素によってヴァレンハイトの魔術機構が暴走し、巨大な意識を持ち始めている兆しとして現れている。
私たちの旅の目的は、アレを鎮めることにある。
……それはさておき、絵の出来についてベルカに訊ねてみる。
曇り空と遥か彼方に輝く『サイン』の威容。
閉塞感……と言うか、圧迫感が上手く出ているんじゃないだろうか。
「んー、まあ、ちゃんと狙って描けてるんじゃないかな。それにしても、今回は『テクスチャ』をゴリゴリ使ってるね」
その通り。
覚えた技術はとにかく使ってみたいもの。
まだまだ使い足りないぐらいだ。
「まあいいんじゃないか。そうやってあちこちに手を出していくうちに練れてきて、技術の使いどころが分かってくるはずさ」
……棘のある言い方だが、まあいい。
「ただ、ちょっと近景が寂しいねぇ。アンタの癖かもしれないが、近場に草が一本あるだけでもだいぶ印象が違ってくるはずだよ。画面全体の情報量を制御するんだ」
随分と難しいことを言う。
ベルカめ、やはりただ者ではないのか……?
そんなことを考えていると、ベルカが動き出した。
「ほら行くよ、雲の切れ間だ。また降り出さないうちに次のワーム岩まで進んじまおう」
いつの間にか、雲の隙間から青空がのぞいていた。
急いで荷物をまとめると、私たちはぬかるんだ草原へと駆け出した。
「ア、アンタ……今、何を……ッ?」
「何って、Ctrl+Zで絵の時間を巻き戻しただけだが?」