『ハイアストラ城塞跡にて』1414/05/22
ようやく魔石鉱を抜け、ハイアストラ山の向こう側にたどり着いた。
予定とは異なる地点から地上に出る羽目になったが、どうにか軌道修正できそうだ。
そこは雲海の上。
久々の青空が視界一杯に広がって気持ちがいい。
「この先、ハイアストラ城塞跡を突っ切ろう。廃都ヴァレンハイトが都として栄えるさらに前の時代に築かれた代物で、一時期は山賊の根城になったりもしたらしい」
ベルカの話を聞いて、少し興味が湧いた。
アルタァベルトとなった今ではもぬけの殻だろうが、それがいい。
古い時代の建物、特に廃墟には『こちら』に流れて来る前から憧れがあった。
危なくないようだったら、歩き回ってみたい。
「別にアタシはいいけど、廃墟なんてこの先イヤと言うほど見ることになるんだよ?」
だからこそ、飽きる前に堪能したいのだ。
「ふぅん。まあ、好きにすれば?」
ベルカは呆れ気味に息を吐いた。
雲に半ば埋もれた城塞跡を歩き回っていると、奇妙な寂しさと共に澄み渡った青空が恨めしくなってくる。
なるほど、廃墟だ。
世の中には、本当の本当に、時間の流れから忘れ去られたような遺跡廃墟が存在するのだ。
そんな当たり前のことに、なぜだか感動してしまった。
「あんまり歩き回ると崩れるかもしれないよ。気を付けな」
はは、子供じゃあるまいし。
私は心の中で舌を出しつつ、夢中で城塞跡を歩き回った。
その中で、見つけた。
城塞跡の片隅、連絡通路で繋がれた先に朽ちた見張り台が建っている。
ただでさえ物寂しい廃墟の、さらにその片隅。
何だろう、それを見ていると無性に絵が描きたくなってくる。
独りではきっと寂しいだろう、絵にして持って帰ってあげたい。
そんな気持ちになる不思議な場所だった。
「絵を描くのかい。じゃあ、アタシはその辺で昼寝でもしてるから」
ベルカのお許しも出たことだし、私は早速、絵描き道具の鞄を開いた。
『ハイアストラ城塞跡にて』
お、ちょっと良いんじゃないか?
廃墟の質感を出すのにちょっと『テクスチャ』を使ってみたが、かなり具合が良い。
ちょっとズルいかもだが、旅の途中で描いてるのだから時間は節約していこう。
唯一の懸念はベルカの小言だが、
「へぇ、便利な力だねえ」
お咎めは無し。
これからもバンバン使っていこう。
「空気遠近法や雲海を挟むことで距離感を出したんだ。どうだろう」
技法書によると、対象が遠ければ遠いほど空気の層の色(大抵は空の色)がかかってぼやけて見えるものらしく、例えば遠くの山に青みを持たせることで距離を演出することが出来る。
これを空気遠近法と言うらしい。
聞きかじった話だが、確か『あちら』ではレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したんじゃなかっただろうか。
「確かに、前の絵よりも距離感が出てるね。ただ……」
「ただ?」
「アンタが言っていたような物寂しいって感情はあんまり絵に表れてないね。見張り台に存在感があり過ぎるんだ」
……あー、確かに。
もう少し引いた場所から、或いは空を広く描いたりした方が良かっただろうか。
「まあ、これはこれで一つの絵として良いと思うけどね。表現したいことがあるならそれに沿った構成にした方がいいのは確かだろう?」
なるほど……
絵って難しいな。
感情……次は感情を表現することをテーマに描いてみようか。
「さあ、行くよ。とっくにアルタァベルトに入ってるんだ。気ぃ引き締めてないと死ぬからね?」
ベルカに尻を叩かれつつ、それでもやはり絵の事ばかり考えながら、私はハイアストラ山を下っていくのだった。
テクスチャはtextures.comさんのものを使ってます。
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