『発端』1414/05/10
王都を旅立って早一か月、思い出記録用の魔導カメラが壊れてしまった。
魔導フィルムを現像したら、何から何まで真っ白になってしまっていたのだ。
王都の城門から撮った大通りの街並みも。
大平原で撮った地平線も。
ヴァラゼル山脈越えで通ったフラテス地下洞窟の鍾乳洞も。
全部真っ白に消えてしまっていた。
意気消沈しつつ、立ち寄った街で魔道具屋に修理を依頼したら鼻で笑われてしまった。
「あちゃー……これは写真機じゃなくてフィルムの問題だよ。アルタァベルトに近づいたんだろう? フィルムが高濃度の魔素に反応しちゃうんだ。熱湯に生卵を放り込むようなもんだよ」
真っ白に感光したフィルムを示して、カラカラと笑う。
アルタァベルトとは、魔素の濃い特異点地域のことを指す。
今回の場合、フラテス地下洞窟周辺一帯がB級のアルタァベルトだった。
アルタァベルトでは魔道具がバカになると聞いていたが、こんなところに弊害が現れるとは思いもしなかった。
「ま、次からは気を付けな」
陽気なノリで肩を叩かれたが、旅の都合上アルタァベルトは避けられない。
耐アルタァベルト仕様のフィルムが有ったら譲ってくれと頼んでみたが、そんな都合の良い発明品が在ったら自分で売りさばいて大富豪になっとるわい、と重ねて大笑いされてしまった。
どうしたものか。
せっかく大陸全土を巡る使命の旅に出たというのに、何も残るものが無いのは寂しい。
しょげていると、店主が奥から四角い革張りの鞄を持ってきてくれた。
旅人用の絵描き道具だと言う。
アルタァベルトを通るような旅人にとっては絵と文章のセット、つまりは絵日記の形式で記録を残すのが通常らしく、店主もかつては行商で各地を巡りながら描いていたらしい。
「その写真機と絵描き道具一式で交換しないか? 俺はもう所帯を持っちまったから、今さら放浪して絵を描くことも無いんだ」
なるほど、悪くない取引だ。
鞄の中を見せてもらうと、確かに一式揃っている。
多少相手の方が得をするだろうが、持っていても仕方がない写真機を抱えて旅をするよりは建設的だろう。
値切る代わりに、店主が使っていたというスケッチブックや絵の技法書も追加で譲ってもらう形で取引成立。
ほくほく顔で宿に帰り、このことをベルカに話す。
「へぇ。アンタ、絵とか描けたんだ」
「いや、描けない。これから覚えるんだ」
貰って来た技法書を示すが、ベルカはどうでも良さそうにあくびをした。
「ふわぁーあ……まあ、いいんじゃない? 旅の終わりまでその趣味が続いたら、アタシのヌードを描かせてやるよ」
軽口を叩いてさっさとベッドの上にひっくりかえると、いびきをかき始めた。
どうせ写真の二の舞、三日坊主だろうとナメ切られている。
別にベルカの裸などどうでもいいが、そうまで態度に出されると、こちらにも意地がある。
旅の間に圧倒的上達を果たしてやる。
そして、写真顔負けのヌード絵を描いて街中に張り出し、ベルカに軽口を後悔させてやる。
そう決意すると、図らずもモチベーションが湧いて来た。
明日から頑張ろう。
私は未来の大画家を夢見て、技法書を流し読みしながらうっとりと眠りについた。
描いた絵は次から挿絵にぶち込みます