無銘とギャグ時空
それは、僕がまだ神山で修行をしていた頃の話。神域で英霊達を相手に木剣を振るっていた。そんなある日の事だ、僕は不意に空間に黒い歪みのようなものを発見した。何だ、これは?
歪みはゆらゆら揺れており、不安定で不定形だ。まるで、黒いもやのような?
「・・・?」
じっと、その空間の歪みを見る僕。かなり怪しい。試しに斬ってみるか?そう思い、木剣を歪みに向けて構える。その瞬間、異変が起きた。歪みから腕が出現した。
その腕は、僕の腕を捕まえるとそのまま引きずり込もうとする。僕は、咄嗟に足元を踏ん張る。
「っ、・・・このっ・・・・・・ぉ」
しかし、その力は凄まじい。あっという間に僕は歪みの中に引きずり込まれてしまった。
・・・・・・・・・
その瞬間、神山の頂上で。神山の主である山神ミコトはそれを察知した。
「・・・・・・少年?」
その日、神山から無銘が一瞬で消失した。
・・・・・・・・・
目を覚ますと、其処は一面真っ黒な空間だった。本当に真っ黒だ。地面すら見えない。
深い闇のような、黒い空間だ。その中に僕は立っていた。いや、立っているのかすら解らない。
「・・・・・・此処は、何処だ?」
試しに声を出してみる。しかし、僕の声は周囲に反響するだけで何も起こらない。そもそも一体あの腕は何なんだ?何処の誰が僕をこんな場所に連れ去ったんだ?
考えれば考える程、段々腹が立ってきた。あまりに理不尽にこんな場所に連れて来られたから。この空間の主には是非とも文句を言ってやらねばなるまい?そう、心に誓った。
・・・と、その瞬間。
「ようこそ、我がギャグのギャグによるギャグの為の世界へ」
「あ?」
振り返る。瞬間、僕は絶句した。思わず絶句してしまった。其処には、変態が居たからだ。
変態が、二人居たからだ・・・
思わず怒りを忘れる程絶句した。半分口を開いた状態で、呆然と硬直した。
其処には変態的な造形の仮面を被った、パンツ一丁の変態が居た。そして、その隣にはこれまたパンツ一丁に頭部に猫耳を付けたおっさんがいる。う、うわぁっ・・・僕は思わずドン引きした。
「私はこの世界の神だ。君をこの世界に歓迎しよう・・・」
「俺は、此処におわす神様の眷属・・・だにゃん」
どうやら、仮面を被った変態がこの世界の神で、その隣にいる猫耳の変態が眷属らしい。録でもない気配が既に漂っているのは気のせいだろうか?いや、気のせいではあるまい。
とりあえず、だ。僕は木剣を構えた。この世界に連れてきたのは、間違いなくこの二人だ。
そう判断し・・・
「せいっ!!!」
「ぎゃあああっ!!!」
「ぐぼえええっ!!!」
変態二名を木剣でシバキ倒した。安心しろ、半殺し程度だ。
真っ暗な地面に、変態二名がボロ雑巾のように倒れている。その様は、まるでコントのよう。
「まあ、それはさておいてだ。気は済んだか?マドモワゼル」
「・・・誰がマドモワゼルだ。僕は男だ。・・・それはさておき、お前等半殺しにした筈だが?」
確かに、先程半殺しにしてボロ雑巾のようにボロボロになった筈の変態二名が、まるで何事も無いかのように平然と其処に居た。実にシュール極まりない。
変態の眷属が、僕の傍に近寄りそのままそっと肩に手を回して叩く。まるで、親友のように。
「まあまあ、そう言うなよ。仲良くしようぜ兄弟よ・・・隙ありゃあっ!!!」
「ぐおっ‼て・・・てめぇ・・・・・・」
「よっしゃあっ!俺も混ぜろやぁっ!!!」
「はぁっ!!?」
いきなりアッパーカットで殴り掛かる猫耳変態。そのまま、更に自称神の変態までノリで混ざり第二ラウンドに突入した。こいつ等、チェーンソーやハンマーで武装してやがる。完全に殺る気だ。
そして・・・
・・・・・・・・・
そして、其処に立っていたのは僕だった。自称神の変態と猫耳の変態は共に地に沈んでいる。僕も正直の所無事では済んでいない。服の至る所がボロボロになり、壮絶な格闘の跡がうかがえる。
こ・・・こいつ等、本気で殺しにきやがった・・・・・・
「ぜ、ぜひゅーーーっ・・・、ぜひゅーーーっ・・・」
息も絶え絶え、そして木剣を杖代わりにして立つその姿にある種の壮絶さがうかがえるだろう。
・・・もうヤダ、こいつ等。
「まあ、これくらいにしておこうか。戦友よ」
「・・・・・・本当、どうなってるんだよ・・・この世界」
また無傷で立っていたよ、こいつ等。しかも、全く過程が解らなかったし。どう考えても物理法則が働いていない事は明確だ。一体どうなっているんだ?この世界。
僕は内心辟易していた。もう、独りにしておいて欲しい。僕は天を仰ぎ嘆きたくなった。
「やれやれ、何事かと思えば随分派手に騒いでいるではないか・・・」
何処か優雅な声が聞こえた。振り返ってみる。其処には、何か皇帝っぽい人が居た。皇帝っぽい椅子に座る如何にも皇帝っぽい人が、本を片手にして笑みを浮かべていた。
・・・思わず、僕は呆然とする。
「ああ、皇帝くんではないか。ちゃーっす」
「ちゃーっす」
「うむ、神殿も眷属殿も相変わらずだな」
皇帝っぽい人は、軽い挨拶をした変態二名に鷹揚に返事をする。どうやら、いささかまともな人物が来たらしいと、僕は少しだけ肩に力を抜いた。そっと溜息を吐く。
しかし、その判断は色んな意味で間違いだと直後に気付いた。この世界の住人である以上、この人物もあらゆる意味でまともでは無い。そう、まともでは無いんだ。
「君も大変だったな。どれ、これでも読んで落ち着き給え」
「あ、はい・・・」
そう言って、僕は渡された本を読む。果たして、その本は・・・
かなりHな本だった。しかも、ドギツイジャンルの変態的なエロ本だ。僕は即刻地面にそのエロ本を叩き付けて皇帝っぽい変態を睨み付けた。どうやら、此処には変態しかいないらしい。
「何をするのかね。君、本に対して敬意が足りないのではないかな?」
「お前こそ何を考えているんだっ!普通見ず知らずの人にエロ本を見せるかっ‼」
例え、読書家の僕でも怒る時は怒るのである。特に、本に対する敬意と来たか。
むしろ、全世界の読書家を侮辱された気分になった。
・・・本当に失礼な奴だ。流石に僕でも怒る時は怒るぞ?
面前と罵倒する僕に、軽く肩を竦める皇帝っぽい変態。それは、呆れているのかもしれない。
「私は解っているよ?君も男ならきっと変態の道を解っていると。ああ、私には解っているとも」
「解ってたまるかあっ!!!」
僕の絶叫が、周囲に木霊した。魂からの渾身の叫びだ。その声に、皇帝っぽい変態は僅かに目を細めて咎めるように僕に言う。
「おいおい、そのような大声で叫ぶなよ。奴が此処に気付くではないか・・・」
「あ?誰だよ、奴って・・・」
「包丁男だよ・・・」
僕が怪訝な顔をして睨み付けた瞬間、そいつは唐突に現れた。そう、唐突にだ・・・
そう、包丁を舐めてにやにやと笑っている危険な男が。
「げひげひ・・・ぎひひひひひひっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁっ」
僕は完全に辟易していた。もう、本当に帰りたい気分だ。包丁男は包丁を舌で舐め、恍惚とした表情で僕を見ている。恐らく、僕を包丁で切り刻む光景でも夢想しているのだろう。間違いなく危険人物だ。
事実、そいつの口からとんでもない言葉が漏れていた。
「血しぶき・・・悲鳴・・・命乞い・・・きひっ、きひひひひっ」
「ああ?」
僕は目を細め、包丁男を睨み付けた。しかし、そいつにはどうやら逆効果だったらしい。逆に包丁男の嗜虐心を刺激する結果になった。笑みを深くする包丁男。
しかし、その包丁男の次の言葉に僕は思わず目を剝いた。
「きひっ・・・きひひっ。どうせ、お前も女にモテる奴だろう?リア充だろう?」
「ああん?何を言って・・・」
「お前も、女にモテるくせに自分は興味がありませんよなんて・・・くひひっ。そして女にベッドに潜り込まれて無様にも狼狽えるんだろう?俺にはわかるぜ?きひひひひひっ」
「・・・・・・・・・・・・」
唐突に訳の解らない事を言い出した。そいつの瞳に、暗い愉悦が混じる。
嗜虐心の籠もった、サディスティックな瞳だ。
「死ねやああああああっ!リア充がああああああああああああっ‼」
包丁男は、包丁を構えて飛び掛かってくる。まるで、ダイブするようなポーズ。片手には包丁、もう片手はわきわきといやらしい動きをして僕に飛び掛かる。僕は、生理的嫌悪を抱いた。
・・・だから、僕はそいつの股間に蹴りを加えた。思い切り、そいつの股間を潰す勢いでだ。
「・・・せいっ」
「ぎひいっ!!!」
無様にも地面を転げ、悶絶する包丁男。その姿が、何処となく哀愁を漂わせる。しかし、僕は決して同情したりなんかしない。この世界の奴らに、同情する余地が無いのは解っているから。
僕は理解した。この世界の住人は、皆ギャグの世界の住人なんだと。だから、普通の物理法則なんか役に立たないんだろう。この世界はギャグ補正が掛かっているんだ。
ボコボコにされた後、即座に復活するのもそれが原因だ。要するに、全てがギャグになる。
すると、何か皇帝っぽい変態がぱちぱちと拍手をしてきた。そいつを睨むと、笑みを浮かべながら再びエロ本を取り出して読みだした。こいつ、一体何がしたいんだ?
「流石だ。君の実力はおおよそ把握した。けど、君も隅に置けんな」
「何がだよ・・・?」
皇帝っぽい変態を睨むと、エロ本のページをめくりながらそいつは答える。いい加減、エロ本から離れて欲しい物なのだけど。それはどうも無理らしい。
「君も、女子にさぞかしモテるのだろう?なら、この本のような事もし放題ではないか?」
そう言って、僕にエロ本を見せてきた。かなりドギツイシーンだ。かなりHな挿絵が入っている。
「アホかあっ!!!」
僕は、皇帝っぽい変態を木剣でシバキ倒した。それはもう、全力でシバキ倒した。
あまりにも馬鹿な事を言われた。流石の僕でも我慢の限界だ。怒りも頂点に達している。
包丁男は倒した。皇帝っぽい変態も倒した。後は、自称神の変態とその眷属だけだ・・・
「あとは、お前達だけだ・・・」
「え?いや・・・あのっ」
「お・・・俺達は・・・・・・にゃん?」
変態二名はあからさまに慌て始める。しかし、もう遅い。僕の怒りも限界だ。流石の僕でも我慢出来ないものは出来ないのだから。今回ばかりは本気で逝かせてもらう。
・・・大丈夫。コツは摑んだ。
「大丈夫だ。コツは摑んだ。お前達を生かしているギャグ法則の上から斬るコツはな・・・」
「「ひ、ひいいっ!!!」」
変態二名は逃げ出した。しかし、僕は先回りした。無駄だ、僕からは逃げられない。逃がさない。
その後、変態二名の無様な悲鳴が黒い空間に響き渡った。ふぅっ、すっきりした。
・・・・・・・・・
そして、僕の一方的な処刑タイムは終わった。
その場に、変態二名が倒れている。大丈夫、安心しろ、半殺し程度に留めている。僕は血の滴る木剣を綺麗な布で拭い取り、そして血の付いた頬を腕で拭った。うん、すっきりした。
「む、無念・・・・・・」
「こ・・・、この恨み・・・はらさで・・・・・・にゃん」
「あ?まだ殺るか?」
木剣をすっと変態二名に突き付ける。途端、変態どもは大人しくなった。びくびくと震えている。
さて、どうやって元の世界に戻ろう?そう考えていたら、不意に黒い空間に眩いばかりの光が満ちて天使らしき少女が降臨した。変態二名と違い、皇帝っぽい変態とも違い、とても神々しい。
天使は僕の姿を確認すると、素直に頭を下げた。長い金髪に、翡翠のような瞳の童顔の天使だ。
素直に可愛いと思う。そう思わせる顔立ちの天使だった。
「も、申し訳ありませんっ。主様が無礼を働きましたっ!」
「あ、ああ・・・うん。まあ、僕はそろそろ帰りたいんだが?」
「はいっ、元の世界に通じる門は此方に・・・」
そう言い、僕の目の前に光り輝く空間の歪みを創り出した。綺麗で神々しい。この世界に来た時のあの黒い歪みとは異なる光を放つ歪みだ。恐らく、これが向こうの世界に通じているのだろう。
うん、ようやく元の世界に帰る事が出来る。そう思い、安心した。安心した事で、僕は軽く油断していたのだろうと思う。正直な話、この世界の事を舐めていたとも言うべきか?
・・・僕の、服の裾が引っ張られた。と、言うよりも服の裾を摑まれていた。誰に?天使に。
「えっと、あの・・・天使さん?」
「あの、折り入って相談があるのですが・・・」
そう言い、天使は赤らめた頬で僕を見上げる。一体何なのか?しかし、猛烈に嫌な予感はする。
天使がもじもじとする度、僕の中の嫌な予感は高まってゆく。嫌な汗が頬を伝う。
冷や汗混じりに、僕は聞いた。
「はい、何でしょうか・・・?」
「わ、私を・・・その木剣で思い切り殴ってくれませんかっ?」
「・・・はい?」
・・・・・・・・・・・・はい???
僕は一瞬、何を言われたのか理解出来ずに硬直した。それがいけなかったのだろう。さっさと僕は此処から逃げてしまえば良かったんだ。それなのに・・・
天使は鼻息を荒くして、その目を見開き、僕に詰め寄った。可愛い顔を上気させて詰め寄る天使。
比較的可愛い容姿をした天使が、僕の目と鼻の先にまで詰め寄ってくる。顔がすぐ傍にあり、そして胸が僕の胸元に当たる。吐息が互いに感じられる距離。
正直、かなりヤバい絵面だ。まず間違いなく犯罪的だろう。
しかし、僕はその天使にドキッとする事は無かった。何故なら・・・
「わ、私をその硬くて大きなその棒状の———」
「待て、待て待て待てっ‼其処から先は言ってはいけないっ‼流石にヤバすぎるっ!!!」
天使が常軌を逸した変態だったからだ。ドキッとするよりも前に、身の危険を感じた。
思わず絶叫を上げる僕。その絶叫は、悲鳴にも近かっただろう。
木剣の刀身を撫でる天使の手つきがとてもいやらしい。卑猥とも言えるだろう。
この世界、天使すらも例外ではなく変態だった。もう、こんな世界嫌だ。僕は泣きたくなる。もう元の世界に帰りたいと、僕は嘆きたくなった。もう、嫌だ・・・
そう思った瞬間、光り輝く空間の歪みが光を増して。僕の意識は其処で途絶えた。
・・・・・・・・・
「ん、んんぅ・・・?」
目を覚ますと、其処は元の神域の中だった。どうやら、何時の間にか寝ていたらしい。
変態どもは此処には居ない。黒い空間も、何処にも無い。そう、全部夢だったんだ。そう考えたら僕の中に安堵の念が湧き上がってきた。口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「そうか、そうだよな・・・僕の夢だったか。嫌な夢だったな・・・・・・」
そう言い、僕は立ちあがった。はあっ、本当に嫌な悪夢だった・・・さっさと忘れてしまおう。
そうやって、僕は木剣を手に再び修行に明け暮れた。
・・・・・・・・・
・・・一方、先程の黒い空間では。壮絶な光景が展開されていた。
「で?何か言う事はあるか・・・?ああ?」
「「いえ、全くありません」」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああっ、はふぅ」
神山の神、ミコトにより自称神の変態とその眷属、そして変態天使の三名がシバキ倒されていた。
・・・まあ、変態天使の方はボロボロの姿で恍惚とした表情を浮かべているのはご愛敬だろう。変態だから仕方がないのである。ミコトの額に、青筋が浮かび上がる。暗い笑みが更に深まる。
そして、更に三名の変態達は長々と説教を受ける事となる。まあ、それもご愛敬だ。
・・・要するに、話を要約するとだ。
この世界に連れ去られた無銘を助け出したのは、つまるところミコトだったのである。しかし、無銘の方はそれを知る事は無いだろう。そう、今後何らかのきっかけでこの世界を感知しない限りは。
無銘もこの世界を感知する事はきっと無いだろう。そう、きっと無い。たぶん無いのだ。
~END~