10
僕は、夢を見ていた。
僕が、自分の姿を見ていたから、これは、夢だと僕は分かった。
僕は、スーツを着ていた。
現実には、僕が所有していない上等なスーツだった。
僕は、エレベータに乗っていた。
一緒に、兄と弟が、乗っていた。
兄も弟も、スーツ姿だった。
兄は、ポケットに手を突っ込み、弟は、手に花束を大事そうに持っていた。
僕は、夢の中、こう思った。
(兄ちゃんは、調子が悪いと極端に太る時がある……今、僕が見るに、兄ちゃんはイイふうにスーツを着こなしている。
弟は、派手目なスーツだ……僕は、弟に、以前、結婚式に招待された場合、派手なスーツを着ていくのは良くない、と、しっかり理由も述べてアドバイスした。
さて、今、エレベーターは、上へ上へと昇っている……僕らは、何処に向かっているのだろう?)
そう、僕は思いながら、エレベーターの、外を見ると夜で、
湾岸沿いと思われる地形に、ビル街の華やかなライトが散りばめられていて、
何故か、思わず泣きそうになってしまった。
エレベーターは、間違いなく、上がっていて、
僕らは、しばし誰も話さず、僕は、ただただ、外を見ていた。
そんな、僕がエレベーター内の沈黙を、そっと破るように、口を開いた。
「…兄ちゃん、このエレベーターは、どこに向かっているの?」
兄は、弟の持つ、花束を、ずっと見ていて、そのまま、僕に言った。
「…この中で、理系って言えば、お前だけなんだよ。
典型的な文系の俺に、このエレベーターの配線とは、全く関係ない、何か、良き理系チックなアドバイスをくれないか…?」
そう言われた僕は、それは、そんなことを言われるとは思わず、言葉の意味のまま、『戸惑った』が、
こう、兄に言った。
「えーっとね、ちゃんとした法則名が、あったと思うんだけど、
例えば、マッタイラなスベスベな廊下みたいな所に重い重い大きな鉄球が、あるとする。
これを転がそうとした時、
始めに、鉄球を少しでも動かそうとする時が、一番、力が必要なんだ」
弟が、
「物理の話だよな」
と言い、僕は、そうだね、と笑うと、
兄が、
「…何かを始める時、一歩踏み出す時に、労力が必要なことにも当てはまるかな」
と、続き、僕は、ハハ…と、やはり、笑っていると、弟が、ふいに、兄に言った。
「アニキ、ポケットから、シガーとライターを出して、こっちに渡すんだ…」
僕は、え?
と、なり、兄を見る。
兄は、ポケットに手を突っ込んだまま、黙って、弟を見ている。
僕は、兄と弟が、明らかに、晴天の霹靂テキに険悪ムードになったことが分かり、
何なんだ!?と、二人を見ていると、
兄が、ニヤッと、笑い、
「携帯灰皿も、持ってるぜ」と言い、
弟は、即座に、
「ここで吸えば、火災探知機が作動する」と言い放った。
そんな、弟に、兄は、ゆっくりと言った。
「このエレベーターは、3217階で、停まる。
そこに、もう、しばらくしたら、俺達は辿り着くだろう。
俺は、花束を、お前から受け取り、その階に、いるであろうヒトに贈る…
弟たちよ、お前らは、エレベーターから降りず、そのまま、またエレベーターにて、この建物を降下してもらう…」
僕は、
え?(゜.゜)、そういうことなんだ……と唖然として聞いている。
弟が、そんなことを言う兄に、兄同様に、ゆっくりとした口調で、また兄に言った。
「なぁ、アニキ。
もう少ししたら、アニキは、そのヒトに、この今は、俺が持っている花束確かに贈るのだろう……だが、アニキは、今、『MAX』で、ここにいるだろ…?
そのヒトは、こんな所にいるのが日常なヒトなんだ。
なぁ、アニキ、
アニキと、そのヒトは、正しく『住む世界が違う』と思わないか?
そんな合法ギリギリのシガーを、嗜好ではなく、ただ1日1日を乗り切るためだけに吸ってる、アニキ
……あのさ、アニキ、…あのヒトにとっては、アニキはピエロみたいな存在だと俺は、思うぜ…」
そう、下を向き、歯ぎしりする弟に、兄は、アッケラカンと言った。
「合法のシガーだから、何も問題ないだろう?
でだな、
このエレベーターが止まり、エレベーターのドアが開き、俺は、そのフロアに、あのヒトがいなくても、それは、それでいいんだ。
俺は今、この瞬間が一番、幸せだ。
この瞬間がな。
あのヒトについて、俺から、一つのエピソードを。
あのヒトな、ある時、ある格闘技の試合会場にいたんだ。
一般の人達と混じって客席に。
俺は、その試合をネット中継で、見ていて、偶然、その試合会場の観客席に、あのヒトを見つけた。
はっきり言う。
俺は、ネットで観ていた、そのバウトが、今まで観た、どんな試合より、最高だった。
あのヒトは、それを生で観ていたんだ。
ここまでが事実で、
ここからは、俺の想像だけど、
あのヒトが、自らの意志で、あそこにいたなら、俺は、そりゃ、スゴい!って思っちゃうわけよ。
で、
そうでなくて、誰かに、あそこにいた方がいい、とか、あそこにいろ!とか、あそこに、いるべきだ!
と誰かに言われたり命令されたり、入知恵されたりして、
あそこに、いたとする。
俺は、それを、
やっぱり、あのヒト、スゲエ!!って思うわけだ。
俺が、生で観たかったバウトを、あのヒトが観ていたことにはカワリないんだからな…。」
そう、兄は弟に力強く言うと、
ポケットから、
僕が見たこともないパッケージのシガー、ライター、携帯灰皿を取り出し、それを弟に渡し、弟から花束を受け取った。
そして、
「俺は、また、必ず、お前らを追って、後ほど、エレベーターで降下するよ。
元々、シガー、ライター、携帯灰皿は、ポケットから出す予定だった。
このシチュエーション、スーツのポケットが、少しもパンパンでない方が絶対に、いいからな♪」
それを聞いた僕は、思わず、
「兄ちゃん、シガーなんて吸わないのが一番イイトと思うんだけど」と言うと、
兄は、
「全く、その通りだ!だから、お前は、絶対に一度も、こういったものを口にせずに人生を終えてくれよ♪」
と、優しく、何処か寂しげに返してきたところで、
エレベーターの、
「チン!」と言う音が聞こえ、そのドアが開こうとした時、
僕は、夢から覚めたのだった。




