一件落着、のはずだったのですが……
一件落着、そのはずだったのだが……数日後俺は父王チャールズに呼び出されていた。
玉座の間に赴くと、チャールズとその傍らにアルベルトがいた。
「よく来たな、ロイドよ」
「はっ」
チャールズの声に俺は短く答える。
一体何事だろうか。
重苦しい雰囲気に俺は息を飲む。
チャールズは咳ばらいを一つして、口を開いた。
「先日の夜、お前は城を抜け出していたな?」
チャールズの言葉にびくんと肩を震わせる。
うっ、しまったバレてたか。
夜中の内に帰ったから大丈夫だと思ったが、どうやら誰かに見られてしまったようである。
失敗したな……内心頭を抱えながらも俺はチャールズの問いに頷いて答えた。
「……はい、えぇと、夜風が心地よかったので……」
「ふっ、何をしてきたか当ててみせようか? 教会へ赴いていたのだろう」
咄嗟に誤魔化すが、余裕の笑みで返される。
……まずいな、どうやら完全にお見通しのようである。
翌日でなく数日空けて呼び出したのは、俺の行動の裏付けを取っていたのかもしれない。
――すなわち、教会本部崩壊事件。
あれからすぐにレンに調べさせたが、教会本部は何者かの襲撃により半壊。
教皇であるギタンも行方不明になっており、信徒たちは混乱し収拾がつかなくなっている……とのことだった。
自分でやった事とは言え、そこまで聞いて俺は頭が痛くなって報告の途中でレンを下がらせた。
こうなれば知らんふりをして、チャールズらの耳に入らないよう祈ることにした、というわけだが……
「教会で起こった事件は当然ワシの耳にも入っておる。全く、とんでもない事をしてくれたものだな」
ぎろり、と鋭い視線で俺を見下ろすチャールズ。
……だが、やはり駄目だったようだ。
チャールズも含め、この城の人間は教会に世話になっている人物が多い。
その関係を悪化させるような事をしたと思われたら怒られるどころじゃすまないぞ。
最近は俺も信頼されてきたからか気軽に外に出られていたのに、こうなるともう城から出してもらえなくなるかもしれない。
覚悟を決めて待つ俺に、チャールズは重々しく口を開いた。
「――見事であったぞ、ロイド」
「……は?」
チャールズの言葉に俺は目を丸くする。
「少し前からお前が教会に出向いていたのはアルベルトを通じて知っておった。初めはお前の行動を観察しようと思っていたが、その際にどうやら教皇が何かを企んでおる様子だとわかってのう、そちらの調査を切り替えたのじゃよ。そうしたら昨今街を騒がしている失踪事件に、教皇が関わっているという疑いが浮上してきてな。急遽取り押さえる為の証拠を集めておったのじゃよ。そして証拠が揃い踏み込もうとした時に起こったのが、今回の事件じゃ」
うんうんと頷くチャールズ。
いつの間にそんな事を調べていたのだろうか。……あ、シルファか。
恐らくアルベルト辺りに命じられていたのだろうな。
「本当に驚いたぞ。何せいざ教会に踏み込もうとしたら大騒ぎになっていたのだからな。信徒たちに聞き回ってみれば、化け物になった教皇と戦うお前の姿を見た者が多数おった。しかも天使と共にな。第七王子様は神の御使いなのか!? とこちらが逆に問われてしまったよ。はっはっ」
何故か嬉しそうなチャールズ。
うーむ、やはり信徒たちに見られていたか。
ていうか神の御使いってなんだよ。恥ずかしい。
「た、他人の空似ではないでしょうか……?」
俺が誤魔化そうとすると、控えていたアルベルトが微笑を浮かべる。
「謙遜は必要ないよロイド。以前、夜中に抜け出してロードスト領主の企みを阻止した事があったろう? それでピーンと来たのさ。あぁ、ロイドの仕業だなってね」
そう言ってパチンとウインクをするアルベルト。
どうやらこの人も同じことを考えたようだ。
「うむ、信徒の中には神の御使いであるお前を次の教皇に、などという輩もおったよ。何とも慕われたものじゃのう!」
くっ、逃げ場がない。
教皇なんかにされたら自由がなくなってしまうじゃないか。
神聖魔術に関しての情報は色々得られそうだが、流石にそれはごめんだ。
「夜闇に紛れ、人知れず悪を討つ、か。隠れてやったという事はワシに面倒を押し付けられるとでも思ったのか? 例えば倒した教皇の代わりになれ、などとかな」
内心どきっ、としたのを見破られたのか、チャールズは可笑しそうに笑う。
「はっはっ、いくらなんでもそんなことは言わんよ。それにワシは言ったはずじゃぞ? お前は王位継承権に関係ない第七王子。役目なぞ気にせず好きに生きると良い、とな」
「父上、という事は……!」
「うむ、見間違いであろうと言っておいたわい。ロイドはその日、ずっと寝ておったとな。信徒ども、諦めて帰っていきおったよ」
ほっ、助かった。
安堵の息を吐く俺に、チャールズは言葉を続ける。
「ロイドよ、お前は何も気にせずのびのびと励むとよい。ワシはこれでも父親だ。これからもずっと、お前の力になる事を誓おうではないか」
「もちろん僕もだよロイド。困った時はこの兄を頼るといい」
「父上、アルベルト兄さん……ありがとうございます!」
俺は二人に頭を下げる。
随分昔にした約束なんて忘れていると思っていたけど、憶えてくれているのに感動だ。
立ち上がってもう一度感謝の気持ちと共に頭を下げ、俺は玉座の間を後にするのだった。
「ロイドを教皇に、か。全く教会の連中め、見る目がないのう。我が息子がその程度に収まる器だと思うてか。ま、教会に恩を売っておくのは悪くなかろう。我が国以外にも教会はあるしのう。他国へ赴く際、教会との繋がりはロイドの力となるじゃろう。ロイドよ、今は心の向くままに様々なものを吸収せよ。それこそが世界を統べる王となる宿命を持つ、お前のやるべきことじゃ」
「ロイドの奴、教会に繋がりを作りに行ったと思っていたが、まさか教皇に祭り上げられそうになるとはね。父上の言葉に信徒たちも一旦諦めはしたが、帰る間際でもどうにかしてロイドを教皇に、なんて声が聞こえていたな。想定以上に彼らの心を掴んだようだ。もし何かあった時、一声かければ彼らはすぐにロイドの元へ集まるだろう。教会の信徒はこの国だけでも一万を超える。僕の私兵の十倍以上……もしロイドがその気になれば国を傾ける事も可能、か。ふ……っ、ぞっとしないな。兄として鼻は高いけれどね」
アルベルトとチャールズが何やらブツブツ言っているが、俺はとりあえずほっとしていた。
二人共、あれだけの事をしでかした俺にまだ自由を与えてくれるなんて本当にありがたい。
やっぱり第七王子という立場は気楽でいいな。
これからも自由に魔術の研究に励めそうである。