教皇とバトルします。後編
水、土、風の三重合成魔術『氷雪鋼牙』を魔力集中にて発動。
超低温にて鋼のように硬化、凝縮した氷雪を小竜巻に束ね、細く、鋭く絞り上げていく。
螺旋を描く氷の渦が、まるでのたうつ蛇のように唸りを上げていた。
「――いくよ」
俺が腕を振るうと、鞭のようにしなりながら氷の渦がギタンへと向かって伸びていく。
それはギタンの展開した魔力障壁を一撃で粉砕し、右腕一本を貫き落とした。
「ぬぐぅっ!? み、右腕が再生しない、だと……!?」
「スライム系の再生を防ぐには凍結状態にすればいい! その程度の事、ロイド様がご存知ないはずがないでしょう!」
声を上げるジリエル。
ギタンを貫いた氷嵐の渦は、俺の操作で弧を描きながらこちらに戻ってくる。
次に狙うは左腕。ギタンは魔力障壁で防ぐのを躊躇し、回避を試みる。
それでも躱し切れずに掠った箇所が凍結した。
俺は氷嵐の渦を操り、手を緩めずに攻撃を繰り返す。
「待て待てっ! ……待てと言うに……くおっ!? ま、周りにこれだけの人がいるのですよっ!? それを全く気にせず攻撃するとは……! き、君はそれでも民を守るべき王族ですかっ!?」
「失礼な。ちゃんと気にしてるぞ。出来るだけ当たらないように攻撃しているだろう」
「そりゃ自分たちがガードしてやすからね!?」
そう、たまに当たりそうになる時も、グリモジリエルが防いでくれているのでセーフなのである。
当たらなければどうという事はない。
「ぐぐ……な、ならば、直接盾にするのみ!」
突如、ギタンは人込みに飛び込むと手腰を抜かしていた子供の襟首を掴み上げた。
そして引き寄せ、羽交い絞めにした。
こいつ、子供を盾にするつもりか。
「卑怯だぞ! 子供を盾にするなんて!」
「うおおっ!? そう言いながら攻撃してくるのはおかしいでしょう!?」
言っておくが子供を巻き込まないよう足元を狙っただけである。
跳び上がって回避したギタンへ氷の渦を向けると、子供を盾にされた。ちっ。
舌打ちをしながら、大きく外すと手元に戻した。
「ロイド様、いくらなんでも子供だけをピンポイントでは守れやせんぜ!」
「我々のガードではロイド様の魔術の直撃には耐えられません。子供を盾にされてはどうしようもない!」
確かにこれでは巻き添えにしてしまうな。
俺は諦めて『氷雪鋼牙』を解除した。
手元に戻していた氷の渦が霧散し、消滅していく。
「ふ、ふふ、ははははは……流石に子供ごと攻撃するような愚かさは持ち合わせていないようで安心しましたよ! 一応人の心はあるようですね」
安堵したように冷や汗を浮かべながら、乾いた声で笑うギタン。
すごく失礼な事を言われている気がする。
「なるほど、君は予想以上に大した人物のようだ。まだ子供にも拘らず恐ろしいまでの魔術の冴え、ジリエル様がここまで買っておられるのも頷ける。今のうちに命を断っておかねば、後々私を脅かす存在になるかもしれません」
ギタンの掲げた右手がボコボコと隆起し、竜の顔が生まれた。
「ありゃあ……ブラックドラゴンですぜ! 魔界最強の竜種だ! そんなもんまで生成しやがるとは!?」
「かつて魔族が連れてきたものを手に入れたのでしょう……教皇の立場を最大限利用しているようですね……!」
ブラックドラゴンなんて大陸でもほとんど見かけないような魔物だ。
その咆哮は全生物を震わせ、吐息は一撃で村一つを焼き尽くすという。
そんなものをここで使われたら大惨事である。
「くくく、私としてもここまでするつもりはありませんでした。ですが君が悪いのですよ。そこまでの強さを持つ君がね! さぁ死になさい! 我が力にひれ伏して、チリも残さず消滅するのです!」
竜にギタンの魔力が集中し、口から炎が漏れ始める。
こいつ、こんな場所で吐息を放つつもりか。街が滅茶苦茶になっちまうぞ。
くそ、どうしたもんか……そうだ。アレを使えば。
ガリレアの言っていた神聖魔術の妙な使い方。
何に使えるのかと思っていたが、今こそ使う機会だ。
ぶっつけ本番だが……やるしかない。
俺は指先に魔力を集中させていく。
輝く光が指先に集まり、閃光を放ち始める。
「神聖魔術!? ハッ! 何度やっても無駄だと言うのがわからないのですかっ!?」
「■■■――」
呪文束による高速詠唱、大丈夫。ギリで間に合う。
「――これで終わりですっ!」
竜頭が顎を開き、真っ赤な炎を放つ。
瞬間、目の前が真っ白になった。
「……さらば我が教会。名残惜しいですが、この混乱に乗じて研究成果を持ち逃げると致しましょう」
そう呟いて、ギタンは歩き出そうとし――目を見開いた。
煙が晴れたその先にいた俺を目にして、立ち止まる。
「な……何故、生きているのです……!? いや、君だけではない! 何故建物にも、人間たちにも、傷一つついていないのですか……!?」
――そう、本来であればブラックドラゴンの吐息で街は、少なくともこの周囲は崩壊し、火の海となるはずだった。
にも拘らず周囲は全くの無傷。建物も無事だし信徒たちも何が起きたかわからないといった顔をしている。
「うん、何とか上手くいったな」
やれやれ一安心といったところか。
安堵の息を吐きつつも、俺はギタンに歩み寄る。
「ち、近寄るな! それ以上近づけばこの子供も命はないぞ!?」
「もう無駄だ。観念しろギタン」
「脅しと……思うか!」
ギタンはそう言って、子供の首筋に当てていた鋭い爪を滑らせる。
赤い鮮血が噴き出る――そう思っていたのだろうか。
「……え? な、何が起きているのです……?」
子供は全くの無傷だった。
きょとんとした顔で俺とギタンを交互に見やる。
「馬鹿な! くっ!? な、何故だ! 何故傷がつけられないのだ……!?」
理由は一つ、俺は奴の攻撃の直前、その身体にある術式を付与していた。
神聖魔術『治癒光』、聖なる光にて身体を癒すという神聖魔術だが、これには普通の治癒魔術とは違う使い方がある。
普通の治癒魔術は術式を起動することにより発する魔力光が傷を癒すのだが、この『治癒光』は術式を傷口に張りつけ、時間をかけて治癒するというものだ。
つまり湿布のようなもの、意外なことに『光武』と同じ具現化系統神聖魔術で、『治癒光』を張りつけた箇所で攻撃を行うと、ダメージを与えることなく、逆に相手を回復させる効果がある。
ガリレアたちは戦闘訓練をしていた際にこれを発見したらしい。
これを使えば相手の攻撃を一方的に無効化出来るのだ。
とはいえやられている方も冷静ならばすぐに気付くし、術式破棄も簡単である。
余程テンパっている時でないと使えないだろうな。
こんな風に――
「――馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!」
狼狽え、戸惑い、混乱し、頭を振るギタン。
俺はその隙に魔力遮断にて気配を殺し、ギタンの背後へと忍び寄っていた。
そして発動させるのは浄化系統神聖魔術『極光』。
閃光がギタンを包み込む――
「くっ!? け、結界を……!?」
結界の展開を試みるギタンだが、先刻『氷雪鋼牙』が掠った部分が凍結している。
その際に脳の幾つかが機能停止している。
よって、俺の方が早い。
「がああああああああああっ!」
びくん、とギタンの巨体が大きく跳ねた。
口から吐き出した白い煙が霧散していく。
「やりやしたぜロイド様! 野郎、白目を剥いてやがります!」
「ギタンの邪気が浄化されていきます。これで目を覚ました時には元に戻っているでしょう」
倒れ伏すギタン。その顔はどこか安らいだ顔をしていた。