下水道の行き着く先は
消滅していくグールを見下ろしながら、俺は内心舌打ちをする。
最後に気になる言葉を残して消えやがって。
……主、か。言葉の通りならこいつよりも更に上がいるってことだろうか。
そして魔物もこいつだけとは思えないし、となると本拠地とやらはかなり大規模なものなのかもな。
「むー、ロイドが最後の一帯を倒しちゃったから全員同率一位。引き分けね」
「そうなりますね。では一位が決まらなかったので賞品はなしという事で」
「ボクがロイドとデートしたかったのに……残念……」
三人は何やらブツブツ言いながら肩を落としている。
激しい戦闘だったからな。きっと疲れたのだろう。
「オンッ! オンッ!」
シロがこっちに来いとばかりに、トンネルの前で吠える。
確かあそこから大量のグールが出てきたところだっけ。
ということは本拠地はあの向こうにある、か。
「行ってみるか」
シロに導かれるまま、俺はトンネルを奥へと進む。
道中、『陽光』で照らしながら歩くがグールの一匹すら出てこない。
おかしいな。この奥に本拠地があるなら敵が出てきてもおかしくはないのだが。
「何か妙ですね」
「どうかしたの? シルファ」
「いえ、どんどん街の中心部へ向かっている気がします」
「グールの出現場所からはズレている、か」
依頼書にあった出現場所は中心部から離れた場所ばかりだ。
しかし改めて依頼書を見てみれば出現場所に法則があるのに気づく。
全ての出現場所を結んだ中心点、そこが現在向かっている場所のようだ。
「この辺りは、教会……?」
辿りついたのは先日俺たちが訪れた、教会であった。
梯子を登り、蓋を開けると教会の裏庭にある下水溝に出た。
「結局、魔物はいなかったな」
まさか教会が魔物の根城になっているとは考えにくい……というかあり得ないだろう。
それにグールやヴァンパイアなんて、教会に近づきそうもないし。イメージ的に。
「ウウウゥゥ……」
だがシロはまだ唸り声を上げている。
うーむ、やはり何かあるのだろうか。
「な、なんだね君たちは!?」
突如、物陰から現れたのは神父だ。
いきなり出てきて驚かせてしまったようである。
「勝手に敷地内に入ってきて、どういうつもりかね!?」
「ごめんね。冒険者ギルドの依頼で魔物を追っていたら、たまたまここに繋がってたある。謝罪するよ。このとーり」
タオが頭を下げるが、神父は顔を真っ赤にして怒った。
「な、なんと、この教会が魔物の住処だと言うつもりか!」
「あいや、そんなつもりなかったよ!」
「うるさい! この無礼者たちめ、即刻出て行け! お前もだこの犬め! しっ! しっ!」
「ウウウゥゥ……!」
唸るシロを足蹴にし、声を荒らげる神父。
……何か妙だな。
神父は俺を疎ましく思っていたようだったが、基本的には悪い人間ではなさそうだった。
シロのことも可愛がっていたのに、今はやたらと邪険にしている。
「あの神父とは幾度か会ったことがありますが、いつもはもっと温和な人物なはず……少し様子がおかしいですね」
「うん、前に会った時はもっと優しい人だったよ」
「ふむー、ご機嫌斜めあるか?」
小首を傾げるタオ。なるほど、機嫌が悪いのか。
そうだ、確か神聖魔術で性格が悪いのも治るんだったよな。
だったら機嫌が悪いのも治るかもしれない。よし、試してみるか。
俺は神父に一歩詰め寄る。
「な、なんだね……!?」
「ちょっと失礼」
俺は構わず神父の胸元に手をかざす。
神聖魔術『微光』。
淡い光に照らされた神父が慌てて飛び退く。
その身体から白い煙が上がっていた。
「ぐあああああっ!? き、貴様、その力は神聖魔術かっ!? 何故私が神父に取り憑いているとわかったっ!?」
えっ、そうなのか?
ただ機嫌を直してもらおうと思っただけなのに、びっくりである。
言われてみれば先刻のヴァンパイアに光の剣を当てたのと同じように、身体から煙が上がっている。
「なんと……おかしいとは思っていましたが、まさか魔物が神父に取り憑いていたとは……! それに気付くとは、流石はロイド様です」
「『気』の流れに不自然なところはなかった。神父本人に間違いなかったね。普通は気づかないよ。やるねロイド、大したものある」
「言われて魔力集中で見てみても、ボクには全然わからないのに……やっぱりロイドはすごいや!」
三人がブツブツ言いながら、熱い視線を向けてくる。
何だかよくわからないが、まぁあまり気にしなくてもいいか。
「ありゃレイスか。霊体型の魔物ですぜ。人に取り憑く厄介な奴でさ」
「ふむ……会話が通じるあたり、かなり知性が高い個体のようですね」
「とりあえず、神父の中から追い出した方がいいだろう」
そして尋問だ。洗いざらい吐かせてやる。
霊体型の魔物を相手にするのは初めてだな。色々試してみたいこともある。
まずはこの辺りからいってみよう。
――浄化系統神聖魔術『聖光』。
かざした手のひらからまばゆい光が放たれた。
「ハッ! 馬鹿め、教会に侵入している俺が、神聖魔術へ対策してないはずがないだろう! この闇の外套はあらゆる神聖魔術を通さないのだっ!」
そう言ってレイスは黒いマントを翻し、身を隠した。
光がマントに直撃するが、レイスは平気そうな顔をしている。
なるほど、本当に神聖魔術を防ぐようだが……ならばどの程度の耐久力か試してみるか。
――最上位神聖魔術『極聖光』。
俺の手が先刻よりもさらに白く輝き、凄まじいまでの閃光が神父を直撃する。
「ぐっ!? な、なんという威力! だがこの闇の外套を破れはしない……っ!」
おおっ、すごいな。
最上位神聖魔術にも耐えるとは。
よし、こういう時こそ魔力集中だ。
全身の魔力を遮断、かつ指先に魔力を集めて……と。
術式を広範囲から極小へと絞り、閃光を一点に集中させていく。
魔術は水のようなもの、出力範囲を絞ればその分威力は高くなる。
目も眩むような光が一点に集中し、その部分が高温で赤く染まり始めた。
煙も上がり、焦げ臭い匂いが辺りに漂い始める。
「な、なんだそれは!? ありえないぞぉぉぉぉっ!?」
どおおおおおおおん! と大爆発が巻き起こり、レイスが光に飲まれる。
やべ、ついムキになって出力を上げすぎたか。
殺してないかなとヒヤヒヤしながら煙が晴れるのを見ていると……どうやら神父は無事のようである。
ふぅ、ギリギリで術式を遮断したのが間に合ったか。
「な、なんと……闇の外套は神クラスの神聖魔術すら防ぐ魔族の切り札の一つ。それを容易く破るとは……何という凄まじい魔力でしょうか……! さすがはロイド様……感服いたしました」
「くくく、闇の外套すらもものともせず、か。そうこなくっちゃ俺様の未来の身体とは言えねぇがな」
ジリエルとグリモがブツブツ言っているがそれよりレイスへの尋問が先だ。
俺が倒れた神父に歩み寄ろうとした、その時である。
「え……ロイド、君……?」
物陰から声が聞こえた声に振り向くと、そこにいたのは教会のシスター、イーシャであった。