エピローグ
「ええっ!? お、俺にロードストの領主になれですって……ロイド様、そいつはマジですかい!?」
俺の言葉にガリレアは目を白黒させている。
「うん、ガリレアにやって欲しいんだ。ジェイドのいなくなった後、暗殺者ギルドをまとめていたのはガリレアだからね。人の上に立つのは慣れているだろう? きっとこなせると思うよ」
領主の話だが、考えた結果ガリレアにやって貰う事にした。
チャールズやアルベルトから何人か人材を紹介されたが、その者たちに領主をやらせたら俺が好き放題できなくなるからな。
その点ガリレアなら俺の息がかかっている。
それにガリレアは意外と常識があるし、面倒見もよい。
我ながらこれ以上ない人選であろう。うん。
「いやいやいやいや、流石にそいつは無茶だ! 俺みてぇなチンピラ崩れに領主なんて仕事、できっこないぜ!」
だがガリレアは首をブンブンと振る。
どうやら尻込みしているようだ。
「やってみないとわからないだろう? チンピラも領主もとどのつまり同じ人間、仕事内容も多分今までとそこまで変わらないさ。少し規模が多くなっただけだろうよ」
「ギルドの数人と領民の数百人を少しの規模と言うには少々無理があると思いますが!?」
「俺だってたまには様子を見にくる。協力は惜しまないつもりだ。ガリレアならやれると思って言っているんだけどな」
「で、ですが……」
と行ってみるが、まだガリレアは浮かない顔をしている。
……仕方ない、少し詰めるか。俺はガリエアの目じっと見て、問う。
「それとも俺の為に命がけで仕えるってのは、嘘だったのかい?」
「! そ、そんなことはねぇ! ロイド様の為なら命だって捨てる覚悟だ! ……しかし俺に領主が務まるとは思えねぇ。不安なんですよ……」
「ったく、デカい図体して情けないわねぇ」
ガリレアの肩に、ポンと手が載せられる。
タリアだった。両脇にはバビロンとクロウもいる。
「私たちも協力するよ。力を合わせていい領地を作ってやろうじゃないか!」
「そうだねぇ。チンピラ紛いの俺たちが領主様をやれるなんて、こんな機会は二度とない。腕が鳴るってもんじゃあないか。それによガリレア、お偉いさんになれば美味い汁だって吸えるかもだよ? ククク」
「俺も出来る事なんでもヤル。頑張ろウ」
「ね、やろうよガリエア」
「お前ら……」
タリアたちの言葉を受け、ガリレアは目を潤ませる。
ゴシゴシと腕でぬぐい、俺をまっすぐに見据えた。
「わかったぜロイド様、このガリレア、ロードスト領主を拝命いたします。命をかけてやらせてもらうぜ!」
「うん、頼んだよ」
「はいっ!」
俺の言葉に全員が勢いよく頭を下げる。
ふぅ、これで肩の荷も降りたな。
あとは適度に様子を見にくればいい。その名目でガリレアたちの能力も知れるし、一石二鳥だ。
「……しかし俺たちみてぇなのに領主をやらせるなんて、ロイド様は一体何を考えてやがるんだ……? はっ、そうか! ロイド様は俺たちにジェイドの意思を継がせようとしてるんだ! 『ノロワレ』が差別されず、平穏に暮らせる街を作るのがあいつの夢だった。俺たちだってそうだ。だから罠かもしれないと思いつつもジェイドを信じて邸へ行った。だが結局あいつは死んでいて、俺たちは打ちひしがれていた。そんな俺たちにチャンスを与えてくれたんだな……へへっ、全てお見通しだったってわけか……流石だぜロイド様よ……! 覚悟を決めたぜ俺は、あんたに一生ついて行くよ!」
ガリレアが何かブツブツ言っているが、遠くてよく聞こえない。
「うおおおおお! やるぜてめぇら! 俺についてこい!」
しかもなんか雄叫び上げてるし。びっくりするじゃないか。
まぁ、やる気があるのは結構な事である。
「ところであのレンって娘はどこに行ったんですかい?」
「そういやいないな」
言われてみればさっきから姿が見えない。
ガリレアたちをロードストに連れてくる時はいた気がしたのだが……一体どこに行ったのだろうか。
「きっとどこかで何かやっているのだろう。気にする必要はないんじゃないか?」
「ロイド様、少しは彼らに興味を持ってあげてくだせぇ……」
「失礼な。俺はあいつらの事、大好きだぞ」
「それって研究対象としてじゃ……いえ、なんでもねぇですがよ」
口籠るグリモを気にせず、俺は『飛翔』で城へ戻るのだった。
■■■
「ろ、ロイド……さま……おかえり、なさい……」
城に戻った俺を出迎えたのは、シルファと小柄なメイド――レンであった。
「レンじゃないか。一体どうしたんだそんな恰好をして? 皆と一緒じゃなかったのか?」
「う……こ、これは、そのぅ……」
もぞもぞと指を動かすレン。
一体どうしたのだろうかと考えていると、その横にいたシルファが口を開く。
「この娘はロイド様たちがロードストへ向かっている間、私のところに来ました。そしてどうしてもロイド様のお側で支えたいと申してきたのです。故に、ならばメイドとして働くよう言ったのですよ。ロイド様の活動範囲も広がった事ですし、それなりに戦闘力のある側役は貴重です。もう一人くらいお世話役がいても良いと思っていた所ですから、まずは私の下で教育を受けることを条件に許可いたしました。勿論ロイド様がよしとされるならですが」
どこに行ったのかと思っていたら、そういう事だったのか。
「もちろん、構わないよ」
俺の言葉にレンは顔をパッと明るくする。
「よ、よろしくお願いします! ロイド……さま」
「レン、まだロイド様を名前で呼ぶのは早いです。ご主人様と言いなさい」
「う、ご……ご主人、様……」
顔を真っ赤にして言うレンを見て、俺は苦笑する。
「別に呼びやすい呼び方でいいよ」
「そうはいきません。周りの目というものがありますから。言葉遣いに所作振る舞い、覚える事は山とあるのですからね」
「は、はい。頑張る……ます」
辿々しく言い直すレンを見て、思わず吹き出した。
「ちょ! 笑わないでっ!」
「はは、ごめんごめん」
「こら、敬語が抜けていますよ。レン」
「う、ううぅ……」
シルファに注意され、レンは押し黙る。
なんか妙なことになってしまったが、レンが近くにいれば近くで暗殺者の技や能力を学ぶ事も出来る。
これはこれで悪くないか。
シルファに続いて部屋から出て行こうとしたレンが、振り返りぽつりと呟く。
「……ねぇロイド、本当にいいの? 私みたいな毒吐きを傍に置いて」
「ん?」
「だって今はロイドのおかげで何とか制御出来ているけれど、ボクはこの毒で沢山の人を殺してきた。嫌われてきた。また、何か起きたらと思うと……」
唇を噛むレンの頭に、ぽんと手を載せる。
「それはレンが未熟だったからだ。ジェイドは自身の能力を術式化できるまで懸命に学び、理解、制御していた。同じようにレンが自分の能力を理解、制御できるようになれば、生成する毒をより細分化することが出来る。そうなれば薬を作り出す事だって可能だろう」
「ボクの毒が、薬に……?」
俺の言葉にキョトンとするレン。
「あぁ、毒と薬は紙一重、薬ってのは細かく見れば毒と同じ成分なんだよ。現に毒系統魔術には解毒の魔術が多数存在する。レンは今までは自分の能力を忌み嫌っていたんだろう? ちゃんと自分の能力と向き合うことが出来れば、レンの能力が一番伸びしろが大きいと俺は思っている。毒系統魔術に関して知識のある俺の傍にいて真剣に学べば、最高の薬師にだってなれるさ」
人を殺す毒、しかし転じれば人を救う薬にもなる。
どんな能力も解釈次第、知識次第、本人次第だ。
「だから頑張れよ。レン」
「うん――うんっ! ボク、頑張るよ!」
キラキラと目を輝かせるレンは、先刻までのように暗い顔をしてはいなかった。
レンが自力で能力を開発してくれれば、俺の手間も省けるしな。うん。
新たな研究対象も増えたし、俺の魔術師ライフもより充実したものになりそうだ。
手を振りながら駆けていくレンを見送りながら、俺はこれからの展望に期待に胸を膨らませるのだった。




