ボスに会いに行きます
「か、貸して!」
レンは俺からひったくるように手紙を奪う。
ビリビリと封筒を破くと、食い入るようにして読み始めた。
「えーと……『同胞たちよ、まずは突然いなくなった事を詫びさせてくれ。理由があったのだ。隠していたが僕はロードスト領主の三男坊、日々戦争を目論んでいる親兄弟たちを暗殺すべく、このギルドを立ち上げたのだ』」
レンの読み上げる文に、皆がざわめく。
「ロードストの三男坊だと? 確かにジェイドの所作振る舞いは育ちの良さを感じさせたな。魔術も使えたし、只者じゃないとは思っていたが……」
「そういやあそこの領主は戦争を企んでるからって何度も暗殺を試みたわねぇ。ウチのギルドは戦争潰しを名目として作られた……つまり私たちは最初からあの男に利用されたってわけかい?」
「クク、互いの利害が一致した、というところでしょうねぇ。ジェイドは目の上のたんこぶを消したかった。俺たちは真っ当な生活が欲しかった」
「……俺ハ、居場所を作ってくれたジェイドに感謝してイル」
ロードスト領はサルーム南方にあり、そこの領主一族は昔から戦好きで有名だ。
そういえばアルベルトやチャールズが、あそこは戦争を起こしそうだと気にしていたっけか。
結局そのたびに領主が死んで白紙に戻っていたが……なるほど、暗殺者ギルドの者たちが防いでいたんだな。
「……続きを読むよ『もちろん最初から殺そうなんて考えてはいなかったよ。だが何度も説得したが応じてもらえず、強硬手段に出るしかなかった。僕としても苦渋の選択だった。ともあれ親兄弟たちがいなくなった後、僕はすぐに家へ戻り混乱を収めるべく立ち回った。その間はとても忙しく、皆に連絡が出来なかった。すまない。しかしようやくひと段落付がつき、僕は無事領主となれた。これも全て皆のおかげだと思っている。故に皆を我が領民に迎え入れたい。これからも僕の元で働いて欲しいのだ。どうだろう、この話を受けてくれるなら、明日夕刻ロードスト領主邸にてに皆を歓迎する宴を催すので是非来て欲しい』……だって!」
今までの不機嫌さが嘘のように、パッと顔を輝かせるレン。
「ほら、連絡が来なかったのはやっぱり理由があったんだよ! ボクたちのジェイドが領主になってたなんてすごいじゃない! ジェイドの所へ行けば、ボクたちもそこで働けるんだよ!? 今みたいにコソコソ逃げ回る必要はもうないんだ!」
だが揚々と語るレンとは裏腹に、他の者たちは眉を顰めている。
「うーむ、筋は通っていると思うが……」
「えぇ、そうだとしても何故今になって……それに先日から続いている事件についてはわからないままよ」
「口封じ……なんて事もあるかもねぇ。クク」
「……」
ガリレアを始めとする他の者たちの反応はよくないようだ。
「こりゃどう考えても罠ですぜ。大方役目を終えた部下たちの口封じでしょうな。自分が領主になるために暗殺者を雇って親兄弟を殺してた、なんてことが知れたら苦労して手に入れた自分の座が危うい。大方暗殺者ギルドを語って悪事を起こし、再度手配させようとしたが中々捕まらなくて業を煮やし、直接始末しようとした……ってところでしょうぜ」
グリモの言葉は尤もだ。
しかし引っかかる部分もある。
「だが罠にかけたい者がこんなあからさまな手紙を送ってくるだろうか。それに隠れ家がわかってるなら、討伐隊を差し向けるなりなんなり、他にやりようはあると思うけどな」
「そうだよ! いいこと言うねロイド! ジェイドはそんな策謀を巡らせるような人じゃない! それは皆も知ってるだろ!」
俺の呟きにレンが乗っかってくる。
「まぁ、言われてみればあいつはやたらとお人好しっつーか、甘ちゃんなところはあったな」
「逃げ遅れた仲間を助ける為に、自ら飛び込んでいくようなおバカさんだったわねぇ。巷で行われてる悪事も一応人を傷つけてはいないらしいし……らしいといえばらしいのかも」
「だから我々も彼をボスと認めていたのだが……クク、確かにジェイドならこういった馬鹿正直な手紙を送ってくるかもしれないねぇ」
「俺は、ジェイドを信じタイ」
その言葉に他の者たちも同調する。
どうやらジェイドってやつは意外と信望されているようだな。
「……どちらにしろ、行って確かめるしかないか」
ガリレアがため息を吐いて言う。
「ま、そうね。案外その手紙に書かれた内容は本当で、成功したジェイドの下につけば私たちも美味しい思いが出来るかもしれないし?」
「いざとなったら逃げればいいさ。クク、俺はどんな隙間でも出入り出来るからねぇ」
「自分だけ逃げようとするのは、よくナイ」
「何かあったらボクが何とかするよ!」
「――決まりだな」
皆の言葉を受け、ガリレアは頷く。
そして俺の方を向き、頭を下げた。
「っつーわけだ。ロイド様。俺たちは一度ジェイドの元へ行ってみようと思う。今の今で本当に失礼だとは思うが、先刻言ったボスになって欲しいって話は一旦忘れてくれ! 無論、軽い言葉を吐いた責任は取ってあんたの実験とやらには付き合わせて貰う! 協力だって出来る限りのことはする。それで勘弁してくれねぇか?」
……ふむ、かつてのボスの元へ戻るって事か。まぁこちらとしては面倒を見なくても良いし、実験はしっかりやらせてもらえるので一石二鳥だな。
とはいえこの話、やすやすと頷くわけにはいかないな。
「……そうだな。確かに勝手な話だ。だから一つ条件がある。――俺も一緒に連れて行け」
「な……っ!? だ、だが聞いての通りリスクがある! しかもあんたには何のメリットもないんだぜ!?」
驚くガリレアに、俺は微笑を返す。
「なに、一度はお前たちのボスとなった身だ。最後まで面倒見るってのが筋というものだ。実際どうなるか、わからないんだろ? 万が一の時は俺が何とかしてやるよ」
「あ、あんたって人は……!」
俺の言葉にガリレアは目を潤ませる。
他の者たちも感動しているようだ。
「ロイド……!」
レンも何故か顔を赤らめていた。
どうやら皆、異存はないようである。
「決まりだな」
「……ありがてぇ。たとえボスでなくなったとしても、俺たちはあんたに尽くすことを誓うぜ……!」
一同は改めて深々と頭を下げるのだった。
「はぁ、驚きましたぜ。まさかロイド様がそんなお優しい事を言い出すとは」
「うん、万が一の事があって彼らの能力を失うのは嫌だし、何よりジェイドの能力も気になるからね」
先刻手紙を届けた能力、あれは間違いなく空間転移によるものだ。
この能力を持つ者は自身の座標を維持出来ず、気づけば別の場所に移動したりと子供の頃から何度も神隠しに会っている。
ジェイドはその能力を明らかに制御していた。
空間転移は空間系統魔術の元にもなっており、長年研究されていたがどうにも制御が難しくまともに使えた人間はいない。
術式と能力を上手く組み合わせているのだろうか。
それを完全に制御しているとは……ジェイド、すごい奴だ。
これは能力だけでなく本人にも興味が出てきたな。
是非会いたくなってきたぞ。
「ワクワクして来たな! グリモ!」
「はぁ、まぁそんな事だと思ってやしたがね……」
それを聞いてため息を吐くグリモ。
何を呆れているのだろうか。相変わらずよくわからん奴である。