魔獣を使って進みます
斬り伏せたゴブリンたちがダンジョンに飲み込まれていく。
ダンジョンというのは大きな魔物のようなもので、その内部で倒れた生き物は吸収されその糧となるそうだ。
「オンッ!」
「ん、どうしたシロ」
ゴブリンが飲み込まれた跡に落ちていた小さな赤い石を、シロが咥えて拾い上げる。
「なるほど、これが魔物の核ってやつだな」
ダンジョンの核に比べると、小さいし不純物がかなり混じっている。
これでは十分な術式を編み込む事は難しいだろうな。
落ちていたのは一つだけ、以前ダンジョンに潜った時には落ちなかったし、結構レアなのだろう。
ま、とりあえず拾っておくか。
「オンッ!」
シロが早く行こうとばかりに尻尾をぶんぶん振りながら、俺を急かす。
……さっきもそうだったが、シロが完全に俺の思い通りに動いてくれないのは問題だな。
というか俺も常時念を送ってシロに命令するのは面倒だ。
よし、ちょっと術式を組むとするか。
状況に応じて自動でシロに命令を送る術式だ。
これなら俺が命じずとも、勝手に戦ってくれるからな。
「えーと……敵のいない状態では俺の前を先行して歩く。接敵時は即戦闘態勢に移行。近距離、中距離では戦闘状態では噛み付く、引っ掻くなど自由に攻撃して良し。俺の命令あれば即従う事。俺から距離を取りすぎるのは禁止、遠距離では――」
「ロイド様、楽しそうですねぇ……」
術式を弄り回っている俺を見て、グリモが呆れたように呟く。
「うん、楽しいよ。特にシロは俺の思い通りに動くから、術式の組み甲斐があるよね」
「は、はぁ……」
行動自由度も高く、実体を持つため様々な使い方ができる、しかも可愛い。
魔獣ってのはいいもんだな。
「……よし、とりあえずこんなもんでいってみるか。あとはその都度状況に応じて命令を組み替えていけばいい」
「オンッ!」
「やれやれ、まるで操り人形だな……同情するぜ、犬っころ」
何故か深いため息を吐くグリモ。一体どうしたのだろうか。
ともあれ俺たちは順調にダンジョンを進んでいく。
最終的に組んだ命令は、待機状態ではシロには俺の3メートルほど先を歩かせ、索敵。
魔物を見つけたら一度吠えて俺に知らせる。
逃げるようなら相手の移動手段を奪い、それが難しそうなら待機。深追いはさせない。
その場に留まったり向かって来るようなら攻撃開始。
複数相手では逃がさないように回り込み、俺の方へと追い込む。
……とまぁそんな感じだ。
何度か魔物と戦って、この形に落ち着いたのである。
「オンッ!」
歩いているとシロが吠え、ゴブリンが飛び出してきた。
シロは即座に噛み付き、あっという間に倒してしまう。
命令を術式で制御出来るようになって手が空いた俺は、シロで実験をしていてあることに気づいた。
シロの爪や牙に纏わせた魔力を性質変化させてより鋭くすると、魔物相手でもかなり効果的だ。
殲滅速度も上がったおかげで、出てくる魔物は半分くらいシロが倒していた。
「ロイドー! わんこにばかり倒させてたら功夫を積めないよー!」
「わかってるよー!」
と返事しつつ、まだまだシロには頑張ってもらうつもりである。
魔力の性質変化は自分だけならともかく、他人に施すのは結構難しい。
自分ではないものには上手くイメージが乗せられないんだよな。
俺本人にやるよりも、その威力、精度はかなり落ちる。
要練習だな。そしてこれも最終的には自動化させたいところだ。
「おっ、そろそろゴールかな」
目の前に大きな穴が空いている。
以前潜った時もボス部屋にはこんな大穴が開いていたっけ。
「オンッ!」
シロがいつも通り敵に向かっていくと、早速戦闘音がし始めた。
さーてボス相手にどれだけ戦えるか、見せてもらうとするかね。
部屋へ入ろうとした瞬間俺の目の前に障壁が生まれ、ごんっと頭をぶつける。
「いてて……これは一体なんだ……?」
叩いてみるがビクともしない。
どうやら外から入れないようになっているようだ。
「ボス部屋で戦闘が始まったら、終わるまで他の者たちは入れないようになってるんでさ!」
「あぁ、そういえばこんなのあったっけ」
ボス部屋の入口にはダンジョンを魔力供給源とした強力な障壁が張られているのだ。
恐らくボスに見つかった時、発動条件が満たされたのだろう。
そしてシロだけが内部に閉じ込められてしまった。
「退くよ」
俺のすぐ横で声が聞こえる。
タオだ。一呼吸の後に、『気』を込めた掌底を放つ。同時に――
「ラングリス流双剣術――狼牙」
シルファも突進しながら斬撃を繰り出す。
二人の同時攻撃、にも拘らず障壁はびくともしない。
「この障壁、条件を限定する事で強度を極限まで上げているようだ」
条件を組み込む事で術式はより強い力を発する。
この場合は場所とタイミングを限定化することで効果を上げているんだな。
無理やり破れなくもないが、かなり時間を要するだろう。
「きゃいん!」
吹き飛ばされたシロが壁に叩きつけられ悲鳴を上げた。
巨大なゴブリンがそれを見下ろし、ニヤついている。
あれはゴブリンの上位種、ホブゴブリンである。
その拳は血に濡れていた。
どうやら戦闘力にかなりの差があるようだ。
「くっ、この障壁、実体のない自分でも通り抜け出来やせんぜ! あのままじゃ犬っころは……」
歯噛みするグリモ。
だが、手はある。
この手の固定障壁は無防備にそれを晒している為、術式の組み替えに弱い。
術式を弄って崩壊させてやれば、障壁自体を脆くする事が可能。
まずは条件を取っ払ってやる。
厳しい条件を成立させることでその分強固な障壁となっているが、そこら辺をフリーにすればかなり強度は下がるはずだ。
えーと術式書き換え……と。よし、これだけでもかなり脆くなったはず。
「二人共! もう一度攻撃して! 今度は全力で!」
「……! わかりました」
「了解ある」
俺の声にシルファとタオが頷き、構える。
呼吸を充足させ、踏み込んだ。
「百華拳一点突破の型――雷火崩拳」
「ラングリス流双剣術――獅子咆哮」
ずずん! と凄まじい衝撃と共に障壁が揺れる。
「くっ……!」「あうっ……!?」
シルファの剣は砕け散り、タオは拳を抑えて蹲った。
だが障壁の中心には小さなヒビが入っている。
それは徐々に広がっていく。そして――がしゃああん! と粉々に崩れ去った。
「シロ!」
俺は障壁を抜け、駆ける。
シロを踏み潰そうとしていたホブゴブリンが、俺に気づきこちらを向いた。
「グルオオオオオオ!」
「――邪魔だ」
咆哮の終わらぬうちに、俺の右手――グリモが黒い魔力波を放つ。
ホブゴブリンの口内を撃ち抜き、顔面を吹き飛ばした。
崩れ落ちるホブゴブリンを一瞥し、俺はシロに声をかける。
「シロ、大丈夫か?」
「くぅーん……」
弱々しい鳴き声を上げるシロ。
結構ダメージは大きいな
逃げに徹していればここまでにはならなかったのに、俺の命令を愚直に守ったからこうなったのだ。
命令を自動で出すのは臨機応変さを殺すからよくないな。要検討である。
「ロイド様、早く回復してやってくだせぇ」
「おっと、そうだったな」
分析は後にして、シロの傷口に手をかざす。
治癒系統最上位魔術『治癒霊光』。
優しい光がシロを包み、傷を癒していく。
光が収まるとシロはパッチリと目を開け、俺の腕から飛び降りた。
「オンッ!」
そして元気よく吠え、尻尾をぶんぶん振る。
どうやら完全に回復したようである。
「へっ、よかったじゃねぇか犬っころ」
「オンオンッ!」
グリモがからかうと、シロは俺の右手を舐めた。
「あの障壁を弱体化させた……? 魔術の一種だと思うけど、あんな真似が出来るなんて只者じゃないよ。それに使い手の少ない治癒魔術まで……ロイドの魔術師としての才能は、アルベルト様をも凌駕するのかもしれないあるな……」
「今の黒い剣閃、まさか魔術と剣術を合わせた魔剣術……? 魔剣で使うものなら我がラングリス流にも裏技として存在します。ですがそれでも使える者はごく少数。我が父ですらまともには扱えない技……! 両方の才を持つロイド様ならば可能なのでしょうか。咄嗟の事でしたから流石に覚えてはいないでしょうが……ふふふ、ロイド様、貴方という人はどこまで底が知れないのでしょう……!」
二人が何やらブツブツ言ってるが、こっちはじゃれてくるシロの相手でそれどころではない。
こらこら、くすぐったいぞ。