冒険者ギルドへ向かいます
「上質な魔物の核、でございますか」
目の前の銀髪メイド、シルファが驚いた顔をした。
彼女は俺の世話係兼護衛役である。
「うん、シルファは昔冒険者だったんだよね。もしかしたら持ってないかなと思って」
そして、元Aランク冒険者だ。
騎士団長の娘である彼女は剣の技を磨くべく、かつて修行の為に冒険者をやっていたらしい。
そんな彼女なら魔物の核を持っているかと思ったのだが……シルファは首を横に振る、
「残念ながら昔の話ですので。それに魔物の核は貴重です。かなりの高値で売れるので、冒険者を引退する際に手放してしまいました」
「そっかぁ。残念」
むぅ、空振りか。
もしかしたらと思ったが……そう上手くはいかないらしい。
ディアンがどこかから手に入れてくるのを待つしかないか。
がっくりと肩を落としていると、シルファが微笑を浮かべているのに気づく。
「ロイド様、なければご自身で手に入れてくる、というのはどうでしょう?」
シルファの言葉にドキンと心臓が跳ね上がる。
まさか以前、城を抜け出してダンジョンに潜った時の事を言っているのだろうか。
「えっ!? な、何を言ってるんだいシルファ? はは、あははは……」
乾いた笑いを返す俺に、シルファは笑顔のまま続ける。
「欲しいものがあれば取りに行く、というのが冒険者の流儀です。如何でしょうかロイド様、ここは一つ、冒険者になってみるというのは?」
どうやら城を抜け出した時の事ではなさそうだ。
一安心。ほっと胸をなで下ろし……先刻の発言を思い出しもう一度吹き出した。
「ぼ、冒険者!? 誰が!?」
「勿論、ロイド様でございます」
にっこりと笑うシルファ。これはマジの時の顔だ。
「実は先日、国王陛下に提案したのですよ。ロイド様の剣技はかなりのものになりました。さらなる研鑽の為に冒険者ギルドに登録するというのは如何でしょうか? と」
いきなり何言い出すんだこのメイド。
いくらなんでも王子である俺を冒険者になんて、出来るわけないじゃないか。
「答えはイエスでした」
「イエスかよっ!」
思わずツッコんでしまう。
「曰く、ロイド様には広い世界を見て欲しい。その為に冒険者となるのは悪い判断ではない。良い機会ではないか、活躍を期待している――との事です。……私が同行するのを条件に許可いただきました」
「へ、へぇー。そうなんだ……」
そういえば後継ぎでない貴族の三男坊とか変わり者の王族なんかが冒険者として身を立てるなんて話を聞いたことがある。
と考えれば王位継承権のない俺が冒険者やるのもおかしくはない、のか……?
呆れた顔で返事を返すが、よく考えたら大手を振って外に出られるじゃないか。
シルファが付いてくるとはいえ、街の外へ行けるのは嬉しい。
色んな魔術を試せるし、シロを操る実戦訓練にもなる。
「わかった。じゃあ早速冒険者ギルドへ行こう」
「はい!」
俺はシルファを連れ、冒険者ギルドへ向かうのだった。
■■■
街の中央部、大通りに面した一等地に立つ一際大きな建物。
如何にもといった風貌の男女が行きかうその場所こそ、冒険者ギルドである。
「懐かしいですね」
シルファが建物を見上げ、呟いた。
昔を思い返すような遠い目。
冒険者をやっていた頃のシルファは一体どんな人物だったのだろう。
そんな事を考えながら、扉を開け建物に足を踏み入れる。
「ロイド様、私はここでお待ちしています。登録をしてきてくださいませ」
「わかったよ」
俺はシルファの言う通り、ギルドのカウンターへと向かう。
座って酒を飲んでいる連中がニヤニヤしながら俺を見ているようだ。
子供の俺が珍しいんだろうな。ちょっと恥ずかしい。
なんて考えていると、いきなりにゅっと俺の足元に何かが伸びてきた。
瞬間――べぎぃっ! と鈍い音がして俺のすぐそばに座っていた男がすっころぶ。
「ぎゃあああああっ! い、いてぇぇぇぇぇっ!?」
男は悲鳴を上げ、脚を押さえてのたうち回っている。
一体どうしたのだろうか。
「へっ、こいつは常時魔力障壁を展開してるんだ。不意の攻撃には自動で発動するっつーな。鋼鉄でも蹴ったような感覚だっただろ?」
グリモが何か言っているが、男の悲鳴で聞こえない。
別に声をかける必要もないだろう。無視していくか。
「ま、待てっ!」
気にせず立ち去ろうとすると、男がよろよろと立ち上がってきた。
「ふざけやがってクソガキが! よくも俺の足をやりやがったなぁ!?」
と言いながら、殴りかかってきた。
わっ、びっくりしたな。
しかし自動で発動した魔力障壁が、男の攻撃を阻む。
「ぎゃあああああっ!?」
殴った右手が変な方向に曲がり、男はまた悲鳴を上げている。
さっきから一人で何やってるんだろう。
よくわからないが冒険者ギルド、恐ろしい場所である。
「ぐ、ぐぐぐ……このCランク冒険者であるガラハド様をコケにして、ただで済むと思うなよ! ボコボコにしてや――」
言いかけて、男が吹っ飛んだ。
「ロイドーっ! 久しぶりね!」
間に入ってきたのは拳法服を着た黒髪の少女、タオ。
武術の達人で『気』の使い手であり、無類のイケメン好きだ。
以前、共に戦った知人である。
「久しぶりだねタオ。元気だった?」
「うん、それにしてもこんなところに何の用あるか?」
「冒険者登録をしに来たんだよ」
「へぇ! それならアタシが案内するよ。こっちね」
タオに手を引かれ、カウンターに連れて行かれる。
なんか周囲からすごい見られている気がするが、きっと気のせいだろう。
「おのれぇぇぇ……!」
倒れたテーブルを退かしながら、男が身を起こす。
顔は真っ赤になっており、こめかみからは血管が幾つも浮き出ている。
男は腰元に携えた剣に手を伸ばそうとしていた。
「そこまでにしておきなさい」
男の後ろで凛とした声が聞こえる。
シルファだ。肩を軽く掴んでいるだけたが、男はそれ以上腕を動かせないようだ。
「ロイド様がその気なら、十回は首と胴がおさらばしていますよ」
「な……て、テメェは銀の剣姫、シルファ=ラングリスっ!? 引退したって聞いたが何故こんなところに……?」
シルファの登場に周囲がざわめく。
「本日は我が主の冒険者登録の付き添いです」
更に、ざわめきは大きくなった。
「おい、さっきガラハドの攻撃を防いだの、見えた奴いるか?」
「いや、全く見えなかった……まるで魔法でも使ったみたいだ」
「そりゃすげぇのさ。ギルドに数人しかいないAランクに若くして成り上がった伝説の冒険者、銀の剣姫が主と認めるほどだ」
「しかも最近上り調子であっという間にBランクまで上がったタオとも仲良くしていたぜ」
「一体何者だよあいつ……!?」
皆が何か言っているが、ざわめきが大きすぎて聞こえない。
こんなに注目されてるなんて、やはりシルファはすごいんだな。




