聖王と再会、そして
◆
「ん、なんだありゃ」
雲の隙間に何かが見える。
人工物……というのも変だが、とにかく自然物には見えないぞ。
「あれは監獄です。天界で罰を犯した者が入れられる牢屋です」
「ほう、それはなんとも面白そうな……」
天界における犯罪者とはなんとも唆られる。きっと面白い奴がいるに違いない。これは行くしかあるまい。
「近づいてみるか」
「危なそうですぜ!」
「むしろ望むところだろ」
そうして辿り着いたのは黒塗りの建物。
周囲には黒雲が立ち込めており、雷鳴が轟き響いている。
今までの天界とは真逆の、なんとも物々しい雰囲気だ。
「それにしても天界の建築物ってなんだか変な感じだよな」
「天界の雲は採れた場所により形や性質が変化するのです。建物に使われているのがこれら石雲母で、中でも監獄で使われているのは獄雲母といって特に硬いものとなっているのですよ」
へぇ、場所によって雲の性質が違うのか。
そういえばさっき浮かんでいた雲は綿飴みたいだったけど、ここのは何だかベトベトしているな。カチカチの雲もあるのだろうか。面白そうだ。
「ん? の割には穴が空いてないか?」
外側から建物を観察していると、何やら崩れたような跡を見つける。
獄雲母とやらで作られた壁が建物の中まで連続して続いていた。
「ぬなぁっ!? な、何事ですかこれはぁっ!?」
「何かが突っ込んできたような跡ですな」
「普通の土壁のように貫かれているぞ……本当に硬いのか? この素材」
白い目を向けるグリモとベアル。ジリエルは慌てて説明を続けるが、
「ほ、本当でございます! ロイド様の魔術でも簡単には壊れはしませんよ!?」
「うーん、本当かなぁ」
「退け」
声を発した直後、俺の中のベアルが自身を宿した尻尾を振るう。
ズドォン! と音がして壁がぶっ壊れた。
「大体……ふん、この程度の壁がロイドに砕けぬはずがなかろう」
得意げに尻尾を振り回し埃を払うベアル。あーあ、しーらないっと。
「て、天界最高硬度を誇る獄雲母をあっさりと……」
「今さら驚くこともねぇだろ。ロイド様ならこの建物ごとぶっ壊せるっての」
「愚か者どもめ。まだまだ理解が浅いぞ! ロイドなら建物どころか天界ごと消し炭にできるわ!」
いやいや、人をなんだと思ってるんだお前らは。
人を危険物みたいに言うとはあまりに失礼である。
仮に出来てもやるわけないだろそんなこと。
なんなことを考えながら中に足を踏み入れると、通路の先で騒がしい声が聞こえてくる。
「む、警備兵か何かか?」
「侵入がバレた……ってか全然隠れてねぇですけどね」
「そりゃあれだけの音を立てれば騒ぎにもなるでしょう」
「関係ない。天使は全員ぶち殺すのみだ!」
やれやれ、騒がしい奴らである。
ともあれ天使相手のバトルは俺としても望むところだ。来るなら来いと身構えるが、
「……全然来やせんね」
「むしろ気配が薄れているような……」
だが戦っている音は聞こえてくる。
どうやら俺とは無関係に内部で争っているようだ。さっきの壁を開けた輩と何か関係あるのだろうか。
こっそり近づき覗いてみると、そこにいたのは数人の天使兵を足蹴にする青年がいた。
「聖王……!」
「おや、ロイド君じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だねー」
驚く俺にパタパタと手を振りながら近づいてくる。
なんでこいつがこんな所に……? 疑問に思っていると俺の中にいたベアルが尻尾をブンブンと振り回す。
「くはははは! よくぞ再び我が前に姿を現せたものだな聖王よ! ここで会ったが百年目、さぁ覚悟するがいぃぃぃっ!」
「まてまて、まずは話を聞こうじゃないか」
ベアルが突っ込んでいこうとするのを慌てて止める。聖王と戦う為に融合したんだろうが、今はそんな場合ではない。
「あれー? なんかロイド君、ちょっと感じ変わったかい?」
「色々あってな。そっちこそ随分ボロボロじゃないか」
「はははー、実はあの演奏会の直後に神サマに呼び出されちゃってね。まだ何もしてない魔王への対処、それに付随する君たちへの対応とか、神として色々問題あるんじゃないかと苦言を呈したらこのザマさ」
「何!? それは一体どういうことなのだ!?」
尻尾INベアルが声を上げ、聖王が目を丸くする。
「おや魔王、なんか妙な感じがすると思ったら、今度はあのメガネっ子ではなくロイド君に吸収されてたのかい?」
「そんなことはどうでもいい! それより今のはどういう意味だ!?」
「あー、ね。いやさ、魔王と言えど何もしてないのに封じて殺すってのはよくないだろ? 神サマはとんでもないとか怒ってたけど、平和主義者である僕はそうは思わない。だって虫だって獣だって、人間だって神だって魔族だって、等しくこの世界を生きる仲間じゃないか」
「はぁ? 何を馬鹿なことを……魔族と人は相対する存在、見つけたら殺し合うのが常であろうが」
ベアルの反論に、聖王はしばし考えて答える。
「――僕の生まれは山しかないような田舎でね。畑仕事をしていたらよく獣が荒らしに来たよ。村人たちはそれらを退治していたけど、逆に獣に殺された人だって沢山いる。お互い譲れない思いがあればぶつかるのは仕方ない。それは魔族と人も同じはずさ」
聖王の言ってることは間違ってはいない。
互いの利害が重なれば、種族がどうこうは関係なく戦いは発生する。
「では何故ベアルを見逃したんだ? 仇敵同士なのは確かじゃないか」
「そりゃあ平和主義者である僕としても、人と魔族の間で争いが起きるのは仕方がないと思っているよ。だが行き過ぎは駄目さ。人が私利私欲の為に森を焼くのも、狂った獣が人を殺すのも、魔族が快楽の為に人を殺すのも、そして神が悪さをしそうだからといって何もしてない魔族を殺すのもね。神サマの行為は明らかに行きすぎ。その間に入っている僕が止めるのは当然の義務さ」
そう呟いてまっすぐ前を向く聖王。
今までに見たことがない真剣な眼差し。ただの呆けた男かと思ったが、意外と色々考えていたのかもしれない。
「実際に魔王を見てみれば、どうもらしくないっていうか、意外と良い奴っぽかったからね。トドメは刺さななかったってワケ」
「い、良い奴だとぉ? 魔王たる我になんという迷い言を……」
「だって事実だ。戦う際に民も巻き込まないよう結界を張っていたし、人の世にも溶け込んでいた。何より君を助ける為に沢山の人が動いてた。それは君が信用されてる証だ」
聖王は俺にウインクを投げかけてくる。
なるほど、だから魔王の復活にも協力をしてくれたのか。
「魔族だからといって、大人しくしている奴の命を不当に奪うような真似はしないし、させない――それが平和主義者である僕の矜持なのさ」
「……チッ、だから嫌いなのだ貴様らは」
ベアルはそう呟くと、先刻まで溢れていた戦意を薄れさせていく。
もしかしてベアルが聖王が苦手とか言ってたのは、こういう性格故なのかもしれないな。
「ふん、すっかり萎えてしまったわ。……それで貴様は脱獄中というわけか?」
「おっと、そういえばそうだった。いやぁ神に一言モノ申してやろうと思ってねぇ。良かったら君たちもどうだい?」
「言われるまでもなく、俺も神の元へ行くつもりだ」
「あっは! 奇遇だねぇ。――じゃあ僕が案内役を買って出るよ。近道を知ってるんだ」
聖王は自信満々に頷くと、俺たちを先導するのだった。
◇
「あれれー? おっかしいなー?」
首を傾げながら監獄の奥へ奥へと進んでいく聖王。
近道がある、とか言うからついて行ってるのに、一向に辿り着く気配はない。
「まだ着かないのか?」
「うーん、確かこっちの方だったと思うんだけど……」
なんて言いながらキョロキョロウロウロしている。
怪しいな。本当に近道なんてものがあるのだろうか。
「もしや罠? いやそんなキャラにも見えませんし……」
「あの野郎、もしかしてただの方向音痴なんじゃあねぇですかい?」
「かもな。監獄を奥へ行っても宮殿への近道になるとは思えん。おいいい加減なことをすると許さんぞ」
「あ、あはははー……大丈夫、多分、きっと」
グリモたちに白い目を向けられ、聖王は冷や汗を浮かべている。
まぁ出ようと思えば監獄を突っ切ればいいだけだし、もし本当だったら面白い事になりそうだし、もう少しついて行ってみるか。
奥に行くにつれて迷路のようになっていく道をぐねぐねと曲がり続けた先、ついに光を見つけた。
「あ! 見てくれたまえよロイド君! ほら灯りが見えて来たぜ。やっぱり僕は迷子になってなかっただろう!?」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす聖王。急いで駆け出そうとするが――
「おふぅ!?」
無数の光の矢を喰らい、吹っ飛ばされる。
ドヤドヤと声を荒らげながら出てきた天使兵たちだ。
「侵入者だ!」
「ここから先は通さんぞ!」
十、二十……もっといるか。
この数、少なくともこの先に何かがあるのは間違いなさそうだ。
「……ん、何だありゃ」
暗闇の向こうに灯りらしきものが見える。
あれは……牢屋か? 誰か捕まっているようだけど。
「とにかく行ってみるか」
「おーいロイド君ー? 僕今戦ってるんですけどー? 手は貸してくれない感じー?」
聖王が何か言ってるのを放置して、俺は灯りの方へ足を向ける。
「鬼畜すぎますぜロイド様! まぁあいつが雑魚天使にやられるとは思えねぇがよ」
「それより恐ろしいのはロイド様の気配消しです。すぐそばの天使たちすら気づいていないとは……」
「ま、かかってきたところで瞬殺だがな。むしろ奴らとしては命拾いしたと言えよう」
俺も無益な殺生は好きじゃないからな。
グリモたちがブツブツ言っているのを放置して牢屋の前に立つと、中にいたのは一人の老人だった。




