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魔王が復活しました

 ――あまりに素晴らしすぎる演奏の余韻で周囲は静まり返り、誰一人声を上げず、固まっている。

 目に見える範囲の観客は全員が涙を流し、歓喜に打ち震えているように見えた。

 耳に届くのは疲れ果てたイーシャたちの荒い呼吸の音だけであった。


 そんな静寂の中、一筋の雷が瞬く。

 轟音と共に稲光が落ちてきたのはステージ裏のテント周辺だ。

 吹き飛んだテントの残骸を突き抜けて、空高く舞い上がるのは人の影。


「ふはぁーーーっはっはっはァーーー! 我、復活せり!」


 両腕を組み大声を張り上げるのは言わずもがな、ベアルだ。

 完全に回復しているようで、コニーの全身を黒い魔力体と黒い仮面が覆っている。


 おお、どうやら成功のようだな。

 試算では二割程度回復すれば上等だろうと思っていたが、俺たちで演奏レベルを上げ過ぎたからか想定以上の効果が発動したらしい。

 ベアルの魔力ははち切れんばかりに満ち溢れており、以前よりも力強く感じるほどだ。


「おおっと、人間どもの前であったな。くくっ、ここは一つ自己紹介といこうではないか。――さぁさぁ。遠からん者は音に聴け、近くば寄って目にも見よ! 我こそ魔王ベアル! 魔界を統べる王たる存在である! ひれ伏すがよい! ふはぁーっはっはっはァ!」


 大笑いするベアルだが――その場の全員、俺以外は誰も声の方を向きはしない。

 サリアは突っ伏すように倒れ、イーシャは歌い疲れたのか寝転がり、アルベルトたちは感激のあまり意識を失い、観客たちは放心しているようだ。


「……あ、あれ……? おーい、我は魔王なのだが……お、おい一体何がどうなっているのだロイド!?」

「どうやら俺たちの演奏で皆、意識を失っているようだな」


 演奏の途中から客たちがバタバタ倒れていた。

 俺たちの演奏は刺激が強すぎたのだろう。サリアたちも疲れ果てて気を失っているくらいだしな。

 どうやら限界を超えすぎてしまったようである。


「お、おう……そうであるか……まぁ人間どものことはいい! 我の目当ては聖王! 貴様だ! 今こそ雪辱を晴らーーーす!」


 びしっとステージを指差すベアルだが――聖王はいつの間にか姿を消していた。


「なにぃー--っ!? ど、どこへ行きおったのだ聖王の奴はっ!?」

「お前が出てくる前にどこか行ったぞ」


 演奏が終わるや否や、聖王はどこかへと消えていったのである。

 恐らくこの演奏がどういう効果をもたらすのか知っていたんだな。


「だが知ってて協力をしていたのだとしたら……あいつは一体何を考えてたんだ?」


 元々魔王を封じに来たはずなのに、その復活を手助けするような真似をしたのだ。一体どういう理由で? そうまでしてサリアへの責任を果たした? もしくはベアルが本当は危険ではないと判断した? ……全く意図が読めないな。


「おーいロイドー? お主まで我を無視するのかー? 我の扱いがあまりにひどくはないかー?」


 ベアルの泣き言を放置しながら、俺は思案を巡らせるのだった。



「貴様、どういうつもりだ? 何故魔王の復活に手を貸した」

「んー?」


 夜闇の中、ギザルムの問い掛けに聖王は間の抜けた声を返す。


「貴様の目的は魔王封印なのだろう? 何故真逆のことをしたと聞いている」

「……なんでだろうねぇ。よくわかんないや」

「おいおい……」

「強いて理由を言うなら、その方が面白そうだったから、かな。いやぁこの仕事、意外とストレスが溜まってさ。たまーに言われるままじゃなく、自分が思った通りに動きたくなるんだよねぇ」

「……ククッ、ふざけた理由だ。神の使いたる聖王失格だな」

「人のこと言えるのかい? 君だってあのメガネっ子に助言なんかしていたじゃあないか。魔族ぅ~?」


 見ていたのか、と舌打ちをしながらギザルムは答える。


「……気まぐれだ」

「僕もさ。でもそういうのこそ楽しめるんだよねぇ」


 同感だ、と呟くギザルムを見て聖王はくすくすと笑う。


「なるほど。貴様、普段は何も考えていないアホにしか見えんが、正確には何も考えないようにしているだけなのだろう? ククッ、余程神とやらが気に食わんと見える。聖王などというくらいだから堅苦しくつまらん男かと思ったが、存外面白い奴のようだな」

「僕も君のことは嫌いじゃないぜ。ギザギザくん」

「抜かせ、人間」


 軽口を叩き合いながら、聖王は夜空を見上げる。


「神、か……」


 ポツリと吐いた呟きが、冷たい風に流され消えていった。



 皆が気を失っているその隙に、俺たちは会場を後にした。

 コニーが寝ていた部屋で俺はベアルが意識を失っていた間のことを話す。


「――とまぁこんなことがあったのさ」

「ふぅむ……我の倒れてる間にそのようなことがな……くくっ、何とも間抜けなことだな」


 復活したベアルが自嘲すると、ここぞとばかりにジリエルが飛び出した。


「そうだぞベアルよ。お前は聖王に一方的にボコられ、しかもその演奏で以て復活したのだ。まさに道化、反省するのだな!」

「……騒ぐな羽虫。消すぞ」

「ひいっ! ろ、ロイド様……!」


 が、ベアルに一睨みされ、ぴょいっと俺の手の中に隠れてしまう。

 ……弱い。だったらいらんこと言わなきゃいいのに。


「まぁクソ天使の言葉にも一理ありやすけどね。聖王は実際大した奴でさ。下手にリベンジしてもまた負けちまいやすぜ」

「……ふん、前回は本気じゃなかっただけだ。次こそ必ず倒して見せるとも。ふはは!」


 不敵に笑うベアルだが……三下のチンピラみたいで恥ずかしいぞ。魔王としての威厳はどうした。

 俺としても聖王との再戦は是非見てみたいが、このザマじゃまたすぐにやられてしまうだろうなぁ。


「な、なんという目で見るのだロイドよ! 言っておくが我が真の力はあんなものではないのだぞ!? あの力を使えば聖王などモノの数にもならぬ!」

「へーそうなんだー……」

「むぅ……信じておらんな? 魔族の秘伝ともいえる究極の奥義、『融合』の力を!」

「『融合』?」


 興味深げなワードに食いつくとベアルはしたり顔で言葉を続ける。


「うむ、魔力体である我らは融合することで、凄まじいパワーアップを果たすのだ!」

「へぇ……なんかありがちだな」


 魔力体なら付けたり外したりは難しくなさそうだが、それじゃただの足し算に過ぎない。大したパワーアップは出来ないと思うけどな。


「お、おい! 何を再び白い目を向けているのだ!? ほ、本当にすごいのだぞ!?」

「ふぅーん」

「……まだよく分かっておらぬようだな。よかろう、ならば見せてくれる! いでよ者ども!」


 ベアルの言葉と同時に、その周囲に魔力の塊が生まれる。

 それは人の形を作り出し……って何か見たことある奴らだな。


「ほんの一ヵ月ほど前のことですぜロイド様!」

「あの激戦を忘れたわけではないでしょう! ほら学園で襲ってきた……」

「……あぁ、いたなぁそんなの」


 言われてようやく思い出してきた。

 確か魔軍四天王とか何とかいう奴らだっけ。


「……ふん、ようやく思い出したようだな。そうとも、こやつらは我が直属の四天王――緋のヴィルフレイ、翠のガンジート、蒼のシェラハ、黒のゼン。魔王たる我が封印を破るべく命を捧げたが、その核は我が中で休眠しているのだ。こやつらと融合すれば我が力は数倍にも膨れ上がる! さぁ行くぞ者ども! 融合ッ!」


 眩い光がベアルを包み、その魔力体が重なっていく。

 こいつらはベアルと比べれば一割程度の魔力しかない、言っちゃ悪いが雑魚である。

 こんなのが融合しても大して強くなるとは思えんが……ともあれ現れたのはほんの少し姿が変わったベアルだった。


「おお……よく見れば外見にちょいちょい四天王たちの特徴が現れてますな」

「むぅ……凄まじい魔力の奔流を感じます。これが融合なのですね」


 グリモたちが唸るのもわかる。確かにすごい魔力だ。もとに二倍……いや三倍近くあるだろうか。ただの足し算ではこうはならない。

 ただそれでも聖王の魔曲をねじ伏せるには、足りない気がする……


「っていうか三人しかいなくないか?」


 四天王と融合したはずだが、さっきは三つの魔力体しか見えなかった。


「何ぃーーーっ!? 本当だ! 三人しかおらぬではないか! ヴィルフレイ! どこへ行ったのだヴィルフレイーーーっ!?」


 どうやら本人も気づいてなかったらしい。

 気づかれなかった奴、可哀想すぎる。

 しかしどれだけ騒いでももう一つは出て来ない。


「ヴィルフレイというとロイド様が最初に倒した奴でございますね。細切れにして消滅させてしまったので、ベアルに吸収されなかったのやもしれません」

「あの灰魔神牙はそりゃもうスゲェ威力でしたからな。しかも手加減なしで撃っちまったでしょう? 無理もねぇや」


 うんうんと頷くグリモとジリエル。

 初めての自作魔術で気合い入ってたからなぁ。どうやらやり過ぎてしまったらしい。


「ぐむむ……すぐ霧散する魔族の核を完全に破壊するのはそう簡単なことではない。しかも四天王たるヴィルフレイをとなると、我とて簡単ではないが……そこはロイドと言ったところか」


 ベアルが何やらブツブツ言ってるが、もしかして俺への恨み言だろうか。

 知らなかったとはいえ、悪いことしたなぁ。


「あーその、すまんベアル」

「仕方があるまい。お主らとて互いに譲れぬ思いがあったであろうからな。しかし参ったぞ……四天王が全員いなければ我が完全な力を得るのは叶わぬ。ヴィルフレイ程の魔族はそうおらぬし、いたとしても融合には魔力の波長が合わねばならぬから、調整には時間がかかるし……うむむ」

「そういうことなら俺が手を貸そう。責任は俺にもあるしな。ヴィルフレイの代わりがいればいいんだろう? だったら――」


 言いかけた俺の言葉をグリモが慌てて遮る。


「ちょちょちょ、ロイド様! まさか俺を代わりに差し出すつもりじゃねぇでしょうね!? 文字通り手を貸すってそりゃねぇですぜ!?」

「そうですロイド様! そりゃこの魔人なら代わりに仕えるかもしれませんが、それは幾らなんでも可哀想というものですよ! あ、私は勿論嫌ですからねっ!」


 慌てて声を上げるグリモとジリエル。自分たちを差し出されると思ったようだ。


「……何言ってんだ。二人共。俺がそんなことをするはずがないだろう」

「いやぁロイド様ですし、面白そうだとか言いそうだと思いやして……」

「そ、そうですね……いくらロイド様でもそこまでは……すみませんでした」


 全くひどい誤解である。俺の意図は全く違うというのにな。


「ベアル、俺が代わりになってやる」

「……は?」


 きょとんと目を丸くするベアル。グリモとジリエルも呆気に取られた顔をしている。


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― 新着の感想 ―
前回は本気でなかったって・・・魔王がそれを言っちゃあぁ~~おしまいよぉ~~。
駄目なやつ。。。乗っ取られるぞ。。。
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