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演奏開始、後編

 ◆


 時は少し遡る。ベッドにて寝込んでいたサリアはふと目を覚ました。

 辺りは薄暗く、遠くから様々な音楽が響いてくるのが聞こえる。


「……そういえばフェスが始まる頃だっけ」


 身体をベッドから起こし、足元をフラつかせながら会場へ向かうサリアの足元がふらつく。


「オンッ!」


 それを支えたのはシロだ。

 ふかふかの毛をサリアの足に擦り付けている。


「シロあんた……私を連れてってくれるの?」

「オンッ!」

「ありがとね」


 ペロペロと顔を舐めてくるシロを撫で、サリアはその背に跨る。

 シロは風のように駆け、会場へと辿り着くのだった。


 会場は異常な熱気に包まれており、雑多な音が耳に届いてくる。

 イーシャたちの奏でる音を耳で探し、すぐに見つける。

 この透き通るような音はイーシャだ。器用に合わせているのは聖王だろうか。それに重なる打音は――まさかカスタネット?


「恐らくロイドね」


 以前見せて貰った楽譜にはまだ隙間があった。それを埋めるのがカスタネットなら、なるほど合点もいくものだ。

 ともあれステージまでの道のりは人があまりに多く、とてもシロに乗ったままでは行けそうにない。


「ありがと。ここまででいいよシロ」

「クゥーン」


 サリアはシロから降りると、軽い足取りでステージへ向かう。

 病み上がりなのが嘘のように身体が軽い。

 本当に素晴らしい演奏だ。自分の代わり……いや、それ以上である。

 安堵と共に嫉妬を覚えつつも、吸い寄せられるように前へ。


「そういえば昨日の黒男、私がもう一度弾けるようになるには闘争心以外のモチベーションが必要とか言ってたっけ。自分の原点を探せとか」


 聖王の言われるがまま記憶を掘り起こそうとして倒れ、気づけばベッドで寝込んでいたのだ。


「でもあの時、何かを思い出しかけてたような……ツぅっ!?」


 頭痛に顔を歪めるサリア。思い出せはしないが、それでも何かが掴めそうな気がしていた。

 それが何かはわからないが、何かだ。その答えがこの先にある。

 突き動かされるようにステージへ向かい、ようやく辿り着いた。


 ――♪


 眼前に飛び込んできたのは兄たちが作った変なゴーレムで演奏するイーシャたちの姿。

 聖王も、そしてロイドもいる。

 やはりあのカスタネットの正体はロイドだったか。

 その演奏姿を見たサリアの胸の奥底から忘れていた感情が湧き上がってくる。


 ――そう、あれはロイドが生まれた日のことだ。

 街では祭りが開かれ、新たな王子誕生の祝福ムードで一杯だった。

 その日、サリアは兄たちに誘われ新しく生まれてくる弟を一目見ようと部屋に忍び込もうとしていた。

 兄たちが盛り上がる中、サリアは一人冷めていた。

 既に弟妹は多くいたし、今更一人増えたところで何だというのだ。そもそもサリアは他人にそこまで興味がなかった。

 そんな時ふと空を見上げた瞬間――空が爆ぜる。

 炎の球が上空高く舞い上がり、大爆発が巻き起こったのだ。

 轟々と燃え上がる空に兄たちが驚愕に目を見開く。

 だがサリアは炎それ自体より、それが奏でる音に心奪われていた。


 ――♪


 それは今まで聞いたことがないような旋律。

 もちろんただの爆発音だ。

 しかしその音の奥底から感じられた強い、強い想い。

 まるで何かを極めたいと強く言っているような。

 燃え上がるようなその想いにサリアは気づけば聞き入っていた。

 初めての敗北感。子供心にそれを深く刻み込まれたのである。


 思えばそれからだったかもしれない。

 その想いに負けないよう、心の内に炎を宿したのは。

 ――負けたくない。そう強く心に刻んだサリアもまた、何かを極めると決心した。


「思い出した……私が音楽やってた理由は、あれに勝つ為だったんだ……!」


 こうしてサリアは本格的に音楽を始めたのである。

 来る日も来る日も、指をくじいても風邪を引いても弾くのを止めなかったサリアはいつしかサルーム随一の演奏家となっていた。


 サリアが音楽を始めた原点は他でもない。やはり闘争心だったのだ。

 他を探しても見当たらないはずだ。それはずっと自分の心の内にあったのだから。

 気づいたサリアの瞳からは、一切の迷いが消えていた。


 ◆


「サリア姉さん!?」


 突然の乱入にその場の全員が驚くが、それでもイーシャは歌うのを止めない。

 聖王も、もちろん俺も止められない。サリアはつかつかと聖王の横に歩み寄ると、彼の座るピアノ椅子に無理矢理半分に腰掛けた。


「やぁサリアちゃん。一体どうしたのかな?」

「弾きたくなった。それだけよ」


 短く返して、サリアは両掌指十本を鍵盤に叩きつける。


 ――♪


 滑らかに動く指先、奏でられる美しくも凄味のある旋律。

 それはまさしく、かつてのサリアの音である。

 何が起きたかわからないが完全に復活したようだ。


「おおおおお! サリアたん復活! サリアたん復活! サリアたん復ッッッ活ッッッ!」

「テンション上がり過ぎだぜクソ天使。……だがまぁ、よかったですなロイド様。姉君が弾けるようになってよ」


 聖王に合わせて……否、無理矢理合わさせるようなサリアの圧倒的演奏。

 完全復活どころかそれ以上だ。以前のサリアより何倍も上である。


「……驚いた。僕以上の演奏だね。復活おめでとうと言っておくよ。参考までに何が起きたか聞いてもいいかい?」

「別に何も。……強いて言うなら思い出しただけよ。私が音楽を始めた理由」

「いやーでもそれってどう見ても闘争心だよねぇ。弾いてる感じでわかるよ。でもそいつは僕が完膚なきまでにへし折ったはずだけど」

「えぇ、私の根幹にあったのは結局のところ闘争心。だけど今までは無自覚に周囲の全てを敵と認識していた。今回それを強く自覚したことで、絶対に負けたくないヤツのことを思い出したのよ」


 聖王と話しながら、サリアは俺に視線を送ってくる。

 え? なんで俺? 聖王じゃないのか? ……なんだかよくわからないが、俺の方も術式を壊さないようついていくのに必死でそれどころではない。


「だから私は負けない。限界だって超えてみせる――!」


 言葉と共にサリアの指先がその冴えを増していく。

 おいおい、どこまで上げるつもりだ。そろそろこっちも限界だぞ。

 あまりの速さで曲調が変わっていくから制御系統魔術の更新も追いつかないし、そもそもここまで変わるとカスタネットでついていくには人体の構造上無理がある。

 手が攣りそうだ……いや、待てよ。


 そう、魔曲には魔曲だ。

 カスタネットとは別に更なる魔曲を作り出せばいいのだ。


「■」


 魔術束による詠唱で生み出すのは、無数の極小の魔術。

 炎が爆ぜ、水が流れ、石が割れ、風が吹く、魔術により生み出される様々な現象が音を、曲を生み出している。――元々魔曲とは音そのものに術式を込めたもの。

 俺はその逆、魔術により生み出される音を曲に変換しているのだ。


「うおおおお! 今までのものが児戯にすら思える程に洗練された曲! 全てを飲み込んでいたサリアたんの演奏すらも飲み込む威力! これがロイド様の魔術による演奏なのですね!」

「なるほど正しく魔曲ってワケだ。しかもこれ、魔曲が魔曲を生み出すことでループしてやすぜ。起動時に魔力を消費するだけで無限に続くとは……恐ろしい程の効率性ですな!」


 グリモの言う通り、魔術により生み出された音が新たな魔曲を紡ぎ、更なる魔術を発動させている。

 一つの魔術で何粒も美味しく、更にいい音も出るという。

 とはいえ手を加えなければ徐々に減衰していくし、何らかのノイズが入った場合は効果が発現しないのでそこまで万能ではないが。


「聖王の魔曲、そしてサリアの音に合わせたから出来たことだな」


 魔曲による魔術無限ループ。

 とはいえこのやり方は楽器を使わないから、普通の演奏ではメチャクチャ怪しまれてしまう。

 こういう状況でもなければとても使えないが、今なら誰もそんなことに注目する余裕はないので問題なし。

 さて、物のついでだ。更に上げていくぞ。


 ――♪


「ロイド……! ふふ、ようやく理解したわ。これがあんたの独自性ってワケ。……いいわ。今回は負けを認めましょう。でもこれから何度でも付き合って貰うわよ。言っておくけど私の闘争心はもう二度と折れないから、覚悟しておくことね」


 サリアが何やらブツブツ言ってるが、ともあれようやく曲が安定してきたようだ。

 三人が俺に追従し、思うままに魔曲を奏で続ける。


 ――♪


 音が響く魔術によって奏でられる音の渦、それはまるで降り注ぐ極彩色の雨のようだ。

 うん、俺は音楽に対して興味はないが、様々な術式の織り成す様を見るのはとてもいいものだ。

 こういう形式ならたまには演奏してもいいかもな。

 そんないい気分のまま、曲は終わりを迎えるのだった。


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